日本の知財システムの将来
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日本特許庁長官、小宮義則氏のインタビュー

日本特許庁長官
小宮義則氏
小宮義則氏は2016年6月に日本特許庁(JPO)長官に就任した。以前は、内閣府官房に所属し、産業革新機構の専務執行役員を務めた経歴を有する。その前の2001年から2004年までは経済産業政策局知的財産政策室長の職にあった。2016年9月に開催されたIAMのIPBC日本で、アジア太平洋地域編集局長のジェイコブ・シンドラーによるインタビューが行われた。
ジェイコブ・シンドラー(JS):2001年以降、断続的に知的財産の分野に関わってこられたが、この15年間に日本の知財環境で最も大きく変化したものとは何か?
小宮義則氏(YK):その通り、2001年から2004年まで経済産業省の経済産業政策局知的財産政策室長を務めた。また同期間中、JPOと協力して知財戦略の諸問題を分析した。小泉首相の在任中には、知的財産基本法を起草した。その後12年が経っており、懐かしい故郷に帰ってきたような心境だ。この間、確かに状況は大きく変わった。かつては非常に長い順番待ちリストがあり、日本で特許を取得するのに最大2年もかかった。我々は様々な事務手続きを廃止し、現在では取得までの期間を平均1年以下としており、完全な別世界となった。
JP:産業革新機構に在職中、IP Bridgeの設立に尽力されたとうかがっている。長官にとってこのプロジェクトがそれほど重要であった理由は?
YK:2013年7月に我々はIP Bridgeへの出資を決定した。当時、日本企業は巨額のR&D資金を使って投資を行い、大規模な特許ポートフォリオを蓄積していた。しかし、休眠特許の比率も高水準であった。開発企業はそれらを効果的に利用していなかった。さらに、一部企業では事業の発展や統合の結果、海外市場へ特許を売却するケースも増えていた。我々は、特許の海外流出を防ぐため、それらを集約したうえで、例えば国内中小企業の支援に活用しようとした。目的は、開発企業が使用しない特許を集約することだった。また、企業のエンジニアのノウハウを活用して、特許をまとめて提供し、その知識の流出を防ぐためにも、IP Bridgeの構想をまとめた。これが、IP Bridgeへの出資の決定に至った経緯だ。
JS:近年、JPOへの特許出願件数が減っている。懸念すべき事態と考えるか。
YK:確かに、JPOへの出願は減少傾向にある。しかし、日本企業のグローバル化に伴い、特許協力条約を通じた出願を含め、日本で行う海外への特許出願は増加している。別の要因は、海外への特許出願を増やしている企業の費用の膨張だ。こうしたコストのために、真に重要な出願のみが追求されるようになっている。つまり、企業は特許取得に関して選別と集中を強め、その結果、全体的な環境の健全性は高くなっている。さらに2009年以降の年次傾向を見ると、出願が漸次衰退あるいは減少している一方、登録件数はほぼ同じ水準で推移している。私たちは分析する際、出願に対する登録の比率に着目する。つまり、登録率は出願とは逆に動いている。
JS:基調講演では日本の産業界は「移行期」にあり、企業は「知財権の譲渡やライセンス供与による収益の創出」の方向に動いていると述べられらた。この移行を支援するためにJPOが講じられる措置はあるか。
YK:知財権の収益化を我々がどう捉えているかについて触れたいと思う。特許権は技術開発の結果であり成果物だ。また、企業がその権利の管理に携わることも重要だ。特許権は、企業が自社製品の模倣から身を守るために築く基礎あるいは壁となる。私は、知財権が市場で取引されること自体が重要であるとは考えていない。しかし、事業活動と共に知財資産を売却したり取引したりすることは自然な流れだ。最近、M&A活動や特定の事業部門の分離が急速な変化を引き起こし、知財権の評価や取引が進展しているのを目にする。マクロ経済動向に目を向けると、日本企業はますますグローバル化しつつあり、日本に環流するライセンス利益が増加している。こうした利益の多くは、日本企業が海外で設立した子会社が源泉となっている。ライセンス料による利益の増加は、実際にはこうした傾向の結果だ。
JS:井内摂男知的財産戦略推進事務局長は今朝、日本の特許訴訟件数は上昇しているが、相対的には依然低いという話をされた。JPOもこの問題を分析していると聞いているが、特許改革の提言を行うつもりか。
YK:JPOは今年、知的財産推進計画2016の結果に基づいて活動する予定だ。今後、考え得る知財改革の施策を審議するために小委員会を設立する計画だ。率直に言って、訴訟に関しては様々な見解がある。日本の産業界は一部の提言に反対している。例えば、専門家の一部は、故意の侵害の場合、訴訟当事者が3倍の損害賠償を勝ち取れる米国の制度に倣うことの重要性を強調している。しかし、日本の産業界はこの考え方は日本では歓迎されないと主張している。加えて、再審査手続きや行政手続きの重要性も主張している。他の見解を挙げれば、処罰を重くするために刑法を調べてみるべきだと言う学者もいる。あるいは、損害賠償額を算定し、証拠を保全するための公認手段を設けるべきだという見解もある。このトピックに関する見解は多岐にわたる。こうした状況を踏まえるなら、それらの見解すべてを把握することが小委員会の役割となる。