世界のトップ知財ディール・メーカーに聞く

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2016年のIAMマーケットメーカーのリストは、知財取引交渉の現場で事業体の優位性が高まっている状況と、市場で進む国際化を反映するものとなった。

マーケットメーカーが最初に発表されたのは2014年である。これはが毎年選出する、グローバル知財取引市場を牽引する最も影響力の大きい人物のリストである。初回のリストは米国の企業で占められ、特許不実施主体(NPE)の数も目立って多かった。3年を経た2016年のリストに集まった顔ぶれは知財取引の現場がいかに変化したかを物語っている。アジアの事業体で働く人物がより多く登場し、ヨーロッパの存在も非常に大きくなった。NPE幹部の登場がはるかに少なくなったため、当然ながら米国企業はここ数年に比べて減少した。これらの変化は、本格的なグローバル化に向けて知財市場で現在行われている改革の現れである。

言うまでもなく、米国特許を扱っている者はアリス判決後、米国特許法改正後の世界で生きている。過去の確実性はもはや存在しない。たとえ特許が出願手続きを通過したとしても、特許審査部や法廷での綿密な調査に耐えて生き延びられるかの保証はない。確実性を損なったことで特許の価値が脅かされているだけでなく、取引の仕方にも影響が表れている。訴訟という直接的脅威が交渉の席につかせる唯一の手段であることも少なくない。このような変化にもかかわらず取引は今も行われている。ただ米国以外の資産への注目がさらに高まり、昔ながらの収益スタイル以上のものが求められるようになった。今日、特許の価値は様々な形で表されるようになってきた。ここに登場するマーケットメーカーたちは、そのすべてに卓越した才能を持っている。

このリストに頻繁に登場する事業体の中には、依然としてライセンス収益の構築を優先目標としているものがある一方で、特許を利用して新市場に参入する自由を確保すること、または顧客との関係を確立することが長期的に見てライセンス収益よりもはるかに魅力的だと考える事業体もある。この違いを理解し、それに見合った戦略を考え出すのがマーケットメーカーたちの腕の見せ所である。

マーケットメーカーを決定するにあたっては、が独自の調査を土台とし、これに多くの市場参加者との会話を重ねて選定した。また取引活動を細かく観察した。客観的な尺度というよりはむしろ現場で起こっていることを反映する形となっている。もちろん、公に入手可能な情報と一般に共有できる情報に基づいてしか、われわれは判断することができない。取引の性質上、内密に行われたり非公開に展開されたりした革新的戦略は、われわれのレーダーにひっかかる可能性が低い。もしこのリストに登場していない人がいたとすれば、そういった理由からである。

したがって、挙げ損じた名前もあるだろうし、登場順はもちろんのこと、その選択は誰もが納得するものではないことは承知している。しかしながら、我々の努力が未だ極めて不透明な市場に光を当てようとする誠実な試みであることを認めていただけたら幸いである。

本記事の初版は、IAM2016年11/12月号に掲載された。リストに登場したメンバーの中でその後離職または昇級された人については、日本版の読者の利便性を考慮し注記を記載した。本記事に記載された企業及びエグゼクティブの全ての最新情報はのブログをご参照いただきたい。

40ビリー・チェン、台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー

ビリー・チェン氏は、前職である台湾工業技術研究院、マクロニクスの知財・リーガル部門の責任者を経て、2012年に台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(TSMC)知財担当最高法律顧問として同社に加わった。過去4年間でTSMCのポートフォリオは、特許戦略の攻め・守りのあらゆる面を取り入れて拡大した。TSMCは数多くの出願を行ってきた伝統があり、現在もそれは変わらない。一方で、同社が成長目覚ましい大型ポートフォリオを所有しているもうひとつの理由は、定期的な調達にも力を入れていることにある。例えば4月に成立したカナダのNPEであるウィーランとの契約では約400の特許がTSMCに譲渡された。チェン氏によると成立させた契約の殆どがこうした混合型であり、買い手市場が続くと予想されることから、今後、チェン氏にとってはTSMC社の資産を増やす機会が更に増えるにちがいない。[43頁のインタビュー参照]

40 ビリー・チェン

地道な努力

30年間業界で活動してきたベテラン、ビリー・チェン氏は2012年、知財担当最高法律顧問として台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー ・リミテッド(TSMC)に入社した。その後、知財ディレクターの役職にも就き、特許関連の職務すべてに責任を負うようになった。同氏の指導の下、TSMCは社内出願および第三者の特許取得取引を通じて急速にポートフォリオを拡大してきた。

Q:TSMCの特許戦略の概要は?

TSMCは、知財戦略全体を攻撃や主張を基本とする姿勢で策定することはありません。沢山の特許を出願し、社外からも特許を購入しますが、その基本的な目的は、会社の技術、発明、事業活動の自由、そして最終的には市場シェアを守ることです。

TSMCの全体的な知財戦略は、R&Dを通じた自律的成長と外部からの取得の組み合わせです。特許戦略を立てるときは、技術を注意深く厳密に検討します。非常に機密度が高い場合は、その主要技術が漏れないように営業秘密やノウハウの保護を使用します。この場合、社内チームの中でイノベーションや開発を行うことになります。技術の中にはそれほど機密度が高くないものもあり、この場合は外部の提供者から取得させてもらいます。

Q:TSMCは4月にライセンス取引の一環としてウィーランから約400件の特許を取得した。こうした契約はよくあることか。

TSMCは従来、何件もの特許取得や取引をしてきましたが、それらは通常機密的で、社会やメディアに開示されることはありませんでした。TSMCにとって特許取引は普通、厳密な購入、売却あるいはライセンシングの取引というより、たいていはライセンシング、譲渡および売買が絡む包括的な混合取引です。ウィーランとの取引について言えば、それは創造的、戦略的な取引で、友好的かつウィンウィンの解決法となりました。TSMCは、知財紛争に対する創造的、多面的、ウィンウィンの解決法を探求したいと考えています。こうしたアプローチは当社にとって成功と言える結果をもたらしました。

Q:TSMCは米国特許審判部の手続きに非常に積極的である。米国の訴訟環境の今後の方向は?

訴訟を争うという点ではTSMCは非常にタフです。当社が被告の立場になる場合、相手の原告はほとんどが特許不実施主体(NPE)です。2010年以後、当社のチームは熱心に精力的に活動し、NPEが米国で提起した数件の特許事案に勝訴してきました。TSMCは決して屈せず、知財権保護のために戦い続けます。TSMCは容易な標的ではないという強いメッセージを送っています。同時に、米国における知財権の申立人上位10位に入っており、審査開始率は100%です。TSMCには戦う態勢が十分整っており、決して訴訟を恐れません。自社技術を擁護し、いつでも防御に立ち上がります。他方、交渉にも応じます。普通、単にロイヤルティ料を払ったり、純粋なライセンス取引を交わしたりすることはありません。むしろ、革新的な解決やウィンウィンの状況を促進するための交渉を行います。

Q:半導体業界の合併・買収の波によるTSMCの知財戦略への影響は?

変化や取引を注意深く見守っています。TSMCが現在ライセンス契約やクロスライセンス契約を交わしている相手先企業が買収された場合、その取引が合併後変化する可能性があります。また、それらの取引を通じて競争相手の手に渡る特許も見守ります。その結果、バランスが変わるため、各取引の潜在的リスクを評価する必要があります。

Q:近い将来、アジアで起きる最大の変化は?

最大の変化は中国の特許とその価値が増大することだと考えます。TSMCは中国で多数の特許を出願し、保護を求めており、中国の特許の数と価値が上昇すると見ています。今のところ特許の主戦場は米国ですが、間違いなく中国に移るでしょう。商業市場がどこであろうと、必ず特許戦争がついて回ります。そして今、企業にとって中国市場の存在が大きくなっています。

Q:女性としてアジア有数の技術系企業の知財部門を率いていることをどう思うか?

知財の仕事にとって性別は大した問題ではないと思います。結局、その仕事の能力があるか、役員たちの信頼を得られるかで成功が決まる点は、男性も女性も変わりません。TSMCの経営陣は知的財産を非常に重視しています。私は、会社の技術と事業を守り、優れた勝利の実績を上げることによって、経営陣やチームの信頼を勝ち取らなければなりません。

39ロバート・アメン、ベクター・キャピタル

投資家の知財資産への意欲は過去10年間で増大したとはいえ、この分野への深い理解を示すファンドは非常に少ない。その中でベクター・キャピタルは例外である。まずIPValueへの投資を行い、2016年7月にはロンジチュード・ライセンシングを取り上げた。両取引はマネージング・ディレクターのロブ・アメン氏が計画し、ライセンシングが難しい状況下であっても、経験豊富な投資家たちは質の高い特許資産には価値を見出すことを実証した。約30億ドルの資本とテクノロジー分野での長い実績を持つベクター・キャピタルとアメン氏は、知財セクターにおいて確かなプレーヤーとして留まるであろう。

38 レスリー・ウェア、パンオプティス

レスリー・ウェア氏は数年の間、収益活動エコシステムの一員としては比較的控えめな存在であり、あまり公共の場で注目されることなく徐々に特許資産を蓄えていった。しかしながら2016年4月、同氏の会社であるオプティスUPがアンワイヤード・プラネットの特許ポートフォリオを取得すると公表してから一躍脚光を浴びることとなった。アンワイヤードの特許のうち約2,000件がエリクソン由来のものであり、これによってスウェーデンの巨大テレコム企業は、パナソニックとともにウェア氏が保有する新資産の主な供給源となった。現在ウェア氏は管理する特許数を全世界で8,000件以上にまで増やし、NPE市場で最大のポートフォリオ所有者となっている。今後も更に多くのニュースが聞かれることであろう。

37クワン-ジュン・キム

アジア初で最大の政府系特許ファンドの 方針転換

韓国のインテレクチュアル・ディスカバリー(ID)は、2010年に設立されたアジア初の政府系特許ファンドである。CEOのクワン-ジュン・キム氏は、IDが常に業界の最先端に立つよう全力を尽くしている。キム氏はサムスングループで長年経験を積んだ後、2015年1月にこのファンド運営会社のリーダーとなった。サムスンでの経歴には、サムスンディスプレイの最高知財責任者兼最高法律顧問およびサムスンエレクトロニクスIPセンターのバイス・プレジデントなどの職務が含まれる。IDの舵取りを任せられてまだ2年経っていないが、その間にIDの方向性に多くの変化が起きたと同氏は言う。

政府系特許ファンドの初期段階では集積がすべてであった。IDはこれを最大限実行し、5,000件以上の特許を収集し、韓国企業のための防衛プールを運用し、200社以上の参加を得た。しかしキム氏によれば、IDがこのモデルだけでできることには限りがあるという。「特許の取得は続けていますが、従来ほどの規模ではありません」。だからといって、これまで予想外だった分野においても、同ファンドの中に、存在する価値がもう多くはないと言っているわけではない。キム氏はこう説明する。「我々が早い時期に取得した技術の中には動き出し始めているものがあり、当時とても実現しないと思われた技術が関心を集めています」。例えば、スマートカーや再生可能エネルギーなどがその例である。

IDは、継続的なライセンシングの取り組みと並んで、防御契約に参加する韓国企業に資産を実施許諾した後、その巨大ポートフォリオの一部を売却し始めた。キム氏によれば、米国や中国を中心に「世界中から引き手があります」。しかし、中国市場で取引を締結するのは依然として容易ではない。キム氏は、価格に関する限り、特許市場は下降サイクルにあることを認めるが、近い将来上昇サイクルに入ると強く確信している。そして、ノーテルの売却に匹敵する大規模取引が再び起きると予測する。

IDが、活動の多様化を実現する方法の一つとして考えるのが、将来性のある知的財産を持つ初期段階の技術系企業への投資である。「純粋な知財取引やライセンシングモデルだけに依存しないようにするためです」。IDは、IDベンチャーズという名のベンチャー・キャピタルの子会社を設立した最初の政府系特許ファンドとなった。しかし、ID自身はむしろ特許の専門能力の活用に取り組むとキム氏は言う。「出発点がやや異なっています。様々な企業は、技術系企業になる必要があり、高品質の知財を必要としていると言っています」

では、IDにとってどんな未来が待っているのであろうか。「国に依拠した官僚主義的な戦略を変えようとしています」とキム氏は言う。端的に言えば、財政的に自立してどんな事態にも対処できるよう努力するということである。キム氏は、まだ歴史の浅い政府系特許ファンドの分野(昨年、韓国で2番目のファンド運営会社が設立され、最新のメンバーを迎え入れた)について、他のファンドも同じ方向に動いており、利益を重視する姿勢を強めていると指摘する。その中で、IDは将来への備えが十分だと同氏は考えている。「我々は長期間にわたって準備を整えてきており、幸いなことに良好な成果を上げ、それが毎年改善されています」

37 クワン - ジュン・キム、インテレクチュアル・ディスカバリー

サムスングループのIP担当役員を長年務めたクワン – ジュン・キム氏は、2015年1月、韓国の政府系特許ファンドであるインテレクチュアル・ディスカバリー(ID)のCEOに就任した。同社は5,000件以上の特許を管理下に置き、5億ドル以上の資産を持ち、小規模成長セクターではおそらく最大の登録会社数を誇っている。活発なライセンスプログラムに加えて、キム氏のリーダーシップのもと、ファンド運営者は買収活動の手を緩めつつ、オープン市場で収益が見込まれる特許資産を売却していく方向である(ただし、IDの防衛特許プールの会員である200社以上の韓国企業にこれらの特許資産がライセンス供与された後)。キム氏はまた同社の組織再編にも着手し、これまでの官僚的な体制から脱却してより収益に見合った戦略に方向転換していく。[上記のインタビュー参照]

注記:本記事の初版掲載後、キム氏はインテレクチュアル・ディスカバリーのCEOを辞任した。

36 ジョー・チェルネスキー、 クデルスキー・ グループ

クデルスキー・グループは、引き続きデジタルテレビ業界の勢いの波に乗っていく。2015年にネットフリックス、グーグル、ディズニーとの取引が成立し、同社のライセンス契約は2016年にも急成長が続いた。知財部門のシニア・バイスプレジデントであるジョー・チェルネスキーのもと、2016年前半に同社はベライゾン、ヤフー、そしてフォーチュン50選企業と契約を結んだ。スイスのデジタルセキュリティー企業でありメディア・コンバージェンスである同社は、特許防衛アグリゲーターのRPXと広範囲のライセンス契約を締結し、RPXより前払い金と今後の特許権を譲受した。その他の要因も含め、この契約がクデルスキーとRPXグループのHuluとの法廷論争を終わらせることとなった。チェルネスキー氏のチームは、必要とあれば米国やヨーロッパでも訴訟することを恐れなかった。同社が成立させた契約の数々は、見込みのあるライセンス契約者やパートナーとの交渉の場において強力な資産の証となる。

35 孫正義、 ソフトバンク

2016年のテクノロジー分野での最大の取引は、何と言っても7月に発表された、ソフトバンクが英国拠点のARM(アーム)ホールディングスを320億ドルで買収したことであろう。かつて従来型の通信業者として出発したソフトバンクは今、世界のスマートフォンの95%に使われているマイクロプロセッサーを自社設計し、その収益の殆どを知的財産のライセンス契約から得ている企業を傘下に置くことになった。長年この英国企業の知財主導型ビジネスモデルの称賛者であったソフトバンク創業者の孫正義CEOが買収を先導したと言われる。アームのマネージメントチームを率いるサイモン・シガーズCEOは同職に留まるようであるが、新しい所有者のもとで同社はアジアへの関心度を更に増すこととなろう。ソフトバンクはアリババに早くから投資したことで短期間に多額の収益回収に成功しており、最近ではインドのスタートアップ企業にも投資している。孫氏は今回の買収をモノのインターネット(IoT)への移行と位置付けており、ソフトバンクを近い将来、テクノロジー分野におけるライセンシング市場の中心に置きたいようである。

34 ルイス・グラジアド、 アカシア・リサーチ・グループ

アカシアにとって、この1年は忘れたいほど大変な年であった。2015年12月、アカシアの代表選手であるアダプティックスのポートフォリオを巡るアルカテル・ルーセントとの高額な特許訴訟に敗れ、マシュー・ヴェラCEOが辞職に追い込まれた。CEOの辞職以来、ルイス・グラジアド会長はライセンス取引を成立させるためにより一層経営への直接関与を深め、8月にはZTEとの契約を締結した。キャッシュを増やし株価を上げて長引く市場の不況を見守った。アカシアの短期見通しには課題が残り、最終的にはライセンス事業を打ち切るのではという憶測が飛び交う中で、グラジアド氏は少なくとも船を安定させている。

33 アシュリー・ケラー、 ゲルヒェン・ケラー・キャピタル

2016年のゲルヒェン・ケラー・キャピタルからの注目すべき資金調達は恐らく特許に対するものではなく、ヨーロッパのマスターカードに対する190億ポンドの集団訴訟への支援であろう。直接的には知財資産には関連しないが、この種の取引は訴訟ファイナンスの精鋭たちが現在こぞって注目している大型取引の代表と言える。競合のバーフォード・キャピタルが知財の専門家を雇ったことで競争が激化することは間違いない。しかし14億ドルを超える資産を持つゲルヒェン・ケラー・キャピタルはこれまでのところずばぬけて有名であり、特許市場では最大とまではいかないとしても、屈指の訴訟ファンドとして知られている。訴訟費用負担の転嫁を対象とする新しい保険が訴訟当事者に提供されるなど変化が激しい市場の中で、新しいことに挑戦する意欲を見せている。

32 ジュ・スプ・キム、LG エレクトロニクス

LGエレクトロニクスは、依然として米国における大量の特許出願と訴訟活動の中心的存在である。LGエレクトロニクス知財センターのバイスプレジデントであるジュ・スプ・キム氏指揮のもと、知財取引による最終的な利益という意味では韓国の同業者の中では群を抜いている。譲渡の記録を見ると同氏のチームは、政府系特許ファンド、特許プールなどの運営会社、その他のNPEとの取引を積極的に行っている。ライセンス関連では、過払いと噂され最近和解したクアルコムとの係争においては、取引が完全に終結した後でも、キム氏は厳しい値切り交渉ができることを実証した。

31 BJ・ワトラス、 アップル

アップル社の知財戦略の立役者は普段は表に出ないものの、同社が去年着手した新たな取組みはその実力を物語る。BJ・ワトラス氏は、知財担当最高法律顧問として訴訟のみならず、ライセンシング、ポートフォリオ管理および公共政策に至る業務に従事している。最近では同業の競合他社でもあるマイクロソフト、グーグル、IBMなどと並んで、アライド・セキュリティー・トラストが管理する産業特許購入プログラム (IP3) にアップルを参加させた。昨年報告されたファーウェイとのクロスライセンス契約は、アップルが他社同様、中国の知財リスクに対して注目を高めていることを示唆する一例である。アップルが過去に経験した中国での訴訟が、今では世界最大のスマートフォン市場で営業する自由を確保するのに大きな役割を果たしていることがわかる。

30コートニー・キッシュ

メディア技術業界の重要な時期に 新たな役割

コートニー・キッシュ氏はリスクテイクを恐れない。2015年の特許市場の不確実性にもかかわらず、10年にわたる特許事務所での経歴を経て、ロヴィで新設された特許戦略担当バイス・プレジデントという社内ポジションに就くという飛躍を果たした。同氏はこう説明する。「知財戦略機能は、本来、特許出願、ライセンシングおよび訴訟に携わるものであり、当社はすべての機能に極めて強力なチームを擁しています。しかし、知財M&A戦略の役割はロヴィでは初めて導入されたものです。その目的は、非伝統的なライセンス機会に対処することのほか、ライセンシングチームや経営企画チームと協力して、中核的能力の増強によって知財収益化プログラムを拡充する戦略を策定することでした」

今日、そうした特許戦略の構築と実施を取り巻く最大の問題の一つは、変動が大きい最近の環境から、今後の方向性をいかにして最も正確に予測するかということである。しかし、キッシュ氏は明らかにこれを楽しんでいる。そして、こう説明する。「チーム全体とともに、我々はロヴィの特許取得戦略の策定に対して二面的なアプローチをとります。短期的目標としては、現在のライセンス機会に焦点を絞ります。長期的戦略としては、今後5年から10年におけるライセンスビジネスの全体的成長を目指します。この長期計画は私にとって最も困難で最も興味深い取り組みです」

この企画の重要部分は、市場を正確に評価して理解し、それを活用する別の方法を考え出すことである。キッシュ氏はこう語る。「もちろん、将来を考えるとき、最近のすべての変化、および市場が今なお変化しているという事実を考慮すべきです。その際、我々は、会社の事業全体を強化できる可能性のある方法をすべてテーブルの上に並べ、それをふるいにかけ、ビジネスとして最も理に適った方法を探し出します」

ロヴィが事業強化のために取った方法の一つは、画期的なインテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)との提携であった。ロヴィは、両社を併せた特許ポートフォリオをオーバー・ザ・トップ(Over-The-Top、「OTT」)顧客にライセンス許諾するという活動において、この特許不実施主体の独占パートナーになったのである。キッシュ氏はロヴィ入社後直ちにこの交渉の中心的役割を担った。その時の熱意をこう語る。「この提携はロヴィとIV両社にとって素晴らしい成果でした。これは両社にとって初めての経験で、この取引によって生み出されるビジネス機会に心が躍りました。エンターテインメント業界は急成長するOTT市場の活用法を探り出そうとしています。ロヴィとIVのOTTポートフォリオをライセンス可能な一括パッケージとして提供することにより、ライセンシーは世界中の顧客にそのイノベーションを届けることが可能になります」

ロヴィは、この取引を成功裏に終了した後、別の実り多い提案に目を向け、今年5月、ティーボを11億ドルで買収することを発表した。キッシュ氏は続けてこう述べる。「ティーボの案件には期待しています。この買収によって、ロヴィはより強力な製品会社になると同時に、重要な知財を入手することができます」。同氏自身が指揮を執ったティーボの知財のデューデリジェンスでは、ロヴィのライセンスビジネスへの影響に重点が置かれた。今後は、知財の統合を管理し、ライセンシングの成功に向けてこれら新生企業の態勢を整えることが同氏の責務となる。言うまでもなく、来年は過去2年と同じくらい多くの課題と機会が現れる公算が大きい。キッシュ氏が真正面からそれに対応する用意ができていることは間違いない。

30 コートニー・キッシュ、ロヴィ・コーポレーション、 ティーボ・カンパニー

9月初旬、ロヴィ・コーポレーションはティーボの買収を終え、TiVoの名で知られることになる新しい会社を発足させた。コートニー・キッシュ氏はその立役者のひとりであり、ロヴィ社にはIP M&A戦略のスペシャリストとして1年半前に入社した。その時点からキッシュ氏は、インテレクチュアル・ベンチャーズとの契約交渉のキーパーソンとして有名になった。この契約でロヴィは、OTTコンテンツ顧客に対する混合型特許ポートフォリオのライセンシングにおいて、このNPEの独占パートナーとなった。プロダクト開発は今まで通り重要であることに変わりはなく、さらに知財ライセンシングも同様にロヴィの主要ビジネスとなり、その規模と影響力は増大し続けている。同社は8月にDISHネットワークと10年契約を結んだと発表した。これは米国の有料テレビ事業者の上位10社のうちの9社が今やこの巨大デジタルエンターテインメントテクノロジー企業のライセンス下にあることを意味する。ティーボに入ったことによってキッシュ氏は、特許の役割の重要性が増している分野で更に多くの資産を活用することになるであろう。今後が見逃せない。[45頁のインタビュー参照]

29 吉井重治、 IP Bridge

吉井重治氏は、産業革新機構(INCJ)により2013年に設立された知財ファンド運用会社IP Bridgeの舵取りを担ってきた。吉井氏は、日本コカ・コーラや三洋電機の役員を歴任し、プライベート・エクィティ・ファンドの立て直しを行ってきた経験から、大部分が未だ休眠しているが将来性のある日本の特許から収益を上げられると確信していた。昨年はこれまでにない転換期であり、TCL、ブロードコム、オムニビジョン・テクノロジーなどの会社を相手取り米国の法廷で初の訴訟を起こした。一方でIP Bridge の調達力は勢いを増し、2016年にはセイコーエプソン、船井、日立などの企業が保有する米国特許を譲受した。[46頁のインタビュー参照]

29吉井重治

土壇場で誕生した特許プレーヤーが 日本の考え方を変える

経営管理と業務執行のベテラン、吉井重治氏は産業革新機構に在籍していたとき、特許ファンド管理会社、IP Bridgeの設立支援で重要な役割を演じた。しかし、自分が経営に当たるつもりは全くなかった。4年前のIP Bridgeの設立時、CEOとなることを「土壇場で」求められたと同氏は言う。「予想外でした。私は会社経営には精通していましたが、知財の専門家ではなかったからです」

吉井氏は自らの資格についてあくまで謙虚に語る。スタッフに沢山の弁理士や弁護士がいることを強調した後、「私が持っているのは運転免許だけです」と冗談を言う。しかし、日本コカ・コーラの最高法律顧問や三洋電機の取締役を務めた同氏は、日本の政府系特許ファンド運営会社を設立して、アジア有数の活動的な知財関連企業に育てたのであり、このことは、同氏自身が重要な特許プレーヤーの資格を持つ証しとなっている。

吉井氏が知財価値創出の世界と関わりを持つようになったのはプライベートエクイティ・セクターを通じてのことであった。かつて同氏は、深刻な財務危機に陥った企業の再建管理者として従事した。そこで発見したのは、特許が帳簿上で最も利用度が低い資産の一つだということであった。「扱った企業の多くは沢山の特許を保有していました。しかし、社内で開発されたという理由から貸借対照表にはその価値が計上されていませんでした」。それらの企業の大半はポートフォリオの収益化に積極的ではなかった。再建管理者としての吉井氏の仕事は、それらの資産から最大の利益を引き出すことであった。産業革新機構がIP Bridge設立の支援を同氏に要請した背景には三洋における実績があった。

出だしは難航した。日本企業が知的財産からより多くの価値を導き出すのを支援するのがIP Bridgeの任務だったが、組織の一部では、依然としてこの手法への抵抗があった。「侵害が明瞭でも、被疑侵害者が顧客でもあったりすると、時として日本企業は大口顧客への法的措置をためらうのです」と吉井氏は説明する。さらに別の障害もある。「大企業のある部門が法的措置を講じることを望んでも、被告がその会社の別の部門を反訴する可能性があるため、事前にすべての部門の社内合意が必要になります。でも、それはほとんど不可能なのです」

しかしながら、パナソニックなど初期のクライアントのために勝利を収めて以後、IP Bridgeのサービスに対する需要は増加傾向にある。「3年前、企業は我々のことをよく知りませんでした。今では我々の活動や能力が知られるようになっています」。その結果、協力を求めてIP Bridgeに接触してくる企業が増えている。以前とは立場が逆転している。この需要の大きさは、スタッフがわずか2名から24名に増加していることにも現れている。「当初はパナソニックだけでしたが、今ではNEC、富士通、日立、船井などがクライアントになっています」

吉井氏は、NPEが往々にして悪し様に言われる市場で良好な企業市民となり得ることをIP Bridgeが証明することが重要と認識している。「我々はいわゆる「パテントトロール」のように振る舞うべきではありません。業界の健全な発展を心から望んでいるのです」。IP Bridgeは常に訴訟を最後の手段とすることを方針としている。例えば、相手がどんな働きかけへの対応も拒否しており、なおかつ高品質の特許権に基づく非常に強力な根拠がある、とIP Bridgeが確信しているような場合である。過去1年、IP Bridgeは、TCL、ブロードコム、オムニビジョン・テクノロジーズなどの企業に対して行動を起こすことでその真剣さを示した。

長年プライベートエクイティの世界で活動した吉井氏は、長期的視点で企業を経営する機会の重要性を認識している。準政府機関が主要投資家になっていることを踏まえ、同氏は管理資産を「我慢強いマネー」と呼ぶ。「私は10年間プライベートエクイティファンドで働いてきましたが、プライベートエクイティ企業への投資家は我慢強くありません。投資家が短期リターンを求めていたら、私は現在この会社を経営していることはなかったでしょう」

28 ディディエ・パトリ、 フランス・ブルべ

ディディエ・パトリ氏は、フランス・ブルべのCEOとして前任者のジャン-シャルル・ウルカド氏からその職を2016年6月に引き継いだばかりである。過去12ヶ月間この政府系特許ファンドは数々の取引を完了させ、新しいライセンスプログラムを発表し終え、成熟した新しい局面に入った。パトリ氏はかつてヒューレット・パッカードの知財取引事業部の責任者を務めるなど知財収益化の分野で培った確かな経歴を新しいポジションにもたらしている。

27 アーヴィン・パテル、テクニカラー

アーヴィン・パテル氏は、知財収益化競争における揺るぎないプレーヤーであり、過去にIBMやロヴィで知財部門のリーダーを務めた経歴も有するが、テクニカラーでの最高知財責任者(CIPO)の役割はこれまでで最も活気に満ちたものとなっている。パテル氏は自身が統括する事業部の損益責任を担い、CEOおよび取締役会の直轄下で4万件を超える世界規模の特許資産を任されている。まさに、CIPOが欲しいと望む全てのものが揃っている。ビジネス運営における包括的な知財戦略の開発とともに、パテル氏はテクニカラーのライセンスプログラムの構築も任されている。2016年上期の好調な決算は同氏の仕事ぶりを実証している。パテル氏の就任早々、テクニカラーはHEVC特許プールには参加せず、特許を直接提供すると発表した。これはパテル氏が取り入れた合理的な判断の一例である。[47頁のインタビュー参照]

27アーヴィン・パテル

厳しい市場で取引を締結

アーヴィン・パテル氏はフランスのメディアおよびエンターテインメント技術企業、テクニカラーの最高知財責任者(CIPO)という役割に情熱を注いでおり、それがはっきりと感じ取れる。熱意を込めたその発言によれば、「これは、私が関与した最もクールな業務の一つです。テクニカラーのCIPOの地位はかなりユニークです。私は、特許ライセンス事業という会社の一部門の責任者ですが、事業運営における知財戦略と知財管理を含め、全社的な知的財産の全側面にも責任を負っています」

パテル氏が入社したのは昨年9月であったが、直前の2年間は、テクニカラーの将来の方向性をめぐる、物言う株主ベクター・キャピタルとの紛争を含め、かなり混乱した時期であった。同氏はこう語る。「テクニカラーは長い歴史のある企業であり、他のすべての企業と同様、ビジネス上の様々な課題に直面せざるを得ませんでした。私が入社したのは、最大の収益源を失った後の知財事業を変革するためでした。私はこの事業にある程度の実用性を持ち込むことを試み、当社のライセンシーと共通の土台を見いだすことによって取引を締結することに注力しました」。実際に取引は締結された。7月にテクニカラーが公表した上期決算には、MPEG LAの事業活動以外を源泉とする収益の大幅増が含まれていた。これを受けて、フレッド・ローズCEOは、ライセンシングから通年で2億ユーロの利払前・税引前・償却前利益の達成を予想していると述べた。「MPEG2 はなくなったものの、好調な中核的ライセンス・プログラムがあり、今後もその発展を推進します」とパテル氏は言う。

パテル氏は、これまで成功することができたのは、他と並んで透明性と公平性にあると考えている。これらは、知財に基づく交渉に欠ける2つの特性であるとよく言われる。同氏はこう述べる。「私が特許ライセンス事業の責任者になって以後、法律面や財政面で難しい背景があったにもかかわらず、当社はライセンス交渉の締結で大きな成功を収めてきました。鍵となったのは、非常に実用的なビジネスベースのアプローチを取っていることだと思います。ライセンシングでは、ライセンスを通じてライセンシーにもたらす価値を証明する必要があると考えています」。続けて、一連のクレームチャートをテーブルに置いて支払いを期待するのでは十分と言えないと指摘する。代わりにパテル氏とそのチームは、テクニカラーの技術がライセンシーの利益にどう貢献するかを実証すること、および提示するのが市場で受入可能な料金であることを示せる信頼できるベンチマークを持つことに全力を注ぐ。「私は合意に達することに強い関心を持っています。そのため、ライセンシーの経営陣に受け入れられるように取引を組み立てる方法を探ります。我々は、当社の技術の使用について市場からのリターンを期待すると同時に、協力しやすい相手になることも望んでいます。必要なら権利を行使しますが、多くの場合、事実に基づいた合理的な交渉を行うことにより取引を締結することができます」

パテル氏がテクニカラーにおける自分の役割について見せた情熱は、知財市場全体にも及ぶ。数年続く厳しい時期をまだ抜け出しきれていないものの、同氏は未来を楽観視しており、こう強調する。「知財市場の死とは非常に誇張された言い方です。中国企業が知財資産の取得にどれほど躍起になっているか見てください。知的財産なしでは競争できないことを知っているのです。私は今後10年間、知財市場が大きく回復すると見ています。その場合、次に来る知財経済の波の中でリーダーとなる企業や個人に大きな利益をもたらすでしょう」

26 キース・バーゲルト、オープン・インベンション・ネットワーク

知財市場での経験豊富なキース・バーゲルト氏は2008年よりオープン・インベンション・ネットワーク(OIN)のCEOを務めており、2,000社以上が参加するコミュニティを築き上げてきた。グーグル、IBM、NEC、フィリップス、レッド・ハット、ソニー、SUSE、トヨタなどの会員企業の出資によって運営されるOINは、Linuxオープン・ソース・プラットフォームを特許訴訟から守る体制を確立した。その結果、長年に渡り特許取得を活発に続け、今では1,000を優に超える特許を有する強力なポートフォリオを擁するまでになっており、それを無償でライセンス許諾している。OINはこれまで米国を重要視していたが、バーゲルト氏は年初の発表で、将来は世界各地で、特に中国での更なる特許資産取得の意向を明らかにした。こうした戦略は組織の知名度を上げ、グローバル知財市場での影響力を高めていくであろう。

25 フィル・ハートスタイン、フィンジャン

2014年にCEOとして就任して以来、フィル・ハートスタイン氏は極めて困難な状況が続くライセンス市場の中、確かな手腕でフィンジャンを操縦してきた。2015年、同社はブルーコートシステムズを相手取った訴訟で約4,000万ドルに相当する重要な判決を勝ち取った。今のところ全ての審理で賠償金の判決は支持されている。フィンジャンの特許が特許審査部の長期に渡る攻撃を切り抜けてきたことからも同社のポートフォリオの強さが明らかになったと言える。またフィンジャンは1,000万ドルの資金調達を成し遂げ、多くの上場知財企業の将来に陰りが見え始めた時期にその足場を強固なものにした。フィンジャンとハートスタイン氏にとって、数年にわたる入念な計画が実を結び始めている。[48頁のインタビュー参照]

25フィル・ハートスタイン

フィンジャンが成熟年齢に

2015年、フィンジャンはブルーコート・システムズに対する訴訟で、画期的な3,950万ドルの侵害判決を勝ち取った。この判決はまだ上訴審で覆される可能性があるものの、これまでのところ、すべての審理で支持されてきた。また、フィンジャンのサイバーセキュリティ関連特許ポートフォリオの強力さは、特許審判部における素晴らしい実績によっても示されている。ブルーコートが請求した当事者系レビューのほぼ90%を乗り切ってきたのである。同社に関する別のハイライトとして、プルーフポイントとの間の1,090万ドルでの和解およびライセンス契約のほか、シリーズA優先株の募集による1,000万ドルの資金調達の成功が挙げられる。

フィル・ハートスタイン氏は2014年のCEO就任後、フィンジャンの最近の展開において中心的な役割を担ってきた。IPNavおよびオーシャン・トモで仕事をこなしてきた経験豊富なライセンス担当役員だった同氏は、知財の専門知識および上場企業のリーダーに必要な広範な知性と知見を兼ね備えている。この組み合わせは、多くの上場知財関連株にとって厳しい市況が続く時期においては貴重な価値があることが証明されつつある。「これほど多くの予測不能な課題に直面している業種は他に思いつきません」とハートスタイン氏は言う。そして、最高裁判所の一連の判決のほか、米国議会における特許改革をめぐる継続中の議論、当事者系レビューによる異議申立て、総じて特許権者に不利な過去10年の特許状況など、一連の抗議内容でこの主張を裏付ける。

これらの展開は、大半のライセンス企業と同様、フィンジャンが被疑侵害者との取引で合意に達することがはるかに難しくなったことを意味する。「コストは2倍、時間も2倍になり、挙げ句に受け取る額は半分と予想されます」とハートスタイン氏は考える。

トップの座に在任中、ハートスタイン氏はオピニオンリーダーとしても登場し、ライセンス業務にベストプラクティスを導入しようとする国際ライセンス協会の試みで積極的な役割を担った。これを反映しているのは、フィンジャンが、同社の責任あるアプローチを明らかにすることを目指し、2014年に自身のベストプラクティスにコミットすることを決定したことである。今日の厳しいライセンス市場にあって、フィンジャンのCEOは成功への一つの明瞭な道筋を描いている。

24 カシム・アルファラヒ、アヴァンチ

カシム・アルファラヒ氏こそ、エリクソンのライセンスプログラムを人気急上昇させた人物である。CIPOとして社内で知財機能がどう認識されているかを見直し、特許ライセンス実施料から生み出される毎年の収益を10億ドル台に押し上げた。今年は新たな試練に挑む。2016年春にエリクソンの出資により設立されたアヴァンチは、IoTのための必須ワイヤレス特許のライセンス許諾を行うプラットフォームである。係わる全ての人に公平で、幅広く支持されることを目的として作られたプラットフォームは、既存の特許プールとは異なり、企業がアヴァンチとのライセンス契約に同意する際、その企業が保有する標準必須特許も全て契約に含まれることになる。それだけでなく契約期間内に付与された新しい特許も含まれる。この新たな取組みはすでに興味を引いており、エリクソンに加えてインターデジタル、KPN、クアルコム、ソニー、ZTEが登録したと最近発表した。アルファラヒ氏の指揮により、アヴァンチがコネクティビティの新しい時代を切り開いていくうえで中心的存在となるのも不思議ではない。[上記のインタビュー参照]

24カシム・アルファラヒ

モノのインターネットがもたらす特許の課題に対応

カシム・アルファラヒ氏は10年間エリクソンの最高知的財産責任者(CIPO)を務めた後、今年初め、モノのインターネット(IoT)向けに設計された新たなライセンス・プラットフォーム、アヴァンチのCEOに就いた。

Q:アヴァンチを設立した動機およびアヴァンチの目的は?

アヴァンチは今年4月、ワイヤレスの必須特許をモノのインターネット(IoT)にライセンス許諾するための効率的で透明なプラットフォームを提供することを目的に設立されました。接続性がますます重要になっています。自動車、エネルギー、そして都市それ自体でさえ、すべて接続が拡大しています。私がエリクソンのCIPOだったとき、ワイヤレス技術を利用し始めた非常に多くの企業との話し合いで繰り返し出てきた一つの話題は、大勢の多様な特許権者とライセンス交渉をしたくないということでした。一つの契約でそれらの企業の特許すべてが利用できるワンストップのライセンスを望んでいるのです。

基本的な考え方は、我々が特許権者を代表し、彼らに収益の大部分を取得させるのではなく、我々が間に立って、特許ライセンスを単純化すると同時に、関係する全員にとって公平な取引を実現しようということです。

Q:アヴァンチは他のプラットフォームと違う点は?

我々のしていることが、従来行われたきたことと違うのは、ポートフォリオ全体のライセンスを供与することです。従って、企業が保有特許を我々に実施許諾することに同意した場合、すべての必須特許が含まれます。そして、これが肝心なのですが、その契約期間内に付与された新しい必須特許も含まれることになります。このアプローチは、どの特許を提供するかをライセンサーが選択するパテントプールとは大きく違うと思います。

また、多くのプールは非常に狭い範囲の技術に焦点を絞っているうえ、成功した独立のライセンス・プログラムを持つ最大手の特許権者を含んでいません。これに対し、アヴァンチは鍵となる特許権者を組み入れることを予定し、複数の規格を含む広い分野の技術を扱っています。

Q:現在のアヴァンチとエリクソンの関係は?

エリクソンの特許ポートフォリオも他社のポートフォリオと同じ方法で実施許諾します。私がエリクソンにいるとき、多くの企業からこうしたプラットフォームの設立を求められました。エリクソンにいながらそれを試みてもうまくいかなかったでしょう。しかし今、独立した立場から実現できるようになっており、業界全体が恩恵を受け、公平で差別なく機能し、誰も不利にならないので、市場も歓迎してくれています。

Q:アヴァンチは特許市場にどんな影響を与えると期待しているか。

私の望みは、アヴァンチの導入により予測可能性と利便性がもたらされ、訴訟が減少することです。最も望ましいのは、全員が参加してくれることです。そうなれば、技術を提供した企業のすべてが投資から十分なリターンを獲得できるようになるうえに、その技術を使用する企業は公平な価格を示され、接続性のある製品を継続的に開発できるようになるでしょう。

たとえ少数の企業がアヴァンチに参加しなかったとしても、アヴァンチのライセンス料が市場の基準となり、特許権者とライセンシーが合理的なロイヤルティに合意することを促すと思います。

23 周延鵬(Y.P. ジョウ)、ウィスプロ/ScienBiziP/MiiCs&パートナーズ

来年も周氏の仕事が少なくなることはない。拡大し続けるフォックスコン/鴻海の総帥であるテリー・ゴウ氏と密に連携し、知財戦略と収益化を専門とする3つの独立した事業体を率いているからである。フォックスコンの最高法律顧問を18年間務めた周氏はウィスプロ設立のために社を離れたが、今日ではScienBiziP コンサルティング(フォックスコンからスピンアウトした知財部門)およびMiiCs&パートナーズ(フォックスコン等の顧客に収益化サービスを提供する会社)のトップを務めている。最近のシャープ買収では、周氏とそのチームが日本のディスプレイメーカーが持つ13,000件以上の米国特許を含むポートフォリオの価値をいかに最大限活用するかについて模索していることは確実である。そして鴻海がノキアのフィーチャーフォンビジネスをマイクロソフトから買い取ったことからも、フォックスコンがオリジナル商品の製造者としてその裾野を更に広げていくことがうかがえる。アジアで屈指の能力を誇る知財戦略チームが、企業を次のステージに引き上げていく。

22 サイモン・シガーズ、アーム(ARM)

サイモン・シガーズ氏は、これまでの25年間を使ってアームを今日の姿に築き上げた人である。シガーズ氏が16番目の社員として入社した同社も、今では4,000名近い社員と4,500件以上の特許、1,300件以上のライセンスを擁し、その技術は85%のモバイル機器に組み込まれている。シガーズ氏は、アームの成長を次のステップへ先導するのに最も相応しい人物である。その次なる進展とは、ソフトバンクがARMを243億ポンドで買収することで、7月に発表された。これは自社にとってのみならず、アームの本国である英国のためになることを約束するシガーズ氏の行動であった。日本のソフトバンクはアームのケンブリッジ本社の社員の倍増を確約し、シガーズ氏は新しいオーナーがアームの既存の運営体制を大きく変えないことを力説した。むしろこの投資は、IoT領域でのマーケット・リーダーを目指す両者の強い意志を現実のものとする良い機会と言えよう。

21 ラッセル・ビンズ、アライド・セキュリティー・トラスト

CEOのラッセル・ビンズ氏は、10年間アバイヤでIPライセンシングと訴訟部門のトップを務めた後、2014年にアライド・セキュリティー・トラスト(AST)の舵を握った。ASTのビジネスモデルは、特許を購入し会員にライセンスを許諾して資産を短期間に好転させるものである。これは低迷する市場を双方の有利な立場から見ていたことを意味するが、特許価値が大きく落ち込んだ時期にビンズ氏は防衛的アグリゲーターである同社をずっと支えてきた。2016年、ASTは「IP3」という新しい構想の中核にあった。IP3とは基本的に特許買取促進プログラム(グーグルが2015年に始めた特許購入手続きを簡素化するプログラム)の拡大版であり、ASTはグーグル、マイクロソフト、アップル、その他15社とパートナーを結んだ。数多くのメジャー企業と連携していくことで、ビンズ氏が取引市場において興味深い存在になるのは間違いない。 [下記のインタビュー参照]

21ラッセル・ビンズ

特許市場に透明性と非営利的動機を 持ち込む

ラッセル・ビンズ氏は2015年半ばからアライド・セキュリティ・トラスト(AST)のCEOの職にある。今年、この防衛的パテント・アグリゲーターのリーダーとして、同社の過去最大のプロジェクト、産業特許購入プログラム(IP3)を立ち上げた。

Q:ASTにはほぼ2年在籍しているが、直面した課題および在任時のハイライトは?

ASTにとって大きな課題の一つは、できるだけ多数の高品質の売却用資産を入手できるようにすることです。また、売手が特許不実施主体(NPE)に売却する前にASTのことを思い出してもらえるように、その名を世界に広く知られるようにすることも課題です。ASTにとって、伝統的な事業会社とNPEの相対取引の間に割って入れるようになり、それらの取引の中にASTを混在させるようにすることも、引き続き課題となっています。

ハイライトに関しては、ASTチームはその会員と共に、信頼性、協調および協力が強まる時代の先駆けになっています。透明性の改善がこれを支えてきました。会員には取締役会も含まれているため、取締役もASTの事業運営に利害関係を有しています。ASTに投資し、ASTの業務内容や業務方法を信頼する会員が増えれば、それだけ会員への入り口が開放的になります。

Q:企業は特許の主張のリスクを軽減するのにいくつかの選択肢がある。どのようにASTを差別化しようとしたか。

ASTには利潤動機がないため、そこが大きな差別化要因となっています。ASTは早めに先を見越して動き、会員に対して完全な透明性を持って誰よりも先に特許市場に創造的破壊をもたらそうとしています。これは、既存のどんなものとも著しく異なっています。

Q:これまでIP3特許購入イニシアティブの陣頭指揮を支援されてきた。これは、特許市場の問題に対処しようとする主要特許権者が将来互いに協力するためのモデルになり得るか。

間違いなくそうなります。IP3は、ASTの中核的なビジネスモデルに取って代わることは決してないものの、特許の売手と買手の双方にとって非常に効果的な特許取引の仕組みです。通常の特許取引に比べ、開始から終了までにほとんど時間を要せず、「価格交渉なし」という方針によってはるかに単純な資産取得プロセスになっており、会員は購入の決定を容易に下すことができます。我々はこの最初の取り組みから多くのことを学び取り、今後同じような改善されたイニシアティブを実施するのを待望しています。

Q:特許取引市場の現状の概況は?

特許の価額には依然として多くの不確実性がつきまとい、それが引き続き市場への下方圧力になっていますが、今や底に達したと考えています。いつまでこの水準にとどまるか明言はできませんが、次のステップは上昇になるはずです。取引量に関しては、市場は全体として極めて堅調です。価格は下落していますがかつてないほど取引が増えており、その結果、市場は今後成長し、上昇するとみています。

20 御供俊元、ソニー

ソニーは、より積極的に知的財産権を行使し、知財を企業構造の中で最重要機能と位置付けることで国内の同業者から長年その存在を際立たせてきた。CEO直属の御供俊元氏は、知的財産担当の業務執行役員であり、また長期事業開発業務においても中核を担っている。その役割は、会社の将来設計において特許がいかに重要かを物語る。御供氏の最近の大型案件は、ソニーが異なる分野においても時代を先取りしていることを実証している。それはM&Aである。御供氏は日本企業による技術移転、ベンチャー出資、完全買収の推進者であり、最近ソニーが行った米国の人工知能に特化したスタートアップ、コジタイへの出資の立役者でもある。ソニーの次なる一手が何であるにせよ知的財産が重要な役割を果たすことは間違いなく、それは東京とニューヨークを往復する御供氏の手に委ねられている。

19 ビル・メリット、 インターデジタル

インターデジタルのようにライセンスに特化した会社で、最近の成功を謳歌している米国企業は少ない。一連の好成績を収めた四半期決算は、高い技術と真の改革があればこれからもライセンス市場で大きな利益を獲得できる可能性があることを実証した。同社の最近のハイライトは第4世代テクノロジーの対象エリアを広げるためにシャープと特許のライセンス契約を結んだことである。ビル・メリットCEOはインターデジタルの成功と、同社をライセンス界における最も尊敬されるリーダーに築き上げるために大きな役割を果たした。[上記のインタビュー参照]

19ウィリアム・メリット

インターデジタルでの新たな機会に 期待するライセンシングのリーダー

特許ライセンスの状況がますます厳しさを増すなか、インターデジタルはめったにない明るい報道で際立っている。堅調な売上と利益を上げ、株価は最近頻繁に52週高値を更新している。これは、このナスダック上場企業が多くの同業他社をアウトパフォームしていることの現れである。

結局、インターデジタルの成功はそのポートフォリオ(2,000件以上の米国特許を含む)の規模と強力さに支えられている。これこそが、同社が今日の市場で特に強力な立場に立つことを可能にしている。CEOのウィリアム・メリット氏は、「少数の資産で成功することは次第に難しくなってきているため、大規模なポートフォリオの構築が重要になります」という。取引が成立しにくい環境にあって、心に刻んで置くべき基本的ポイントが一つあると同氏は示唆する。「今も一貫して変わらないのは、確かな基本的イノベーションが依然として高く評価されるということです」

しかしわずか5年前、インターデジタルは苦境の中にあり、会社自体を売りに出す寸前の状況であった。大規模な取引が実現せず、代わりに1,700件の特許を3億7,500万ドルでインテルに売却し、やっと一息つけた有様だった。最終的に、社内の研究所でなされているR&Dの質を強化するという決定がなされた。今日振り返ってみれば、この選択はかつてないほど明敏なものだった。

インテルへの売却から4年経ち、特許の売却ははるかに魅力の低い選択肢になったとメリット氏は主張する。「特許の市場価格が下落し、買手になるはずの人々が困難に直面していることが、資産売却の妨げになってきました」

それにもかかわらず、移動体通信業界が第5世代の携帯電話技術およびIoTに移行し始めている中で、インターデジタルは依然として確固とした地位を占めている。それら2つの技術は接続機器の台数が大幅に増加することを約束している。こうした変化が生じつつある今、ライセンシーは標準必須特許の使用に対してどれほど支払うべきかに関して、依然として意見が深く分かれている。インターデジタルはこの論争でライセンサー側の重要なプレーヤーとなってきた。メリット氏は、ライセンスのロイヤルティが異常な状態にあるとする一切の考え方を受け入れない。そして、「ロイヤルティは研究を支えており、完全に経済的実態に根ざしています」と強調する。今後数年のうちに、間違いなくこの主張の真否が問われることになる。

18 ジョン・アムスター、RPX

過去12か月はRPXとジョン・アムスターCEOにとって困難な時期であった。2014年末にロックスターのポートフォリオを取得した後、この防御的特許アグリゲーターは、2016年初めには活動家の株主との難しい折衝に追われた。同年3月には、マングローブ・パートナーズがRPXの役員に会社の方向性に対する厳しい批判を書面で表明し、アムスター氏自身の交代を含む役員の変更を要求した。しかし同氏は現在RPXのCEOとして続投する一方、マングローブ側は複数の取締役会の議席を得て沈静したようである。社内の政治的駆け引きはさておき、これまでのハイライトの中にはNPEスフェリックスとの数件のライセンス契約およびクデルスキー・グループとの重要な契約がある。クデルスキーとの契約でRPXはこのスイス企業のポートフォリオを自社のメンバー企業にライセンス許諾する権利を譲受した。アムスターはまた、RPXの商品の幅を広げることを検討しており、保険とデータ提供という2つ候補があがっている。どちらの方向に進むにせよ、RPXが特許市場で主要なプレーヤーとしての地位を維持することは明らかである。

注記:本記事の初版掲載後、アムスター氏はRPXのCEOを辞任した。

17 ウィリアム・コグリン、フォード

フォード・グローバル・テクノロジーズのビル・コグリンCEOは、世界の大手自動車製造業者の中で、フォードを世界有数の知財勢力に位置づけた人である。コグリン氏は特許の出願方法の見直しと知的財産の価値評価によってポートフォリオを商業利益に活用しただけでなく、幅広い特許所有者コミュニティとの間にビジネスでの繋がりを構築した。2016年初めにフォードは、多くのハイテク産業企業によって構成されるIP3(産業特許購入プログラム)の一員となった。この新しい取り組みは、特許を売却したい特許保有者に一度限りのオファーをするものである。以前同氏は、協同プロジェクトの「オートハーヴェスト」の開発の支援やインテレクチュアル・ディスカバリーとの先駆的となる契約の監督も経験している。つまりコグリン氏は、フォードの知財機能を同社の多様な戦略課題に合致させており、この戦略は、自動車業界の競合他社にとってある意味では成功のモデルとして不可欠なものである。[下記のインタビュー参照]

17ウィリアム・コグリン

フォードの運転を任されて

自動車産業の企業は過去数年にわたり、一段と洗練された知財プレーヤーになることを余儀なくされてきた。しかし、フォードはずっと昔からこのことに気付いていた。フォード・グローバル・テクノロジーズのプレジデント兼CEO、ビル・コグリン氏の指揮の下、この自動車メーカーは、ポートフォリオを拡大し(現在、8,500件以上の米国特許を取得)、特許コミュニティの飛びぬけて活動的なメンバーになるという点で先頭に立ってきた。

フォードに16年在籍するコグリン氏は、特許に関する会社の見方がどれほど進化してきたかをはっきりと認識している。「私が入社したとき、主な指標は何件の特許を出願し、どれだけの費用がかかったかということだけでした。もっと改善できると私は思いました。そして、有効性や品質といった事柄に重点を置いた別の様々な指標を導入したのです」。その結果、この巨大自動車メーカーのロイヤルティ収入が大幅に増加する一方、社内の指定発明者の数が急増し、それが出願の増加の加速に寄与した。「当社の目的は人々を訴えることではなく、会社の知財を活用することです。これらを野放しにしておくべきではありません」とコグリン氏は言う。

またコグリン氏は、今日多数の事業会社が直面する訴訟リスクを痛感しており、特許不実施主体(NPE)による提訴からの会員保護を目的とするライセンス・オン・トランスファー(譲渡時ライセンス付与)ネットワークおよび特許購入を目的に設立された共同プロジェクト、IP3の調印へとフォードを導いた。

コグリン氏はこう語る。「我々は、自動車メーカーとしては特許防衛に関して非常に先見的なスタンスを取っています。私は会社が向かう先や、スマートフォン戦争、資金豊富な特許主張主体の興隆を見ていて、会社や業界が、保有する特許の価値について非現実的な見方をする人々から消費者を保護する準備ができているかどうか心配になったのです。」

コグリン氏は、最近の最高裁判所の判決や付与後レビューの導入のおかげで、ある程度その脅威が低減されたことを認める。そしてこの展開を歓迎している。「我々は、世の中にはしっかりした良い特許が沢山あると考えており、それが損なわれるのを望んではいません。しかし、米国特許商標庁の[特許付与の]決定を公正に再検討することを考える必要があると思います。」

16 ブライアン・ヒンマン、フィリップス・IP & スタンダード

ブライアン・ヒンマン氏は、革新的ビジネスモデルの開発において優れた実績を持つベテランのIPマーケットプレーヤーである。ルード・ピータース氏の後任として2014年にフィリップスの最高知財責任者(CIPO)を引き継いだ時にヒンマン氏は、十分に確立され、高い評価を受ける同社の知財組織も受け継いだ。2年が経ち、ヒンマン氏はしっかりと自分の仕事を確立し、自らの業績を残した。同社が新たにヘルステクノロジー分野に注力する中、ヒンマン氏はすべての事業部が可能な限り強力なポートフォリオを維持することを徹底する一方、知財ビジネスに磨きをかけている。

2016年、会社設立以来、欧州特許庁(EPO)において特許出願件数第1位となった。ヒンマン氏はまた、標準化および公正、合理的かつ非差別的な(FRAND)許諾条件、また欧州単一効特許制度などの進展をめぐる議論において自社の声が明確に伝わることを徹底している。[53頁のインタビュー参照]

16ブライアン・ヒンマン

品質を重視した、フィリップスのための戦い

ブライアン・ヒンマン氏は、2014年初頭からフィリップスIP&スタンダーズの最高知財責任者を務めている。長年知財市場で活躍してきた同氏は、ここに至るまで一連の輝かしい経歴の持ち主でもある。

Q:フィリップス入社後に行った変革は?また過去1年のハイライトは?

3年前フィリップスにやって来たとき、そこは人も羨むような立場でした。私が世界有数と考える当社の業務は円滑に遂行されており、大幅な変更の必要がなかったのです。フィリップスは重点を医療システムとパーソナルヘルス技術に移行しており、それに伴い、当社の最良で広範なポートフォリオの安全を確保し、各事業グループを効果的に保護するという課題と機会が生み出されていました。知財の成長と管理は、この絶えず変化する業界におけるわれわれの能力の極めて重要な側面となっています。私はまた、業界標準を支えるフィリップスの能力を強化し、当社が関与する知財訴訟すべてを支援し、技術、特許およびグローバルブランドのライセンス供与を通じて知財ポートフォリオを収益化する新たな創造的方法を発見する仕事も継続的に行っています。

フィリップスは今年初めて欧州特許庁(EPO)への特許出願数で1位になりました。最も重視するのは常に品質ですが、この指標の達成は、R&Dへの強力な集中的取り組みおよび当社のイノベーションの強みの証しと考えています。

Q:あなたにとって最初の欧州拠点の職務となるが、特許市場の方向付けという点で欧州が今後一層重要な役割を果たすと考えるか。

単一効特許(UP)と統一特許裁判所(UPC)が2017年/2018年に発足しますが、それに伴い、欧州のシステム全体が強化され、特許出願人にとって費用効率と一貫性の高いワンストップ・ショップが実現します。現在、ドイツやフランス、英国といった裁判地とみなされている国の知財訴訟の人気がさらに高まり、この傾向が今後も続くと思います。

Q:経歴の中で特許不実施主体(NPE)の脅威に対処してきた期間が長いが、主張主体の今後の動きをどう見るか。

「NPE」の定義によります。その脅威に対応しようとする現在の米国の立法機関の試みは完全に的外れだと思います。それは、NPEとは何か、という一貫した定義が欠けているからです。問題を定義できなければ解決できるはずがありません。私の見方では、問題はNPEではなく低品質の特許です。これは、そうした特許を排除することで完全に対処できます。もっとも、米国がそれを実行できるようになるのはずっと先のことでしょう。私は、企業にとってNPEの脅威が依然として大きいため、アライド・セキュリティ・トラストを設立してそのCEOになり、またユニファイド・パテンツ・インクを共同設立したのです。

Q:特許品質の問題の最善の解決方法は?

数多くの多様な方法があります。まず行うべきことは、プロセスの開始時点で曖昧なクレームの特許を排除するために特許審査を強化することだと思います。欧州特許庁は高品質の特許を付与してきた長い歴史があります。他の特許庁の手本とされるべきです。

Q:現在および5年後の特許市場に対する見方は?

訴訟の多い知財環境が続き、統合が行われるでしょう。また、特許売買市場はより強固になるでしょう。というのも、ますます多くの企業が、事業の防御に必要となる差別化された主要な知的財産を特定しようと試みています。また、内部使用に必要な資金を生み出し、知財出願/維持にかかる余分な費用を抑えるため、企業が継続的にポートフォリオを削減しているという状況があるからです。UPCとUPSが発足されたら、大きな成功を収めることになると思います。

15 アン・スンホ、サムスン電子

最大の米国特許ポートフォリオを所有するサムスン電子は、正真正銘のヘビー級プレーヤーである。その規模の大きさゆえに米国で頻繁に原告の標的となると同時に、ライセンス市場に多大な影響も与えている。アン・スンホ氏はサムスンの知財センターの責任者であり、多くの高額取引において重要な役割を果たしている。最近、同社はノキアとのクロスライセンス契約拡大に成功した。しかしながら業界内部者は、サムスンが自国近辺に的を絞り直す可能性が大きいと憶測している。同社はファーウェイとの論争の一端として先頃初めて中国で特許侵害訴訟を起こした。アジアで次なるスマートフォン戦争に火がつくか否かは、アン氏が今回の事案を受けてどの方向に会社の舵を取るかにかかっている。

14 ビル・ラフォンテーヌ、IBM

IBMは特許ビジネスのやり方を知り尽くしている。2015年、7,440件という大量の付与を受け、23年連続で米国特許商標庁(USPTO)から最も多く特許を付与された会社として認定された。特許売買とライセンシング市場の永遠のプレーヤーとして、IBMの顧客リストの長さについては、特許界で右に出るものはいないだろう。しかし今年のビッグ・ブルーは、他の大手有名企業とともにIP3の発足に参加してから、買い手としての注目を集めている。知財部門ジェネラル・マネージャーのビル・ラフォンテーヌ氏は、こうしたIBMの知財取引の責任者であり、この新しいプロジェクトが、IBMの世界一流のポートフォリオを発展させる機会となることを強く期待している。

13 豊田秀夫、パナソニック

パナソニックは、日本における特許収益化をいち早く推進し、知財取引交渉について多くの社内知識を蓄えてきた。知的財産センターのディレクターである豊田秀夫氏のもと、彼のチームは大型ライセンス契約の交渉、高額訴訟の折衝、第三者との収益化契約の締結において豊富な経験を有している。昨年、パナソニックIPマネジメント(パナソニックが設立したグループ内の知財ポートフォリオを管理する会社)は、第三者に専門的な助言を提供する特許戦略のコンサルテーション事業を立ち上げた。これはグループの知財ノウハウを活用して会社に利益を還元する戦略の中のひとつの形である。パナソニックからスピンアウトした知財部門にとって利益還元は非常に重要な尺度であり、十分に収益を上げることが期待されている。パナソニック本体の一定したライセンス契約と増え続ける収益化のパートナーは、豊田氏のチームがうまく軌道に乗っていることを示している。

12 エドワード・ユング、 インテレクチュアル・ベンチャーズ

インテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)のチーフ・テクノロジー・オフィサーで共同設立者のエドワード・ユング氏は、過去2年間同社で最も名前の知られた取引交渉人であった。それは世界最大のNPEである同社にとって戦略転換が示唆される重要な時期であった。企業資産をより厳選して買収するようになり、同時に投資撤収や放棄という形で資産の負荷を軽減しつつある。商業化は、新たな取引にとってより大きな役割を果たすと見られ、中でも中国の調査機関との契約は米国以外への注目度が高まっていることを示している。IVは、インベンション・ディベロプメント・ファンドを独立事業体としてすでにスピンアウトしている。全体として、会社組織の贅肉を落とし組織の改革を行っているようだ。

11 ジム・スキッペン、ウィーラン

ウィーランとスキッペンCEOにとり、この1年は並外れた年であった。2015年6月、かつてキマンダが所有していた7,000件の特許ポートフォリオを3,000万ドルで買収すると発表した後、スキッペン氏は引退の意思を示した。ウィーランを市場で最大級のNPEに築き上げた同氏の業績を考えると、引退のニュースはビジネスに大きな打撃を与えるものと受け止められた。しかし2015年11月にウィーランはスキッペン氏が続投することを発表、フリースケール・セミコンダクターから3,300件の特許ポートフォリオを非公開取引で取得した。キマンダとの取引と合わせて、この取引がウィーランの特許ポートフォリオを生まれ変わらせた。しかし、スキッペン氏が今後もウィーランの舵を握ると決めたことこそ、間違いなく本年最も重要な出来事であった。

10 エラン・ザー、フォートレス

公開取引については、フォートレスの知財チームは過去一年間ほど比較的静かであった。しかしながらデット・ファイナンスの先駆けとして、この超大型投資会社は未だ強い勢力を保ち、インべンタジーやマラソン・パテント・グループなどのNPEとの取引をうまくまとめてきた。フォートレスの市場での強気の姿勢にもかかわらず、エラン・ザーとそのチームに競争相手が少ないのはむしろ驚きである。これは多くの投資家が知的財産をアセットクラスとみなしていることに対する未だにに明らかな不確実性を反映していることもあるが、ザー氏とそのチームが交渉の場に何を持ってくるか、対抗できる知見を有する者がほとんどいないという状況もうかがえる。

9 イルッカ・ラハナスト、ノキア・テクノロジーズ

2016年8月末、フィンランド企業ノキアの特許ポートフォリオを管理するノキア・テクノロジーズの責任者ラムジ・ハイダムス氏が退任すると発表された。ハイダムス氏の突然の退任により、部門の最上級役員としてイルッカ・ラハナスト氏がライセンス事業部の責任者となった。完了に向けたアルカテル・ルーセントとの合併、ノキアを特許から年間10億ドル以上の収益を上げる精鋭企業グループの一員ならしめたサムスンとの2件の大型取引など、ラハナスト氏の目の前にはすでに仕事が山積みである。最新の開発もそのひとつである。

8 グスタフ・ブリスマーク、 エリクソン

カシム・アルファラヒ氏からエリクソンのCIPOを引き継いだグスタフ・ブリスマーク氏が、知財セクターで最も大きな役割を担っていることは間違いない。アルファラヒ氏のもと、スウェーデンの大手テレコム企業はライセンス事業の巨大企業へと変貌を遂げ、市場をリードするポートフォリオから毎年10億ドルの収益を生み出している。ブリスマーク氏は数年の間取引チームの上級メンバーとして従事し、ポートフォリオとライセンスに関する全てを熟知しているが、事業全体が困難に直面する時期に舵取りを任された。発展を続けようとする同氏のチームにとっては更なるプレッシャーがかかる状況だが、ひとつの楽観的な動きは、IoTに繋がるデバイスの拡大が見込まれており、第5世代モバイルテクノロジーの開発が進んでいることである。このふたつのトレンドは、ブリスマーク氏がエリクソンの取締役会から寄せられた期待を確実なものにするために役立つはずである。

7 スティーブ・モレンコップ、 クアルコム

クアルコムのライセンス契約が中国で調査の対象となり、最終的には国家発展改革委員会の制裁を受けることになってからというもの、同社のほとんどの特許の行く末はアジア最大の市場と密接な関係を持つようになっている。会社の見通しは中国から影響を受けており、中国の主要ハイテク企業と交わすライセンス契約はすべて重要な意味を持って扱われている。最近の取引では、小米(シャオミ)、ファーウェイ、ZTE、TCLとのタイアップなどがクアルコムの中国での将来の見通しを明るくした。しかしながら中国の急成長するハイテク業界の中には、未だ抵抗勢力もある。2016年初め、サンディエゴを拠点とする同社は、中国広東省に本社を置く魅族(メイズ)に対して特許侵害訴訟を起こした。クアルコムのスティーブ・モレンコップCEOの重要な任務は、同社が多大な成功を収めるライセンス事業を中国で台無しにしないことである。

6 王翔(ワン・シャン)、小米(シャオミ)

小米ほど超一流のIPエグゼクティブの採用にこれほど投資している会社は、過去にほとんど例がない。中国のスマートフォン製造者は元クアルコム中国の責任者であった王翔氏を戦略的協力のバイスプレジデントに迎え入れた。特許の専門家ではない王氏ではあるが、知財とサプライチェーンの両チームを束ねている。以来王氏は周りを優秀な人材で固めてきた。BOEのビン・サン氏を訴訟部門のトップとして採用し、特許ファンドオペレーター、智谷(ジグ)の吸収を監督した。智谷の林鵬(ポール・リン)氏が現在ではライセンシングと取引の戦略を率いる。王氏は前職の雇い主(クアルコム)とライセンス契約を結んだことに加えて、ライセンス交渉を活用して社の早急な特許需要も可能にしている。早速、2016年6月に発表された取引で、小米はマイクロソフトから1,500件の特許を買い取った。[54頁のインタビュー参照]

6王翔(ワン・シャン)

小米(シャオミ)のトップコラボレーター

スマートフォン・メーカー、小米は、知財分野で先を行く既存の競争相手に追いつくために過去2年にわたって迅速に手を打ち、若い中国企業のシンボル的存在になった。また、創立者の雷軍(レイ・ジュン)氏に率いられる同社は、知財ビジネスの最高の人材を雇うことが特許購入と同じくらい重要であることを実証してきた。2015年6月にクアルコム・グレーター・チャイナのプレジデント、王翔(ワン・シャン)氏を雇用し、その後同氏が知財業務の責任者となることを発表したことが、その意図を表している。

半導体および通信業界の企業幹部として20年の経験を積んできた王氏は、サンディエゴを拠点とする半導体メーカー、クアルコムに在籍中、知的財産と深い関わりを持つようになった。「14年前にクアルコムに入社したときは半導体部門のチームに配属されました。しかし、周知のようにクアルコムは多数の知財を保有していることから、私はこの非常にユニークなビジネスモデルを学び始め、多くの知財プロジェクトに参画することになりました」。王氏が精力的に取り組んだことは、在職中のライセンス取引、特許取得および新規採用者の数を見れば明らかである。「小米に入社してほぼ1年になりますが、もっと長く経ったように感じます。ここ6ヶ月にあまりに沢山のことが起きたからです。小米は若く、エネルギーにあふれた企業です。我々は懸命に働き、素晴らしい進展を遂げてきました」

知的財産は王氏の職務の一部にすぎない。戦略的協力担当シニア・バイス・プレジデントとしてサプライチェーン・チームの監督にも当たっている。こうした広範な責務を見れば、同社が特許を訴訟回避の手段のみならず、サプライヤーや競合他社とのビジネス関係の構築に不可欠な手段として捉えていることが分かる。「知財の問題は基本的にビジネスの問題です。ですから、事業部門が知財戦略や執行を主導することも大いに理に適っていると思います」と同氏は言う。また、そのポートフォリオには同社のスタートアップ企業の精神も反映されている。人材が限定されているため、上級経営幹部は多くの任務をこなすことを期待されているのである。

広範な取引形成の経験を有する王氏を補佐するため、小米は、同氏に直属し、知財部門を指揮する経験豊富な知財専門家を迎え入れた。過去6ヶ月の間に、中国有数の知財所有企業BOEの知的財産担当責任者だったビン・サン氏を訴訟チームのリーダーとして雇用すると同時に、特許ファンド運営会社、智谷(ジグ)を株式買付により吸収してそのチームを社内に取り込んだ。智谷のプレジデントで、インテレクチュアル・ベンチャーズの経営幹部だった林鵬(ポール・リン)氏が、現在、小米のライセンシング業務担当チームを指揮している。

そのチームが今後担う任務は重大である。小米の初期段階では、新たなビジネスモデルの開発を軸とするイノベーションが最も重要であった。そこには、テーラーメイドのオペレーティング・システムの早期の決断、ユーザー・エクスペリエンス、電子決済などが含まれ、その結果、一時期同社は時価総額で世界最大のスタートアップ企業となった。今では、同社はハードウェアの分野でも実力を示さなければならない状況にある。王氏はこう言う。「さらに深く技術革新に関与する必要があります。昨年は3,000件以上の特許を出願しました。そして、製品分野、さらには知財分野にも引き続き資源を投入します」

小米は中国以外の市場への進出を目指しており、自由な事業活動を確保するためにはライセンス取引が重要な役割を果たすことになる。同社は昨年冬にクアルコムと、またこの6月にはマイクロソフトと契約を締結した。王氏はこう述べる。「当社の戦略は非常に単純で直接的です。当社は、ライセンサーと長期的、持続可能かつウィンウィンのビジネス連携を構築したいと考えています。当事者双方の公平な関係と、両社にとって持続可能な成長が達成できることを望んでいます」

5 エリック・スパンゲンバーグ、マラソン・アドバイザーズ

ヘッジファンドの投資家、カイル・バス氏とチームを組み、医薬特許に対する一連の当事者系レビューの申請に2015年の大部分を費やしたエリック・スパンゲンバーグ氏は、今回古巣の領域にもどってきた。2016年5月には、同氏が相当の株を保有するNPE、マラソン・パテント・グループに加わることが確認された。それ以後スパンゲンバーグ氏は、同NPEのライセンスと特許買収の原動力となっているマラソン・アドバイザーズのヘッドとなり、世界中で取引できる機会を得た。スパンゲンバーグ氏は即戦力としてすでに成果を出している。2016年8月、マラソンはシーメンスから300余りの特許を取得したと発表し、10,000以上の資産を含むポートフォリオの収益化のために大手ファンド企業やフォーチュン・グローバル50選企業とパートナーシップを結んだ。スパンゲンバーグ氏の業績から考えると、こういった取引が今後も数多く見られることは確かである。

4 マーク・コークス、ブラックベリー

ブラックベリーの知財ライセンスと特許戦略の責任者であるマーク・コークス氏は、カナダの巨大ハイテク企業をマネタイゼーション市場において、これまで以上に重要な戦力へと転換させた立役者である。コークス氏が2014年にインタートラストから移籍した後、同社はシスコ、キヤノンその他の企業とライセンス契約を結び、非公開エクイティ・ファンドのセンターブリッジ・パートナーズにポートフォリオ資産を売却した。また、コークス氏はブラックベリー初の特許訴訟活動で注目を集め、アバイヤを、そしてつい最近ではBLUを特許侵害で起訴した。同氏はほんの2年の間にブラックベリーの知的財産に対する見方を徹底改革したのである。彼の指揮により、同社が今後何年も特許界で重要な役割を果たすことは明らかである。

3丁建生(ジェイソン・ディン)、ファーウェイ

中国で最も高度な知財所有者であるファーウェイは、2016年、グローバル舞台へのデビューとも言える気分を満喫した。知財部門を指揮する丁建生にとって、国際的な認知を得るまでには長い道のりがあった。ファーウェイの元R&Dエンジニアであった丁氏が現在の仕事を始めたのは10年前である。この10年の間に知財チームおよびチームが管理する特許資産は、特に海外で両方とも安定した拡大を見せ、現在の知財チームの人員は何百人にも上る。これによりファーウェイは競合相手と安定したライセンス契約を締結することができた。訴訟の数を最小限に留めたことで丁氏は認められたが、この訴訟の少なさが外国企業を惹き寄せるファーウェイの魅力ともなっている。最近のハイライトとなったアップルとの広範囲なライセンス契約の締結では、ファーウェイが収益を得たという多数のマスコミによる憶測が流れた。また米国と中国の両方でサムスンを相手取り、外国企業に対して初の侵害訴訟を起こした。[56頁のインタビュー参照]

3丁建生(ジェイソン・ディン)

ファーウェイの知財の興隆を指揮

通信・エレクトロニクスの巨大企業、ファーウェイほど、中国企業が歩んだ知財分野の目覚ましい足跡を具現化しているものはない。その知財チームは2006年から丁建生(ジェイソン・ディン)氏に指揮されてきた。

Q:ファーウェイでのスタートは?

1995年にハードウェア・エンジニアとしてファーウェイに入社しました。当時、当社の歴史上最も重要な製品の一つ、デジタル交換機C&C08の開発が進められていました。昔の話ですが、クライアントを会社のショールームに案内したときにはよく、ラックに据え付けられた何百もの回路カードの一つを指さして、「このカードを設計したのは私なんです」と誇らしげに言ったものです。もちろん、今ではショールームに行ってもそのカードは見られません。ファーウェイは急成長し、技術も急速に進歩したためです。

Q:知財チームへの関与はいつ頃から?

知財分野への異動は全く意外でした。10年ほど前、会社の幹部から突然呼び出しがあり、「知的財産部門に移ってもらうことになった」と告げられました。当時は、知的財産がどれほどの価値を会社にもたらすことができるものなのか、よく分かっていませんでした。知財部門への異動に伴い、数年間所属し、よく知っているメンバーのいるR&Dグループを離れなければなりませんでした。その時は非常に退屈な仕事なのではないかと思っていました。ファーウェイの知財チームは非常に小規模で、十数人ほどの人員しかおらず、数百人の人員を率いていた前のR&D部門とは全く違っていたからです。

10年を経て、現在、知財チームは数百人の人員を擁するようになり、深圳、北京、上海、ミュンヘン、ベイエリアおよびテキサス州の支店で活動しています。私が加わったとき、特許の新規出願はすでに年間3,000件に達していました。しかし、中国以外の出願はわずかでした。私が最初に決めたのは、まず米国と欧州で多数の特許を出願し、次に経済が活発な他の地域や国でも出願件数を増やしていくことでした。ファーウェイは現在、米国で7,000件以上の特許が付与されており、毎年1,500件ほど増やしています。同様に欧州でも、当社は数年間、特許取得者の上位に挙げられています。

Q:ファーウェイの知財戦略全体の概略は?

知財管理とはポートフォリオの所有だけではありません。より重要なのは、他の権利保有者との取引により、会社が世界中で適法に事業展開できるようにすることです。言うまでもなく、ファーウェイは第三者の知的財産を尊重しており、それと特許ライセンスやクロスライセンスの活動が相まって、当社が中国、欧州などの地域で成功する一助となりました。大勢の人から、なぜファーウェイは他の中国企業ほど多数の訴訟に直面することがないのかと聞かれます。また、次に訴えられるのはファーウェイに違いないと言われることもあります。実際には、ファーウェイは大半の競合他社と特許ライセンス契約を締結していますので、それらの予言が当たることはありません。

Q:過去1年間、ファーウェイは注目されるクロスライセンス取引を何件か締結した。ライセンス市場の現状は?

ライセンサーとライセンシーのどちらの立場でも、ファーウェイのライセンシングへのアプローチは間違いなく均衡が取れています。つまり、ライセンサーのR&D投資に対する合理的なリターンを反映しているだけなく、ライセンシーの事業に過度な負担を押しつけることも避けています。知財制度はもともと、R&D投資に対する合理的なリターンを生み出すことにより、イノベーションに報い、それを促進することを目指すものでした。しかしながら、一部のライセンサーが提示するライセンスの条件が合理的なリターンの範囲を大幅に行き過ぎている状況が見られる状況があり、業界の特許ライセンスの正当性に疑問が上がっています。

Q:中国企業が世界で果たす役割が拡大するにつれ、知財環境はどう変化しているか。

この業界の実務に携わっていれば、米国ではNPE以外の本物のライセンサーがどんどん減っていることに気付きます。特許保護を嫌う米国の事業会社が増えているのです。その理由の一つは、インターネットやオープンソース技術が知財ライセンスや知財取引に根本的な影響を与えていることです。もう一つの理由は、アジアでの生産やアジアを拠点とする製品メーカーが次第に増えて、アジアの企業がますます多くの特許を保有するようになっていることです。しかし、特許制度は今でも存在し、ゲームは続いています。製造でもそうであったように、機会も東方に移りつつあります。

2アレン・ロー、グーグル

2015年のマーケットメーカーのトップを飾ったグーグルのパテント・チーフ、アレン・ロー氏は、最新のリストではひとつ順位を下げた。2015年は大型取引がほぼ毎週のように発表されていた時であり、彼のグループがその時と同等の猛烈な勢いで走り続けることは不可能であった。とは言っても、ロー氏とそのチームは、引き続き市場の巨大勢力としてのグーグルの立場を確実なものにした。2016年5月、グーグルは「IP3」発足チームの一員として同プログラムに加わった。これは自社で2015年に発足させた同様の特許買取推進プログラムの拡大版である。同社はスマートフォン市場での「緊張緩和」の新しい時代を牽引する原動力であり、2015年9月にはマイクロソフトと契約を交わし、両者の間で続いた訴訟が終結したことが発表された。グーグルの世界的な特許ポートフォリオは、増え続ける産業に対応して絶えず拡大してきた。世界クラスの特許検索機能をグーグルで築き上げたロー氏は、会社にいる限り同社の重要人物であることは疑う余地がない。

1エリック・アンダーセン、マイクロソフト

前回上位40人に初登場したマイクロソフトの知財責任者であるエリック・アンダーセンが2016年の第1位に浮上した。中国のスマートフォンメーカー、小米との大規模な契約など、立て続けに成立したライセンス契約は、ソフトウェア最大手の同社がハイテク業界で最も価値のあるポートフォリオの所有者であることを再認識させた。しかしながら、会社の目標ができるだけ多くのデバイスに自社製品が搭載されることに焦点を移行していくなかで、アンダーセン氏はマイクロソフトの知財活動において、更にもっとコラボレーションに富んだ、パートナーシップを基準としたアプローチを指揮してきた。こうした取り組みは小米との契約にも反映され、それに続くレノボとの取引にも表れた。米国企業の同社が地理的にも技術的にも新しい市場への参入を拡大していることで、特許が更に広範囲のパートナーと幅広くパートナーシップを確保するための手段として使われるようになる。これらの価値がマイクロソフト社にもたらすものは、現時点で予想されている10億ドル以上の特許ライセンス収益をはるかに上回ることになるかも知れない。2017年にアンダーセン氏がマイクロソフト コーポレート バイスプレジデントに昇格したことは、同社の知財機能を重要視する姿勢を明確に示している。

 

1エリック・アンダーセン

マイクロソフトのトップの座を維持するために新たな特許戦略を策定

企業の知的財産分野において、まず間違いなく、マイクロソフトの知財グループ責任者ほど大きな仕事はないだろう。このソフトウェア巨大企業は、集積を通じたライセンシング、協力および投資から売却や取得に至るまで非常に多くの特許市場の側面に関わっており、これほど大きな影響を持つ役割は他にほとんど存在しない。

こうした範囲の広さが、2年前に開始された本誌のマーケットリーダー・トップ40で、同社の当時の知財責任者、ホラシオ・グティエレス氏が第1位に輝いた理由である。同氏はその後間もなく退任し、最終的にマイクロソフトの最高法律顧問を務めた後、退職してスポティファイの法務部門責任者となった。

エリック・アンダーセン氏がグティエレス氏の跡を引き継いだ後も、マイクロソフトが関与する特許市場の範囲の広さは他の追随を許さなかった。その一方で、この巨大ソフトウェア企業の新たな知財トップがその重要な職に就いて2年が経過し、すでに大きな影響を及ぼしていることが見て取れる。会社全体が、連携に基づく、より協力的なビジネス実行の手法に移行しているなか、同氏とそのチームは、より密接にそうした手法に適合するよう同社の特許戦略の見直しを図ってきた。

業界有数のライセンシング事業を手掛ける同社にとって、これは大きな変化である。アンダーセン氏はこう語る。「ライセンシングに関して他企業と交わり、相手の立場に立って対応し、協力を深める機会を提供してもらうという戦略は成功を収めたと感じています。締結した取引の中には、相手企業との関係に飛躍的前進をもたらしたと感じられるものもあります。」

アンダーセン氏はその証拠として、マイクロソフトを含め多くの知財所有者にとって厳しい状況が続く市場、中国を挙げる。6月、米国のこのハイテク巨大企業は、世界市場で急速に力をつけてきた中国のスマートフォン・メーカー小米と大規模なライセンス契約を締結したことを公表した。クロスライセンス、およびマイクロソフトの一部製品を小米の一部スマートフォンにプリインストールする契約に合意すると共に、めったにないことであるが、マイクロソフトが1,500件の特許ポートフォリオを小米に売却したのである。同氏はこう述べる。「当社は原則的には特許を売却しません。取引のこの部分は、相手企業のビジネスニーズを軸に作り上げられたものです」。換言すれば、実りある継続的な関係が構築できる可能性の高い状況を確保するためのテーラーメイドのアプローチと言える。

以前よりアプローチが寛容的となったのは、アンダーセン氏とそのチームが署名したライセンス契約に限った話ではない。昨年9月、マイクロソフトとグーグルは、世界中で長く続いた一連の特許紛争の終了を発表すると同時に、「特定の特許事項で協力する」ことを明らかにした。その後両社は、産業特許購入プログラム(IP3)を支援する大手事業会社グループに参加した。IP3は特許権者に、保有知的財産を売却するためのフォーラムを提供することを目的とするイニシアティブである。アンダーセン氏はこう指摘する。「歴史的には知財分野で多くの協力がなされてきました。IP3は、特許権者にとって効率性を高める新たなよりよい方法があるかどうかを調べる実験なのです。」

アンダーセン氏の在任期間を振り返ると、最初の年はあらかた内部分析や計画立案に費やされたことが推察される。これに対し、2年目は分析の成果を生かす年となった。「2015年度に入ってからは知財状況を分析し、どんな戦略変更をなすべきかを決定することが必要になりました」。同氏が指摘するように、米国の新たな判例が一部の特許、特にソフトウェア関連特許に暗い影を落とすようになり、立案していた計画の危険性が高まった。しかし、アンダーセン氏はこの新たな方向性に関するコメントの中でおなじみのテーマに戻る。「我々は、両社間のビジネス価値を一段と高めるような形でパートナーと協力する方向に戦略を変更することにしました」。確かにこのアプローチが有効だったことは、過去1年の成果が立証している。

しかし、アンダーセン氏が職務を引き継いだとき、マイクロソフトのライセンス収益は圧力を受けていた。同社は、2016年度の第3四半期に、前年同期と比較してロイヤルティ収入が26%減少したと発表した。この背後には、提携関係に基づくアプローチによる2つの影響があることを同氏は認める。つまり、このアプローチは単に現金による増益をもたらすものではないこと、および世界のスマートフォン市場で大半のデバイス価格が急落したという事実である。通常、ライセンス料は売上高と連動しているため、価格下落は当然ライセンス収入に影響を与える。

責任者として3年目に入るアンダーセン氏は、今後12ヶ月間に注視すべきテーマとして次の3つを挙げる。はじめに、米国の裁判所が特許適格性のある発明対象などの問題をさらに明確化すると期待されることである。次に、知財環境がクラウドベース技術の継続的な開発の影響によりどう変化するかということも追跡に値する。最後に同氏は、中国やアジア全体の市場の今後の動向、特に訴訟増加の可能性に注意を促す。マイクロソフトはこうした知財領域の一つ一つの動向を正確に把握していくものと思われる。

 

表1.2016年IAMマーケットメーカー

1.

エリック・アンダーセン、マイクロソフト

2.

アレン・ロー、グーグル

3.

丁建生(ジェイソン・ディン)、ファーウェイ

4.

マーク・コークス、ブラックベリー

5.

エリック・スパンゲンバーグ、マラソン・アドバイザーズ

6.

王翔(ワン・シャン)、小米(シャオミ)

7.

スティーブ・モレンコップ、クアルコム

8.

グスタフ・ブリスマーク、エリクソン

9.

イルッカ・ラハナスト、ノキア

10.

エラン・ザー、フォートレス

11.

ジム・スキッペン、ウィーラン

12.

エドワード・ユング、インテレクチュアル・ベンチャーズ

13.

豊田秀夫、パナソニック

14.

ビル・ラフォンテーヌ、IBM

15.

アン・スンホ、サムスン

16.

ブライアン・ヒンマン、フィリップス

17.

ウィリアム・コグリン、フォード

18.

ジョン・アムスター、RPX

19.

ウィリアム・メリット、インターデジタル

20.

御供俊元、ソニー

21.

ラッセル・ビンズ、アライド・セキュリティー・トラスト

22.

サイモン・シガーズ、ARM

23.

周延鵬(Y.P. ジョウ)、世博(ウィスプロ)

24.

カシム・アルファラヒ、アヴァンチ

25.

フィル・ハートスタイン、フィンジャン

26.

キース・バーゲルト、オープン・インベンション・ネットワーク

27.

アーヴィン・パテル、テクニカラー

28.

ディディエ・パトリー、フランス・ブルベ

29.

吉井重治、IP Bridge

30.

コートニー・キッシュ、ロヴィ

31.

BJ・ワトラス、アップル

32.

ジュ・スプ・キム、LGエレクトロニクス

33.

アシュリー・ケラー、ゲルヒェン・ケラー・キャピタル

34.

ルイス・グラジアード、アカシア

35.

孫正義、ソフトバンク

36.

ジョー・チェルネスキー、クデルスキー

37.

クワン-ジュン・キム、インテレクチュアル・ディスカバリー

38.

レスリー・ウェア、パンオプティス

39.

ロバート・アメン、ベクター・キャピタル

40.

ビリー・チェン、台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・コーポレーション

表2.2015年IAMマーケットメーカー

1.

アレン・ロー、グーグル

2.

エリック・スパンゲンバーグ、nXn

3.

カシム・アルファラヒ、エリクソン

4.

ジョン・アムスター、RPX

5.

ジム・スキッペン、ウィーラン

6.

ビル・コグリン、フォード

7.

ローラ・カテラ、アルカテル・ルーセント

8.

エラン・ザー、フォートレス

9.

スティーブ・モレンコップ、クアルコム

10.

エドワード・ユング、インテレクチュアル・ベンチャーズ

11.

ラムジ・ハイダムス、ノキア

12.

エリック・アンダーセン、マイクロソフト

13.

ウィリアム・メリット、インターデジタル

14.

豊田秀夫、パナソニック

15.

ケン・キング、IBM

16.

BJ・ワトラス、アップル

17.

ディアドレ・リーン、IPナビ

18.

サイモン・シガーズ、ARM

19.

ブライアン・ヒンマン、フィリップス

20.

マシュー・ヴェラ、アカシア

21.

カイル・バス、ヘイマン・キャピタル

22.

ダグ・クロックソール、マラソン

23.

西本裕、NEC

24.

ガイ・プルークス、トランスパシフィックIP

25.

ジャン-シャルル・ウルカド、フランス・ブルベ

26.

ステファン・ルージョ、テクニカラー

27.

御供俊元、ソニー

28.

アシュリー・ケラー、ゲルヒェン・ケラー・キャピタル

29.

ジョン・リンドグレン、コンバーサント

30.

ジュ・スプ・キム、LGエレクトロニクス

31.

ダナ・ヘイター、インテル

32.

長澤健一、キヤノン

33.

アイラ・ブルンバーグ、レノボ

34.

ボリス・テクスラー、アンワイヤード・プラネット

35.

ピーター・ホルデン、ipCreate

36.

周延鵬(Y.P. ジョウ)、世博(ウィスプロ)/ScienBiziP(賽恩倍吉)/MiiCs&パートナーズ

37.

ジョー・チェルネスキー、クデルスキー・グループ

38.

クワン-ジュン・キム、インテレクチュアル・ディスカバリー

39.

ジェラルド・ホルツマン、PMC

40.

ロン・エプスタイン、エピセンターIPグループ

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