米国と欧州における特許 更新に関する意思 決定の評価
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世界全体の特許出願件数は引き続き増大しているが、出願率と取得特許の放棄率から、特許保有者のこれらの膨大な資産における使用実態についてより有意義な知見を得ることができる。
米国の現行発明法では、特許権の存続期間は、維持費を期限内に支払うことを条件として、優先権の主張がなされた最初の出願日から20年間である。同様に、欧州の特許権の存続期間も出願日から20年である。特許権者は、特許権の有効性を維持するために、様々な時点で年金や維持費を期限内に支払うことを要求される。意図的かどうかを問わず、こうした費用を支払わないと特許権が放棄され、有効性が失われる。
2014年に維持・更新料を支払わなかったために失効した特許は、米国では86,459件、欧州では37,172件であった。10年前に放棄された特許件数と比べると、両地域とも約35%増加している(図1参照)。特許放棄件数の増加傾向は、出願および取得件数の増加と足並みをそろえている。米国では、2005年から2014年の間に年間の特許出願件数は47%増加、特許取得件数は2倍以上増加して、放棄の増加率を大幅に上回った。欧州では、同10年間の放棄の増加率は、出願の増加率(39%)とほぼ同じだが、より緩やかであった特許取得件数の増加率(21%)を上回った。
本レポートでは、特許放棄の理由および最近の放棄の趨勢が持つ意味合いを探る。

特許ポートフォリオの削減の理由
企業が特許ポートフォリオを削減する最も一般的な理由は、費用削減、市場の需要変動への対応、最近の法令改正の遵守などにあるが、M&A取引や、少数の主要特許を重要性の低い特許と一括して売却する大規模なポートフォリオ取引によって変動が生じることもある。
特許の維持費は存続期間につれて増加するため、企業にとって、経過年数の長いポートフォリオは必然的に高コストになり、短いポートフォリオよりも注意深く精査される可能性が高い。米国の特許維持費は、取得日から3年半後、7年半後、11年半後に納付する必要があり、それぞれ1,600ドル、3,600ドル、7,400ドルかかる。欧州では、特許が発効した欧州特許条約(EPC)締約国の各国事務所に毎年更新料を納付しなければならない。その総額は、特許を維持する国数によって決まり、極めて高額になることがある。38カ国すべてに更新料を納付したとすれば、20年で2万ユーロを越える可能性もある。こうした漸増的な手数料構造の背後には、活用されなくなった権利の放棄を特許権者に促す意図がある。
企業はまた、保有特許によって保護される製品・サービスに対する市場の需要にも注意を払う。需要の変化は、対象技術の陳腐化、あるいは販売活動や生産活動の中心となる市場の地理的重要性の変化によって引き起こされることがある。特許を維持するかどうかの意思決定では、保護される製品・サービスの性質や価値を考慮し、個々の特許の費用と便益は通常、国・法域ごとに評価される。企業の全社的な目標や商業化の戦略が、往々にしてポートフォリオ削減の意思決定の決め手となる。
企業はまた、絶えず進化する特許の法的環境の変化にも対応する。米国では、近年、特許主張主体(PAE)による訴訟の増加が特許制度の一連の改革を引き起こした。最近の法制改革として、米国発明法の制定および新たな特許付与後の手続、すなわち、当事者系レビュー、ビジネス方法特許レビュー、付与後レビューの導入がある。これらはすべて交付済み特許に対する異議申立を容易にするものである。さらに、ソフトウェア特許の特許適格性(アリス対CLSバンク事件)や特許クレームに係る「明瞭性」の基準(ノーチラス・インク対バイオシグ・インストルメンツ・インク事件)に関する最近の最高裁の判決も、特許権者にとってより困難な環境を生み出した。これらの法令改正は、まだ新しい進行中の現象であるが、2013年と2014年に米国で放棄率が上昇したことは、それらがポートフォリオ管理に影響を与えている証拠である可能性がある。
特許放棄率
有効な特許全体を基準とする放棄率(有効な交付済み特許全体に対する放棄特許の比率)の過去10年の平均は、米国が1.3%、欧州は5.9%であった(図2参照)。
欧州の放棄率が高いのは、同地域の手数料がはるかに高いことから、国内総生産が比較的大きく、権利行使がより効果的とみなされる限定的な数の加盟国においてのみ特許が維持される傾向が反映されている公算が大きい。現在、EPC加盟国中最も頻繁に指定される上位3カ国、すなわち、ドイツ、フランス、英国についてのみ、特許の存続期間中の更新料合計を算定すると約28,300ドルとなるが、米国の維持費の総額は12,600ドルにすぎない。さらに、EPC加盟国における特許の維持コストは、存続期間の後半で一段と高くなる。分かりやすく言えば、上位3位までのEPC加盟国における特許維持コストの83%以上が、存続期間の最後の9年で発生する(図3参照)。これに対し、米国では、3回目と最終の特許維持費(失効前の8年半の支払額)は、維持費全体の60%以下にとどまる。
企業がどの特許を更新し、どれを放棄するかを選定する際、更新コストは重要な考慮事項となる。この意思決定は事業目的と知財の予算を踏まえて下される。米国は、その規模、成熟度、複雑性のために、引き続き特許全体にとって最も重要な市場である。同国では、特許の維持費が比較的低いことと、特許放棄による逸失利益の可能性が高いことが相まって、企業は、費用便益比がより低い欧州各国の特許と比べ、失効を放置する可能性が低い。


特許放棄の趨勢
図4は、2005年から2014年の間に米国特許商標庁(USPTO)と欧州特許庁(EPO)に出願された特許件数およびそれらの特許放棄件数を図示したものである。このグラフには2つめの軸が加えられており、その結果、1つのグラフで出願と放棄の趨勢を比較することが可能になり、両者の関係が浮き彫りにされている。

対象となる10年間で両地域とも特許出願件数が増加しており、米国の前年比増加率の平均は4.5%、欧州は3.8%である。実際、特許出願件数が前年を下回ったのは2009年のみである。この短期間の減少は欧州の方が顕著であった。同地域の年間出願件数の減少は6.5%だったのに対し、米国は0.5%の減少にとどまったのである。予想通り、特許出願件数の増減率と放棄件数の増減率と間には負の相関の傾向が見られる。ただ、この相関関係はかなり弱い。一般的に言えば、企業に特許出願の増加を促すマクロ経済動向は、特許放棄を抑制する可能性が高く、その逆も成り立つ。
景気下降(2 0 0 8~2 0 0 9 年)と回復(2 010 年~2012年)
全米経済研究所(National Bureau of Economic Research)によれば、景気は2007年12月にピークを打ち、それが直近の景気下降の出発点となった。それから2年半後の2009年6月、景気後退が底打ちして回復が始まった。この時期の景気下降が特許の動向に与えた影響が、本レポートで分析したデータによって立証される。景気下降に先立つ経済成長の最後の2年間である2005年から2007年までの間に、USPTOへの特許出願件数は16.2%、EPOでは12.7%増加した。景気後退の開始後、特許出願件数は両地域共に2008年は横ばい、2009年は減少となったが、米国ではごくわずかな減少にとどまった。すなわち、2007年から2009年までのUSPTOへの特許出願件数は0.4%の減少、EPOは5%の減少だった。しかしながら、回復から1年後、特許出願は再び増加した。
景気下降は、維持費や更新料が支払われずそのまま失効した特許件数にも影響を与えた。米国では、2006年から2008年に特許放棄件数は7.4%減少した後、2008年から2010年に37%の急増となり、2011年には再び減少した。欧州も同様に、2008年から2010年に特許放棄件数が22.9%増加した。データから、企業は、特許の放棄を決定して実行するよりも速やかに出願の行動を調整したことが読み取れる。放棄は出願活動より約1年遅れるようである。
このことは、削減に適した特許を決めるには、新たな出願戦略の実行よりも長い時間がかかるという事実に原因がある可能性がある。多くの企業は景気下降に直面して、2008年にはすでに、ポートフォリオの削減を含め知財プロセスの見直しを余儀なくされた可能性が高いものの、導入された変化の多くは翌年になってはじめて実行された。
図2は、景気下降の影響に関する追加的な証拠を示している。両地域共に、景気が後退し始めた直後の2、3年に放棄率が急上昇している。米国では、20 08年の放棄率は調査対象期間中最も低い1.1%にすぎなかった。それが、2010年には調査対象期間中最も高い1.5%に達した。同様に欧州でも、放棄率は2008年の5.7%から2009年には6.8%に上昇し、2010年まで高止まりした後低下した。


特許品質
米国と欧州のどちらでも、放棄特許の平均品質が2005年から2012年にかけて毎年低下した。2013年と2014年には特許品質が上昇したものの、両地域の平均品質は2005年の水準を依然下回っている(図7参照)。これは、企業が削減に適した知財資産の特定に次第に熟練するようになっていることを意味する可能性がある。
図7の品質スコアはコンピュータで生成された順位尺度、すなわち、特許権の維持率または消失率と統計的に有意な相関があることが見いだされた多くの予測変数(特許尺度)による多変量回帰分析に基づくスコアである。スコアは所定の尺度に従い、個々の特許について完全に客観的に計算されている。素点は、期待得点を100とする名目的なスコアに数学的に変換された。変換後のスコアは人間の知能を測るおなじみのIQスコアに似ている。つまり、一般的に言って、スコア100は期待される標準的または中間的な特許品質に対応し、100を上回るスコアは、平均以上の特許品質や価値の確率が期待されること、100を下回るスコアは平均以下のそれが期待されることを示す。

USPTOとEPOの両制度間では特許品質を直接比較できないことに注意する必要がある。これは、各々の順位付けは、独自の特許発行を行う両地域に固有の順位付けシステムに基づいて導き出されたものであることによる。しかしながら、平均的に見て、EPOの特許は放棄の時点で、相対的な特許品質の平均値である100を上回っているのに対し、米国の特許は放棄の時点で平均を下回る。この点については、欧州の特許はその品質のみならず、地理的な観点から見た相対的な価値寄与も考慮して放棄されている可能性が考えられる。特許の価値を決める主な要因として、特定の国・法域内における商業的な用途およびその国の知財制度の質(すなわち、権利保有者が自身の知財権を取得、保持、活用および行使できる度合い)の2つがある。他の条件がすべて同じとすれば、ドイツ市場には相対的な規模や知財環境の相対的な強固性があることから、ドイツの特許はスペインの特許より価値が高い。したがって、ドイツの特許はスペインの特許よりも放棄される可能性が低い。さらに、多くの企業は、商業化の前に、欧州内で幅広く特許出願した後で徐々に削減するという形で商業化戦略に合わせて特許活動を調整することを選択している。
放棄特許の残存期間
2005年から2014年までの間に維持費を支払わずに失効を放置されたUSPTOの特許は、同期間に放棄された欧州の特許権に比べ平均残存期間が1.7年長かったが、過去2年はこの差が縮小した(図8参照)。このことは、企業が欧州の特許よりも早期に米国の特許を放棄することを意味する。
上記の10年間、放棄時における米国の特許の平均残存期間は9.3年であった。これに対し、放棄時におけるEPOの特許の平均残存期間は7.7年にとどまった。これらの数値は、米国の特許の大半が、最も高額な最終回の維持費の支払期日前の数カ月間に放棄されることを示しており、重要な意味を持つ。欧州では更新料が毎年支払われ、その金額は特許の存続期間にわたり上昇していくことから、欧州の特許が米国の特許の失効時点まで達することはほとんどない。
図8から分かるもう一つの興味深い趨勢は、企業が米国の特許を存続期間の後半に放棄していることである。米国で放棄される特許の平均残存期間は、2005年から2012年にかけて毎年低下した後、2013年と2014年にわずかに上昇した。このことは、最終回の維持費の支払期日が近づいた時期に放棄される特許が増加していることを意味する。こうした低下傾向の原因としては、米国では同期間中に知財の価値が上昇し、企業が時間をかけて個々の特許の価値の有無を判断するようになっていることが考えられる。2013年と2014年に米国で放棄された特許の残存期間が上昇したのは、企業が上述した最近の法令改正に対応して、先を見越した削減を増やしたことに原因があるとも考えられる。
維持の更新時期を迎えた特許の数を基準とする同10年における米国の平均放棄率(ある年に維持費の納付期日が到来した特許全体に対する放棄特許の比率)は15.9%であった(図9参照)。予想されるように、直近の景気後退の直後2、3年に放棄率が上昇している。すなわち、2008年の14.4%という最低水準から2010年には17.4%という最高水準に達した後、再び低下した。


業種/技術別放棄件数
次に、特許クラス別の放棄パターンに注意を向けると、本レポートの調査対象の両地域において、放棄件数の上位10位までの国際特許分類(IPC)グループ間に著しい重なりが見られる。両地域のリストに現れているのは、データ処理(G06F)、電気(H01R、H04N)、情報ストレージ(G11B)、測定・試験(G01N)、医学(A61B、A61K、A61P)、有機化学(C07C、C07D)および半導体(H01L)の分野に関連する特許クラスである。放棄件数で上位10位までのIPCクラスは、2005年以降におけるUSPTOの放棄特許全体の約4分の1(24%)、EPOでは約5分の1(21%)を占めている。
図10と図11には、特定のIPCクラスの放棄傾向を特許放棄件数全体と1つのグラフで比較できるようにするために第2の軸が追加されている。USPTOのグラフを見ると、個々のIPCクラスは米国の放棄行動全体にかなり類似したパターンをたどっている。しかし、米国の特許の最大のIPCクラスであるG06FとH01Lは更なる分析に値する。G06Fは電子式のデジタルデータ処理、H01Lは半導体装置に対応する。ソフトウェア特許は特定のクラスやサブクラスに割り当てられてはいないものの、調べてみると、他のどのIPCクラスよりもG06Fに多くのソフトウェア特許が含まれている。景気下降期に、G06Fに分類された特許の放棄件数は、放棄全体よりはるかに早期に、またほとんどの時点でより速いペースで増加した。このことから示唆されるのは、景気後退の開始後に、ソフトウェア企業はかなり迅速に知財方針を調整したのに対し、他の企業の対応はより緩やかだったことである。いったん景気回復が始まると、G06Fの特許放棄は、大幅にかつ放棄全体よりはるかに速いペースで減少した。G06Fの特許と全体間のこうした乖離は2012年から2014年にかけても続き、ソフトウェア特許は全体の放棄率よりも速いペースで放棄された。H01Lの特許も、2012年から2014年に全体の放棄傾向よりも速いペースで放棄が進んだ。
米国のデータとは異なり、EPOのグラフでは個々のIPCクラスとEPOの放棄行動全体の関係は弱い。このことは、これらのIPCクラス中最大のA61K(医療用、歯科用または化粧用製剤)について特に明瞭である。


放棄件数の多い企業
調査対象期間における放棄件数の上位50社のうち70%以上が両地域のリストに含まれていた。米国と欧州で放棄されたこれらの特許の平均品質スコアはそれぞれ94.5、96.0だった(図12から図15を参照)。放棄件数の上位50社のうち約60%は、出願件数の上位50社にも入っていた。
両地域の上位10社について、10年間におけるその平均放棄件数と平均品質スコアを図12から図15に示した。米国の特許の放棄件数で上位10社のうち7社が、また欧州の特許では5社が日本企業だった。こうした放棄の多くは日本の景気下降によるものと推定できる。加えて、日本企業は従来、取得した特許数に応じて発明者に報償を与えてきた。このことが真のイノベーションとは対照的に多数の漸進的なイノベーションをもたらした。特に景気の圧力が加わった場合、後者の方が放棄されやすいことはまず間違いない。
提示したデータから多くの趨勢を観察することができる。予想されるように、重大な景気後退は放棄の増加を引き起こすが、それらの放棄の時期の後には出願が増加する。そして、こうした逆相関の関係がサイクルを通じて繰り返される。




行動計画
過去10年間、米国と欧州のいずれも特許放棄が増加している。両地域の放棄の水準は出願や付与と同じ推移をたどっている。多くの企業は、情報に基づく更新の決定の一助として、総合的な知財管理や業務ガイダンスを導入しているが、市場、法令や司法判断が時を同じくして変わってきたことを受けて、それらのガイドラインの原則を見直す最適な時期が到来している。すべての企業が、全資産の投資利益率を最適化する圧力を引き続き内外から受ける状況にあって、この独自のベンチマークデータセットに対応して維持に関する意思決定の精査を強化しようとする組織には、目に見える成果がもたらされる可能性がある。
このデータセットから得られる証拠は下記の事柄も示している。
- 欧州の放棄件数は米国よりも多い。これは、特許制度の質が世界全体で著しく異なり、一部は予想ほど迅速に発展していないため、企業が、知財の権利行使戦略を含む事業計画を引き続き修正しているためである。
- 最高知財責任者が、特許出願とその後の収益化の成功に関わるR&D費の実際の投資利益率を定量化することを要求される頻度が増加している。継続的に維持費を削減することが、この資産クラスの投資利益率を高める1つの方法である。
- これに対し、「先願主義」の考え方が引き続き世界に広がっており、概念に関わる技術や商業化の証拠が評価できるようになる、資産の存続期間の後半の時期に、維持と放棄に関する決定が下されるようになっている。
- アリス判決などの主要な米国裁判所判決および米国発明法に基づいて提供される付与後レビュー手続が、放棄の意思決定にどう影響するかについては、まだ完全には評価できない。しかし、今後24カ月における特定のIPCクラスの統計データが明らかになれば、とりわけコンピュータソフトウェア、ビジネス方法、生命科学の特許に関して一定の傾向が確認できる可能性がある。
- 最高知財責任者は、いずれ到来する維持費の支払(特にライフサイクル後半の高額な支払)の前に妥当な価格で収益化しようとする自身の意思決定が上昇トレンドから影響を受ける可能性があるため、特許の単独売却のために流通市場における流動性の動向に注視するであろう。