異論の多いIEEEの特許方針変更から1年経った今も技術系企業の対立が続く
This is an Insight article, written by a selected partner as part of IAM's co-published content. Read more on Insight
米国電気電子学会標準化協会(IEEE SA)の新たな特許方針が昨年3月に導入されて以降、ある意味で大きな変化は生じていない。クアルコムやエリクソン、ノキアを中心とする技術系企業グループは、この新方針に基づいて標準必須特許(SEP)を実施許諾することを依然として拒否している。一方、IEEEとシスコやインテルなど別の技術系大手企業らは、この変更は公正、合理的かつ非差別的な(FRAND)条件に基づくライセンシングに関するガイドラインの明確化という点で必要不可欠なものだと主張している。
しかし、過去12カ月間、両陣営は新方針の境界線について相変わらず手探り状態であり、IEEE SAの特許委員会にガイダンスを求めたり、拒絶側は新制度を回避する方法を見いだそうととする動きをしている。実のところ状況は行き詰まっている。
論争の両陣営と話してみると、ほとんどの人が、 イノベーション活動に影響があるかどうかの判断は時期尚早と言う。しかし、懸念は高まっている。
例えば、1月のIEEE委員会では、新方針が不明確なためにWiFiの最新バージョンの開発が4~6カ月遅れていると主張された。さらに、最近の調査に よれば、IEEEの802.11ワーキンググループ(802.11はWiFiを対象とする規格)に提出される宣言書(letter of assurance:LOA)の数も減少しているようである。
LOAは、特許技術をIEEE規格として提出する者が、関連特許をどんな条件で実施許諾する意思があるかを記載したものである。新方針の強硬な反対者であるバイレベル・テクノロジーズのロン・カッツネルソン会長の分析によれば、2015年3月以降LOAの数が大幅に減少している。
言うまでもなく、過去1年、ある程度の減少は予想されたことである。この方針に反対する企業層は少数派ながら、長年にわたりIEEE規格、特にWiFi規格に大きく貢献してきた企業である。しかし、カッツネルソン氏の示した数値は、そうした企業以外に、現在の行き詰まり状態の今後の展開を見極めようとする多数の企業群があることを示唆している。
カッツネルソン氏の数値は、否定的なLOA、すなわち、新方針の下では実施許諾の意思がないことを示唆したノキアやエリクソンが提出したLOAも考慮に入れている。しかしながら、この数値には、同氏が「二重LOA」と呼ぶ以前受理されたLOAは含まれていない。3月以降、インテルは特に活発にそれらを提出してきた。この動きを、このハイテク巨大企業が新方針を積極的に支持していることを示す兆候と解釈する向きが一部に ある。
しかしながら、インテルはアプローチを変更したわけではないと強調する。同社の法律・政策グループのバイス・プレジデント、シンディ・ファーツ氏は次のように述べている。「インテルは、これまで貢献してきたIEEE規格に関するLOAを一貫して提出しており、すでに承認されたIEEE規格についても、最新の方針の下でいかなる開発者にも保有SEPを実施許諾する意思があることを示すために過去のLOAを再提出している。」
この方針の支持者が強調するポイントの1つは、IEEE規格が単なるWiFiよりはるかに広範囲の技術を対象としている点である。「この方針は活動の99%で異論が出ていないため、IEEEでは見直しをする必要に迫られていると感じる者は一人もいない」と、シスコの反トラスト・競争担当シニア・ディレクターのギル・オアナ氏は強調する。しかし、委員会におけるコメントに信憑性があるとすれば、またLOAの減少が何かを示唆しているとすれば、恐らくIEEEで最重要と言える同規格の長期的な発展性に対し一定の懸念が存在する。
また、クアルコムが昨年CSRを買収して以降適用されている包括的LOAに対して、IEEEが何らかの措置を講じるかどうかも不明確である。CSRは2009年に包括的LOAに署名しており、その結果、同社からIEEE802.11規格への提出物には旧特許方針の条件が適用される。CSRの買収後、クアルコムは、実質的に自身のWiFi SEPをCSRの包括的LOAと結合するライセンス取引を導入している。
こうした状況を受けて、シスコのオアナ氏を中心に、クアルコムの行動による影響を注意深く検討すベきとの要求が特許委員会になされている。クアルコムに対して何らかの規制を望む向きが一部では明らかであるものの、同委員会ができることはほとんどないと思われる。その結果、802.11に対する最も重要な貢献者の一人が、自由に旧方針の下でSEPを実施許諾できることになる。クアルコムの言い分によれば、旧方針の方が特許権者に公平であるという。
包括的LOAによる恩恵を受けているにもかかわらず、クアルコムは依然として新方針に対する最も強硬な反対者の一人である。2月にクアルコムはエリクソンやアルカテル・ルーセントと共に、米国国家規格協会(ANSI)がIEEEを標準化団体として再認可する件に関し、公式に異議を唱えた。このことは、両陣営間の溝が今もなお深いことを示す最も歴然たる証拠と言える だろう。
上記3社は、IEEEが特許方針の変更に際して適正な手続きを取らなかったこと、および方針それ自体がANSIの要件に適合していないことを理由に、IEEEを再認可すべきでないと主張した。ANSIはIEEEに有利な裁定を下したが、クアルコムとエリクソンはこの裁定について上訴すると断言した。
IEEEの新方針が戦闘であるとすれば、特許権者がライセンスのためにSEPを提供する条件を巡り、それよりはるかに広範囲での戦争が現在展開されている。現在、方針を変更した基準設定機関はIEEEだけだが、このところ世界の数カ国の政府が、不公平と思われるSEPのライセンス方針に対して措置を講じつつあることが明らかになっている。特に中国の動きは素早く、最も顕著な例として、クアルコムに対して同国における一部SEPのライセンス条件を変更することを強制した。韓国もまた知財に関する規制を微調整したため、同国の市場はライセンサーにとって以前よりも厳しいものと なった。
シスコのオアナ氏によれば、このことは、IEEEの紛争が、重要ではあるが少数の企業に留まるものではないことを意味する。同氏はこう述べる。「IEEEの方針を巡る騒動は方針それ自体というより、そこから生じる悪影響に対して一部企業が感じている懸念が大きく影響していると思う。基本的に、彼らが心配しているのは、IEEEで生じたことがそれ以外に広がったらどうなるかということである。」
IEEEの特許方針の変更 - 要点
IEEEの改訂特許方針は2015年3月から実施された。この新規定の下では、IEEE規格の対象となる特許を保有するIEEE会員には次のことが適用される。
- ライセンスを要求するすべての当事者に関連特許のライセンスを提供しなければならない。
- ライセンス交渉の意思がある潜在的ライセンシーに対して差止命令を請求すること、または請求すると脅迫することはできない。
- ライセンシーに対して保有特許の相互ライセンスの提供を要求することができる。
- FRAND関連の紛争について仲裁を求めることができる。
- とりわけ、特許技術が製品の最小販売単位に寄与する価値に基づく妥当なロイヤルティを請求することができる。
- 関連特許を売却する場合、その購入者に同様の義務を必ず遵守させる。