ブラジルの特許審査の迅速化 - バックログへの対処法
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ブラジルでは他の諸国に比べ特許審査を迅速化するための手段は限られているものの、出願人は、行政と裁判の両レベルでプロセスを早めるためにできることがある。
ブラジル特許庁(ポルトガル語で「INPI」)の特許出願手続には、常に時間がかかる。特許審査には平均で10年以上かかる。商標についても同じことが言える。付与前異議の申立てがなされると審査完了に5年以上かかることもある。ブラジル特許庁に出願後、行政上の上訴が必要になる複雑な案件では、完了までにさらに多くの不合理な時間を要するに違いない。
ブラジル特許庁はバックログ(未処理分)の問題を解決し、妥当な審査期間を実現すべく取り組んできた。2014年には新たに27名の商標審査官を、2016年には約70名の特許審査官を採用したが、問題は解消できていない。ブラジル特許庁には独立した財源がなく、ブラジル政府はバックログの問題への取り組みにほとんど関心を持っていないため、長期的視野に立った解決の目途は立っていない。
現在、ブラジルの政情は不安定な状況にあるため、この問題の解決がいつになるかは不明である。とはいうものの、現実に活動する企業は、バックログによる遅延に実際的な方法で対処する必要がある。世界の他の国々に比べれば選択肢は限られてはいるが、ブラジルでも特許取得を迅速化することはできる。本稿では、行政(ブラジル特許庁)と司法(ブラジル連邦裁判所)の両レベルでブラジルの特許出願審査を迅速化する可能性について検討する。
ブラジル特許庁の審査の迅速化
ブラジル特許庁は、出願人には手数料の支払いが要求されるだけでクレーム数が限定される優先審査を認めていない。この点で、USPTO(米国特許商標庁)のトラックワン優先審査や加速審査のような制度は存在しない。ブラジル特許庁の特許審査を迅速化するための選択肢は、むしろJPO(日本特許庁)の優先審査・早期審理制度に似ており、出願人は特定の要件を満たさないとブラジル特許庁の優先審査を受けられない。しかし残念なことに、ブラジルの要件は日本より厳格である。例えば、ブラジルには「実施関連出願(working-related application)」を早期に審査する規定がまだ存在しない(実施関連出願とは、発明をすでに商業化しているか、早期出願の請求日から2年以内に発明を商業化する計画がある出願人の出願をいう)。
それでも、現在ブラジルでは特許審査の迅速化に関して様々な可能性を利用することができる。2006年にブラジル特許庁が最初に優先審査を定めたとき(ブラジル特許庁決議第132/2006号に基づく)、優先審査を請求するための可能性は2つしかなかった。しかし現在では、ブラジル特許庁はこの問題に対処するために5つの異なるプログラムを導入している。表1は現在の優先審査の可能性を要約したものである。
海外で優先権を主張する出願とブラジルの中小企業が提出する出願が、最初にブラジル特許庁に提出された場合、いずれもブラジル特許庁の特定決議に定められた優先審査を受ける資格がある。しかしながら、外国の出願人にとっては、最初にブラジルに出願する予定でない限り、これらの選択肢はあまり有用ではない。
注目に値するのは、ブラジル特許庁が最近までグリーン技術に対しても優先審査を認めていたことである。しかし、このプログラムは開始から3年で停止された。2016年4月、ブラジル特許庁はウェブサイトに注意書を掲示し、このプログラムはその第3段階が完了し、「結果の評価のために一時的に停止される」ことを告げた。ブラジル特許庁の情報によれば、グリーン特許プロジェクト関連の請求は500件の限度枠近くに達し、うち306件が優先審査を認められた。
さらに、ブラジル特許庁決議第80/2013号では、国民の健康に関連する医薬品とその製法のほか装置および材料に関連する出願も優先審査の対象とすることを定めている。同決議第1条に定める特許出願の優先審査は保健省が請求できる。ただし、後天性免疫不全症候群(エイズ)、ガンまたは顧みられない疾病の診断、予防または治療に関係している場合はいかなる関係者も請求できる。
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アーリーハーベスト1 予備的見解 (決議第123/2013号) |
優先審査2 ブラジルの優先権 (決議第153/2015号) |
優先審査3 PPH (決議第154/2015号) |
優先審査4 医薬品 (決議第80/2013号) |
優先審査5 その他の優先審査 (決議第151/2015号) |
・ ブラジル優先権を主張する出願 (ブラジルで最初に提出) |
・ 最初にブラジルで提出されたPCTの国内段階など、ブラジルで最初に提出され、国外でも提出されている出願 |
・ 全面的なPPH(特許審査ハイウェイ)に向けた第一歩 ・ 厳しい制限 ・ 米国以外の優先権やすべての技術分野を含むよう裁判所に提訴される可能性 |
・ エイズ、ガンまたは「顧みられない疾病(neglected disease)」の診断、予防または治療に関連する出願の優先審査 |
・ 出願人が60歳以上 ・ 出願人が、身体的もしくは精神的障害または他の重大な疾病を 患っている ・ ブラジル育成機関または貸付機関から資金または貸付を取得するため ・ 国家の緊急事態または公益に関連すると宣言された主題を扱う出願 ・ 出願人の特許または出願と同じ主題を主張している第三者の出願 ・ 第三者が係属中の特許出願の主題を使用または実施している |
・ 調査報告書と意見書 ・ 全面的な審査の一部省略 ・ PCTのWOISAに類似した報告書の提出 |
・ 2016年1月開始 ・ 特許庁が100番目の出願を受理した2016年2月に終 了 |
・ 米国またはブラジルの優先権 ・ 石油・ガス分野に限定 ・ 2013年1月1日以降ブラジルで提出された出願 ・ 審査中以外の出 願 |
・ 2013年3月開始 ・ 製品、製法のほか装置および材料に適用 ・ SUS(統一保健医療システム)にとって戦略とみなされる製品、製法および医療装置に関連する特許出願が優先審査される可能性(決議第3条)。決議第3条に基づき特許出願の優先審査を請求できるのは保健省のみ。 |
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890レアル (250米ドル) |
1,775レアル (500米ドル) |
1,775レアル (500米ドル) |
無料 |
無料 |
またブラジル特許庁はより一般的な決議も公布した。決議第151/2015号では以下のいずれかに該当する出願も優先審査の対象とすることを定めている。
注目に値するのは、最後の2項目は、ある当事者が別の当事者の技術に異議を唱えることに関係しているため、外国の利用者にとって特に有用であることである。
- 出願人が、60歳以上であることが証明された自然人
- 出願人の事前同意なしに特許出願の主題を複製または使用しているとされた第三者
- 助成機関または正式な国営信用機関からの助成金の取得が特許取得を条件としている場合。ただし、当該助成金が、経済的な補助金、融資もしくは企業の出資金として認可されている、もしくは関連する製品や製法を利用する相互投資ファンドから発生するものであることが必要。
- 出願人が、1999年1月29日付法律第9,784号第69-A条IIおよびIV項ならびに1999年12月20日付行政命令第3,298号第4条に定義される、身体的・精神的障害者であるか他の重大な疾病を患っている場合。
- 問題となる特許出願に関連する特許出願、特許または技術を保有していることを立証しようとする第三者
ブラジル特許庁は最近、USPTOとの間で厳格なPPHプログラムを締結した。このプログラムは石油・ガス分野に対応し、かつ2013年時点で提出されている特許出願のみに限定されている。そのため、これまでにおよそ十数件の出願しかこのプログラムの恩恵を享受できてい ない。
しかしながら、米国との間でのこの実験的なPPHプログラムの開始はブラジルの大きなパラダイムシフトを示すものであり、本格的な多国間のPPHに向けた第一歩となる可能性がある。ブラジル特許庁がPPHプログラムの法的な実行可能性を認めていることを考慮すると、米国以外の諸国における技術やプログラムのすべてを対象とする本格的なPPHがいずれ導入されることが期待 される。

裁判所を通じた審査の迅速化
一部の知財権者はこれ以上待てないとして行動を決断した。加えて多くの場合、彼らの出願は優先審査の適格要件のいずれも充足していなかった。こうした理由を背景に、ブラジル特許庁のバックログへの対処手段として提訴が開始されたのである。ブラジル連邦裁判所に提起されたこれらの訴訟では、ブラジル特許庁の遅れが不合理であるだけでなく、行政に関するブラジル憲法の規定にも違反するとの主張がなされている。訴訟では、未処理の事案について60日以内に決定を下すよう特許庁に命令する裁判所の判決が求められている。60日というのは、ブラジル行政手続法が定める標準的な期限である。
これらの訴訟の大半は、ブラジル特許庁の本部があるリオデジャネイロ州の連邦地方裁判所で審理されている。幸いなことは、これらの裁判所判事の一部は産業財産に対する専属管轄権を有していることである。リオデジャネイロ州には、連邦機関を相手取って提訴された事案を扱う専門裁判所は4つある。上訴は、連邦第2巡回区高等裁判所の第1および第2専門部(Specialized Panel)で審理される。ここで重要なのは、ブラジルでは連邦裁判所が行政措置に対して広範な司法審査権を有しており、ブラジル特許庁が下したあらゆる種類の決定を覆すために連邦裁判所にブラジル特許庁を提訴することが極めて日常的に実行されている点である。
2014年には、連邦第2巡回区高等裁判所の第2部が、商標出願の拒絶を不服として7年前に提起された行政不服審査に関し、ブラジル特許庁に60日以内に決定を下すよう命じた下級審の判決を全員一致で支持する判決を下した。この重要な判例は、そうした不合理な遅延が連邦行政手続を定めた法律と知財法の両方に違反すると同時に、「合理的な手続期間に関する憲法上の原則にも抵触する」(判決文から引用)ことも意味する。
この判決が重要なのは、同じ第2部が2012年に下した全員一致でない判決で確立された従来の解釈を覆したことである。その解釈によれば、とりわけ、未処理の事案が受付順に審査されていることをブラジル特許庁が立証できた場合、司法は特定の未処理事案について決定する期限を設定できないとされていた。
2014年、連邦第2巡回区裁判所第1部もこの問題に関する判断を示す機会があり、約5年前に開始された商標の付与後異議申立手続に関する決定を下すようブラジル特許庁に命じる下級審の判決を全員一致で支持した。この判決は権力分立に違反し、行政を混乱させる可能性があるとするブラジル特許庁の主張に対し、裁判所は、それでもその遅延は不合理であるとの解釈を示した。加えて、妥当な手続期間に対する憲法上の権利を侵害すると同時に、適法性、公平性(すべての国民は平等な取り扱いを受ける権利がある)、道徳性、公開性(行政が行った措置はすべて公知にしなければならない)および効率性(行政は迅速、完全かつ機能上効率的であることが要求される)など、行政を律する基本的な憲法上の原則に違反する。この判決はまた、ブラジル特許庁が裁判所命令を受けてから決定を下すまでの期限を60日とする慣行を補強するものとなった。
データでは、訴訟の提起によって期間を数年短縮し、貴重な知財権を保護できる可能性があることが示されている。第一審では、ブラジル特許庁の不合理な遅延を連邦裁判所に提訴した35件の事案のうち26件で、裁判所がブラジル特許庁に審査の迅速化を命じるという有利な判決が下された。第二審では、21件の上訴のうち15件もの事案で裁判所が同様の判決を下した。
結局、裁判所に提訴することはそれほど単純な決断ではないものの、ブラジルの現状を見ると明らかに、裁判所は不合理な遅延に対する申立てを受け入れて出願の迅速化を求めている。この点で、ブラジルではバックログの問題に対処するのに最も効果的な戦略は裁判であると言える。
結論
ブラジルで知財資産を利用してビジネスを行う際には、自身のポートフォリオに優先審査を受けられる特許が含まれているかどうかを理解するとともに、自身のビジネスの現状を分析することが重要である。その理由は、 それが訴訟の適切性と関連しているからである。
したがって、直面する問題に対処するために利用可能な選択肢に精通することが極めて重要となる。ブラジル特許庁のバックログの問題に関しては、取るべき手段として次の2つがある。1つは、ブラジル特許庁に行政上の請求を行うことである。ただし、この場合は出願が優先審査の条件を満たしている必要がある。第2の手段は裁判手続であり、ブラジル特許庁の遅延が不合理であると申立てた上で、審査を迅速化し、60日以内に決定を下すよう 命じる裁判所命令を求める。
Licks 特許法律事務所 (Licks Attorneys)
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土木技師で教授のルイス・オタビオ・ベアクリーニは、Licks特許法律事務所の特許専門家である。30年以上にわたりブラジルの知的財産分野の第一線で活躍し、ブラジル特許庁で卓越したキャリアを構築してきた。同庁在職中は長官代行、特許局長および土木技術グループ責任者を務めた。また、現行ブラジル特許法(第9,279/96号)の決議と審査ガイドラインを定める作業部会の中心メンバーであった。ブラジルの特許分野で基調講演者を務め、記事を多数執筆している。特許出願手続のスキルと専門知識で名声を得ている。

ホベルト・カラペトはLicks 特許法律事務所の東京事務所長である。長年にわたり弁護士および研究者としてアジアの諸企業への助言に携わり、特許訴訟、模造品拡散防止対策、不当競争などの知財問題を取り扱ってきた。現在、早稲田大学の知的財産法制研究所のリサーチコラボレータを務めている。日本語に堪能で、南米の知的財産に関する情報を提供する日本語サイト(http://brazilchizai.wordpress.com/)を運営 している。