企業知財ポートフォリオを管理する経営陣に向けた5つの考察事項
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明確に定義された企業目標に基づき資産の取得を繰り返し、評価プロセスを確立することは、企業の知財戦略にとって不可欠である。本稿では、基礎となる知財戦略の策定とこれに続くビジネスプロセスの確立において、経営幹部が直面する5つの最重要事項について検討する。
2017年に入ってから、S&P500企業の平均評価額の80%超がその無形資産に基づいており、この数字はテクノロジー企業や新興企業ではさらに高くなっている1。表面上、知的財産は、今日のグローバル経済における企業の成長や価値を牽引している。しかし、何百、何千、何万のIP資産を管理することは大変な仕事である。経営幹部の多くは、成長・戦略イニシアチブの支援策として知財ポートフォリオの拡張や縮小を決定する際に、投資利益率の最大化に必要とされる手段や洞察力を十分に有しているとはいえない。IP資産の調達や管理には費用がかかるが、秩序だった方法で行われれば大きな金銭的・戦略的利益をもたらすものである。
大方の見積りによると、平均的な特許は出願手続に約2万5千ドル、維持に1万3千ドル、そして管理に1万ドルかかるという。研究開発予算総額を保有している特許の数で割ってみると、マイクロソフトのような企業は、それぞれの特許に対して450万ドルの研究開発費が使われていることになる。その莫大な研究開発支出のほんの一部を特許自体に振り向けるだけのことであり、特許有効期間中1件あたり10万ドルの費用を正当化するのは難しいことではない。しかし何の目的でこれを行うのか? 製品の売上は、製品の寿命期間中にかかる研究開発費や知財調達・管理費を飛躍的に上回ることもありえるため、初期投資にコストをかける価値は十分にある。では、経営陣は、拡張可能な知財ポートフォリオや戦略をどのように策定すればよいだろうか?
明確に定義された企業目標に基いて資産の取得を繰り返し、評価プロセスを確立することは、企業の知財戦略にとって不可欠である。ジェフリー・ムーアの著作「キャズム(原題:Crossing the Chasm)」は、専門家が経営する小規模な新興企業が、複数プロセスによって経営される大企業となるまでの事業の成長過程を示している。「キャズム(深い溝)」(を乗り越える)とは、専門知識が創業者の頭の中に蓄積された状態から、同じ専門知識が複数のプロセスの形で存在し、全従業員が専門家のレベルで業務を遂行できる状態へ飛躍を遂げることである。開発されたこれらのプロセスは、創業者の経験や知識を具現化したものであり、これによって企業は桁違いに規模を拡大することができる。本稿では、基礎となる知財戦略の策定とこれに続くビジネスプロセスの確立において、経営幹部が直面する5つの最重要事項について検討する。
特許3原則
特許の主な存在理由は次の3つの点にある:
1. 製品および製品ロードマップを競合他社による盗用から保護する
2. 自由実施を保証する防御態勢を確立する
3. 資産を直接的に収益化し、会社に収入をもたらす
企業の知財戦略を合理化して諸活動や業務および職務をこの3つの中核的概念に整理すると、フレームワークができる。これらを念頭に置いて考えれば、ほぼ全ての特許管理業務が明確となる。「我々はなぜこの特許を所有しているのか?」または「我々はなぜこの特許出願のために投資しているのか?」という重要な問いについて考え、答えること。これらの問いに答えることのできない企業は、自社のポートフォリオを効果的に管理するために必要な基本的指針が欠けているということになる。
企業の知財ポートフォリオに含まれる特許および係属中の出願のそれぞれにおいて、この3原則のいずれかに結び付く正当な動機がなければならない。その特許は製品または製品ロードマップを保護するか? それは自由実施を可能にすることで競合他社に対する防御に貢献するか? それはクロスライセンス契約によって相殺できるか、あるいは競合他社の特許技術を手に入れられるか? それは収益を上げる、あるいは上げることができるようになるか? 答えが「いいえ」や「わからない」であればその特許の出願は考え直したほうがよい。「イノベーションと知財は引き続きホンダの最優先事項であり、当社は、積極的に自社の地位を評価し特許を中核的な戦略的手段として活用することによって、世界の有力イノベーター企業として道を開いていく」 (本田技研知財部、戦略企画室 ジェネラルマネージャー、広田雅弘)
体系的なポートフォリオの評価が日々の勝利をもたらす
評価プロセスを確立し、企業の保有するIP資産全てを完全に文書で記録することが、知財ポートフォリオの体系的管理に向けた第一歩である。そうすることが、研究開発、製品、マーケティング、営業およびライセンシングチームがユニークな製品を発明し、新規事業を獲得し、収益を生むサポートとなる。さらに、正確に記録されたポートフォリオがあれば、クロスライセンス交渉や訴訟といった競争の激しい市場の状況に素早く対応することができる。例えば、適切に設計され実行されるポートフォリオの評価プロセスがあれば、特許マネージャーは、「製品Xの当社の特許保護はどうなっているか?」や「Xのどの機能に十分な保護があるか?」、あるいは「当社が競合特許のリスクにさらされている領域はどこか?」といった問いに答えることができる。
企業が自社の特許の評価を行うためには、外部業者に委託する評価に1回当たり200ドルから400ドルの費用がかかり、社内コストとして他に約100ドルがかかる。特許1件当たりの有効期間中にかかる評価予算としては、ポートフォリオ全体の管理を継続するために欠かせない必須データを獲得し、維持していく費用として2,000ドルあたりが妥当なところである。このことを視野に入れ、控えめな数字を使うと、企業のポートフォリオ評価費用は、特許所有費用の約5%から7%に過ぎない。こうした評価や解説がポートフォリオの効率性や有効性を最大化するのであるから、最低限かつ必要な支出なのである。
経営陣も知財の実務者も、技術が現状のまま留まるものではないことはよくわかっている。新しく、より効率的で便利で費用効率の高い選択肢にとってかわられた技術はいくらでもある。ファックス、辞書、ポケベル、ビデオテープ、DVD、CD、写真フィルム、電話帳、百科事典、フロッピーディスク、マイクロフィッシュ、その他様々な記憶媒体は、時と共に過ぎ去ったイノベーションのいくつかの例に過ぎない。2005年には戦略的であったことが、現在のビジネスでは何の役にも立たない可能性もある。したがって、各特許の有効期間中の各段階において、実行可能であれば通常3、4回の評価を行うのが最善である。いくつかの例を挙げる。
1. 発明の提出時 - 出願するか否かの決定を行うために全員がこの評価を行う。
2. 特許認可時 - 特許のクレームが当初の出願よりずっと狭い範囲で認可された結果、特許の質や戦略的重要性が損なわれることになる可能性がある。
3. 特許の更新が予定される時 - 米国では大企業の場合、維持料金が更新ごとに1,600ドルから3,600ドル、そして7,400ドルへと増額されることに留意する必要がある。
i. 評価を省略する - 最初の更新はそれほど高額ではないし、技術が成熟して会社や市場全般での使用が得られるほどの時間は経っていない可能性があるため、省略するというのが一致した意見である。よって、残るのは、出願前に1回、認可時に1回、そして認可後は7年目と11年目の少なくとも2回である。
適切に設計され管理されたポートフォリオの評価・フレームワークを備えることは、今日の競争の激しい環境においては絶対必要条件である。それは会社のIP資産をより大きな企業目標に適切に一致させるのに役立っている。また、投資が利益を生んでいること、知財ポートフォリオが企業戦略を支え、各製品の方向性を調整し、競合他社に対する強力な防御を提供していることを示す報告能力を与えてくれる。
洗練された外国出願戦略が決定的に重要である
外国出願の主要な目的は、収益源を守り、競合他社を阻止することであるが、特許審査期間や費用の関係により、効率のよさや料金の手頃さも戦略に大きく影響する。世界中に特許保護を適用するのは実用的ではない。突き詰めると、外国出願計画を策定するには、対象として選定した市場、付随するコスト、競合他社の状況、認可が得られる可能性についての徹底的な分析が必要であるが、中でも確保した特許から得られる価値の分析が最も重要である。ノボ・ノルディスクの特許担当本社副社長、ラース・ケルベルグの発言:「明確に定義された外国出願戦略は、ノボ・ノルディスクにとって知財ポートフォリオをグローバルな事業のニーズや目標に合致させるための主要な手段である」
外国出願は、国際的な政治情勢によってますます複雑なものになってきている。将来の出願ルールの変更によって現在の戦略が時代遅れとなる可能性はないか? ブレグジット(イギリスのEU離脱)を考えてみてほしい。当該法域には成熟した特許管理が存在するだろうか? 中国は、2001年、WTO(世界貿易機関)の加盟国となるために、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)に適合するようIPR(当事者系レビュー)を改正した。それでも、他の法域が提供している「公平な」方法と同等の水準で知的財産権を取得する能力があるかどうかについては今も疑問視されている。
企業は、法域の現在の状況と将来の動向については、量や質の増大傾向を観察したうえで評価すべきである。例えば、NPEであるロングホーンが最近取得した特許は、中国で発行された特許の価値の上昇を浮き彫りにしている。中国企業について論じる場合、我々は通常、特許の売り手ではなく、 特許の買い手として話をすることが多い。ところが、今回の中国の主要通信会社からロングホーンへの 特許の売却事案は、これまでのところ今年の最重大取引の1つということになる可能性がある2。結局のところ、時間、資金および安全という観点で投資収益率を理解することが、強固な外国出願戦略の構築のためには不可欠ということなのである。
特許を製品にマッピングし、必要な特許ランドスケープを特定する
a. 特許を製品にマッピングする
特許の分類は、主に2つの観点から行われる。1つ目は特許と製品・機能のマッピングであり、2つ目はより広い意味での特許と技術のマッピングである。携帯電話のアンテナ特許を例にとると、その機能はアンテナである。より具体的に言えば、それはループアンテナ特許かもしれない。この場合、これはアンテナ特許に分類され、子ノードがループアンテナとなる。
こうしたデータ型では、1つの特許を複数の製品群に割り当てる1対多数の関係が必要である。例えば、一般的なBluetooth特許は、会社が在庫として有する実質的に全ての製品に割り当てることが可能であろう。このような場合、技術ベースの分類法の方が有用なことが多い。マッピングを行うことにより、企業は各特許に関連する収入を追跡し、報酬の支払を管理することが可能となる。
b. 必要な特許ランドスケープを特定する
秩序だった特許ランドスケープはより深い市場の分析を可能にする。徹底的なランドスケープ評価により、隣接する技術空間における主要な特許所有者を明らかにすることができる。そうした情報はそれらの所有者が自社の事業分野と活発に競合しているかにどうかを判断するのに役立ち、近々市場に出る可能性のある製品に関する洞察を得ることも可能となる。弁護士はこうしたデータを利用して、ある分野において競争なく開発を行う余地のある、十分に活用されていないニッチな領域を見つけることができる。社内分類法をSSCコードと関連付ければ、特許管理者は、市場で起きていることを背景として自社のポートフォリオを評価することができる。
さらに、競合他社の専門分野や重点分野に関する裏付け情報は、訴訟という形で終わる可能性の高い、技術的に重複している領域の回避に役立ち、既存の製品や特許に関するライセンス供与の機会を特定することができる。特許および技術のランドスケープ調査では、通常、具体的な目標や目的に基づく詳細な報告書が作成され、そうした報告書には、弁護士が企業に助言を行う際に利用できるデータや図表、検索文字列、グラフおよび統計的傾向が含まれる。
特許および技術のランドスケープを設定することによって、弁護士は社内の各事業ユニットに対し資産保護のベストプラクティスに関してより戦略的な助言を与え、コストを管理し、各市場について明確な見解を維持することが可能となる。特許や技術に関する体系的なランドスケーピング手法を活用するかどうかで、適切な技術空間において質の高い特許の出願手続を行う能力や、行う価値のある研究開発努力について企業に助言する能力に大きな違いが生まれる。
こうした注目すべき利点があるにも関わらず、多大な時間や労力がかかるために、多くの弁護士は、市場の状態および資金と時間の投入先に関する企業への教育や助言を行う最善の方法を決定する際に、特許ランドスケープの潜在能力の全てを十分に活用できていない。顧客に合わせたランドスケープ報告書の作成に膨大な時間を費やしてしまうと、出願手続や社外弁護士の管理および企業への助言といった弁護士の中核業務が損なわれる可能性がある。社内での特許または技術ランドスケープ調査から将来の事業目標に向けて求められる効果的なデータを作成できない場合は、弁護士が時間を犠牲にすることなく、より戦略的なアドバイザーとなるために必要な見識を与えてくれる外部業者が存在する。
分析と報告が戦略的意思決定を可能にする
分析は2ヶ所からもたらされる。一つは発明の提出プロセス、出願手続、特許評価、維持・年金評価プロセスの間に収集される社内データである。また分析は、社外データからももたらされる。企業は真空地帯で稼働しているわけではなく、サプライヤー、顧客および競合他社で構成されるグローバルな生態系の一部として活動している。今日の世界において、企業はいずれも、先人の積み重ねた発見に基づいて諸技術を構築しているのである。
分析ツールは、社内業務や市場、および具体的な競合他社の実務についての有効な調査を可能にする。企業は、知財分析ツールを活用して、競合他社がどこに出願し、法律事務所がどこで業務を行っているかを判断することができる。例えば、アップルのために業務を行う法律事務所や企業知財チームは、デルやグーグルおよびサムスンがイギリスやフランス、ドイツ、日本においてどんなタイプの電気機器特許を出願したかを特定し、その業務を行っている外国の代理人を確認し、そうした競合他社の出願戦略が2017年にも繰り返し適用されるかどうかを見極めることができる。
大量の知財データの検索や分析に利用できるツールは、侵害の可能性のある製品をそのライフサイクルの早い時期に特定するのにも役に立つ。例えば、被引用分析およびスケジュール表は特許所有者に対し、誰がいつ自社の特許によってブロックされているかを示すことができるため、特許所有者はライセンス供与や売却および訴訟戦略の評価を行うことが可能となる。特に、被拒絶分析(forward rejection analysis)を放棄率や特許の対製品マッピングに結び付けることで、特許所有者は、競合他社が同等製品に対する保護を得ようとしているのに対し、どの特許がそれを防御しているのかを知ることができる。こうしたデータの分析は、主張書を送るか、ライセンス供与や売却の機会を求めて侵害者にアプローチするか、または最終的に提訴するかのいずれを選ぶかの判断を適時に行うために非常に重要である。
結論
拡張可能な知財ポートフォリオおよび戦略を確立するには、企業の目標、製品、市場、競合他社等まわりの環境に応じた大量の付加的検討事項が必要である。本稿で挙げた5つの考察事項は、さらなる調査や計画に向けた強固な礎を提供しているにすぎない。計画段階においてこれらに留意すれば、成功につながるであろう。

ヴィンセント・ブロー アナクア、製品管理担当 上級副社長
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ヴィンセント・ブローは、知財管理ソフトウェアおよびサービス市場における20年の経験を有する。アナクアでは、世界全体の製品管理チームを率いる。2009年にアナクアに入社する前は、CPA社においてセールス&マーケティング担当副社長を務めた後、米国事業開発担当副社長を務めた。また CPA社のソフトウェア開発および顧客向け導入業務に8年間従事した。
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