欧州統一特許裁判所 によって欧州の特許訴訟 はどう変わるか?
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現在の欧州の特許訴訟制度は、複数の裁判所で構成されており、これらは同じ欧州特許条約(EPC)の実体特許法を適用するが、手続きや法伝統は非常に異なっている。証拠収集、差止命令、救済といった事柄を調和させようとする試みは行われてきたが、裁判所間の相違が大きいということは、国際的な特許訴訟において、当事者が自身の戦略上のメリットを最大化するためにそうした相違を利用できることを意味する。欧州統一特許裁判所(UPC)は、当初は訴訟当事者に追加の選択肢を提供するものとなるが、いずれはこれが現行の各国制度に取って代わる見込みだ。
現行制度
EPCの加盟国は現在38ヶ国あるが、主な特許紛争は、主要法域である英国とドイツに集中する傾向にあり、他にオランダにおいてもかなりの数の訴訟が審理されている。
以下に論じる通り、各国間の制度に相違があることを最大の利益を得るチャンスとみて、複数の司法域を利用するという戦略が普遍的に発達した。欧州経済研究センターの最近のレポート(論文13-072号)は、英国の特許訴訟の26%が国際並行訴訟に関連しており、オランダの訴訟ではこれが15%、ドイツの訴訟では2%であったと指摘している。この割合は、これらの欧州の三主要市場において勝訴したいと考える訴訟当事者がいると理由だけでは説明できない。というのも、実際には、ほとんどの製品において、これらのうち1ヶ国で差止命令を勝ち取れば、紛争の行方は決定的となる。(差止命令により)製品が欧州全域で販売されないということは、完全に販路が絶たれることになる。つまり、戦略的な手続き上の理由から、相当数の並行訴訟が行われているのである。
タイミング
訴訟手続きの開始から審判までの期間は国によって開きが大きく、一審の判決が出るまでに数年かかる国もある。ドイツでは約12ヶ月が一般的である。これは、審理は12ヶ月以内に行われるべきであると特許裁判所が考える英国も同じであるが、新しい「短期審判制度」では、審判と証拠開示手続きの期間を制限することで、8ヶ月以内という短期間での審問を目指している。緊急性が示される場合、審判を6~8ヶ月以内に迅速化することも可能である。
ドイツの特許制度は、訴訟手続きを侵害と有効性に関して2つの異なる審理に分離することで有名である。侵害に関する審理は、ほぼ必ず先行して行われるため、これは侵害判決をめざす特許権者にとって、特に自身の特許の有効性について詳しく調べられることを望まない場合に魅力的なルートとなり得る。最近では、特許不実施主体がこれを熱心に支持している。侵害が認められた場合、特許権者は、この時点で差止命令を執行して被告の損失に対する賠償責任を負うリスクを取るか、または控訴審での判決確認を待つかの選択に直面する。被疑侵害者は、差止命令が出るものの、その後当該特許が無効とされる場合、「差止命令とのずれ(injunction gap)」に直面する可能性がある。
こうしたドイツの侵害訴訟の弁護を行うに当たっての一般的な戦略は、英国のように有効性の検討が迅速に行われる裁判所において取消手続を開始するというものである。ドイツの侵害裁判所は、当該特許が無効である可能性が高い場合、ドイツの有効性審理の結果が出るまで侵害訴訟手続を停止することができる。当該特許を無効とする他の欧州特許条約国裁判所の判決は、ドイツ最高裁判所の判例法に従って考慮されるはずである。したがって、拘束力はないものの、外国の判決は、この裁量を行使するドイツの裁判所において説得力を持つ可能性がある。さらに、英国では有効性と侵害の両方を一緒に審理して差止命令のずれを回避するが、これにより侵害と有効性の間で解釈の論拠が矛盾しないことも余儀なくされる。
主要な特許紛争は、侵害判決を得ようとする特許権者と当該特許を無効にしようとする被疑侵害者の競争を伴い、複数の司法域、一般には英国とドイツの両国で展開されることを頻繁に目にする。これは幅広い業界において見られるが、最も有名なのがアップル対サムスン、IPCOMおよびノキア対HTCの各訴訟である。グーグルとソニーも同様のアプローチを取るのが見られた。
証拠の取得および提示
ドイツやオランダといったシビルロー司法域の多くでは、訴訟手続き開始のハードルが比較的高い。詳細な準備書面や、その後の答弁および補足準備書面により、文書の提出が主要な役割を果たす制度となっている。審問はあるものの、口頭弁論や口頭証言は比較的限定的である。したがって訴訟は「前半集中型」であるが、被疑侵害者から証拠を得る能力は比較的限定されるため、特許権者は、訴訟を開始するためには明白な証拠を提出する必要がある。問題の製品を検査することによって侵害の証拠を得ることができない場合、これは困難となり得る。
英国のコモンロー制度はかなり異なる。最初の訴答は短い上に、訴訟開始のための証拠提示の設定はかなり低く、侵害の合理的確信で十分である。被疑侵害者はその後、自身の製品や製法を詳しく説明することによって証拠開示を行わなければならず、これが両当事者の侵害訴訟の基礎となる。口頭弁論や鑑定人の尋問を伴う最終審問が重要な役割を果たす。
救済および費用
差止と損害賠償が利用できるのはどこでも同じであるが、適用される原則や設定はかなり異なる可能性がある。
仮差止めへのアプローチが典型例である。司法域によっては(英国やアイルランドのように)、仮差止めに必要な侵害の証拠は比較的低いレベルのものに過ぎず、金銭賠償の妥当性や各当事者への潜在的な有害性の方がはるかに重視される。英国は、特に医薬品との関係で、「道を開く」(製品を発売しようとする当事者は前もって主要な特許の無効化を試みるべきとする)原則を打ち立てた。他の司法域(ドイツやオランダ等)は、侵害と有効性に関する実質的な状態、つまり侵害の可能性や当該特許が有効である可能性が高いかなどに対してより重点を置く。
最終差止命令に関しては、主要な特許裁判所の間にそれほど大きなばらつきはない。標準必須特許(SEP)に関係する事例など非常に限定的な場合を除き、通常、侵害が認定されると差止命令が出される。
最近の傾向
欧州の特許訴訟においては過去数年、「スマートフォン戦争」とNPE(特許不実施主体。ほとんどが通信または情報技術分野)の勢力増が見られた。SEPとFRANDの義務の問題が多くの議論のテーマとなった。例えば、モトローラがアップルを相手取ってドイツの裁判所から得た差止命令を執行した後に、欧州委員会がモトローラ対アップルの裁判(判例AT.39985)において下した判決は、FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対する差止命令の要求および執行は競争阻害行為になり得る、と結論づけるものだった。この論点はブリンゴ対ZTE事件においてオランダで審理されたが、裁判所は、ZTEはFR AND条件でライセンスを受ける意思を有する者ではないと裁定した。今後は、欧州で争われているアンワイヤード・プラネット訴訟の審理が今年10月に始まり、英国の裁判所がFRANDと競争法を巡る問題の審理を行う予定である。これは、欧州におけるFRAND問題の検討としてこれまでで最も総合的なものとなるはずで、この世界的な紛争を超えて多くの携帯電話業界に影響する重大なインパクトを持つ可能性がある。
医療分野では、LGや富士フィルムなどの様々な会社がバイオ医薬品やバイオシミラー医薬品に多額の投資を行ってきた。バイオ医薬品市場の重要性は増すばかりで、主要製品の売上は世界全体で年間数十億ドルに達しようとしており、それと共に訴訟がより一般的となってきている。関連特許の多くが製法特許で侵害の証拠を得ることが難しいため、英国やフランス等、証拠収集が容易な欧州諸国において訴訟が一般的となることが予想される。
UPC
UPCの開始日はなかなか定まらないでいるが、現時点では、新制度の開始は2017年7月に見込まれている。UPCは単一の裁判所制度として、4億5千万人を超える消費者で構成される市場を管轄することとなり、全く新しい法制度が構築されつつある。多くのエリアにおいて、UPCが提供するアプローチは、以下に論じるような欧州各国の異なるアプローチがブレンドされたものである。その規則は、現行の英国とドイツの手続から選択したものの混合体をベースとし、これに例えばフランス等に倣って追加や改善を加えたものである。
審理期間および分離
目標は、UPCの審理が訴訟の開始から12ヶ月以内に行われることである。したがって、より迅速に処理される司法域において並行訴訟を開始する戦略はさほど魅力的ではなくなるだろう。一方、これによって費用負担は減る可能性があるが、1つの判決が巨大な欧州市場を決定してしまうことにもなる。
分離に関するニュースはおおむね現実的である。いずれにしても決定的なアプローチというものではなく、規則では適切な事案においては分離を認めているが、これが一般的になるとは考えられていない。さらに、分離が行われたとしても、差止命令のずれのリスクを最小限とするために、2つの重要な安全装置が存在する。1つ目は、当該特許が無効となる可能性が高い場合は侵害訴訟手続きを停止しなければならないというもので、2つ目は、有効性訴訟の審理を行う裁判所は、その事件の審理を、並行する侵害訴訟の審理が行われる前に行うよう努力すべきであるというものである。
証拠の取得および提示
手続規則は、一見したところ、証拠の提供を命令する非常に幅広い権限を裁判所に持たせている。被告は、(英国の慣行のように)自身の製品の説明を提出することを自動的に求められるものではないが、裁判所は、情報の提供と文書の提出を命令することができる。
手続規則では、最終口頭審問は通常1日で終えるものと定められている。これは、UPC制度の前半集中型という性質を反映するもので、証人の尋問にかけられる時間は比較的少ないものとなる。最初の訴状は、法的主張や必要に応じてクレームの解釈等の技術的な問題について記載した詳細なものである必要があることは明らかである。
救済および費用
UPCは仮差止命令を出す権限を有するが、他の地域と同様、これは現行の欧州各国の異なるアプローチを合わせたものとなるようである。手続規則は、仮差止命令を得るためには有効性および侵害が「合理的な証拠」で裏付けられなければならないが、当事者双方に対する「潜在的な有害性」も考慮されなければならないことも明らかにしている。欧州全域での仮差止命令は特許権者にとって非常に強力な手段となり得るため、NPEによる出願といった問題や道を開くという役割をUPCがどのように扱うかは、新制度が呈するリスクや機会の観点から重要となるだろう。
手続規則は、最終差止命令の代わりに損害賠償を裁定することについて殆ど触れていない。規則委員会は、差止命令が通常の救済となるが、これは裁判所の裁量事項であると示している。委員会は、この点については裁判官が裁量権を行使可能とすべきであると受け止め、詳細な指針を与えることを控えたのである。
1件の紛争に関してしか費用がかからないことでコストは下がるかも知れないが、UPCにおける回収金額は訴訟価額に応じて上限がある。例えば2,000万ユーロ相当の訴訟において通常認められる回収金額は最大80万ユーロである(裁判所は、例えば「複雑な訴訟手続き」等で適切と考える場合は100万ユーロに増額することができる)。5,000万ユーロを超える最も高額な部類の訴訟では、費用は200万ユーロを上限として開始するが、これも適切であれば、裁判所によって700万ユーロへと大幅に増額される可能性がある。
準備および結論
最近の発表によると、運用の最初の7年間、特許権者は無償でUPCへの参加を見合わせることができる。特許権者は、今のうちにこれについて検討し、参加または不参加が現存ライセンスにどう影響するかを考えるべきであり、将来的にはライセンス契約にUPCに関する説明を入れるのが賢明であろう。
特許権者の中には早い段階で新制度に参加することに慎重な者もあるかもしれないが、有効性に関する攻撃に耐え得る非常に強力な特許を持っていると考える者には、全欧州での差止命令のチャンスは魅力的かもしれない。被疑侵害者にはUPC制度に参加しないという選択肢がないのは明らかであり、こうした規則をいかに有利に利用するかを考えなければならないだろう。