英国特許裁判所がアンワイヤード・プラネット対ファーウェイ事件でFRANDライセンス料を設定
This is an Insight article, written by a selected partner as part of IAM's co-published content. Read more on Insight
英国特許裁判所は、アンワイヤード・プラネット対ファーウェイ事件のいわゆる「10年に1度の重要判決」の中で、電気通信セクターにおいてこれまで未解決であったFRANDライセンスに関連する多くの問題に取り組んだ。
一つまたは複数の電気通信規格を遵守するために利用せざるを得ない発明を開示した特許は標準必須特許(SEP)と呼ばれる。SEP所有者は、公正、合理的かつ非差別的な(FRAND)条件でSEPを実施許諾することを欧州電気通信標準化機構(ETSI)などの標準化団体に約束する。FRAND義務の位置付けと意味は激しい論争の争点となっている。しかしながら、近年世界の移動体通信セクターで当事者間の特許紛争が数多く発生しているにもかかわらず、裁判所でSEPとFRANDライセンスが全面的に争われて判決にまで至った事案はほとんどなかった。
英国特許裁判所のコリン・バース判事が2017年4月5日、アンワイヤード・プラネット対ファーウェイ訴訟(Unwired Planet v Huawei [2017] EWHC 711 (Pat))で下した画期的判決は、英国裁判所がFRANDライセンス料を決定した最初の事例となった。同判決は、この分野の判例法における重要な展開であり、FRANDライセンス条件の交渉や決定に関してこれまで未解決だった多くの問題に取り組んだ。また宣言的救済の付与に対する英国裁判所の広範な裁量権を示す一例でもあり、裁判所が紛争解決の場として商業上有用であることを立証した。本レポートでは、FRAND約束の執行可能性、FRANDライセンスの条件、および有効なSEPを侵害したと判断された実施者の影響に関連する判決の側面を中心に取り上げる。
背景
アンワイヤード・プラネット(UWP)は特許ライセンス会社である。同社は、2013年2月にエリクソンから2,000件以上の特許から成るポートフォリオを取得し、電気通信機器の製造・販売企業に実施許諾しようとしている。このポートフォリオには2G、3G、4Gの無線電気通信規格にとって必須と宣言された特許のほか、少数の非SEPが含まれている。
2014年3月、UWPは、5件のSEPを含む6件の特許を侵害したとして英国(とドイツ)でファーウェイ、サムソン、グーグルを提訴した。UWPはその後、全世界ライセンスのほか、英国に限定したポートフォリオのライセンスや英国における各特許のライセンスなど、被告に様々な実施許諾を提示した。一連の技術審理が特許の侵害と有効性の問題を調べるために開催された。技術審理は2015年10月から2016年2月までの間に3回行われ、グーグルは技術審理に入る前にSEPについてUWPと和解に達していた。審理の結果、UWPのSEPのうち2件が撤回される一方、2件のSEPが有効で侵害されているとの判断が示された。これとは別個に、様々な競争法やFRANDの問題を検討するために「非技術」審理が行われた。サムソンがUWPおよびエリクソン(競争法に関する特定の申立てに対して防御するために訴訟参加していた)と和解した2017年7月の時点で、UWPがエリクソンから特許を取得した当初契約が反競争的か否かを含め、競争法に関する多くの主張が消え去った。UWPとファーウェイ間の訴訟は続き、2016年秋には7週間にわたり非技術審理が開催された。
FRAND約束の執行可能性
詳細かつ長大な判決は、FRANDの目的およびETSIのFRAND約束の執行可能性(フランス法に基づくその法的根拠を含む)に関する議論から始まる。判事は、両当事者のフランス法専門家から提出された証拠書類を検討した。そして、フランス法におけるFRAND約束の執行可能性が明確でないことを認めた上で、FRAND約束が公共的、取消不能かつ執行可能であれば公益に資すること、および実施者はSEP所有者にFRAND義務を遵守させられることを知っている必要があることを明確にした。判事は結論として、FRANDは英国裁判所の審理対象となり、執行可能である(すなわち、ETSIのFRAND義務はSEP所有者に対して法執行可能であり、実施者はそれに依拠できる)と述べた。このことは重要である。というのも、今後実施者はFRANDライセンスの条件を獲得するために競争法の抗弁(従来の一般的アプローチ)に依拠する必要がなくなるからである。
FRAND条件の決定
判事は、英国裁判所は広範な宣言的(declaratory)権限を有していると説明した。裁判所は、ライセンスの提示がFRANDか否かに関する二者択一の問題について判断を下す。さらに、英国裁判所は「無から一組のFRAND条件を作り出す」ことはできないものの、ライセンスの提示がFRANDでないと判断した場合、さらに進んで両当事者間の適切なFRANDライセンスの条件を決定することができる。
地域的範囲
本事案の主要な争点は、UWPの英国ポートフォリオについて一組のFRAND条件が存在する一方、UWPのグローバル・ポートフォリオについても別の異なる一組のFRAND条件が存在するといった形で、どちらもFRANDである二組の競合的なライセンス条件が存在し得るか否かということだった。
判事は、所与の一連の状況について一組のFRAND条件(料率やその他すべての条件を含む)のみが存在する(すなわち、本事案ではアンワイヤード・プラネットとファーウェイの間に一組のFRANDライセンスの条件のみが存在する)と結論付けた。そして、こうした認定により、両当事者の提示が互いに異なりながら、どちらもFRANDであるという仮定的な状況に対処する難しさが避けられると述べた。同裁判所はまた、確実性を高め、FRAND約束の執行可能性を概念上簡潔にする点など、かかるアプローチの実際的効果を賞賛した。しかしながら、この立場はこの争点に関して他の裁判所や注釈者が取ってきた立場とは異なるものであり、広範な影響を及ぼす可能性がある。
本事案の証拠に基づき、判事は、世界全体を対象とするUWPのポートフォリオおよび世界で製品を販売するファーウェイのような実施者にとって、単一のFRANDライセンスとは世界を対象とするものであると判示した。したがって、UWPの英国のSEPに限定したライセンスはFRANDではないと判事は述べた。
UWPとファーウェイの間に一組のFRAND条件のみが存在し、UWPの英国のSEPポートフォリオに限定したライセンスはFRANDでないとする認定に対してファーウェイは控訴している。
FRAND料率
本事案の別の主要な争点はUWPのポートフォリオの価値だった。これには、UWPの英国のSEPポートフォリオおよびグローバルなSEPポートフォリオの両方が関わる。両当事者は、ポートフォリオの価値を評価する際、比較可能なライセンス契約および特許計測の手法という二つの主要アプローチを取った。判事は両アプローチを検討することにより評価の問題に取り組んだ。
厳格な機密保持体制の下でファーウェイ、サムソン、エリクソン、UWPから多数の比較可能なライセンスが開示され、それらはUWPおよびファーウェイのために独立の評価専門家によって分析された。判決では、何がFRANDであるかを判断する際に比較可能なライセンスを検討することは有益であるが、常に、そうした比較可能なライセンスが、本件とどこまで類似性があるかについて判断を下す必要があると示された。最も直接的に比較できるライセンスは通常、特許権者が、問題のポートフォリオについてすでに締結したライセンスであり、本事案ではかかる比較可能な対象が二つ存在していたが、特定の理由によりそれらのライセンス契約は有用とみなされなかった。そのため、別のポートフォリオのライセンスを考慮する必要があった。本事案では、UWPの特許はエリクソンのポートフォリオに由来していたことから、エリクソンが当事者となった開示ライセンスが特に関連性が高いと判事は考えた。そして、両当事者から提出された証拠に基づき、エリクソンのポートフォリオから4Gについては0.80%、2G/3Gについては0.67%というベンチマーク料率を決定した。
特許計測調査も両当事者から提案された。これは、SEPとして宣言された特許全体、必須技術と考えらえる可能性の高い特許の比率、およびUWPとエリクソンの所有比率を分析するものである。判事は、主にエリクソンとUWPのポートフォリオの相対的価値(判事の表現によれば「ポートフォリオ強度の指標」)を評価する目的でこの調査を利用した。判事は、特許計測の手法に対する批判を考慮しながらも、個々の発明の重要性を評価しようとしてもすぐに均衡が取れなくなってしまうとして、少なくとも相当規模のポートフォリオについては、特許計測がFRANDを評価する上での唯一の実際的な手法であると結論付けた。とはいえ、時には「中枢的な」発明を対象とする並外れた特許を特定することが可能であることを判事は認めた。しかし、本事案では、UWPのポートフォリオがこの規格に「平均的に」貢献していることを示す証拠があり、これに対する異議は申し立てられていない。判事は、両当事者から提出された証拠に基づいて、4Gのマルチモード携帯電話に関するエリクソンのポートフォリオと比較したUWPのポートフォリオの相対的強度を7.69%と決定した(携帯電話およびインフラに関する2G、3G、4Gのそうした価値は2.38%から9.52%の範囲にある)。
比較可能なライセンスと特許計測調査に関連する認定に基づき、判事は、4Gのマルチモード携帯電話に係るUWPのベンチマーク料率を0.062%とした。これらのベンチマークを基準として、4Gのマルチモード携帯電話に関連するUWPの提示(当初は0.2%、その後審理前に0.13%に引き下げ)はFRANDではないと判示された。特許計測分析から得られた数値を照合して適用すると、4Gのマルチモード携帯電話の場合、このベンチマーク料率は合計8.8%のロイヤルティ負担をもたらす。これは適切な範囲内に収まっていると判事は判断した。
また判事は証拠に基づき、本事案の全世界ライセンスのFRAND条件には、UWPのポートフォリオの規模や様々な市場に固有の価値における相違を反映して、異なる国・地域の販売について異なる料率を設定することが含まれると述べた。これに応じてベンチマークの調整が行われ、UWPのSEPの全世界ライセンスについて下記のFRAND料率が示された(マルチモード携帯電話の場合、最新規格の料率が適用される)。
|
主要市場 |
中国その他の市場 |
||
|
携帯電話 |
インフラ |
携帯電話 |
インフラ |
2G/GSM |
0.064% |
0.064% |
0.016% |
0.032% |
3G/UMTS |
0.032% |
0.016% |
0.016% |
0.004% |
4G/LTE |
0.052% |
0.051% |
0.026% |
0.026% |
判決のこの点についてUWPは控訴している。UWP側の主張は、地域に応じた調整の対象となったベンチマーク料率は、すでに地域差が考慮された、比較可能なライセンス契約に基づくグローバルな総合的料率であるため、そのような形でさらに調整が行われるべきではなかったというものである。
さらに、FRANDの非差別的部分も争点となった。UWPは、2016年のサムソンとのライセンス契約でサムソンに提示したのと同一か類似の料率をファーウェイにも提供する義務がある、とファーウェイが主張したのである。これに関する判事の判断によれば、FRAND約束の非差別的部分は、FRAND料率が全般的に非差別的であることのみを要求している。すなわち、FRAND料率は主に実施許諾される特許の価値を参照して決定されるものであり、ライセンシーの身元、規模または交渉力を料率決定の重要な要因としないことが求められる。FRANDの非差別的部分は、さらに「厳しい要求を課す」要素から成るものではなく、ベンチマーク料率より低い料率が類似状況下の別のライセンシーに実際に認められているからといって、ライセンシーがそれを要求することは正当化されない、と判事は述べた。本事案の事実に基づき、判事は、ファーウェイとサムソンが類似状況下にあると認めたものの、ファーウェイは2016年のUWPとサムソンの契約における料率を受ける権利を持たないと断じた。ファーウェイは判決のこの点についても控訴している。
有効なSEPの侵害に対する救済
本事案におけるさらに別の主要な争点は、UWPがファーウェイに対して締結するよう要求できるライセンスの範囲だった。有効と判断されたUWPの2件のSEPを侵害していると認定されたファーウェイは、UWPの英国のSEPすべてのライセンスを締結する用意があった。UWPの立場は、グローバルなSEPポートフォリオのライセンスを締結することをファーウェイに要求できるというものだった。
すでに説明した通り、判事は、特定の一連の状況について一組のFRAND条件のみが存在すると述べており、本事案では、その範囲は全世界に及ぶものだった。おそらく本判決の最も画期的で論争の的になる点は、判事がその後続けて、UWPはファーウェイに対してFRANDの全世界ライセンスの受け入れを要求する権利があり、受け入れない場合、ファーウェイは英国市場から排除される差止命令に直面すると判示したことだった。ファーウェイは判決のこの点も控訴している。
本判決以前には、SEP訴訟において、特に、想定されるライセンシーが訴訟中の特許またはライセンサーの英国のSEPポートフォリオ全体のライセンスを受け入れる用意がある場合、差止救済を取得できるかという点に関して一定の疑念があった。
さらに、その後の審理では付与される差止の形態に関して論争がおきた。その審理の判決(Unwired Planet v Huawei [2017] EWHC 1304 (Pat))において、バース判事は、有効なSEPが侵害されたと認定された場合の救済措置は「FRAND差止」であると述べた。FRAND差止は、特許侵害の抑止に向けた通常の形態の差止であると同時に、FRAND約束の特別な性質を認め、被告がFRANDライセンス契約を締結した場合失効するという但し書きが付く点でより柔軟性が高い。また本事案のように、FRANDライセンスの期間が限定的で、特許の存続期間よりも短い場合、その差止命令は、いずれの当事者も将来FRANDライセンスが満了した時点で状況に対処するために裁判所に戻る明示的な自由を伴うものであるべきである。これにより、差止の存在がライセンス契約の更新交渉を歪めることが回避される。
コメント
アンワイヤード・プラネット対ファーウェイ事件の判決は、FRAND約束の性質、FRAND交渉における当事者の行動のあり方、およびFRAND料率の決定方法について詳細な指針を提供しており、この点で、SEPライセンスの交渉当事者にとって間違いなく有用である。本判決は、英国裁判所が、非常に詳細な関連する経済的・技術的論拠を考慮に入れて、FRAND料率やライセンス条件を設定する意思と能力を有することを示している。UWPのポートフォリオに関連する裁判所の事実認定それ自体は、言うまでもなく限定的な意義しか持たないが、ロイヤルティの累積(stack)総額の適正水準に関する認定は、業界全体にとってより大きな意義を持つ可能性が高い。また、本判決は裁判所に提出された証拠の結果であり、別の証拠が提出される別の訴訟では、FRANDライセンスの範囲やロイヤルティの累積総額の全体的水準に関して別の結果になる可能性があることに注意すべきである。
また本判決は英国裁判所の広範な宣言的権限を立証するものであり、英国裁判所が特許権者と実施者の双方にとってFRANDライセンスの紛争解決の見込みをもたらすことが確認された。全世界ライセンスに関する認定(現在控訴中)により、まず間違いなく英国はSEP所有者にとって魅力的な裁判地になるだろう。特にその恩恵を受けるのは、ある英国のSEPが有効かつ侵害されていることを証明できたとき、実施者に対して、グローバルなポートフォリオ全体のライセンスを受け入れるか、さもなければ自社製品が英国市場から排除されるリスクを負うことになると主張できる可能性があるSEP所有者であろう。

ピーター・ダメレル (Peter Damerell)
パートナー
peter.damerell @powellgilbert.com
ロンドンを拠点とする知財専門法律事務所パウエル・ギルバートのパートナー。知財訴訟を専門とし、多岐にわたる技術に関する紛争についてクライアントに助言。英国裁判所における複雑で高額な特許訴訟の取り扱いのほか国際的な特許訴訟戦略の形成と調整に豊富な経験を有する。
特に、特許およびFRANDライセンスの問題に関連する電気通信企業への助言に熟練しており、このセクターにおける英国の多くの主要事案に関与してきた。英国裁判所でアンワイヤード・プラネットを相手取ったFRANDおよび競争法を巡る紛争においてファーウェイを代理したパウエル・ギルバートのチームに所属した。

イザベル・バーナム (Isabel Burnham)
シニア・アソシエイト
isabel.burnham @powellgilbert.com
パウエル・ギルバートLLPのシニア・アソシエイト。様々な知財権の紛争および非紛争問題に経験を有する。多岐にわたる業種や技術の特許紛争に関連する助言を提供。英国特許裁判所における訴訟経験に加え、調停および国際的な特許訴訟の調整も経験。英国裁判所でアンワイヤード・プラネットを相手取ったFRANDおよび競争法を巡る紛争においてファーウェイを代理したパウエル・ギルバートのチームに所属した。
英国 パウエル・ギルバートLLP(Powell Gilbert LLP)
85 Fleet Street
London
EC4Y 1AE
United Kingdom
電話 +44 (0)20 3040 8000
ファックス +44 (0)20 3040 8001
ホームページ www.powellgilbert.com