ビッグブルーの新しいアプローチ

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IBMは1990年代に企業特許の収益化プログラムの先鞭をつけ、その後常に知財価値創造戦略の先頭に立ってきた。そして今、再び波を起こしつつある。

1992年、IBMは変革を決意した。20世紀の最後の10年間、時代はパソコンブームに沸いていたにもかかわらず、米国産業界の憧れの的でビッグブルーの愛称を持つこのIT巨大企業は苦難に陥っており、その輝きを維持するために悪戦苦闘していた。当時、上級経営幹部であったマーシャル・フェルプスは、ワシントンDCで政府対応業務を指揮する一方、アジア太平洋本社の東京での設立を支援していたが、様々な意味で新たなポートフォリオに取り組むよう命じられた。

新たにIBMの知的財産・ライセンス担当バイス・プレジデントになったフェルプスに与えられた課題は、長年にわたる多額のR&D投資によって構築された、特許などの知財資産の巨大コレクションの価値を最大化することであった。

その後は知っての通りである。フェルプスの就任当時、第三者の知財権の使用による収支は持ち出しの状況であったが、2000年の退職時にはそれが一変し、知財ライセンスが19億ドルもの純利益を生み出していた。フェルプスとその同僚は、全体的な技術ライセンス活動の一部として幅広い特許収益化プログラムを策定・実施し、2000年代初め、他の大手技術企業が類似の戦略を展開する際の青写真となった。

それ以後、IBMにも知財業界全体にも大きな変化が生じた。フェルプスが2000年に退職する(マイクロソフトのコーポレート・バイス・プレジデントとなり、3年後には知的財産担当デピュティ・ジェネラル・カウンセル(法務責任者代行)に就任)前から、IBMは、消費者へのハードウェアやソフトウェア製品の販売に対する依存度を引き下げて、法人ITソリューションおよび関連サービスへの集中を強化する展望を描いていた。そして事業戦略の転換と同様、知財戦略もシフトを余儀なくされていた(しかし、有力な特許ディールメーカーとしての評判は続いていた。エンビジョンIPの調査によれば、1991年から2015年の間にIBMは15,000件以上の特許を売却しており、その16%がグーグルに譲渡された)。

ビッグブルー以外では、特許収益化は数百万ドル規模のビジネスとなり、事業会社や特許不実施主体(NPE)は大きな利益を求め、こぞって資産をめぐる訴訟を起こし、ライセンシングを実施した。しかしながら、それは毒杯であることも明らかになった。純利益に現金が注入され、投資家に対する高リターンが歓迎されていたはずが、パテントトローリングや反イノベーション、反競争的行動に関する否定的な報道や告発がなされるようになり、遂に、ビジネスモデルとしての特許主張が持つと想定される魅力を除去するための制度改革が要求されるに至った。

さらに現在へと時を進めれば、悲観主義者は方向が完全に180度変わったと主張するかもしれない。反特許の主張、法制改革およびほぼ禁止的な判例が相まって、今や米国で知財権の行使、許諾または売却を試みようとする特許権者は、過去30年強で最も大きな困難と不確実性に直面している。

IBM自体について言えば、船の進路を再び変更している。コグニティブ・コンピューティングやブロックチェーン、クラウド・コンピューティング、モノのインターネット、ビッグデータなど、明日の革新的技術と広く認められている対象に、さらに集中して投資の大半を行っている。この移行期に、特許およびより広範な知財資産が再び中心的な役割を演じている。しかし、特許環境が変化し続けるなか、ビッグブルーの知財プロフェッショナルには新たな特徴のアプローチを取ることが求められている。

新たな開拓地

マーク・リンジェス 知的財産担当バイス・ プレジデント兼アシスタント・ジェネラル・カウンセル

「他の企業と同様、IBMも、より少ないコストでより大量の仕事をこなし、経費を節減する必要に絶えず迫られることから、最適な構造を見い出そうと努めてきた 」

先頭に立つのは、IBMの知的財産担当バイス・プレジデント兼アシスタント・ジェネラル・カウンセル(法務部門副責任者)のマーク・リンジェスである。ほぼ4年前にIBMの知財法グループ責任者になったとき、経歴上は、知財固有の経験はほとんどないように見えた。しかし、同社の法務部門に約26年在籍する間に取り組んだ知財関連事項は、他社の知的財産責任者の多くが取り扱ったと主張する数を超えている。

リンジェスはこう指摘する。「IBMにとって、長年知的財産は非常に重要性の高いものであった。時間と共にそれは確かな進化を遂げ、幾分異なる役割を担うようになった」。1970年代まで、IBMが知財権を取得する主な目的は、独自製品のイノベーションを保護するためだった、と彼は説明する。

しかしながら、IBMがパソコン分野に進出するにつれ、そうした状況は変わり始めた。ITセクターと関連分野が成長し始めると、集中が加速し、内部の発明だけを利用するのではなく、第三者の発明を活用する必要性が次第に重要になり、その流れを避けて通ることがますます難しくなった。「その時点で、IBMの知財戦略は、業務の自由やクロスライセンス関係を確保することへと変化し始めた」とリンジェスは回想する。それに伴い、知的財産の戦略上の潜在的重要性が次第に強く自覚されるようになった。「パソコンや半導体事業の業務を通して、知的財産それ自体に独立した大きな価値があることを見いだした」

1990年代には、フェルプスとそのチームが既存の知財資産によって最終利益を増やしていた一方で、知財法チームは、会社の特許出願の量と質の向上に忙しかった。IBMが特許のリーダーとしての名声を手に入れたのはこの時期である。それ以後今日に至る24年間、IBMは米国発行特許の取得件数でトップの座を守り続けており、同グループは特にこのことを誇りにしている。

リンジェスは続けてこう語る。「年月が経過し、会社の事業が変化するにつれ、我々は知的財産を、業務の自由以上の戦略的価値を会社にもたらすものとして捉えるようになっている。特に新たな市場に進出し、古い市場から撤退する場合はそうである。事業は時間と共に変化しており、そうした各新分野で自社の競争優位を守り、活動の自由を維持し、クライアントのために付加価値をもたらすことを可能にするものとして知財を捉えなければならない」

こうした特許の取得と管理における継続的な投資は、長年にわたるIBMの多面的な再生の促進になくてはならないものであり、とりわけ、IBMの将来計画において中核とは位置付けられない資産を売却する際の価値を高める。「当社は何度も事業単位全体を売却してきたが、そうした売却には頻繁に取得企業への重要な知財資産の売却が含まれており、たいていの場合売却価格を引き上げる。その結果IBMは新事業への投資とその拡大を可能にするキャッシュフローを生み出すことが可能となった」とリンジェスは言う。

第1ラウンド:IBMにおけるフェルプスの達成

以下の引用は「マイクロソフトの再建:新マーシャルプラン」と題する記事からの抜粋である。この記事は、IBMの知財戦略責任者であったマーシャル・フェルプスが2003年にマイクロソフトに移ったときのインタビューに基づいており、2003年9月発行のIAM第2号の特集記事として掲載された。

IBMコーポレーションに在籍した28年間、マーシャル・フェルプスは広範な任務に携わってきたが、その目覚ましい活動は、同社の知財ポートフォリオの商業化の可能性の開発という形で実を結んだ。それ以外にも、東京にIBMのアジア太平洋本部を設立した際の支援や、ワシントンDCで政府対応担当ディレクターを務めたことなどが実績として挙げられる。しかし1992年以降は、知的財産・ライセンス担当バイス・プレジデントとして、IBMの基準、電気通信の方針、業界対応、特許ライセンス・プログラムおよび知財ポートフォリオの開発に貢献した。

個人的なハイライトを挙げるよう求められて、フェルプスは特に誇りに思う3つの成果に触れた。「IBMで最もやりがいを感じた仕事は、米国と欧州の両方で反トラスト戦争に関与し、長年争った末に会社の防御に成功したことだ。これは、まさにこれまでのキャリアの中でも際立つハイライトだった。もう一つ、意義深く覚えているのは、大成功を収めた新組織、アジア太平洋グループの設立を支えたチームの一員だったことだ。最後になるが最も伝えたいのは、IBMの知財エンジンを10年間熱意をもって運営し、大規模なライセンス許諾の能力と大胆な行動計画を持つ知財創造企業へとIBMを変えた、という点である」

では、1990年代にIBMが知財の活用で成功した要因は何なのか。その答えは、IBMには3つのハードルを乗り越える能力があったことだとフェルプスは言う。「第1に、我々はその実行を決意したこと。大半の企業は試みることさえしない。技術のライセンス許諾は多くの企業やCEOにとって直感に反するため、その態勢を整える前に高い知的・心理的ハードルを乗り越えねばならない。第2のハードルは、市場が欲しがるものを有している必要があるということ。IBMの場合、米国で3万件、海外でも同数の特許を保有していた。最後に、ポートフォリオ全体が一定の品質を備えていなければならないということ。重要性のない特許を大量に持っていても何にもならない。IBMはこの3つの特徴をふんだんに持ち合わせていた」

フェルプスはこの3つの材料を使って新たな数十億ドル規模の収益源を築き上げた。「必要だったのは、それらのものを市場に持ち出し、鞭ではなくニンジンを見せて他の人々をIBMのプラットフォームに呼び込む方法を考案することだった。いったんこの決定を下したからには、独力で開発するよりIBMの研究成果を買うべきである、と他の企業を説得できるだけのライセンス・プログラムを構築しなければならなかった。結果を見れば、我々の取った方法が正しかったことは明白である」

売却ではなくライセンス

注目を浴びたM&A取引の中で大規模な特許の要素を含む案件としては、2014年のレノボへのサーバー事業の売却(9年前にはパソコン事業をレノボに売却)や、ごく最近のグローバルファウンドリーズへの半導体製造事業の大規模な売却がある。

こうした取引以外にも、IBMは特許のライセンシングから利益を上げ続けているが、純粋な特許売却も純利益のかさ上げに寄与してきた。アライド・セキュリティー・トラストの調査によれば、同社は2010年から2014年の間に57回の取引で合計6,111件の資産を売却し、米国特許の最大のベンダーだった(同社が2011年に2,379件の特許をグーグルに売却した取引は、1回の取引件数ではその期間中3番目の規模であった。しかしその後、上記のグローバルファウンドリーズとの取引で譲渡された特許数はそれを上回った)。

表1.2014~2016年におけるIBMの米国特許の譲渡

譲受人

譲受人の

所在国

業種

譲渡資産 件数

直近の譲渡契約 締結日

グローバルファウンドリーズ1

米国

半導体

15,146

2016年3月7日

レノボ2

中国

情報技術、コンシューマー・エレクトロニクス

1,704

2016年2月23日

リンクトイン

米国

ソーシャルメディア

801

2014年3月31日

スナップチャット

米国

ソーシャルメディア

257

2015年12月15日

サービスナウ3

米国

情報技術、企業ソフトウェア

245

2016年3月21日

フールー4

米国

エンタテインメント、ビデオオンデマンド

130

2016年4月5~13日

楽天

日本

電子商取引

107

2014年12月29日

ドーモ

米国

企業ソフトウェア

45

2015年6月30日

SKハイニックス

韓国

半導体

28

2014年7月2日

アルバネットワークス

米国

情報技術、コンピュータネットワーキング

25

2014年6月30日

TSMC

台湾

半導体

21

2014年9月29日

エジプト・ナノテクノロジー・センター5

エジプト

R&D機関

15

2015年11月5日

ファーウェイ

中国

コンシューマー・エレクトロニクス、情報技術、通信

13

2014年11月29日

レッドハット

米国

ソフトウェア

10

2016年6月27日

サムスン電子

韓国

コンシューマー・エレクトロニクス、白物家電、半導体

10

2016年10月4日

A10ネットワークス

米国

情報技術、コンピュータネットワーキング

9

2016年9月27日

King.com

スウェーデン

コンピュータゲーム

9

2014年12月31日

パロアルトネットワークス

米国

情報技術、企業セキュリティ

8

2014年9月30日

海康威視(ハイクビジョン)

中国

ビデオ監視

6

2016年2月3日

ブルーキャット・ネットワークス

カナダ

情報技術、企業ソフトウェア

5

2015年6月30日

インテレクチュアル・ディスカバリー

韓国

政府系特許ファンド

5

2014年12月29日

SCMCアクイジションLLC6

米国

持株会社

5

2015年12月31日

ユニロック

ルクセンブルク

特許主張主体

5

2016年2月3日

アクシュア・ソフトウエア・ソリューションズ

米国

ソフトウェア

4

2014年6月27日

マグナチップ

韓国

半導体

4

2014年10月16日

カビウム

米国

半導体

3

2016年4月27日

アクティフィオ

米国

情報技術

2

2014年2月28日

シーメンス

ドイツ

建設、エネルギー、医療、輸送

2

2014年3月28日

スタンフォード大学

米国

大学

2

2014年10月1日

JSR

日本

化学、素材

1

2015年5月24日

ケネクサ・テクノロジー7

米国

人材管理・アウトソーシング

1

2015年2月20日

トロント・ドミニオン銀行

カナダ

金融サービス

1

2014年6月30日

東芝グローバルコマースソリューション8

米国

小売POSシステム

1

2014年4月15日

注:この表にはUSPTO(米国特許商標庁)に正式に登録された譲渡のみが含まれている。

出所:USPTO

1 IBMが2015年に半導体ファウンドリ事業をグローバルファウンドリーズに売却したことに関連する複数回の譲渡。

2 IBMが2014年にx86サーバー事業を23億ドルでレノボに売却したことに関連する複数回の譲渡。

3 ミッドウェイ・テクノロジー・カンパニーLLCに譲渡された後、サービスナウに移転された167件の資産を含む。

4 ショアライン・イノベーションズに譲渡された後、フールーに移転された55件の資産を含む。

5 IBMは依然としてそれらの資産の共同譲受人である。

6 IBMは2012年にケネクサの買収(下記参照)の一環としてSalary.comを取得して子会社とした後、2016年7月に元の創設者に売り戻したが、この売却取引と関連しているように思われる。

7 ケネクサは2012年に13億ドルで買収したIBMの子会社である。

8 東芝グローバルコマースソリューションはもともとIBMの小売店ソリューション事業だったが、2012年に日本の東芝テックに買収された。

マニー・シェクター 最高特許カウンセル

「完全に良好な発明に影響を及ぼさずにそれらの乱用を防ぎ、劣悪な特許を排除するには、もっと的を絞った方法を取るべきである」

しかしながら、特許ライセンスの許諾や特許の譲渡は以前のような単純な独立した取引ではない。1つには、IBMはすでに業界の多数の企業にライセンス許諾していることが挙げられる。「当社が保有する特許資産数は最大でないかもしれないが、特許ライセンス数が最大の可能性は大いにある」と、IBMの最高特許カウンセル、マニー・シェクターは示唆する。さらに、厳しさを増す今日の米国の特許環境を踏まえると、まだライセンスを取得していない企業と契約することはかつてないほど難しくなっている。そのため、直接的なライセンス許諾による収益の稼得はますます困難になりつつある。

ビッグブルーが戦略の移行を継続しながら収益の確保を追求する状況にあって、多くの知財取引が従来以上に複雑な戦略的背景の中で行われているようにみえる。IBMが知財関連収益の大幅増を公表した第3四半期決算直後、2016年10月の電話会議で、最高財務責任者のマーチン・シュレーターがこの点について触れている。IBMが知財収益化ビジネスの再活性化を目指してきたことを指摘した後、次のようにコメントしたのである。「当社は知財収益基盤の再構築に成功した。・・・当社は知財資産を売却するのではなく、その価値を増大させるため、自社のスキルを配分するパートナーにライセンスを許諾する。・・・将来のイノベーション推進に向けた広範な提携の一部としてライセンスを許諾することは、当社にとって比較的新しいモデルである。その結果、収益源の維持およびおそらくは拡大が可能になると同時に、より変動費の比重が高い支出構造に移行する」

マーク・アーリック 知的財産・特許権行使・ 収益化担当アシスタント・ジェネラル・カウンセル

「ポートフォリオ全体を調べて有用な知的財産を見つけ出し、収益を維持するとともに、パートナーを呼び込むような状況を作り出せる」

特許権行使・収益化担当アシスタント・ジェネラル・カウンセルのマーク・アーリックは、IBMの大規模な知財資産の収益化に向けたこの新たなアプローチの指揮を支援してきた。彼のチームは、法務部門以外の取引締結担当役員(知的財産担当ジェネラル・マネージャーのビル・ラフォンテーヌ率いる知財ビジネス・グループなど)と協力して、より広範な技術取引と関連付けてIBMの特許から最大価値を引き出そうとしている。アーリックはこう説明する。「我々の主な仕事の1つは、ライセンス・チームと一緒に外に出て、ライセンスを許諾したいと思う相手企業に使用の証拠や特許に関する他の付随事項を示すことである。その際、自分たちは前座だと言って、契約交渉者とは違うことを強調する。ライセンスの価値や、交渉者が進めようとする譲渡契約を顧客が理解する助けになるためにやって来たと言うのである」

より大局的な取り組み

IBMは「特許工場」と称される評判や、知財関連の収益を重視する企業であると受け取られていることを誇りにしているものの、特許による直接的な収益化は常に知財戦略全体の一要素でしかなかったとアーリックは指摘する。「IBMにはさらに大きなグループがあり、知的財産の収益化を行っている。その中で特許の側面は、直接的な特許のライセンス許諾や売却という意味では、知財収益化の取り組み全体の中で重要ではあるものの比較的小さな部分にすぎない」。同社の知財や技術ライセンス・プログラムは直接的な収益創出以外の目的も果たしている、とアーリックは付け加える。「IBMは何十年もの間ライセンシングを行っており、これは、活動の自由の確保や、当社の知財ポートフォリオとライセンシーのそれとの優劣関係に応じた支払いの均衡を中心とした伝統的な考え方から発展してきたものである。IBMがポートフォリオから次第に多くの利益を上げられるようになるにつれ、こうした姿勢に変化がみられるようになってきた。しかし、その変化は緩やかで、全面的ではない。全社的な業務の自由を獲得することが、依然として我々の原動力の1つであることに変わりはない」

図1.IBMの知財法グループ

言い換えれば、シュレーターの言葉から、IBMの特許に対するアプローチが180度転換したという解釈を導くのは誤っている。アーリックによれば、変化しつつあるのはむしろ、IBMが知的財産と技術のポートフォリオ全体を収益化するために特許資産を活用する方法なのである。「特許ライセンスは当社の他の技術ライセンス・プログラムの補強になる。当社は長年、知財関連の収益の大半をノウハウのライセンスから得てきた。しかし、強力な特許保護がなかったとしたら、そうした強力なノウハウのライセンス・プログラムを実施することはできなかっただろう。ノウハウが主導するIBMの技術ライセンスでは通常、その背後に補完的な特許ライセンスが存在する公算が大きい。そして時には、特許がけん引役となり、技術を求めに来るライセンシーもいる」

売却

2014年末に半導体製造事業をグローバルファウンドリーズに売却することに同意したときに、IBMは技術やノウハウのライセンスにおける最大の収益源であったと考えられるものを手放した。この事業部門の処分に際し、IBMはその米国の競争相手に15億ドルを支払った。このことは、当該事業の芳しくない状況および是が非でも処分したいというIBMの必死の思いを示している。グローバルファウンドリーズはこの取引の一環としてIBMから数千件の特許も取得した。その結果、これが史上最大級の特許移転になっただけでなく、多くのアナリストが、今後IBMがどうすれば従来のペースで知財収益を創出できるかを疑問視する状況に至った。

しかし、この処分にもかかわらず、2016年第3四半期の業績報告や知財収益化戦略の再活性化に関するシュレーターの発言に示されるように、IBMの知財収益は依然として堅調であった。アーリックはこう強調する。「現在の状況からお分かりのように、1年しか経っていないにもかかわらずIBMは事態に対応し、半導体プログラムが終焉に向かっていたころを上回る実績を知財収益から実際に生み出している。貴重な知的財産は喪失したが、その対処には無事に成功したといえる」

現状をもっと広い視野で捉えると、半導体部門および関連知的財産の処分は、「戦略的インペラティブ(必須事項)」と名付けられた新たな事業分野へのIBMの移行、およびその結果、もはや将来計画では重要性を持たない資産の売却を示す一例にすぎない。アーリックはこう説明する。「結局どういうことかというと、当社は、顧客が今でも欲しいと思う卓越した既存製品を保有しており、それらが今も多額の収益をもたらしているということだ。しかし、R&D予算の推移から見ると、それらの分野の中には支出を続けることが不適切なものも存在する。よって、それらの製品の中でやや問題を抱えている一部については、さらなる開発を担うためにこれ以上の資金は出ないが、その収益は失いたくない」

ここで再び、知財法チームが革新的な解決策を携えて登場した。アークリックの説明によれば、「IBMは信頼できるパートナーを見つけ出し、それらのパートナーが将来開発を進めることを可能にし、収益を分かち合えるようにするために、知財ライセンスを許諾する。そこには通常、特許ライセンスによって補強されたソースコードやより広範な技術ライセンスが含まれている。これは興味深い方向転換であった。というのも、当社がそうした新たなプラットフォームに移行する際には、ポートフォリオ全体を調べて有用な知的財産を見つけ出すことができ、収益を維持するとともに、顧客を継続的に満足させるパートナーを呼び込むような状況を作り出せるからだ」

これこそが、IBMは特許収益化から「広範な提携全体の一部としてのライセンス許諾」に移行しつつある、とシュレーターが述べたときの真意であると思われる。IBMのごく最近の特許譲渡(表1参照)を見て意外に思う点は、通常同社の競争相手とみなされる企業、特にネットワーク企業への移転が多いことである。過去1年におけるIBMの特許提供先の上位には、グローバルファウンドリーズとレノボへの大規模な売却と並んで、A10ネットワークスやサービスナウが含まれている。

ビッグブルー養成所

IBMの知財部門の出身者は、知財の価値創造の世界で注目を集める活躍をしている。今日のCIPO(最高知財責任者)たちやその他の著名な特許ストラテジストのうち、主なビッグブルー出身者は下記の通り。

  • ロジャー・バート、オープン・レジスター・オブ・パテント・オーナーシップCEO; 英国公認特許代理人協会元会長 IBM上級知財カウンセル(欧州)(2003~2011年)
  • ジョン・クローニン、 ipキャピタル・グループ会長兼マネージング・パートナー IBM上級技術スタッフ・メンバー(1981~1997年);特許数および研究論文数でIBMのトップ発明者
  • ブライアン・ヒンマン、フィリップスCIPO IBM知的財産・ライセンシング担当バイス・プレジデント(1996~2007年)
  • デビッド・カッポス、 クラバス、スウェイン&ムーア法律事務所パートナー; 元米国特許商標庁長官 IBM知財担当バイス・プレジデント兼アシスタント・ジェネラル・カウンセル(2003~2009年)
  • ダン・マッカーディ、 アライド・セキュリティー・トラスト元CEO;カテラ・リンチ・ マッカーディ、パートナー IBMライフサイエンス担当バイス・プレジデント(1998~1999年) IBM事業開発・研究担当ディレクター(1992~1997年) IBM技術および知的財産・政府対応担当マネージャー(1989~1992年)
  • アービン・パテル、 テクニカラーCIPO IBM知財戦略担当グローバル・リーダー(2007~2011年) IBM知財戦略担当ディレクター(2005~2007年)
  • ケビン・リベット、シェルパ・テクノロジー・グループ、マネージング・パートナー; 「屋根裏のレンブラントたち:特許の隠れた価値の解放」の共著者 IBM知財戦略担当バイス・プレジデント(2005~2007年)
  • パイク・セイバー、 メドトロニック、バイス・プレジデント兼最高知財カウンセル IBMシニア・コーポレート・カウンセル兼知財ライセンス担当エグゼクティブ・ディレクター(2012~2016年) IBMバイス・プレジデント兼最高知財カウンセル(アジア太平洋担当)(2007~2012年)
  • ブルース・シェルコフ、 ABBグループ・シニア・バイス・プレジデント、 ジェネラル・カウンセル兼グローバルCIPO IBM特許・技術担当シニア・カウンセル(2000~2004年)
  • デビッド・ショフィー、CPAグローバル、知財戦略ソリューション担当バイス・ プレジデント IBM知財カウンセル(1998~2006年)

 

図2.2016年における米国特許の取得数 - IBMと主要競合他社

出所:IBM

スティーブ・モーティンガー 知的財産・システム・ ソリューション・リサーチ 担当アソシエイト・ ジェネラル・カウンセル

「最近の米国の裁判所判決を受けて特許ライセンスの許諾がさらに難しくなっている。・・・その対応策として、我々は他の広範な知財提供に取り組んでいるのである」

パッケージ取引

知財資産を収益化するための別の選択肢は、ライセンスおよび増えている譲渡を、会社が提供する幅広い製品・サービスに結び付けることである。再度表1を見ると明らかなように、IBMの特許譲受人の多数を占める別のグループは、新興のインターネット企業やデジタル・メディア企業である。こうした企業の多くは非常に急速に成長したため、その市場シェアや特性に見合った特許保護がなく、攻撃を受けやすい状況に陥っている。こうしたタイプの企業は、IBMのエンタープライズ・ソリューションやコンサルティング・サービスの顧客であることが多い。

アークリックは、IBMの法務部門以外のライセンス業務についてこう説明する。「我々の関連部門が全力を尽くしているのは、より大規模で長期的な関係を構築する際の特許ライセンスの役割を明確に理解することである。つまり、特許が必要な初期段階の企業は、ライセンス契約に署名し、当社から特許を購入し、当社と長期的な関係を有するようになる。会社がこれら全部を提供できるなら、かなり包括的な視点を持つことができる」

スティーブ・モーティンガーは、「現在IBMは、知的財産を主なセールスポイントとして組み込んだ製品を数多く有している」と言う。IBMのシステムやソリューション、研究業務に関わる知財法担当アソシエイト・ジェネラル・カウンセル(副法務責任者)の地位にあるモーティンガーは直接第一線で働き、知財部門と顧客対応部門をつなぐ役割を果たしている。そして、IBM内で最大級の弁護士グループを率いて、製品開発部門や「ブランド」に知財に関する法務支援を提供している。モーティンガーの説明によれば、「ブランドとはIBM独特の用語で、サービス、製品、知的財産のいずれであれ、モノを販売するグループを指す。私のチームは特にノウハウや著作権の売却とライセンシングを中心的に取り扱っている。おそらく大半の方が同意すると思うが、最近の米国の裁判所判決を受けて特許ライセンスの許諾が以前よりやや難しくなっている。その対応策として、我々は他の広範な知財提供に取り組んでいるのである」

図3.1993~2016年におけるIBMの米国特許取得件数

出所:IBM

モーティンガーのグループは、IBMから特許ライセンスを許諾された外部のクライアントに直接協力することも多く、クライアント独自の事業に対象技術を導入する際に支援を行ったりしている。「我々は顧客と一緒にノウハウを開発した後、開発したものがどう作動するか理解してもらえるよう支援している」。同グループは、単純な知財や技術の取引を超え、サービス契約など様々な付加的機能を組み込んだ取引に取り組むことが多い。モーティンガーによれば、「IBMのビジネスの中心となった知財取引には別のパターンもあり、大規模なソースコードをライセンス許諾した上で、ライセンシーが取引の一部として、IBMやその顧客に当該コードに関連するサービスを提供するというものである。この種の取引は過去数四半期、IBMの事業に大きな影響を与えたため、幾分脚光を浴びたようである。しかし、こうした成果に結びつくまでには時間をかけて発達してきた。従って、特許取引が困難な事態への対応として別の種類の知財取引を生み出すことが新戦略だとは思わない。これはむしろ、知財ポートフォリオの多様化の試みの成果と言える。明らかに特許ビジネスはIBMにとって常に重要なのであるが、今日ではもっと多様なポートフォリオが必要とされている。当社では、知財弁護士が事業チームと共同でそうした新たな知財提供のアイデアの開発に尽力しており、そこには大きな機会が存在している」。アーリックにとって、IBMが初期に着手した長期的な特許業務に注力することは、不況や不利な裁判所判決といった嵐を乗り切る能力に不可欠の要素となっている。彼はこう指摘する。「IBMの素晴らしい点の1つで、我々が特に得意としているのは、知財収益の創出のために沢山の多様な手段を持っており、活用することができるということだ。NPEのように特許資産だけを持つ企業について考えてみると、そうした大局的な展望に立つIBMほどの柔軟性はない。一方で、沢山の技術を生み出しながら、特許取得に多額の投資を行わない事業会社も、完全なパッケージを顧客に提供できないために問題にぶつかる。特許法グループや特許収益化部門として我々も、他の誰もが直面する課題を同様に経験している。しかし、我々には頼りになる他の要素や、知財・技術ポートフォリオの他の側面があるため、大局的、長期的に考えるゆとりがある」

明らかにIBMに有利な要素としてもう一つ上げられるのは、特許市場における長年の経験とリーダーとしての実績である。アーリックは次のように付け加える。「IBMは新顔ではない。これまで市場が縮小と拡大を繰り返すのを見てきた。その中で、状況が厳しいときは基本に集中するのである。会社全体の事業で最高のイノベーションが行われていることは分かっている。そうした素材を基に適切な特許出願書が書かれていることも分かっている。IBMのライセンシングの成果物は業界最高であると認識している」

新たな装い

IBMが最新の変革を遂げるうえで中心となる方法の1つは、知財部門の大規模な再編である。これまで知財法グループは、各チームがそれぞれの事業部門を担当し、中央チームが特許取得や企業秘密管理、著作権、オープンソースなどの問題を監督する傾向があった。さらに、世界各地の研究所や営業部門を支援する地域別の知財法務部門に加え、知財資産の収益化を図る全社的なライセンス部門の支援に責任を負う専任ライセンス・チームも存在していた。

近頃、IBMのビジネス上の利害関係が変化しつつある中で、それに対応して効率性と責任体制を強化するために、そうした無秩序に広がった構造が大幅に簡素化された。リンジェスは次のように説明する。「他の企業と同様、IBMも、より少ないコストでより大量の仕事をこなし、経費を節減する必要に絶えず迫られることから、内部クライアントに最善のサービスを提供する最適な構造を見い出そうと努めてきた。現在は、1人の上級弁護士が個々の主要事業部門に割り当てられており、それらの部門のリーダーと協力して事業戦略を理解し、知財戦略を策定する責任を負うようになっている」

図4.IBMが譲渡した特許の引用分析 - 主要購入者

出所:Envision IP

注:分析は2015年3月に実施

IBMの知財法グループが過去2年間に導入したもう一つの構造改革は、それまで事業部門に正式に組み込まれていた役割の大半を中央の「ブランド横断」チームに統合したことである。リンジェスは次のように言う。「今では、当社の弁護士全員が、1つの事業部門のみに集中するのではなく、多様な事業部門を支える知財法務の問題に取り組む機会を持つようになっている。彼らは依然として主に担当する事業部門が決まっているものの、この新たな構造により柔軟性が高まった。その結果、弁護士はIBMのポートフォリオの他の部分も理解しつつ追加的なスキル開発ができるようになった。わずか2年の間に大きな効果が現れ始めている。チーム間の仕事量を均等にし、効率性を高め、ブランド横断的な知識を深めた一層強力なチームを構築することが可能になったのである」

アーリックは第二の任務である管理弁護士として、知財法グループ内の人事管理、採用、研修およびキャリア・カウンセリングを担当しており、新しい柔軟なチーム構造の立ち上げに中心的役割を果たしてきた。アーリックはこう語る。「わずか6、7年前、IBMコーポレーションにはソフトウェア事業、システム事業、サービス事業など多くの技術系の事業部門があった。現在では、ワトソン・ヘルスという医療専門の部門や、プロモントリー・フィナンシャル・グループの買収の結果取り込まれたワトソン・フィナンシャルがある。またウェザーカンパニーも買収した。こうして今やIBM内には巨大な消費者向け事業体が存在している」。現在、ビッグブルーは全体でほぼ12の非従来型分野で事業を営んでいる。そして、総合的な移行計画を考慮すれば、今後それがさらに増える公算が大きい。

それにもかかわらず、知財法グループの人員はそれに見合うほど大幅に増加していない。そのため、要求されるサービス水準を提供できるように、状況に適応せざるを得なかった。アークリックはこう説明する。「対応策として、縦割り的なアプローチを止めて、ブランド横断チームという形で中央に席を置いた。これにより機動性が非常に向上し、内部クライアントや顧客から沢山のフィードバックを得られるようになった。しかし、管理弁護士として最も嬉しいのは、弁護士の成長速度に、このシステムが果たす役割が明確に見て取れるという点である。つまり、弁護士のデスクには常にこれまでに経験したものとは異なる仕事が用意される体制を整えたのである。その結果、当社のチームは、旧式の縦割り型モデルなら15年はかかるような広範かつ深い専門知識を5年で吸収し、その分野の専門家になることができる。当社の若い専門職は、キャリアの非常に早い時点で大型の事案に取り組み、上級幹部と接触する経験を持つことになる」

核となる要素

IBMでフェルプスの時代から変わらないと確実に言えることの1つは、並外れた特許取得数である。IBMは2016年に24年連続で米国発行特許の取得者リストのトップに立ち、過去最高の8,088件を付与された(2位のサムスン電子に付与された特許数が5,518件にとどまることを見れば、業界におけるその卓越性は明らかである)。それらの特許の4分の1以上は人工知能、クラウド・コンピューティング、コグニティブ・コンピューティングに関連している。これは、同社の戦略的方向性と、自然言語による質問を処理できる質問応答コンピュータシステム「ワトソン」への注力を明確に示すものである。

業界最大のそれらの特許を取得するのは知財法グループの特許センターである。最高特許カウンセルのシェクター(IBMが業務展開するすべての国の現地知財法務チームの監督も兼任)に率いられる100名以上の専門職で構成されるこの中核的組織は、IBMの米国の特許出願のうち約3分の1の作成と手続きを担い、それ以外の出願作業は事業部門の弁護士と外部弁護士が行う。シェクターはIBMの大規模な特許出願業務と知財事業のそれ以外の部分の仲介役を務める。シェクターは同僚のアーリックやモーティンガー、リンジェスについてこう語る。「どんな良い組織でも言えることだが、我々の責務の一部は境界が曖昧な部分がある。だからこそ、密接に協力し合ってそれぞれの専門知識や経験をできるだけ共有しようとしている。特許の世界で古くから言われているのは、出願担当者は、自分が取得した特許の権利行使を経験しなければ、本当に完全な仕事をできるようにはならないということだ。反対に、特許出願の視点を理解しなければ良い提訴者にはなれない、という言い方もある」

この格言が、IBMの特許取得および管理活動のほぼ全体を指揮するシェクターの日常的役割を特徴付けている。「私の責務は、IBMが関与する必要があると考えられる技術分野や地域で強力な特許ポートフォリオを維持することである」と彼は説明する。企業戦略、顧客サービス、実施および収益化などの視点からの評価を実務に適用できることが、IBMの特許ポートフォリオをできる限り強力、高品質および高価値にするうえで必要不可欠である。

シェクターがIBMの特許の価値の最大化を追求する方法としては、政策面の主張を行うという手段もある。彼はこう指摘する。「私は対外的な事柄にも多くの時間を費やしている。法廷助言者活動の検討、コメントを求める連邦官報の公示への対応、意見書の公表、行事への参加などを行い、IBMが知的財産に関して自社のメッセージをまとめ、適切に提供できるようにしている」

知財環境の問題

そのため、シェクターは、特許法の問題に関する講演や著作でよく知られており、米国の知財政策、特に特許性や紛争解決に関する判決や立法措置をめぐる現在の論争で著名な人物となっている。彼はこう指摘する。「IBMは、米国における特許主題適格性の現状を懸念していることを結構公に発言してきた。最近の最高裁判所の一部判例は相当の混乱を引き起こしており、その余波を受けて、米国特許商標庁審査部、特許審判部および連邦地方裁判所による取り扱いが、内部的にも相互的にも非常に一貫していないことを目にしてきた」

シェクターは、混乱の原因がこれらのグループのいずれかにあると非難しているのではない。むしろ、最近の最高裁判決の影響の中で、できる限りのことをしていると見ている。「特にアリス判決は明確性、透明性および一貫性に何ら貢献していない。そこでは、率直に言って、それらの類いの達成がほとんど望めない基準が設定されてしまった。非常に懸念される事態というしかない。コンピュータ技術は我々が持つ最も革新的なものの1つである。ソフトウェアは米国が最も成功した産業の1つである。知的財産のライセンシングと売却は、米国の数少ない貿易黒字の1つである。米国が、それらの特定の技術を差別するリスクのある特許制度を望む理由が我々には理解できない」

アリス判決を歓迎する人の多くは、2011年米国発明法によって導入された立法改革に加え、低品質の特許を排除するのに貢献したと主張する。そうした特許は、特許制度を乱用するトロールが好んで利用する手段だと言われている。シェクターは、特許の乱用を減らすという大義には同感するが、そのための手段としては間違っていると考えており、こう主張する。「これでは、大切なものを無用なものと一緒に捨てているのに等しい。そのようなやり方で仕事が進められているのは乱暴すぎる。完全に良好な発明に影響を及ぼさずにそれらの乱用を防ぎ、劣悪な特許を排除するには、もっと的を絞った方法を取るべきである」

シェクターは、ラウンドテーブルや一般コメントの募集といった特許商標庁のアウトリーチの取り組みを高く評価している。それにより、IBMや他の権利保有者は特許制度の現状を改善する方法に関するインプットを提供することができる。しかしながら、米国発明法が一部の不適切な行動の防止に役立つと思われることには同意するとしても、すべての利害関係者が将来の立法改革や行政の変革から最善の結果を得られるようにするにはもっと対話が必要である、とシェクターは言う。「我々は、この事態が議会の審議を正当化すると考えている事実を率直に述べてきた。もちろん議会や大統領が替わることは認識している。彼らにはなすべきことが沢山あり、その優先順位はこれまでと異なるものになるかもしれない」

このような現状では、IBMのような米国の技術企業が、自社のR&D投資をより有効に保護できると考えたら、国外に目を向けることは避けられない。シェクターは結論としてこう述べる。「言うまでもなく、発明がもはや特許性のある主題の範囲内にないと我々が受け止める状況になれば、その地域で案件を多数出願することには固執しない。IBMはほぼ10年前に、特にビジネス方法の分野では出願を減らしている。また、当社の発明ではより高水準の技術内容を確実なものとしていくことをはっきりと公に表明しており、最終的には何らかの変化が不可避であることをある意味で予期していた。他方、米国外の出費比率を増やすために、特許取得に費やすべき支出の比率を増やしていくよう検討し続けていることは確かである。

ビッグブルーは米国のサクセス・ストーリーの象徴である。何十年にも及ぶイノベーションへのコミットメントの成果が、そのホームグランドで正当に認められなくなるとしたら恥ずべきことである。

行動計画

IBMは今日に至るまで、古い事業分野から新しい事業分野への移行を何度も経験してきた。そして、現在の改革が最後となることはまずない。それらの移行が円滑に進んだ1つ要因は、同社の広範な高品質の知財ポートフォリオにある。

  • 2014~15年に半導体製造部門をグローバルファウンドリーズに売却したにもかかわらず、IBMは、アナリストの懸念に反して知財収益化から多額の収益を生み出し続けた。
  • 主張や「脅迫的ライセンシング(ムチ)」がより困難になった環境の中で、IBMは、特許資産からの収益を確保するために「報奨的(アメ)」アプローチを活用している。
  • このアプローチには、知財資産と製品・サービスの一体化、非中核特許の計画的な売却、およびノウハウやソースコードなどの補完的資産のライセンスの組み込みによる特許ライセンスや譲渡の価値の強化が含まれる。
ジャック・エリスはニュージーランド、ハミルトンを拠点とし、知財やイノベーションの諸問題について執筆するフリーランス・ジャーナリストで、IAMの寄稿編集者。

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