NAFTA再交渉:国際貿易協定における知財条項についての新たな標準を設ける機会
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20年以上にわたり、NAFTAは国際貿易の枠組において、知財ルールにおける標準となってきた。しかしながら、来るべき再交渉は、国際貿易協定の枠組みにおける新世代の知財の基準の誕生につながるかも知れない。
はじめに
北米自由貿易協定(NAFTA)は、カナダ、米国およびメキシコの間に存在する自由貿易協定で、加盟国間の貿易のほとんどすべての側面をカバーすることを意図している。この協定は1990年代初頭に交渉が行われて1994年1月1日に発効した。
知的財産権の分野ほど国際経済法の漸進的な発展および制定における国際的協力が顕著な分野はないということは、広く認識されている。従って、NAFTAが、明確に知財条項を扱う章を設けた最初の自由貿易協定だということは留意に値する。その章は当時としては画期的なもので、ある意味、その後の多くの貿易協定が準拠する標準となった。その多くの条項は、WTOによって、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs)でも採用されており、20年以上にわたってグローバルな知財条項についてのバックボーンの役割を果たしてきた。
自由貿易における市場アクセスおよび無差別の原則と、知的財産権の行使の行きすぎによる貿易禁止との間でうまくバランスを取るため、NAFTAは三段階のアプローチを採っている。まずNAFTAは、主要な国際知財条約で定める原則に基づいて、知財保護についての最低限の基準を設けて、それらの基準の執行を求める。次に、NAFTAは、NAFTA諸国の国境で、知的財産権の執行が実効性を持つようにさせて、知的財産権の保有者が輸入製品による権利侵害から確実に保護されるようにすることを求めている。第三に、NAFTAは、貿易関連の制裁と、一部の例では知財保有者に支払うべき損害賠償も備えた紛争解決手続を設け、知的財産権の侵害に対する実効性のある救済を与えており、その結果、NAFTA3国の知的財産権保有者は、国内法で適切な保護を受けられない場合でも知的財産権を執行するための追加的な手段を獲得している。
NAFTAの施行
条約に署名した3ヶ国におけるNAFTA知財条項の施行により、より包括的な政府間の枠組を形成するために法を調和させ段階的に発展させる努力の中で、各国の国内法には重要な変化が起こった。
米国の観点からみて、最も劇的に変わった変化は、
- 一般的に20年の特許期間を定める変更
- 出願後18ヶ月で特許出願を公開する変更
- 他のNAFTA諸国で発明日を基準とすることを許容するため必要な変更
- 産地について誤信を生じさせる表記の商標登録を防止するための商標法の変更 ならびに
- 著作権が既に期間満了した一定の作品について保護を回復させる、著作権における変更
カナダでの主要な変更は、
- 問題となる特許の出願または(場合により)優先日より前にその発明を使用していた者にとっての、特許に関して存在する先使用者権に対する制限
- 連邦政府および州政府が特許権者から任意の実施権を取得しようと努力したが取得できなかった場合に、その特許権者の同意なく発明を使用する当該政府の権利に対する制限
- 医薬品についての発明に関する事前の特別な強制実施権条項の廃止
- 税関当局が模造品の輸入を防止するための改善された手続の規定
- 使用意思に基づく商標出願を裏付ける使用宣誓書の提出条件が改定され、不使用を理由とする登録取消を求める法的手続に対する防御のための使用証拠の要件が緩和された
- コンピュータプログラムおよび音響録音についての貸与権の導入、ならびにカナダへの模造品の輸入を著作権者が阻止する権能の改善 また
- 知的財産権を侵害するデザインの輸入、貸与、および販売のための公開を訴訟提起の対象とする法改正がなされた
1980年代には、メキシコは、全世界でもより質の悪い知財法と知財執行制度を持つ国の一つとして報じられていた。しかしNAFTAについての交渉と平行して、メキシコは1991年に重要な法改正を実施し、NAFTAが効力を生じた時点では、メキシコは、貿易相手国との関係での法改正に関しては残された課題は比較的少ないという印象を与えるようになっていた。とはいうものの、新たな法律の規定は、以下のものを含んでいる。
- 特許の保護は、広範な範囲の製品およびプロセスを対象とするように拡張された。たとえば、医薬化学製品を作成するための微生物、植物種およびバイオ技術プロセスを初めて含むようになった
- 特許の保護期間が20年に延長された
- 損害賠償請求を通じた特許権行使
- 強制的実施権についての限定的な枠組の制度
- 実用新案および工業意匠の登録についての特別な出願手続
- 産業機密および集積回路についての保護
- サービスマーク、商業スローガンおよび商号についての保護
- ソフトウェア、音響録音についての著作権保護、およびデータベースについての保護 ならびに
- 著作権侵害に対する刑事上および民事上の制裁の強化
国内法のさらなる改定が1994年に実施されており、これは署名済みのNAFTAの要件をより良く遵守するためとされている。
約23年が経過した現在、NAFTAが制定されて実施された時から状況は大きく変わったが、この協定は、その知財に関する章も含め、その変化に対応した更新がなされていない。
NAFTA再交渉についての状況
近年、現在の国際的な枠組、特にWTO、世界知的所有権機関(WIPO)および国連(UN)が設定する最低限のレベルの保護だけでは、利害関係者の期待に応えることができないのではないかという懸念が起こっている。この懸念の結果として、偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)のような特定の多国間の知財協定によって、または環太平洋パートナーシップ(TPP)のような自由貿易協定の中により包括的な知財関係の規定の章を含めることによって、保護のレベルを高めようという試みがなされるようになった。それにもかかわらず、これらの試みは今のところ成功には至っていない。ACTAは、模造品、ジェネリック医薬品、およびインターネット上の著作権侵害に関する知的財産権の執行の新たな国際的基準を設定することを意図した条約で、いくつかの国と欧州連合が署名したものの、カナダ、米国およびメキシコを含む署名国が批准できていないため、いまだに発効していない。同様に、TPPは、国際的な舞台での知財条項についての基準を提起することを意図した知財関係の規定の章を備えて、12ヶ国の政府により署名され、そこにはNAFTA加盟国もすべて含まれていたのだが、2017年1月23日に米国がこの条約から脱退したことから、その存続が危ぶまれている。米国が参加しないため、この条約は、多くの国にとって潜在的な長所も利益もほぼなくなってしまっている。一部の国は、他の国々に加入するよう勧誘することさえ考えて、TPPを推進する努力をしているようだが、現在の国際情勢では困難と思われる。
米国の新大統領の2016年の選挙公約には、前述のとおり既に実現したTPPからの脱退だけでなく、NAFTAについての全面的な再交渉、さらにはそこからの米国の脱退までも含まれていた。2017年5月18日、米国通商代表部が米国議会に宛てた書面によれば、同代表部は、可能な限り早くNAFTAの再交渉を実施するが、その時期はその書面を発行して90日以降になるとのことであった(つまり2017年8月16日以降である)。全部で6段落に分かれたこの書面には、知的財産権を扱う新たな条項を設けるように協定を改定するのが再交渉の狙いの一つだという記載がある。この書面では、米国の貿易相手国が貿易協定のもとで行った約束について履行の実効性と強力な執行を確保するという別な目的を強調している。このことは、知的財産権とその執行が国際貿易の舞台で獲得した重要性を示すものである。
TPPには知財条項の章が備わっていることを踏まえると、米国のTTP離脱は、強力な国際的知財保護基準の実現の促進を主導する国の一つとして米国が果たしてきた歴史的役割が失われることを意味するのではないかという懸念を引き起こした。しかしながら、知財関係規定の章の改定に特に力点を置いてNAFTAの再交渉をするという米国通商代表部の意図により、そのような懸念はある程度は解消され、「新たな条項」と「強力な執行」がNAFTAの知財条項の章、ひいては関係国の国内法制にとってどのような意味を持つかについての検討が行われるようになったのである。
NAFTA再交渉における知財条項
知財問題を取り扱う最新の国際条約についての議論を踏まえるならば、NAFTAの知財規定の章を再び画期的なものにするために協議するべき主題は多い。
加盟国の内部で制度の調整が既に成り立っていることからすれば、一定の知財関係条約に加盟するか、少なくともそれに対応する取り決めを国内法で検討する義務は、NAFTA加盟国にとっては議論すべき問題とはならないだろう。しかし、同協定に加盟していない国にとっては、伝統的な知財関係条約、たとえばパリ条約(発明)、ベルヌ条約(著作権)およびTRIPs協定に加えて、以下の条約から採用された取り決めも、国際経済法の文脈の中で必須となりうることについて考慮する必要があるということを念頭に置くべきだろう。すなわち、特許協力条約(PCT)、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約、標章の国際登録に関するマドリッド協定の議定書、もしくは商標法に関するシンガポール条約、植物の新品種の保護に関する国際条約、WIPO著作権条約、WIPO実演・レコード条約、特許法条約、ならびに意匠の国際登録に関するハーグ協定である。
関係国それぞれの知財当局の間の協力を義務づける規定を導入する可能性も、議論の対象となりうるだろう。当局間の協力としては、登録と出願の手続の均質化、さらには人員の訓練と情報交換(とりわけ特許分野)が想定されうる(例:特許審査結果の共有)。研究、イノベーションおよび経済成長のための知的財産の使用に関わる管理と登録のシステム及び政策も、協力の枠組の中で考慮すべき課題だろう。
協議の対象となりうる他の論点としては、次のようなものが含まれる。10年以上の商標の保護期間。非伝統的な標識(たとえば音響や香りによる標章)の保護についての障壁の撤廃(例:メキシコは現時点ではこれらの標章の保護を定めていない)。70年以上の著作権保護期間と、強力な著作権執行規定。保護された作品に対するアクセスを統制する技術的保護手段の回避を狙った行為、またはデジタル環境での権利管理情報の除去もしくは改変を狙った行為を行う者に対する刑事訴追の可能性。インターネットサービスプロバイダのための著作権セーフハーバー条項の枠組に関する規定(著作権対象の素材の不正な保管および送信を阻止するためのインターネットサービスプロバイダと著作権者との協力を含む)。暗号化した衛星信号の保護。営業秘密の保護についての実効性のある執行可能な法的手段。バイオ製剤である、またはそれを含む新規医薬品についての明示的な保護。医薬品およびバイオ医薬品の市場化承認のため提出された未開示の試験データの保護。地理的表示の保護についての強制力のある枠組。少なくとも医薬品およびバイオ製品/バイオ技術製品を対象とした特許に関して、特許当局による特許審査中の不当な遅延、または保健衛生当局による販売承認手続中の不当な遅延を補償するための、特許存続期間の調整(例:メキシコは現時点では特許存続期間の延長を一切許容していない)。ある薬品を対象とする有効な特許権が存在する場合にその薬品の販売承認を防止するための、保健衛生当局と特許当局との間の協力の強化(「連携システム」と呼ばれる枠組)。特許侵害の状況における民事手続および刑事手続、模造製品が当事国の市場に流入すること及びそれに類する問題を阻止するための暫定措置、国境措置の改善。
コメント
NAFTAは、知的財産権およびその執行に関する包括的な条項を構想した最初の国際的協定だった。今日まで20年以上の間、そのような包括的条項は、NAFTAの文言から直接採用したかどうかはともかくとして、国際貿易の枠組の中の知財のルールの基準となってきた。NAFTAは今や再交渉がなされようとしている。今年、早々に協議が開始するとみられている。再交渉のきっかけとなった理由はともかくとして、NAFTAの知財条項の章が、改定されないままで長年にわたり効力を有してきたために時代遅れになったのは事実である。一方、再交渉は、国際貿易協定の枠組みにおいて、NAFTAを、世界から見て新世代の知財基準の誕生となるような協定に再び生まれ変わらせる結果となるかも知れない。

ビクトル・ガリド (Victor Garrido)
特許部門長
ビクトル・ガリド氏は、デュモン・ベルグマン・ビデル法律事務所(Dumont Bergman Bider & Co, SC)の特許部門長である。ガリド氏は工業化学技術者で、専門はポリマーと知財法であり、16年以上特許案件を担当している。同氏の取り扱ってきた分野は、特許、工業意匠および実用新案の行政面と技術面の双方にわたり、先行技術サーチ、出願の起案と提出、方式審査および実体審査の両方についてのカウンセリング、特許性についての技術評価、クリアランス分析ならびに訴訟のための意見作成を含む。ガリド氏は国内外の専門家団体(現地のメキシコ知的財産保護協会、国際知的財産保護協会、国際商標協会、米国知的財産法協会、ならびに知的財産法律事務所協会など)のメンバーである。スペイン語が母語だが、英語も堪能である。
メキシコ デュモン・バーグマン・バイダー法律事務所 (Dumont Bergman Bider & Co, SC)
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