東南アジア - イノベーション・アウトサイダー

東南アジアには技術投資と商業化の豊富な機会がある。反面、知財インフラが依然未発達のため、いままでにないアプローチが必要となる。

2016年9月、ブラックベリーのCEOはライセンス中心のビジネスモデルに移行し、「ハードウェアの社内開発」はすべて打ち切ると発表した。実質的に製品市場からの撤退である。この発表は市場の観測筋にとって驚きではなかったが、同社初のサードパーティ製品がインドネシアで製造販売されるという報道には顔をひそめた。

かつてリサーチ・イン・モーションの名で呼ばれたころ、ブラックベリーはスマートフォン業界の先駆者で、一時期はトップクラスのメーカーであった。その製品は、独自の押しボタン式のキーボードで知られ、世界中の多忙なエグゼクティブが愛用した。しかし時代は移り、その後ブラックベリーは、アップルやサムスンといった手強いライバルに大きく市場シェアを奪われた。同社が、生き延びるためにソフトウェアやセキュリティ、特許における強みを生かそうとするのは理に適っている。しかしながら、東南アジアと言えば、低品質の製造と、模倣品の売買が盛んに行われていることでよく知られており、モバイル業界の高級ブランドの一つが再投資するのに最適の地とはとても言えなかった。

しかし、同地域はネガティブなイメージにもかかわらず、決して不適当な立地ではない。ブラックベリーは、他国では輝きが失せたものの、インドネシアでは依然として有数の人気を誇るスマートフォンであり、大勢の愛好者を維持している。さらに、2億6,000万人の人口を有するインドネシアはアジア3位、世界4位の消費者市場である。その上、多くの点でまだ外国ブランドの手が付いていない状態にある。

インドネシア以外に目を向けると、この地域には豊かな可能性を秘めたもっと多くの市場がある。北東には、所得が上昇し、ブランドへの熱望が拡大しつつある人口1億人のもう一つの島国、フィリピンがある。北西には、さらに3,500万人強が住む、同地域随一の富裕国、マレーシアとシンガポールがある。そのさらに北には、人口6,000万人強のタイおよびもう一つの1億人の国、ベトナムがある。最近やっと海外からの投資に門戸を開いたカンボジア、ラオス、ミャンマーは、開発という点で他の諸国に後れを取っているものの、急速に拡大している。

これら10カ国は、単一市場形成の目的で1967年に設立された政治経済協定、東南アジア諸国連合(ASEAN)を形成している。理論上、ASEANは欧州連合を模倣しているが、加盟国間の協力や協調のレベルという点では非常に異なっており、最近一部の国同士で苦々しい武力衝突も生じている。

ASEAN地域は、周辺国、特に中国の影に隠れることが非常に多いものの、ハイテク企業にとって恐らく競争がさほど熾烈ではない重要な好機を示している。また、科学技術のR&Dでは次第に目覚ましい実績を上げており、対内海外投資を求めるスタートアップ企業やスピンアウト企業の文化が興隆している。

バンコクのティルキー・アンド・ギビンズ法律事務所のパートナーで副ディレクターのアラン・アドコックは次のように言う。「実際、企業は革新的技術の創造という点で東南アジアに目を向け始めている。同地域の政府は国内のR&Dへの積極的な支援を開始している」。緩やかながら着実に公共部門のR&D支出は増加している。各国政府は、経済発展を加速させ、外国のイノベーションに頼り続けるのではなく部分的であっても技術を自給自足することを望むのであれば、イノベーションを支援・育成する必要があることを認識しつつある。

アドコックは続けてこう語る。「この地域の政府は中国の知財や技術の成長を手本とみている。そして、『中国にできたのなら、我々にできないはずはない』と考えている。東南アジアでは現在、低価値の製造から知識経済に移行しようとするそうした政治的・社会的原動力が働いている。製造はますます自動化が進み、製品を組み立てるのに要する手作業は減少しつつある。そのため、イノベーションの重要性が増している」

この可能性を実現するには、知財戦略の専門能力が必要となる。しかしこの地域では、そうした能力が比較的乏しい上に、国内の知財制度が未発達であることが成長の大きな障害となっている。ジャカルタのラウズのパートナーで副CEOのニック・レッドファーンは次のように説明する。「大きな問題は、この地域の知財制度の洗練度に大きなばらつきがあるということだ。ここにやって来る企業にとっての基本的な障壁は、ASEANの人口の半分以上を擁するインドネシアとベトナムが、どちらも知財制度が信じられないほど未発達だということである。効果的な特許制度が整備されていなければ、知財権の執行や収益化の話すらできない」

レッドファーンは、これら2つの国以外でも言及に値する特許訴訟はほとんどないと断言する。「法制インフラや規制インフラの脆弱性が問題なのは、知財関連の紛争はもちろん、あらゆる商業上の紛争が非常にやっかいになるためである。その結果、それらの国、特に発展途上国ではどんな種類のビジネスも困難になりかねない」

図1. 東南アジア諸国における特許出願件数(直接およびPCT)(1980~2014年)

出所:世界知的所有権機関

注:1995年の出願急増は、シンガポールの世界貿易機関、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)および特許協力条約(PCT)への加盟、ならびに特許性に関する国内規則の改正と時期が一致している。ラオスとミャンマーはデータが不完全または入手不能なためここに含まれていない。

保護の難しさ

シンガポールの技術移転コンサルティング会社、リンデン・パートナーズの設立者でディレクターのジャスミン・クウェイは、東南アジアに進出しようとする企業から、複雑でしばしば紛らわしい知財制度(あるいはその制度の欠如)への対応の相談を定期的に受けている。一部の国では、特許保護制度が確立されていないため、企業は重大な戦略上の難題に直面する。クウェイはこう語る。「最大の問題は、この地域には知財法すら存在していない国があることだ。だから多くの場合、結局は何がリスク要因かを考えざるを得なくなる。明らかに、製品を販売する前に商標を登録することは欠かせない。しかし技術に関しては、ミャンマーやカンボジアのような国は、成長や投資の大きな可能性がありながら、本格的な特許保護が存在しない」

さらに、特許が法制化されている国でさえ、その保護の有効性が問題になる。クウェイは続けてこう言う。「企業は、製品の必須部分を営業秘密として厳密に管理すべきかどうかを判断し、知財保護ではなく信頼できる販売経路に頼らざるを得ないことがある」

地域のどの国でも特許庁の審査に長い時間がかかることが、更なる手続き上の障害になっている。バンコクのサイアム・セメント・グループ(SCG)の知財管理者、インギョン・タンタナポンファンもそれを認める。「東南アジアでは未処理案件が重大な問題になっている。出願を審査する特許審査官の数が十分でないため、登録プロセスに非常に長い時間がかかり、出願人を悩ませている。さらに、リソースの乏しい中小企業(SME)にとっては、特許性を強化する特許検索・分析のためのソフトウェア・ソリューションが欠けている。政府は、タイの特許制度の質を高めるために、人材とソフトウェア両面のリソースをもっと多く提供する必要がある。他のASEAN諸国も同じ問題に直面している」

図2.マレーシア - 特許と実用新案の出願件数(2010~2014年)

出所:マレーシア知的財産公社

とはいえ、こうした状況は改善しつつある。以前、技術の所有者は、登録が効果的な保護の保証にならないため、特定の国ではわざわざ知財権を登録しないことがよくあった。しかしその結果、技術移転やライセンス、協力契約を考慮するような段階に進んだ時に往々にして問題が生じた。

アドコックはこう説明する。「知財権者が、一部の東南アジア諸国を特許で資産を保護することができない法域と考えて、その機会を見逃した場合、現地の提携先に技術を使用許諾あるいは移転する段階になって、特許以外の知的財産権を契約に盛り込むことを考慮せざるを得なくなる。それは時には営業秘密だったり、著作権、ノウハウあるいはショウハウ(show-how)だったりする」

アドコックは、外国企業が特許取得の機会を見逃す例は以前より希になっているが、今なお存在すると強調する。それは特に、権利保有者がアーリーステージにある小規模な企業や大学のスピンアウト、または個人発明者だったりする場合の、比較的新規の技術開発分野で顕著である。彼はこう指摘する。「タイや他のASEAN諸国はエネルギー、バイオ燃料、グリーン・テクノロジーなどの分野で誘致に熱心だが、それらの分野では多くの企業が豊富な資金を持っていないため、たくさんの法域を持つ東南アジアのような地域では特許を出願できない。そうした企業はたいてい小規模で、当然ながら、米国や欧州、それに恐らくは中国や日本での特許取得に限定的なリソースを集中させている。それらの企業は、自身の知的財産を特定し、それをライセンスや技術移転の取引関係に組み込むという点で、もう少し工夫をする必要がある」

このことは、提携先企業にとって心配の種になるかもしれないが、必ずしも取引の障害にはならない。しかしながら、将来の投資や売却ということになると問題が発生する可能性がある。アドコックはこう言う。「提携先が提携に特に熱心な場合、その技術が特許によって保護されていなくても、必ずしもあまり気にしないかもしれない。しかし、投資家や財政援助者、融資者は別の姿勢を取る公算が大きい。つまり、その技術がどういう状況にあるか、どのように誕生したか、そして知的財産権の登録によって保護されているかを知ろうとするだろう」

したがって、商売相手は特許権のないライセンスや他の取引関係を喜んで検討するかもしれないが、多くの場合、ライセンシー以外にも考慮すべき当事者が存在する。このことは、公共部門による融資が盛んな新興国に特によく当てはまる。「とりわけ東南アジアでは、現地政府が技術移転取引に関与したり、国内銀行がライセンス取引に融資することがある」とアドコックは続ける。

さらに、有効な知財制度の欠如や現地企業の戦略意識が原因で、外国企業にとって東南アジアへの技術主導型投資が本質的に高リスクになっている。レッドファーンは次のように説明する。「この地域の問題の一つは、いまだに知的財産を単なるコストと考える現地企業が多すぎることだ。ビジネス価値を認めないため、知的財産に投資しようとしない。その結果、投資家として現地企業を買収した場合、通常、取得後に知財ポートフォリオを増強するために多額の出費を余儀なくされる」レッドファーンはこう付け加える。東南アジアにおける知的財産に関連する問題は、他の地域の国よりはるかに複雑、高リスクかつ高コストな結果をもたらすことが多い。「現地企業や政府は、最終的に誰かが関連コストを支払うことを往々にして認識していない。そして、たいていは国内の消費者が割高な価格を支払うことによりそのコストを負担する」

シンガポールのR&D機関、A*STAR(科学技術研究庁)傘下の知財収益化機関、エクスプロイトテクノロジーズ(ETPL)のフィリップ・リム・フォンは、多くのASEAN諸国で信頼できる知財保護が不十分なことが、この地域への大規模な投資や経済発展の妨げになっている可能性を認める。そして、こう指摘する。「外国投資は、ビジネス上の考慮事項の中でもとりわけ、知財権が執行可能で透明性が高いビジネス環境に引き付けられる。そのためには、知財権者と利用者の間で公平に知財権のバランスを図る法規の枠組みが必要になる。さらに、シンガポール政府が行っているような、研究人材プールを構築しようとする継続的取り組みが、研究遂行能力を求める外国投資を誘致する助けになり、このことがさらに活用可能な知財の創造につながる」

図3.フィリピン - 非居住PCT出願人の上位原出願国(2010~2014年)

出所:フィリピン知的財産局

図4.ベトナム - 主要国からの特許および実用新案出願件数の増加(2000~2015年)

出所:ベトナム国家知的財産庁

投資の誘致

外国で設立された技術中心の投資会社の一つで、ほぼ10年間東南アジアに拠点を有する企業がジノバである。今年初めまではインベンション・ディベロップメント・ファンド(IDF)と呼ばれていた。同社は、初期段階の技術を軸とする特許ポートフォリオの開発と商業化を目的に2007年にインテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)によって創設された。IDFはグローバルな展望を持ちながら、次第にアジア太平洋地域に重点をおき始めた。その重点が他のIVファンドと乖離し始めたため、独立した事業体として分離することが決定された。ジノバへの商号変更を伴うこのスピンアウトは2016年9月に完了した。

デビッド・ドレークはジノバの提携担当シニア・バイス・プレジデントで、韓国とシンガポール事務所の所長を務めている。その活動の焦点は主に東南アジア諸国における協力、提携および投資機会にある。ドレークはこう説明する。「ずっと以前、当ファンドが2007年に設立されたころ、東南アジアには我々が充足できるニーズがあると考察していたが、これは正しかった。知的財産やイノベーションに関するその種の戦略的思考法は、ここではほとんど生まれたばかりだった」

東南アジアは知財保護が弱く、知財意識が低いという評判から、ハイテクやイノベーション中心の投資会社の大半はそこを回避するとみられているかもしれない。しかしながら、ジノバにとっては、これは長期的に取り組むに値する課題である。ドレークはこう語る。「知的財産の問題は投資の決定を下す我々の仕事をより複雑にするが、必ずしもより困難にするわけではない。『なぜわざわざその地で特許を取得するのか』という質問をしばしば受ける。たとえ現在、それらの特定の市場で権利を執行できないと仮定した場合でも、特許を取得しなかったら、実質的にそれらの国を手放すことになる。今から3年後に世界を変える技術を持ったとしても、特許を出願していなかったら依拠する足場がない。それらの市場では出願費用が非常に安いのだから、出願しないと多額のオプション価値を放棄することになる」

東南アジアへの架け橋

知財業界の注目は必然的に、中国と同国が次の特許超大国になるために打つ施策に集まっている。しかし、隣国日本が、中国の南方に位置する市場で支配的な特許プレーヤーになるべく努力を注いでいる兆候がある。

何十年もの間、日本企業は、東南アジア諸国を含む多くのアジア諸国において、とりわけ積極的な特許出願を行ってきた。しかしながら最近日本は、ASEAN地域が提供できるものについてより一層の関心を寄せているようにみえる。

マレーシアのPlaTCOMベンチャーズのバイス・プレジデント兼知財サービス責任者、ビルンタ・モールティはこう述べる。「当地では日本企業、特に大企業の存在感が際立っている。出願に非常に積極的だと断言できる。著名な日本企業数社はマレーシアの知財資産の取得も狙っている」

ティルキー・アンド・ギビンズ法律事務所のパートナーで副ディレクターのアラン・アドコックは、タイでも同様の活動が見られると言う。「タイへの海外直接投資で日本は首位の座にあるが、中国にある製造業の拠点の多くを東南アジアに移転しているようだ」。この状況には地政学的背景がある。中国政府と日本政府は近年、どちらも国家主義的色彩の濃い道筋をたどり、歴史的緊張関係が幾分再燃している。他方、経済的理由もある。中国での製造はますます高コスト化し、マレーシアやタイなどASEAN諸国の魅力が増している。「日本企業は、東南アジアにおける自社の知的財産を保護するのが重要であると常に感じてきたことは間違いない。タイや他の国が特許協力条約などの国際的プロセスに参加してからは、特にそう言える。その結果、この地域における知財保護の実行可能性が増したと企業が考えるようになったからだ」

ASEANの知財環境に対する日本の影響を示す別の兆候として、同国の政府系特許ファンド運用会社、IP Bridgeが今年10月、マレーシア・デジタルエコノミー公社(MDEC)との協力協定に調印したことを挙げられる。MDECは、マレーシアの通信・マルチメディア省傘下の政府機関として、この中所得国の情報・通信技術産業の発展促進に責任を負っている。この協定を発表したプレスリリースによれば、両者が調印した覚書により、MDECとIP Bridgeは、知財創造のために協力すると同時に、マレーシアのハイテク企業は「日本の広範な研究開発分野を活用して技術のイノベーションを創出し、日本市場に参入する」ことが可能になるということである。

IP Bridgeの吉井重治CEOによれば、マレーシアをはじめとするASEAN諸国は、日本が開発した知財資産の商業化・収益化にとってほぼ手つかずの大きなチャンスの場となっている。その説明によれば、「ASEAN経済は急速に成長し、様々な技術やそれに関連するエンジニアを必要としている。日本の中小企業(SME)は、ASEAN市場のニーズを支えられる多様な技術とエンジニアを有している。IP Bridgeは、高い可能性を持ったビジネス創出に向けて、その両社をつなぐことができる」

IP Bridgeの役割は仲介者として機能し、適切なビジネス上のサポートを提供することである。吉井はこう語る。「ASEAN諸国の一部企業は日本の技術の利用を望んでいる。しかし、仲介機関がないと、どちらの側も相手に会う機会がほとんどない。IP Bridgeはそうした仲介機関として働きたいと考えている」。同社は、東京でASEANのスタートアップ企業のインキュベーターを設立し、資金調達を支援することを計画している。IP Bridgeは一部の連携企業の株式取得を追求することもある、と吉井は付け加えた。

ライセンスの成功

投資やM&A取引は重要である。しかし、外国企業は、保有する知的財産や技術を現地の提携企業にライセンス供与したり、自社の事業目的を促進するために現地のイノベーションのライセンスを取得したりすることにより東南アジア市場を活用したいと望むこともある。この場合も、ライセンシング件数の少なさに示されるように、同地域の知財制度の限界がその種の取り組みの障害になっている。タンタナポンファンは、タイや近隣諸国における知財の収益化は極めて初期段階にあると指摘する。ほとんどの企業は依然として型どおりに製造に集中しており、わざわざ知的財産を適切に保護しようとする企業は比較的少ない。しかし、状況は良い方向に変化しつつある。タンタナポンファンはこう説明する。「タイでは、相当数の企業が技術のライセンスインを行っているが、一部に継続的なライセンスアウト・プロジェクトも存在している。例えば、SCGはライセンスアウトを行うとともに、将来のライセンシング・ビジネスの準備に必要な能力とチームを形成するためのパイロット・プロジェクトを実施している」

タイや他の諸国の技術所有者が抱える問題の一つは、知財資産の価格設定および海外の見込み購入者やライセンシーとの交渉に対するアプローチである。この点に関する欠点が特に顕著なのは、R&Dに多額の投資を行い、多数の特許を出願する大学である。アドコックは次のように指摘する。「多くの協力は、公立大学と外国の民間研究パートナー間の官民パートナーシップの形で行われる。しかし、多くの場合、大学はこの協力に対して極めて近視眼的である。大学が科学の発展という目的をなおざりにして、あまりに利益に走ったため、外国の研究プロジェクトがタイやインドネシアを見捨てて他国に移動した例を私は何度か見ている。」また、この地域の公的研究機関との交渉は通常長期化することから、外国の投資家や購入者はこれを敬遠しているとアドコックは付け加えた。

国家的な技術商業化プラットフォームとして機能するマレーシアのイノベーション機関の完全子会社であるPlaTCOMベンチャーズのバイス・プレジデント兼知財サービス責任者、ビルンタ・モールティは、母国に同様の問題があると認識しており、こう説明する。「大学は非常に高いライセンス料を設定する傾向がある。国内プレーヤーはライセンス契約の締結に何が絡んでいるか理解していないことがよくあるため、外国企業はマレーシアでの取引を若干難しいと感じることがある。大学はユーロやドルの話になると興奮しすぎて自分の技術に高すぎる金額を付けてしまう。」モールティの指摘によれば、この点については知財評価が重要な役目を果たし、当事者が公平なウィンウィンの取引に合意できる地点に到達できるよう手助けする。マレーシアとシンガポールの両政府はこの知財評価を強く支援し、奨励している。

この地域におけるライセンスアウトに関しては、ASEAN加盟によって協力がより密接になったにもかかわらず、依然として国境が事態を複雑化させる役割を果たしている、とリムは言う。「地域内やさらに遠方に知的財産や技術をライセンス供与または移転しようとするときに生じる困難性は、技術支援を妨げる地理的制約に関係している。このことは、独自のノウハウの知識を移転する場合、特に重要になる。」例えば、ライセンシーがシンガポールにいないと、適時に技術支援に対応することが難しい、とリムは示唆する。「より重要なことは、ETPLは、A*STAR傘下の商業化機関であることから、その設立趣旨は、経済全体の成果や社会的便益を実現するために国内事業体に知的財産や技術を移転またはライセンス供与することである。したがって、そうした事業体へのETPLの関与は、単なる知財権のライセンスを超えており、より深い協力を通じて、成功裏に知識や能力を適用して経済のために企業の成長達成を確保することにまで及んでいる。こうした目的は、この地域やそれ以外の地域のすべての国・地域で類似していることは間違いない」

図5 .ベトナム - 特許出願および付与(1981~2015年)

洗練化の促進

東南アジアへの進出を目指す企業にとって、市場参入の準備として特許を出願することの根拠は明白である。しかしながら、この地域の知財のエコシステム(収益構造)の改善に最も役立つと思われるのは、現地企業やR&D機関の洗練化の促進である。クウェイはこう述べる。「東南アジアのそれらの企業はすべて外部で事業を立ち上げようとしており、そのために明らかに投資を必要としている。その知財の専門知識や知財意識をもたらすのはしばしば投資家である。」クウェイによれば、東南アジアは、特にヘルスケアやエネルギー、グリーン・テクノロジーなどのセクターで極めて強力な商業化の潜在力を示しており、成熟した企業や投資家にとってまたとない機会となっている。クウェイはこう認める。「この地域に目を向けた場合、言うまでもなく、彼らの懸念の一つは知財権の執行だろう。しかし、このことは市場自体によって是正されると思う。買収が続き、投資が発展途上国に流入し始めると、彼らは行動を開始し、知的財産をもっと念入りに分析するだろう。これは進化と言える。もし知財権の執行不足や脆弱性のために投資が流入して来ない場合、最終的には措置を講じることになるだろう」

アドコックは、この地域の知財制度を改善する原動力として、ASEAN全体における居住者の特許出願の前向きな傾向を認め指摘する。そしてこう説明する。「現地の革新的企業は、技術を創出した場合、ほぼ必ず自国内でそれを保護したいと考える。地域の知財局が特許審査や特許性のない発明対象に関して問題や課題を抱えているとしても、今や国内のイノベーションが東南アジアの経済的実態の一部となっており、地元企業がそれらの知財登録簿を使用している以上、登録簿がより効率化する事後的効果が観察される」

国内企業からの出願が増えれば、きちんとした職務遂行を求める圧力が強まる。この圧力は出願以外からも加わる。東南アジア諸国政府は、国内のイノベーションのエコシステムの開花がもたらす好ましいイメージを認識しているうえ、海外からの対内投資の増加の確保に熱心であり、効率化の向上や法制改革の検討を強力に推し進めている。

この地域ではたいていそうであるように、知財政策に関してシンガポールが先頭に立っている。ドレークの説明によれば、「シンガポールは知財とイノベーションのハブになるという大規模プロジェクトを作り上げた。500万の人口とそのGDPをもってすれば、その実現は政治的な意味でより容易であることは明らかだ。しかし、政府の介入が効果を生んでおり、ここでは間違いなく知財保護が尊重されている」

隣国マレーシアも知財市場の促進という点で大きく前進し、主にSMEがその恩恵を享受している。モールティはこう語る。「マレーシア当局は、大学や企業の協力拡大の促進に関して一定の成果を上げてきた。PlaTCOMベンチャーズ、SIRIM(マレーシア標準工業研究所)-フラウンホーファー、官民研究ネットワーク、AIM(マレーシア革新技術推進機関)―シュタインバイス・マレーシアなどのイニシアティブは、大学や他の研究機関のほか業界の間にも知財意識を喚起するのに貢献している」

しかし、ASEANブロックの他の国では、R&D投資を促進し、自国の知財制度への信頼を向上させるために、政府ははるかに多くのことを実施する必要がある。タンタナポンファンによれば、「政府は、民間部門が知財の登録と活用を円滑に実行できるようにするために、必要なリソースを投入し、免減税や助成金などの優遇措置を提供する必要がある。」モールティの見解では、東南アジア諸国の政府はシンガポールやマレーシアのペースに倣うべきである。「それらの政府は知財取引や技術移転の拡大を促し、知財保護、イノベーション開発およびスキルアップのために資金を提供し、外国企業向けの免減税を導入すべきである」

バリューチェーンのさらに上へ

ドレークの見解では、東南アジア諸国の間には著しい多様性があるものの、現在全体としては、北方の近隣諸国がすでにたどってきたイノベーション開発サイクルの通過過程にある。ドレークはこう説明する。「日本は1970年代にこのサイクルを通過した。知的財産は最初それほど価値があるとはみなされていなかった。しかし、企業の技術革新が進展するにつれ、知的財産やその権利の保全が企業文化の一部になった。次に台湾と韓国がそのサイクルを通過した。当時、サムスンはまだソニーより小さく、知的財産はほとんど話題にされず、恐らく無視さえされていた。そして今、そうした変化が中国にも起きている」

シンガポールは明らかな例外であるが、東南アジアはさらに立ち後れている。だが、変化の兆しが見える。ドレークは産業界の人々と会うとそれを感じ取る。そしてこう指摘する。「この地域では、戦略としての知的財産について理解が深まっており、その重要性が増している。5年前、私が提案内容の説明をすると、人々は興味を示しつつも熱心ではなかった。今では、この地域の企業は、イノベーションや知的財産担当の役員を置き、我々のような外部のプラットフォームを利用している。特許による自社のイノベーションの保護に大きな注意を払い、市場の防衛や拡大のために特許をどう利用するかを考えている」

ドレークは、知的財産を事業戦略全体にどう組み込むかという観点から見ると、東南アジアがまだ初期段階にあることを認める。しかしながら、戦略的知財管理については、どのような事業価値を創出できるか、そして今後、企業と国家経済をどこに導くことができるかという形で、少なくともそれについて考える東南アジア企業がますます増えている。ここでも中国の影が色濃く差している。「多くのハイテク製造会社が中国を去り、ベトナムやフィリピン、ミャンマーなどの国に向かっている。今では中国がそれらの市場より高コストになりつつあるからだ。そうした製品をよりよく製造しようという、中国で発達したイノベーション化も進むだろう。これが進展するにつれ、東南アジアが進歩する。イノベーションの重要性が増すのに伴い、それを知的財産として保護することが一層重要になる」

行動計画

東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国は、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの10カ国である。これらの国々は知財保護という点で著しい違いがあるものの、戦略に関しては、下記の条件がこの地域全体に当てはまる。

  • 可能な場合、特許や商標の出願を行う。特許が出願されていなかった場合、とりわけ旧式の技術や小規模なアーリーステージの企業が絡むときは、技術移転、ライセンスなどの取引をまとめるために、他の知財権や無形資産を伴う代替的戦略が必要になるだろう。
  • 特に特許が取得されていない(または取得不能の)場合、既知の信頼できる取引関係を通じて自社製品を市場に投入するようにする。
  • 様々なASEAN市場全体に人脈を有し、この地域の社会・政治的状況に精通する現地の知財戦略コンサルタントが、ターゲット市場における機動的展開に役立ち得る。

ジャック・エリスはニュージーランド、ハミルトンを拠点とし、知財やイノベーションの諸問題について執筆するフリーランス・ジャーナリストで、IAMの寄稿編集者。

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