欧州における有害な分割出願
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欧州特許庁の拡大審判部(EBA)はいわゆる「有害な分割出願」を引き起こす争点に関する審決を近々下す。本レポートでは、この問題が発生する状況、EBAが審決を下す質問、さらには出願人が講じ得る対策を検討する。
欧州特許庁(EPO)の最高上訴機関である拡大審判部はいわゆる「有害な分割出願(poisonous divisional)」の問題を引き起こす争点に対する審決を近々下す。本レポートでは、この問題が発生する状況、EBAが審決を下す質問、さらには出願人が有害な分割出願のリスクを軽減するために講じ得る対策を検討する。
有害な分割出願が発生する状況
EPOに分割出願した場合、分割出願または親出願あるいはその両方のクレームが自己衝突により新規性が認められず無効と判断されてしまう一定の状況が存在する。「有害な分割出願」という用語はこの自己衝突の シナリオを指す造語である。
有害な分割出願は、欧州の特許出願の承認手続きを律する欧州特許条約(EPC)の特定条項の副次的作用として発生する。具体的には、EPCは次のような規定を含んでいる。
- 欧州特許出願は別の特許出願に基づく優先権を主張できる。例えば、欧州特許出願またはそこから導き出されるPCT特許出願は、日本特許出願に基づく優先権を主張できる(EPC第87条参照)。
- 第2の欧州特許出願のクレームの出願日または優先日よりも先の、実質的に有効な優先日を有する第1の欧州特許出願に含まれる内容は、たとえ第1の欧州特許出願が第2の欧州特許出願のクレームの出願日または有効な優先日後に公表されたとしても、新規性の解釈上、第2の欧州特許出願に対する先行技術として機能することができる(EPC第54条(3)項参照)。このことは、両方の出願の出願人が同一である場合にも適用される。
この2つの規定が組み合わされると、欧州で次のようなシナリオが生じる可能性がある。
(i) ある欧州特許出願の分割出願または親出願中の内容が、当該欧州特許出願の1つ以上のクレームよりも先の優先日を有している。
(ii) その内容が、当該欧州特許出願の1つ以上のクレームにとって新規性喪失の原因となる。
このシナリオでは、欧州特許出願は自身の分割出願や親出願により無効とされることがある。
どのようにして(i)と(ii)が共に成り立つかを理解するため、図1に示したシナリオを考えてみよう。このシナリオでは、出願人が特定の実施例「a」を開示する第1の出願PA-1をD0日に行う。その後12カ月間の優先期間に出願人はその発明の開発を続け、その結果、当初の特定の実施例「a」を含む包括的な「A」として、その発明をより広範に定義できることを発見する。この発見を踏まえ、出願人は、PA-1に基づく優先権を主張する新しい欧州特許EP-AをD1日に出願する。このEP-Aは「a」と「A」を開示するほか、より広範な定義「A」に対するクレーム1も含んでいる。出願人は、EP-Aの出願時点まで「a」と「A」の機密性を維持するよう注意を払う。また、EP-Aに関する欧州調査報告書には「A」を対象とするクレーム1を阻害する先行技術が記載されていないことに助長される。そして、EP-Aが早期に付与されることを期待して、欧州でまだ確定していない保護を維持するため、D2日に分割出願EP-Bを行う。
EP-Aのクレーム1は、「A」の対象範囲全体についてPA-1の優先日への権利を持つわけではないことが理解できるであろう。その理由は、PA-1は特定の実施例「a」のみを開示しているため、全体的または包括的な定義「A」についてD0日における「全体」優先を主張する根拠とならないからである。となると、EP-Aの「A」は特定の実施例「a」を含んでいる限りにおいて、PA-1の開示に従い「a」に基づく「部分」優先への権利を持つかどうかが問われることになる。この問いに対する答えが、親出願EP-Aのクレーム1に関して考えられ得る2つの結果の1つを決定づける。
(1) EP-Aのクレーム1は、「A」が「a」を含む限り、PA-1に基づく「部分優先」への権利、したがって優先日D0への権利を有する。その結果、EP-Aのクレーム1は、EP-Bに開示された「a」と同一発明である範囲内で、PA-1の優先日への権利を有しており、またEP-Aのクレーム1は、PA-1の優先日への権利を有していない範囲内で、EP-Bに開示された「a」と同一発明ではない。言い換えれば、EP-Aのクレーム1は理論上、優先権に対する権利を有しているためにPA-1が引例とならない「a」の部分と、優先権に対する権利を有していないがPA-1に開示されていない「aを除くA」の部分に分割できる。
(2) EP-Aのクレーム1はPA-1に基づく「部分優先」への権利を有しておらず、したがって、優先日D0への権利を持たないのに対し、EP-Bの「a」に関連する内容はPA-1の優先日D0への権利を有する。その結果、EP-BがEP-Aに対して新規性のみの先行技術(novelty-only prior art)となり、「a」が「A」の権利範囲に含まれることから、EP-Aのクレーム1の新規性に疑いが生じる。
結果2のようにEP-Aのクレーム1が意図に反して無効とされることは致命的である。出願人はEP-Bの公報を「取り消す」ことができず、また、先の優先日を有する特定の実施例「a」を共に開示しているEP-AとEP-Bの公報のため、新たな分割出願により「A」の包括的範囲に対する保護を求めることもできない。したがって、出願人は単に分割出願EP-Bを行うことにより、欧州特許制度から広範な定義「A」の保護を取得することを自ら不可能にしてしまう。注意すべきは、場合によっては、PA-1が「a」を包含する包括的な定義を含んでおり、その包括的な定義がEP-Aの「A」で使用されたものと異なる用語を使用している場合でさえ、こうした結果が生じ得ることである。
こうした状況で、EP-Aのクレーム1についてPA-1の「a」に基づく部分優先の権利を取得して有害な分割出願の問題(すなわち、結果2)を回避するためには、「A」がどんな条件を満たさなければならないかという疑問が生じる。この問題は次のセクションで取り上げる。
ちなみに、PA-1が公開された欧州特許である場合、EP-Aに対する新規性のみの先行技術となる可能性もあることに注意を要する。これは、有害な分割出願の問題と密接に関連している現象、「有毒な優先権(toxic priority)」の一例である。しかし、本レポートでは有害な分割出願の問題に集中する。それは、読者の大半は優先権出願が欧州外でなされる出願プログラムに関心を持っており、その場合、有毒な優先権の問題は生じないからである。
EPCに基づく部分優先
EBAはG2/98事件の審決において優先権に関連する様々な問題を検討した。ここでの問題と特に関連するのは、対象「a」に加え対象「b」を含む包括的な用語または式などに向けられたクレームは、「a」および「b」に関する第1および第2の優先権出願に対する複数の優先権を主張することもできるとEBAが判示したことである。ただし、その包括的な用語または式により、「限られた数の明確に定義された代替的な対象」について優先権主張が生じていることが条件となる。
EPO技術審判部は最近、複合優先に関わるこの「限られた数の明確に定義された代替的な対象」の条件が、1つだけの優先権主張を伴う部分優先のシナリオにも全般的に適用できるとの立場を取った。しかしながら、部分優先に関連する、「限られた数の明確に定義された代替的な対象」の要件は、技術審判部の様々な審決で異なる解釈がなされてきた。大まかに言えば、そうした多様な審決は以下の2つのグループに区分できる。
(a) この条件が、クレーム対象の理論上の分割のみを要求しており、「限られた数の明確に定義された代替的な対象」がクレームに明示的に記載されている必要はないと論じた審判。このアプローチをとると、ほとんどの場合、有害な分割出願の問題が発生する可能性はなくなる。
筆者らはどちらかと言えばこの立場に賛同する。そして特に、G2/98で挙げられたこの条件は、「a」と「aを除くA」が明確に定義可能な代替物である限り充足され、例えば、代替物がクレーム自体に記載されているといった追加的な要件は課されないと思われることに注目する。「a」と「A」が独立に定義される場合、常に対象「A」の包括的なクレームが「a」と「aを除くA」という形で「明確に定義された代替的な対象」を含み、およびそれらの代替的な対象の数が制限される(つまり、2つだけの代替物)ことになる。
(b) この条件は、「限られた数の明確に定義された代替的な対象」がクレームの文言から導き出されることを要求していると論じた審決。この解釈を採用すると有害な分割出願のシナリオが発生する可能性がある。
例えば、T1127/00事件では、包括的な式を明記したクレームは、特定の化合物のみを開示した優先権書類に基づいて部分優先を享受することはできないと判示された。同審決によれば、「[代替的な化合物が]クレームの範囲に入ると理論的に想定されるという事実は、それらの代替物がそれ自体個別化されて明確かつ明白にクレーム中に存在していることの代わりにはならない」。
T476/09事件では、トナー粒子の「円形度」が「0.930~0.990」の範囲にあるトナー組成物に関するクレームは、それより狭い「0.94~0.99」の範囲を開示した優先権書類に基づいて部分優先を享受することはできないと判示された。同審決によれば、「クレーム対象の範囲は、独特の代替的な実施例には対応しない数値範囲の連続体を表す」。
T1496/11事件では、「光学レンズにより検査、改良または光学的に変更できる特徴」を備えたセキュリティ装置に対するクレームは、「印刷され、エンボス加工された」という特徴(すなわち、クレームの「特徴」の事例)のみを開示した優先権書類に基づいて部分優先を享受できないと判示された。その特徴が「印刷され、エンボス加工された」という特徴でなければならないという要件の削除は一般化に相当し、その結果、当該クレームは優先権書類に基づく部分優先への権利を付与されなかった。
このようにアプローチが多様化していることは、T557/13事件における最近の技術審判部の審決によって浮彫になった。その審決では、クレームが部分優先の権利を得るために充足すべき条件の明確化を求めて、多くの質問がEBAに付託された。EBAはまもなくG1/15事件としてこの問題を検討することになっている。
拡大審判部はどんな点について審決を下すのか。
EBAに付託された第1の質問は次の通りである。
1. 欧州特許出願または特許のクレームが、1つ以上の包括的な表現またはその他により代替的な対象を含む場合(包括的「OR」クレーム)、EPCは、優先権書類において初めて直接的または少なくとも黙示的にかつ明白に(有効な仕方で)開示された代替的な対象に関して、当該クレームについて部分優先への権利を拒絶できるか。
上述のように、筆者らは、この質問の答えは「ノー」であるべきだと考える。今までに30以上の法廷助言者の意見書が提出されたが、その大部分もこの質問に対する「ノー」の答えを支持している。ただし、言うまでもなく、EBAがこの見解に賛同する保証はない。
残りの質問は質問1の答えが「イエス」の場合を取り扱っている。そこには次のような内容の質問5も 含まれる。
5. 質問1に対する答えが肯定的な場合、欧州特許出願の親出願または分割出願で開示された対象は、優先権書類に開示され、上記欧州特許出願またはそれに基づいて付与された特許の包括的「OR」クレーム中に代替物として含まれる対象に対する、EPC第54条(3)項に基づく技術水準として引用できるか。
質問1への答えが肯定的な場合、どうしてこの質問への答えが否定的になり得るかが幾分不明瞭ながら、これは明らかに、有害な分割出願の問題を完全に明確化することを目指すものである。
現在、G1/15事件の口頭弁論が行われており、EBAは年末までに審理対象の質問に関する審決を下す可能性が高い。その審決により、部分優先と有害な分割出願の問題に関して切望されてきた明確化が図られることを望みたい。しかしながら、様々な結果が想定されるため、そのすべてが実際に状況の明確化をもたらすとは限らない。
例えば、質問1への答えが条件付きの「ノー」、すなわち「ノーではあるが、一定の条件が満たされることを条件とする」というものである可能性がある。この場合、有害な分割出願の問題が最終的な結論に至らず、この問題が発生する正確な条件が完全に明確化されないかもしれない。
さらに、質問1に対する答えが無条件の「ノー」の場合でさえ、この問題が最終的に完全に解消されるかどうかも明らかではない。少なくとも有害な分割出願の問題が発生する可能性があると思われる別の状況が、質問1では扱われていないのである。例えば、質問1は、欧州特許出願のクレームよりも範囲が狭い優先権書類の開示が当該クレームに含まれるケースにのみ関連する質問であると思われる。欧州の出願の数値範囲が優先権書類に比べてずれたり狭まったりするケースがそれらの質問によって取り扱われているかは明らかではなく、これらの状況が、本レポートの範囲を超える理由により、後の出願が新規性を欠くと判断される原因になり得る。
状況は依然として不明確なものの、EBAが自己衝突の可能性を残す場合に備え、有害な分割出願の問題を回避するためにどんな対策を講じられるかを検討しておく価値がある。
自己衝突を防ぐ対策
自己衝突に陥る可能性を避ける最も明白な方法は、優先権主張出願を行う際に対象を変更しないですむように、自身が依拠したいと望む対象をすべて優先権出願に確実に記載することである。言うまでもなくこれは様々な理由により望ましいことであるが、本レポートで説明した問題は、それを実践するもう1つの理由となる。
しかしながら、筆者らは現実にはそれが常に可能とは限らないことを承知している。時には優先権出願の後に発明が進展することもある。また、開示が迫っているため、急いで優先権出願を行うこともある。こうした場合は、優先権出願の対象を、できれば一字一句そのまま後の出願に記載すること、および少なくとも後の出願に含まれるクレームの一部(例えば、従属クレーム)は、優先権書類の文言の中に非常に明瞭な根拠を見いだせるようにすることを助言したい。
最後に、欧州で分割出願を行う際、優先権書類と欧州出願の元になった出願の間に差異がある場合、その差異について自身の欧州特許の弁護士に相談することを勧める。このことは、優先権書類がEPOでの手続言語以外の言語(日本語など)で公開される場合、特に重要であると思われる。
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シニア・アソシエイト 東京駐在員事務所所長 [email protected]
スティーブン・スコットは英国・欧州の弁理士でEIP東京事務所所長。力学やソフトウェア、データ処理、セキュリティ、ネットワーキング、通信、コンピュータ・モデリングなど広範な技術分野の特許出願を取り扱っている。欧州、米国、東アジアにおける出願を含め、大規模な特許ポートフォリオの管理に特に豊富な経験を持つ。EIPに入社する前の2年間、大和日英基金の奨学金支給を受けて日本で日本語を学ぶ。ロンドンのインペリアル・カレッジにおいて機械工学の優等学位および微粒子の乱流シミュレーション研究で 博士号を取得。

パートナー [email protected]
クリス・プライスは英国を拠点とする弁理士。主にソフトウェア、電子工学および機械の主題を取り扱う。オックスフォード大学で物理学を専攻し最優秀学士号を取得。特許手続きの業務に加え、英国と米国で様々な訴訟問題について助言を提供している。また、クライアントの代理人として欧州特許庁での口頭審理の経験を豊富に有する。日本語に堪能であり、以前は自動車業界で技術分野の日英翻訳に従事していた。