営業秘密管理を利用して 競争の優位性を最大にする
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営業秘密に対する台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング社のアプローチは、知財保護を遥かに超え、競争力の強化を通して価値を創造するものとなっている。
恋は秘密でなくなったときに喜びではなくなってしまう。 アフラ・ベーン(1640-1689)
営業秘密の法律上の定義には、当該秘密を他者と共有することなく独占的に保有し使用する所有者の独自の意思および立場が明示されている。これは単純に、営業秘密の所有者は、自らの秘密を活用してできるだけ長く競争上の優位性を維持することを望むからである。
しかし、営業秘密管理の真の戦略的使命は、単に秘密所有者の特別な知的財産を管理するのではなく、その総合的な競争力を管理することにある。営業秘密を知的財産管理というレンズのみを通して考えると、その重要性や、営業秘密管理がまずいと会社の競争力にマイナスの影響が及ぶという事実を適切に考慮することができない。
システムの同期とシナジー効果
営業秘密管理は、他の業務や管理システムと連携して会社の最終目標を達成するためのハブとなることができる。営業秘密管理は、会社の他の業務や管理システムとの安定した同期化を開始する絶好の機会を社内外の弁護士に提供している。しかし、弁護士は、この旅に乗り出す前に、会社の営業秘密を特定する必要がある。
この任務は単に適用法に基づく営業秘密の法的な要件や定義を見直すということではない。弁護士は、一段と踏み込み、会社の中核的競争力に戦略的レベルで焦点を当て、これを特定すべきである。製品デザイン会社であれば、その中核的競争力として、使いやすくて実用的で多機能、流行に敏感でエレガントかつ洗練されたデザインを生み出すことが挙げられるであろう。一方、製品製造会社の中核的競争力には、製造における卓越性、品質管理、納期遵守、費用対効果その他の要素が含まれるかもしれない。会社の置かれているエコシステムについて、全体的なサプライチェーンにおけるその役割に基づいて検証することも重要である。これは、会社の競争力は、川上および川下の産業・部門を含むエコシステム全体の観点から推量し検討する必要があるということを意味する。弁護士は、こうした要素を検証し、会社の現在の中核的競争力や営業秘密を正確に特定すべきである。
この任務では、会社の現在および将来のポジションの両方を対象とすることも必要である。例えば、特定の業界でトップの座にある企業は、追随企業から十分に安全な距離を保ち、新規参入者に対しては大幅にハードルを上げることによって、その地位を維持することに高い優先順位を置くことになるであろう。しかし、追う立場にある企業は、トップに追いつくようあらゆる努力をし、或いはトップを超えようとさえする一方で、自社の競合他社や新規参入者に対してはやはりハードルを上げることを考えるであろう。このように、会社は異なる段階において異なる競争戦略を策定することになるため、弁護士は、当該会社のその時点で最新の競争力と営業秘密を、会社が取るべき道筋に従って特定することが必要となるのである。
文書管理
会社の競争上の優位性と、こうした優位性の実現に結びつく営業秘密を特定し、優先順位を決めたら、弁護士は、こうした営業秘密を記録してその一覧を管理するための手順やガイドラインを定めなければならない。これによって弁護士は、会社の知財ポートフォリオをより正確に評価し、調査や訴訟の際に迅速に営業秘密の所在を突き止めることができる。営業秘密は十分に詳しい内容を示して記録し、これらの記録は安全な保管場所に保持し、会社の標準的な文書保存方針からは除外して管理されるべきである。
しっかりとしたITシステムがあれば、弁護士はそれを活用して営業秘密の文書記録の効率性を高めることができる。高度なキーワード検索やデータ並び替え機能を持つITシステムは、効率よく営業秘密の所在を突き止め、分析したいときに便利に活用することができる。ITの専門家と協力すれば、こうした重要資産のデータ管理の集中化を可能とすることができる。
営業秘密データを人材のために活用する
営業秘密管理は、会社の他のシステムと同期させて会社の事業や成長のための著しいシナジー効果を生み出す重要なハブの役割を担っているといえる。会社は、営業秘密管理システムに記録されている営業秘密の発明者のバックグラウンドを分析することによって、人材採用および維持戦略を含む有効な人材戦略を策定することができる。
例を示すと、従業員がある営業秘密を発明した場合、この貢献はその従業員の人事ファイルに記録される。その後、このデータは集約・分析されて個人的特性を生み出し、経営者は、これを参考にして、会社の競争力に貢献する発明を生む可能性の高い候補者を積極的にターゲットとすることができるというわけである。
営業秘密の発明者が退職を申し出た場合、発明者の上司は、営業秘密管理システム内の情報やデータを利用して、発明者の退職を認めた場合の潜在的損失やリスクを評価することができる。そうした評価により、会社は、報奨金を利用してでも発明者の翻意を促し、会社に留まるように説得するべきかどうかの判断の一助とすることができるかもしれない。
特許および契約管理チームと連携する
営業秘密管理と会社の特許管理システムとの間の綿密な調整を行うことは、会社が競争力を保つために役立つ健全な知財戦略を持てるようにするために極めて重要である。会社は、以下のような様々な理由から、特定の発明について特許保護を申請するのではなく、これを営業秘密のままにしておくことにすることもある:
- 当該発明が比類のない競争優位性をもたらす可能性がある場合。
- 特許侵害の証明が困難と思われる場合。
- 会社のビジネスモデルの特殊性により、そうすることが求められる可能性がある場合。
しかし会社は、後日その戦略を変更し、特許保護を申請することを決めるかもしれない。最適なアプローチの策定を支援するためには、営業秘密管理チームと特許管理チームの間の意思疎通の合理化が極めて重要である。営業秘密管理システムには、営業秘密管理と特許管理の担当管理職に対して、イノベーション保護の手段を適時見直すように催促する機能を設定することができる。そうすれば、該当する特許法の下でイノベーションの特許出願ができなくなる前に、前述の催促機能が働く。
会社は、取引の過程において、サプライヤーや顧客に対し自社の営業秘密を開示することがある。そうした場合、会社は、サプライヤーや顧客との間で、発明の所有権に関する技術協力や提携契約または共同開発契約の締結も行うであろう。求められるシナジー効果を最大化するために、以下に詳述する通り、営業秘密管理を契約管理システムと同期させ、締結済みの契約について、関連する営業秘密管理活動や監視手順を始動させることができる。
図1. 営業秘密管理

監視と調査 ― 従業員
統計では、ほとんどの営業秘密窃盗事件(米国の連邦判例の90%や米国の州判例の93%など)には、従業員やビジネスパートナーが関与していたことが示されている。従業員は会社の営業秘密を漏洩する可能性があるため、会社は、自社の営業秘密の不正な移動や開示を禁じる方針を積極的に徹底することが極めて重要である。実例として、従業員が会社の営業秘密を含む電子メールを私的アカウントや権限のない第三者のアカウントに送信するといったケースがある。会社は、添付ファイル付きの送信メールには特に注意を払う必要がある。悪意を持った野心的な従業員は、ファイル名を変更して会社の監視を意図的に潜り抜けるかもしれない。例えば、部署の最近の休日パーティの写真が含まれていると偽ったメールが、会社の最近の研究開発計画や重要な発明の画像を含む添付ファイルの隠匿に使われることもあり得る。
従業員の退職手続きの一環として、出口面談を実施することが会社にとって重要である。これは、退職する従業員に対し、退職後も存続する守秘義務について改めて念を押し、書面でその同意を得る機会を会社に提供する。退職する従業員の活動の監視を拡大し、早い段階(従業員が退職することを会社が知った時点など)で予防措置を講じることも検討する価値があるかもしれない。
時に、会社は、従業員が退職して競合他社に入社する直前に、営業秘密を含む文書のダウンロードや印刷、またはその他の方法で移動させたことに気付くことがある。そうした場合は元従業員とその新しい雇用主(競合他社)に正式な通知を送り、両者に対し元従業員の不正行為を通知し、新雇用主が不正流用された営業秘密を将来的に利用することに対し正式に警告することでこれに対応することができる。
営業秘密の外部への流出を防ぐことに加え、新しく雇用された競合他社の従業員によって持ち込まれる不正流用された営業秘密による汚染を回避する手順を実施することも必要である。競合他社の従業員を採用するにあたり、会社は通常、当該従業員に対し、同人が競合避止条項や同様の制限の対象となっていないこと、また前雇用主や他の第三者に属する営業秘密を会社に開示したり会社の従業員に伝えたりしないことを書面で確認するよう要求する。従業員の上司に対し、従業員に競合他社の秘密情報を引出そうとすることを禁止する明確な方針を持つことが重要である。そうした新規採用者による特許出願での発明の開示においても、当該従業員が不注意から前雇用主の営業秘密を不正に使用してしまうことで生じる可能性のある汚職紛争を予防するためにも、特別な注意を払う必要がある。
従業員が営業秘密を漏洩するケースとして別の形も挙げられる。従業員が専門家のネットワークやその他の第三者コンサルティング会社から、魅力的な時給のコンサルタント料と引き換えに業界の知識や技術知見を教えてほしいと勧誘される場合である。そうした契約は、従業員に会社の営業秘密の漏洩を求めるものではなく、単に一般的な相談や特定の業界情報の説明に過ぎないかもしれない。しかし、コンサルティングの際に直接的に営業秘密が要求されることはないとしても、公知の事柄についての議論と関連する営業秘密の開示との境界線を従業員がうっかり超えてしまう可能性は考えられる。従って、会社は、自社の従業員によるそうした契約への関与に適切に注意を払うことを検討すべきである。

営業秘密を人事ファイルとリンクさせたデータは、発明の実績が最も多く貴重なノウハウを持つチームメンバーを特定するのに役立つ。
監視と調査― ビジネスパートナー
会社は、業務の過程において、サプライヤーや顧客等のパートナーと、特定の営業秘密を共有することを必要とされる場合がある。こうしたことは、秘密を保つために秘密保持契約(NDA)に規定されるような契約上の秘密保持条件の下で行われる。NDAに基づいて開示される営業秘密の保護をより確実なものとするために、会社は、当該営業秘密が会社にとって価値のあるものであり続ける限り秘密保持期間を定め、また必要であれば無期限の秘密保持期間を定めるよう努力すべきである。悪用や不正開示のリスクを減らすために、NDAではさらに、特定の営業秘密へのアクセスを具体的に記名された従業員に制限したり、アクセス権制御やアクセスログの実施を開示の条件としたりすることもできる。
会社にとっては、ビジネスパートナーがNDAを必ず遵守するようにするために、自社のビジネスモデルの特徴に従って基準や手順を確立することが非常に重要である。会社は、営業秘密を受け取る相手方に対し、営業秘密について話し合われる会議の出席簿を提供すること、また全ての参加者が当該情報を知る必要があり、かつ承認された名簿に記載されている人であることを証明するよう求めることができる。さらに、会社は営業秘密を受け取る相手方のメールを監査し、メールの受信者全てが承認された名簿に記載されている人であることを確認することもできる。とは言っても、NDA違反は必ずしも営業秘密の不正流用に当たるわけではなく、会社は、営業秘密法の具体的要件に従ってさらにこれを検証する必要があるであろう。
ビジネスパートナーは、技術協力や提携または共同開発契約を締結することがある。そうした契約では、契約当事者は、通常、協力プロジェクトに基づき生み出された知的財産の知財所有権(フォアグラウンド知的財産)に関する具体的な規則を取り決める。契約当事者は、フォアグラウンド知的財産の全てを共同所有することで合意するか、または各当事者の中核ビジネスに基づきその所有権を分け合うことで合意することができる。例えば、製品デザイン会社はデザイン関係の知的財産を所有し、他方、製品製造会社は製造関連の知的財産を所有するということである。
上述の通り、ビジネスパートナーは会社の営業秘密の漏洩経路となり得る。アメリカには、「隣人を愛せよ。しかし垣根は取り払うな」という古いことわざがある。さらに「彼らが常に正直であるように、垣根には毒ツタを加えよ」と続く場合すらある。合意した知的財産の取り決めが完全に守られるようにするため、技術協力の相手方を監視することが重要である。

製造その他の業務提携には、不正流用のリスクを下げるために、継続的な監視プログラムを備える必要がある。
こうした技術提携契約が締結され、契約管理システムにファイリングされた時点で、これは自動的に営業秘密管理システムに同期させるべきである。システム間通信を利用すれば、公開されているデータをチェックすることにより継続的な監視プロセスを前もって始動させ、会社の営業秘密の不正流用や一般への開示が行われていないかを確認することができる。例えば、営業秘密管理システムは、会社の営業秘密がビジネスパートナーによって同意なく公開記事の中で引用されたり特許の出願に使われたりしていないかを監視するのに利用することができる。カスタマイズされた人工知能技術を活用して会社の内部データと外部情報を絶えずパトロールし、営業秘密の漏洩や不正流用の可能性を特定するようにすればさらに効率的といえる。
会社が自社の特許出願や記事の公表においてパートナーの営業秘密を不適切に使用しないようにすることも同様に重要である。よって、監視システムでは、社内外の両方のチェックがカバーできるようにすべきである。関連する契約の満了時や終了時に、営業秘密を保護するために適切な措置を講じるよう会社に思い出させる警告機能が契約管理システムに備わっていればさらに効率的であろう。例えば、会社は、営業秘密の交換を含む特定契約の満了または終了後、パートナーが会社の営業秘密の全てを完全に返却または破壊したことを確認する手段を講じることが必要となる。
さらに、会社は、ビジネスパートナーの守秘義務遵守を確実なものとするために、NDAや技術協力契約に監査権を追加したいと考えるかもしれない。会社は、ビジネスパートナーとの業務契約の具体的な性質やモデルに基づいてカスタマイズされた監査基準やプロセスを策定すべきである。例えば、問題の営業秘密が製造工程技術を含むとしたら、監査は少なくとも製造工程技術、ITシステムおよび法律の3つの専門分野の専門家によって実施されるべきである。異なる製造段階に関係する様々なITシステムから営業秘密が完全に除去されたことを確認するために、監査範囲の網羅性を確認および検証することが非常に重要である。必要かつ実行可能であれば、会社はパートナーに対し、そのシステムから会社の技術が全て除去されたことを確認するために、その時点での製造工程を実演するよう依頼することを検討するのも一案かもしれない。
監査プロセスにおいて、会社は、競合他社やその他の第三者に属する営業秘密にうっかりアクセスすることのないよう注意しなければならない。実現できるものであれば、会社は、汚染の可能性を回避するために専門家たる第三者を監査人として雇って監査を実行してもらうことを検討すべきかもしれない。
前述の保護メカニズムを実施することに加えて、会社は、顧客やサプライヤーから開示された営業秘密について、不正漏洩や不正流用を防止するために、それを管理するのために求められる方針や措置を実施することができる。自社の営業秘密を顧客やサプライヤーから入手したものと分離するためのアクセス権制御やファイアウォールの設置が、賢明な措置であろう。

フォーチュン・シー
台湾セミコンダクター・ マニュファクチャリング社のアソシエート・ジェネラル・ カウンセル
不正流用に対応する
営業秘密管理には、不正流用、またはそれが疑われるだけの段階から対応し、直ちに行動が起こせるようにするための標準業務手順も含まれなければならない。こうした問題に対処するためには、熟練した専門家を配属することが必要となる。理想とすべき対策本部は、法律、情報技術および営業秘密に関連する技術分野(デザインや製造技術の専門知識など)の専門家が含まれるものである。並行して、会社は、必要かつ適切な予防措置を講じるべきである。
営業秘密の不正流用が民事責任に加えて刑事罰の対象となる法域に会社がある場合は、刑事告訴を行うことを検討することができる。こうした場合、内部調査が国の捜査官が行う犯罪捜査の妨げとならないように、適切かつ専門的な境界線を引くことが重要である。これは、会社の不適切な内部調査が不用意に被疑者の注意を喚起して証拠の隠滅につながる可能性が懸念されるためである。同時に、被疑者は報復のために密かに会社の営業秘密管理システムに損害を与えることも考えられる。
根本的に、営業秘密は非公開であるという特性があるため、司法官が効率的に犯罪捜査を実施することができるよう、弁護士が必要かつ十分な資料や裏付証拠を提供することが極めて重要となっている。これは攻撃側と防護側のどちらの側にとっても等しく重要である。営業秘密の犯罪捜査には営業秘密の所有者の権利と告訴された被疑者の権利のバランスを取る必要性が必然的に伴うからである。例えば、犯罪捜査令状を執行する際に押収されたデータには、問題となっている告訴人の営業秘密と被疑者の独立の営業秘密の両方が含まれている可能性がある。弁護士は、捜査が適切な範囲で効率よく進展するよう専門的な取り決めの下でこうしたプロセスを円滑に進めるのに重要な役割を果たし得る。従って、弁護士は、司法官の犯罪捜査を支援するために、あらゆる必要データや資料に明瞭で詳細な説明を添えたものを用意すべきである。実務的経験から、弁護士が詳細でよく準備された裏付証拠を提供することにより、司法官の捜査が著しく進むことが示されている。
こうした活動を担当できる十分かつ優秀な社内弁護士が会社にいない場合は、社外弁護士に相談して、実行可能な業務プロセスやガイドラインを適時に設定するようにすべきである。
競争力を高める
営業秘密管理の究極の使命は、会社の競争力の管理と向上である。従って、営業秘密管理のために設計されるメカニズムやそうしたメカニズムによって取られる対策は全て、その目的のためということになる。
営業秘密管理はその固有の任務を遂行するために、機能を会社の他の業務運営システムと上手く同期させ、それらと一体化する必要がある。会社の競争力は、営業秘密管理のシナジー効果を最大化することによって、しっかりと管理され、向上することになる。
行動計画
知的財産は、優れた営業秘密管理システムの1構成要素に過ぎない。企業幹部は、知的財産と人材、情報技術、販売、顧客関係および経理のバランスを取る手法を作り上げる必要がある。その際、以下の指針が役に立つかもしれない。
- 営業秘密を法的な現象と考えてはならない。営業秘密は貴社の中核的競争力を明確に示すビジネスツールである。
- 貴社のチームだけではなく、システム間も互いに連動させるべきである。自動リマインダー機能があれば、ある技術について特許を取るか否かの重要な意思決定の期限を見落とさずにすむ。
- 営業秘密に関わる取引関係に定期的な監査を組み込むこと。「隣人を愛せよ。しかし垣根は取り払うな。」
- 従業員と営業秘密がリンクした優れたシステムは、たとえ従業員が退職を考える前であっても人材管理に活用できる。
- 各営業秘密の経済価値の評価額を算定する際は複数の手法を使うこと。