日本におけるオープンイノベーションの動向と知的財産戦略

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日本企業に浸透するオープンイノベーション

毎年1月に米ラスベガスで開催される業界最大級の家電見本市CES は今年も自動運転技術関連の展示でにぎわった。日本の自動車メーカーでは、トヨタ自動車、日産自動車、本田技術研究所(以下「ホンダ」)がそろって出展している。1月5日に開催されたホンダのプレスコンファレンスには同社社長の松本宜之氏が登壇した。同氏はそのスピーチで、人工知能(AI)、ビッグデータ、ロボティクス技術を活用したオープンイノベーションを加速させることを強調した。

日本企業といえば「ものづくり」に優れていることから、自前主義の企業が多い。なかでもホンダといえばそのイメージが強かった。それが、この度のCESの場で、同社のトップから幾度となくオープンイノベーションやコラボレーションという言葉が聞かれた。

同日、ホンダが発行したニュースリリースでも、「…従来のハードウェアを中心としたメカニカルエンジニアリングに加え、AI・ビッグデータなどのソフトウェア技術、さらにはロボティクスなどの新しい技術で、人に寄り添い、つながり、ココロを動かすモノ・コトをお届けし、新しい価値を作っていきます。こうした新価値創造を行うため、これまで以上にさまざまな企業とオープンイノベーションを通じて戦略的な連携を図っていきます。」と発表している1

その動きを強力に後押しするひとつの要因が、自動運転市場の形成だろう。自動運転については、2020年ころの実用化を目指して、日米欧それぞれで国家レベルのプロジェクトとして技術開発が進められている。日本では、首相官邸の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部による「官民ITS構想・ロードマップ2016」[1]に基づいて、2020年までに高速道路での自動走行を実現するようにイノベーション推進に向けた取組が行われている。

ホンダでは、自動運転機能を備えたEVコミューターNeuVの開発を進めている。安全運転のサポートとして、ソフトバンクグループ傘下のcocoro SB株式会社が開発したAI技術「感情エンジン」を採用して、ドライバーとモビリティの自然なコミュニケーションを実現するための機能について共同で研究開発している。また、ライドシェアを可能にする取組も進められている。昨年12月のプレスリリースによると、ホンダはGoogle社を傘下に持つAlphabet社の自動運転研究開発子会社であるWaymo社と米国にて自動運転技術領域の共同研究に向けた検討を開始した2。完全自動運転の実用化を目指すWaymo社の自動運転技術であるセンサーやソフトウェア、車載コンピューターなどをホンダの提供する車両へ搭載し、共同で米国での公道実証実験に使用するとしている。

図1. CES2017でのホンダ松本社長のプレスコンファレンスの様子

出所: Honda Newsroom, http://hondanews.com/releases/2017-ces-honda-press-event?page=7

さらに同社では、自動運転領域にとどまらず、高精度の音声認識技術、3Dディスプレイ技術、様々な車載アプリ等の開発に多くの外部パートナー企業との協業が積極的に進められている。ホンダのウェブサイトには、AI、ビッグデータ、ロボティクス技術などを活用したオープンイノベーションを申し出るためのページも用意されている3

日本政府が進めるオープンイノベーションのための施策

上述のホンダの例に見られるように、いまや外部との協創なくして多種多様化する市場ニーズを満たすことができない時代となった。自社の事業形態において、単に自社の優位性を確保し、他社の参入を抑制するだけの戦略では事業の大きな成功は望めない。近年のデジタル技術の高度な進化やビジネスのグローバル化に則したオープンイノベーションを進めて、いかに新たな価値を自社の製品やサービスに創り込み、いかにその市場拡大の仕組みを創り上げるか、が大きな課題となっている。

日本政府は、昨年6月に発表した第4次産業革命に向けた「日本再興戦略2016」[2]において、①新たな「有望成長市場」の戦略的創出、②人口減少に伴う供給制約や人手不足を克服する「生産性革命」、③新たな産業構造を支える「人材強化」の3つの課題に向けて、更なる改革に取り組むことが使命であると認識し、そのための施策を発表した。

そのなかで、今後の生産性革命を主導する最大の鍵が、Internet of Things(IoT)、 ビッグデータ、人工知能ロボット・センサの技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」であるとした。そして、「第4次産業革命をはじめイノベーションをめぐる環境が予想以上のスピードで変化し、国内外を問わず技術を広く取り込むことが企業にとってもますます重要となってきており、オープンイノベーションに対する期待がかつてないほど高まっている。」とオープンイノベーションの重要性を再確認している4。その改革に向けて下記を含む施策を実施するとした。

- 企業から⼤学・国立研究開発法⼈等への投資3倍増(2025年度までに)などによるオープンイノベーションの推進

- 国内外のトップ⼈材を集めた世界的研究拠点5ヶ所創出

- ⺠間主導の「地域と世界の架け橋プラットフォーム」整備

- ⼈⼯知能の研究開発・産業化戦略の具体化(司令塔として「人工知能技術戦略会議」を設置)

図2. 企業経営におけるIPの位置づけの変化

企業には、自社内外へのオープンな投資によってナレッジ(IP)の創出・改良を行い、迅速に高品質のソリューションを生み出すことが求められている。

企業経営における知的財産の位置づけの変化

IoT、ビッグデータ、AIがもたらす第4次産業革命の進むなかで、企業は、顧客ニーズの多様化等から製品単体の付加価値からサービスを含めたトータルでの付加価値の提供が重要視され、ソリューションビジネスへの移行が求められている。政府も「産業競争力の強化に関する実行計画(2017年版)」[3]において、「デジタル化の急激な進展や、社会が抱える課題を背景とした新たな顧客ニーズの顕在化とがあいまって、付加価値の源泉が「モノ」から「サービス」、「ソリューション」へと移行している。」との認識を述べている5。また、製造の標準化・モジュール化等により国際分業によるトータルのコスト低減力が求められている。

一方、顧客ニーズの高度化・複合化に対応するため、一社で提供できる付加価値には限界があり、アライアンスの形成・契約の巧拙による業界の主導性が求められている。

更に、グローバル化による市場環境の劇的な変化により、事業・技術開発投資の不確実性が高まり、コアサービス・コア技術への集中による差別化が必要となっている。

このような事業環境の変化から、企業には、自社内外へのオープンな投資によってナレッジ(IP)の創出・改良を行い、迅速に高品質のソリューションを生み出すことが求められている。ここでは、パートナーとの連携により可能となるビジネスモデルの構築とそのビジネスモデルでコアとなるIPの見極め、自社事業領域だけでなくパートナー企業の事業を支援する知財投資と、パートナーとの関係性を構築するための契約が重要になる(図2参照)。

図3. オープンイノベーションで変わる知財戦略

従来からの競合に対する差別化・リスク低減の特許戦略に加えて、事業パートナーとの関係を再構築することにより、協創を通して商品・サービスの付加価値を高め、差別化を図る知財戦略が重要となる。

オープンイノベーションで変わる知的財産戦略

従来からの特許戦略においては、知財の役割は競争力強化・維持であり、差別化ポイントを守るため、自社の事業領域での特許取得により、競合に対する参入障壁を形成し、かつ、事業リスクを低減することを目的としていた。一方、オープンイノベーションのビジネスモデルにおける知財の役割は顧客・パートナーとの協創関係の構築と促進であり、パートナー・顧客の事業領域での知財構築によりビジネスをプラットフォーム化することでパートナーとの取引交渉力向上と顧客への収益力向上を図ることが重要な狙いになる。ここで、自社事業領域以外での知財を保有しパートナー企業へ提供することが肝となる。その効果として、①パートナー企業が賛同して形成される市場規模拡大の効果、②知財の契約によるパートナー企業との連携によりソリューション全体での品質向上とコスト低減への効果、③自らコントロールできる収益ポイントを複数保有することで得られる価格戦略の効果が期待される(図3参照)。

IBMに見るソリューションビジネスの知財戦略

ここで一例としてIBMの太陽電池を利用したサーバーの省エネソリューションの知財戦略を見てみよう。IBMは1970年頃から太陽電池の開発を進めており、サーバー省エネソリューションに最適な太陽電池(CZTS)で東京応化工業と共同開発を行っていた。2010年には太陽電池(CZTS)の製造メーカー2社(DelSolar社とソーラーフロンティア社)と共同開発を開始して、製造技術の確立や商品化を進めた。

この事例で注目すべき点は、IBMがパートナー企業(製造メーカー)で製造等を行う場合に必要な製造等の基本知財を事前に他社との協働で形成し、その後にその基本知財をパートナー企業(製造メーカー)に提供していることである(図4参照)。この場合、パートナー企業との間に、改良知財の扱いを規定する契約を締結することになるが、この契約において、IBMが提供した基本知財について改良知財が生じた場合には、IBMにライセンスバックや監査する権利を保有させることができる。IBMは改良知財の情報の監査権を行使することで、パートナーによる改良知財の情報を含めてソリューション全体の知財を把握することができる。すなわち、IBMはパートナーから購入するサプライ品等についての情報を把握することができるので、ブラックボックスで部品を購入する場合と比較して、ソリューション全体の品質管理が可能となり、かつ、パートナーに対して取引交渉力を有することでコストダウンを図ることが可能となった。

また、IBMは複数のパートナー企業へ共同開発や製造委託を行っている。その際に必要な要求仕様の基本知財をIBM自らが保有し、かつ、その基本知財をベースとして共同開発や製造等を委託していることも、IBMが複数のパートナー企業との関係を許容させる契約交渉を行いやすい条件にあると考える。この結果、パートナー同士で品質とコストでの競争をさせることができるため、更なる品質向上とコストダウンが可能となる。

この事例から次のようなIBMの知財戦略が見えてくる。①パートナー企業に委託する事業の知財を含むソリューション全体を描く基本知財を形成し、②改良知財の扱いを規定する契約を締結したうえで、その基本知財を製造委託等の複数のパートナー企業へ提供し、③パートナー企業と共同開発や委託開発して改良知財をライセンスバック及びその改良知財の情報を監査する。この事業形態を構築することにより、自社でソリューション全体の品質とコストの管理を主導する立場を確立している。

図4. IBMのソリューション主導型知財戦略例(太陽電池活用サーバー省エネ)

出展:「菅田正夫(2013) 恐るべきIBMの知財戦略、なぜ太陽電池に賭けるのか?」[2]に基づき林力一が作成

自社の位置づけに応じた知財マネジメント

オープンイノベーションにおける知財戦略では、パートナー間の繋がり方、関係性によって自社が何をどのようにクローズし、あるいは、オープンにするか、その選択が多様化する。グローバルな成功企業に見られるオープン戦略は、自社の知財を積極的にライセンスして、パートナーとの協創により競合との競争優位性を確保する仕組みづくりのお手本と言える。競争優位な立場となるには、パートナーとの協創による自らの製品・サービスの一社では実現できないコスト・性能を実現することや新たな種類の付加価値を付けることが重要であり、パートナーの事業を支援する知財への投資、さらには自らの事業領域以外への投資が肝となる。また、競合が保有していない収益源を確保できると、競合との激しい価格競争から脱出でき、ブルーオーシャンを実現することができる。

過去に成功を体験したビジネスでは、成功要因の強みに対して投資し続けることが多く、契約決済、営業戦略など他の社内手続きもその強みを効率的に行うためのものになっていることが多い。この体制がオープン戦略の本質である自事業領域以外への投資判断に対する抵抗となり、パートナーとの関係を再構築してソリューション全体での新たな強みを構築する上で阻害要因となり得る。投資判断をする経営層に対して、自社事業の強みを増すための投資なのか、パートナーとの協働による新たなソリューション価値の創造なのか、その位置づけを明確に示して、いわゆる2階建ての投資判断を求めることが重要になる。このように、オープンイノベーションの時代の知財部門には事業戦略を下支えする緻密かつ柔軟な知財マネジメントが求められている。

参考文献

[1] 首相官邸高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部、官民ITS構想・ロードマップ2016 (2016) http://www.kantei.go.jp/jp/sin...

[2] 首相官邸日本経済再生本部、日本再興戦略2016―第4次産業革命に向けて―(2016)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/zentaihombun_160602.pdf 

[3] 首相官邸日本経済再生本部、産業競争力の強化に関する実行計画(2017年版)(2017) http://www.kantei.go.jp/jp/sin...

[4] 菅田正夫、「恐るべきIBMの知財戦略、なぜ太陽電池に賭けるのか?」知財で学ぶエレクトロニクス 『MONOist』(2013)

植木正雄 TechPats 日本ビジネス・ディベロップメント・ディレクター [email protected]

植木正雄は東京を拠点とする知財活用コンサルタント。米国、カナダを本拠地とする知財コンサルティング会社TechPatsのリバースエンジニアリング解析やそれに基づく特許侵害調査サービスを日本の企業知財部門、法律事務所、特許事務所の知財専門家の皆様にご提供しています。日本の半導体メーカーにおいて海外半導体メーカーとの事業提携や特許ライセンス契約の交渉、統括業務に従事した後、独立。当時、日本国内ではいまだ広く知られていなかった特許ライセンス交渉代行業務を開始。その後、チップワークス株式会社の代表取締役社長を11年半勤めた後、2011年から現職。2012年から2013年にかけて日経テクノロジー・オンラインで知財コラムを執筆。日本ライセンス協会会員。

林力一 株式会社LIXIL グローバル知的財産部 部長 弁理士 [email protected]

林力一は、日立製作所、トヨタ自動車、三菱重工業、LIXILなど日本の大手企業にて約20年に亘り、特許部門の担当として勤務してきました。企業の知財部門にて、自動車エンジン、水処理、原子力発電、住宅設備、スマートハウス(IoT)関連技術など幅広い技術分野に関する知財活用を軸とした新規事業開発、事業戦略策定、パートナーとの提携戦略に関するマネジメントの経験があります。また、競合、NPE(パテントトロール)との米国特許訴訟対応主導、コーポレートブランドを含む、アジア中心の海外ブランドを含む模倣対応マネジメント、組織再編・権利移転スキーム検討・知的財産に係る管理体制検討、権利移転スキーム検討支援、海外を含むグループ会社での外部特許法律事務所のマネジメント(品質とコスト管理)を経験しました。

TechPats

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4 日本再興戦略2016 (2016年6月2日閣議決定) PP. 179-180

5 産業競争力の強化に関する実行計画(2017年版)(2017年2月10日閣議決定) P. 19

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