EPO異議申立: 主要プレーヤー、主要分野、 変化へのカギ
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EPOに対する異議申立は強力な手段ではあるものの、手続きは複雑で必ずしも成功するとは限らない。しかし、一部の主要プレーヤーは成功を手にすることが可能である。
欧州特許庁(EPO)において、付与された欧州特許の有効性に異議を申し立てることは強力な戦略となる。事実上公認された審議会による中央決定を得ることは、当該特許が有効な全ての国において適用されることであり、個々の国の裁判所における訴訟費用を節約することができる。異議申立の成功率は高い。EPOは、最新の年次報告書(2015年度)において、特許が取り消される確率(31%)、修正して維持(38%)、付与された通りに維持(31%)という結果を明らかにした。これは異議申立の69%において、対象となった特許の保護範囲が修正されることを意味する。
異議申立は時間の節約にもなる。最近の方針策定によって、異議申立はEPOの優先課題となった。効果は既に表れ始めていて、異議申立の申請から決定が得られるまでの期間は今では1年という迅速さである。異議申立の人気が高まったのも頷ける。EPOの年次報告書によると、異議申立の決定件数は、2010年から2015年の間に61%増えている。
しかし、異議申立手続は複雑で、常に勝訴するとは限らない。その中で他者とは異なる結果を得ることができる主要プレーヤーは誰か?特許権者と異議申立人はどこの出身で、通常どの技術分野が関係しているのか? 当事者が欧州特許条約の締結国ではなく、代理人を立てることが法律で義務付けられている場合、どの国を選ぶ傾向があるのか?そして、IAMによる欧州の一流事務所ランキングは、実際の異議申立の実績をどの程度反映しているのか?
NLOは、こうした問いに答えるため、調査範囲をEPO自体の年次報告書以外にも広げ、公開されているEPOの登録簿より2013年から2015年までに申請された全ての異議申立に関するデータを収集、分析した。本稿では、最近のEPO異議申立における「ダミー」慣行や将来の欧州統一特許裁判所(UPC)の影響についても考察する。
特許異議申立のリスクが高い技術分野
欧州特許条約第99条により、異議申立の申請は、付与された特許が欧州特許公報で公告されてから9ヶ月以内に行わなければならない。この期限を過ぎた場合の救済策はないため、付与状況を注意深くモニターし、素早く決断して早期に行動することが異議申立の成功のカギである。異議申立の積極的な利用は、一定の技術分野においてより一般的であり、そうした分野では、特許権者は異議申立を受けるリスクが高く、異議申立人は競争優位を得られる可能性がある。こうした分野でイノベーションを行っている当事者は、防御および攻撃の両方の側面において異議申立戦略を練るべきである。
我々は、国際特許分類(IPC)のクラスおよびサブクラス毎に行われた異議申立の件数を分析することにより、2013年から2015年の異議申立の頻発領域を調べた。
医薬分野は、圧倒的に異議申立の多い領域とみられ、行われた異議申立の13.7%がIPCクラスA61の発明(医療・衛生)に関係するものであった。異議申立は、製薬特許において特に多く、IPCサブクラスA61K(医薬用、歯科用または化粧用製剤)が6.7%、IPCサブクラスA61P(化合物または医薬製剤の治療活性)が2.8%と、上位2つのIPCサブクラスがこれに関係するものであった。サブクラスA61のうち他に多い(合計の1.5%以上を占める)のは、医療用具に関するもの(A61F:2.1%)および化粧品の使用(A61Q:1.6%)に関するものであった。A61以外では、バイオテクノロジーの技術革新が重要な役割を担っていることを反映し、I P C サブクラスC12N(微生物、酵素または細胞)の割合が比較的高かった(1.7%)。
特許が異議申立を受けやすいと思われる2つ目の分野は、高分子化合物およびプラスチック材料で、行われた異議申立総数の5.3%がIPCクラスC08の発明(有機高分子化合物)に関係するものであった。IPCサブクラスを分析すると、製造過程と最終的な高分子材料の両方が争われていることがわかる。製造過程については、IPCのC08のサブクラスのうち、反応そのものに関するもの(C 0 8Fが1.3%、C08Gが1%)、後処理仕上げに関するもの(C08J:1.2%)ならびに配合成分の使用に関するもの(C08K:1.1%)が同様に高い。高分子最終製品に関する特許に対する異議申立の多さは、C08L(高分子化合物の組成物:2%)の割合の高さに反映されており、C08以外では、IPCサブクラスB32B(積層体:1.7%)やB29C(プラスチックの成形または接合: 1.5%)に反映されている。
特許権者と異議申立人:国籍および行動
特許権者および異議申立人の両方においてドイツ籍が多い(図1参照)。特許権者に関しては、28%というドイツ籍の割合は米国籍(23%)と拮抗している。ところが、異議申立人ではドイツ企業が全体のほぼ半数(48%)を占め、第2位の10%(同じく米国)を大きく引き離して他を圧倒している。

この特許権者と異議申立人の比率はドイツ企業と米国企業の異議申立戦略の違いを示している。前者が防御するより多くの特許を攻撃しているのに対し、後者は異議申立を行うより申立を受ける傾向が強い。ドイツ企業同様に積極的に異議申立を行っている主要国企業は、他に英国企業のみである(特許権者と異議申立人の比率は4%:8%)。この姿勢は、欧州の大手知財事務所がこれらの国々にあるという事実により、特許の有効性に異議を申し立てるためのEPO異議申立制度についての認識が高まっているのかもしれない(EPO本部がミュンヘンにあることにより、その効果はドイツ企業にとってより強いものであろう)。
他の主要欧州諸国は、企業が特許権者となる頻度と異議申立人となる頻度はほぼ同じであり、いずれもバランスが取れている。しかしオランダについては、英独両国に似ている点が多く、強固かつ十分に確立された国内特許法および訴訟制度を持ち、ハーグにEPOの支部を擁している事を考えると、同じ頻度というのは奇妙に思われる。
さらには、非欧州諸国の他の主要2か国は米国により似ており、企業は特許の異議申立を行うより申立を受ける傾向が強い(特許権者と異議申立人の比率は日本が8%:1%、中国が2%:0.4%である)。こうした受け身の姿勢は実際、非欧州諸国の当事者に典型的で、2013年から2015年の異議申立における特許権者の35.5% が非欧州企業だったのに対し、異議申立人については13.3%であった。これは非欧州企業がEPO異議申立の利点をよく知らないためである可能性があり、欧州の特許事務所はこの機会を捉えてそのメリットを宣伝すべきである。
EPO異議申立における非欧州当事者:国籍および代理人の選択
非欧州特許権者の中では、米国の当事者が圧倒的に多く(64%)、日本(22.0%)、中国(4.3%)、韓国(2.1%)と続く。その他の国々の割合は小さく、1.5%以下である。非欧州異議申立人の中では、米国のプレゼンスがさらに目立つ(73.9%)一方、アジア諸国はずっと消極的で、日本の割合はわずか9.3%、中国が2.7%、韓国が0.9%となっている。非欧州異議申立人としては、イスラエルとオーストラリアの当事者がそれぞれ3.6%および2.2%の割合を占め、より重要な位置にある。
非欧州当事者は欧州の代理人を指名する義務を負うため、特に興味深い。主要な欧州の当事者は、ほぼ常に同国籍の代理人を擁するのが一般的であるが、非欧州企業は法律によりこの便宜を受けられない。では、彼らは誰を選ぶのであろうか?
結果は印象的である(図2参照)。非欧州当事者の90%近くがドイツまたは英国の代理人を選んでいる。このことは、非欧州特許権者にも異議申立人にも同様に当てはまる。

いずれの場合もドイツと英国の事務所がほぼ同じ割合を占めるが、特定の非欧州国においてはそれぞれによって違いがある(表1参照)。米国およびオーストラリアの当事者は英国の代理人を選ぶ傾向が若干高い一方、アジアおよびイスラエルの当事者は明らかにドイツの代理人を好む。
おそらく、米国およびオーストラリアの当事者は、自国語で意思疎通できる便宜のために英国の代理人を好むのであろう。一方でアジアやイスラエル企業のように言葉の障壁があまり関係しない場合は、ドイツの事務所がミュンヘンのEPOに近いことが決定的要因なのかもしれない。
しかし、ミュンヘンにおける異議申立はどれほど重要なのだろうか?
異議申立の各EPO所在地における地理的分布
欧州特許条約2000の実施に伴い、EPOは、ハーグおよびベルリンにおける審査を正式化した。異議申立もこれらの各所在地に割り振られ、技術分野や審査の場所に応じて審理もハーグやベルリンで行われるようになった。2013年から2015年に行われた全ての異議申立のEPO事務所3ヶ所における分布(図3参照)を分析すると、手続の3分の1超がオランダで行われていることがわかる。この配分は毎年かわらないようである(年毎の変動2%)。
EPOの場所が代理人から近いことが要因であるのであれば、訴訟の審理がハーグで行われる可能性を見過ごしてはならない。よって、オランダの代理人という選択肢の検討も当然ということになるであろう。他のどの国籍と比べてもハーグでの審理数の多い日本の異議申立人にとっては確実にそうである。日本の異議申立のほぼ半数の審理がハーグで行われており(48%)、これは平均の35%をかなり上回る。ミュンヘンでの審理数も同様(48%)であるが、日本の異議申立人の85%近くが現在はドイツの代理人を選んでいる(表1参照)。それでは、オランダの事務所の異議申立における実績はどうだろうか?


欧州の各事務所の異議申立実績
異議申立実績の指標として、我々は、2013年から2015年に欧州の各事務所が扱った異議申立訴訟の数を分析した(特許権者または異議申立人の代理人を務めたもの)。我々の調査では、異議申立訴訟件数の上位事務所は全て「IAM特許1000」の2015年ランキングに含まれていることがわかり、EPOにおける手続を行う一流の事務所を選出したIAMの信頼性が確認された。
この分析により、我々は、IAMにランクされた上位22事務所に匹敵する実績を持つ事務所をさらに4社特定することができた(図4参照)。これらの事務所のさらなる品質指標として、我々は、各事務所の異議申立実績の技術的多様化または特許異議申立業務への特化状況を分析した。これを行うに当たり、我々は、将来のUPC中央部3ヶ所の事例区分を利用した。つまり、ロンドンが化学、製薬、医療、バイオテクノロジー関連の発明(IPCクラスAおよびC)、ミュンヘンが機械工学関連の発明(IPCクラスF)、パリがエレクトロニクス、ソフトウェアおよび物理学関連の発明(IPCクラスB、D、E、G、H)というものである。
異議申立における実績上位26事務所のうち、オランダの事務所はNLOおよびV Oの2社のみであるようだ(いずれもIAMにランク)。フランスの事務所1社を除くと、残りはドイツまたは英国である。
これらの事務所が代理人を務めた異議申立事例の数をより詳しく見ると(図4a参照)、NLO(1.4%)とV O(1.1%)は、量の点においては多くのドイツや英国の事務所に匹敵する異議申立経験を有する。ところが、非欧州当事者の90%は後者を選んでいる。さらに、NLOと英国のエルキントン&ファイフ(IAMランク外)は、その実績のそれぞれ87%および89%がIPCクラスAおよびCの事例となっており、この2社は、化学、製薬、医療およびバイオテクノロジー関連の発明に関連する異議申立に最も特化している(図4b参照)。異議申立実績のうち過半数がエレクトロニクス、ソフトウェアまたは物理学関連の発明(IPCクラスB、D、E、G、H)で構成されるのは、ドイツのコハウツ&フロラック事務所および英国のジル、ジェニングス&エブリ事務所のみである。一方、ドイツのアイゼンフュア・シュパイザー事務所(2015年はIAMランク外だが2016年にはランク内)は、機械分野の異議申立(IPCクラスF)が異議申立実績の3分の1を占め、群を抜いて高い割合となっている。
異議申立における現在のドイツ企業の優位は、取扱事例数の最も多い5事務所、ホフマン・アイトレ(5.8%)、グリュネッカー(3.9%)、フォシウス&パートナー(3%)、アイゼンフュア・シュパイザー(2.7%)、マイヴァルト特許弁理士(2. 5%)が全てドイツの事務所であるという事実に反映されている(図4a参照)。EPO異議申立における実績上位の代理人は、全て特許弁理士事務所である。その数に迫る唯一の知財事務所が英国を本拠地とするオルスワングLLP(0.8%)で、これは主として創傷被覆材の分野における同事務所の活動によるものである(IPCクラスA61;そのサブクラスが、オルスワングの異議申立実績の4分の3近くを占めている)。
しかし、EPO異議申立の動きは、U PCが発効し、付与後9ヶ月の異議申立期間に制限されない集中的な付与済み特許無効訴訟のための別ルートが提供されると変わるかもしれず、また侵害側面と結合される可能性がある。侵害は知財法律事務所が扱うのが一般的であるため、UPCの発効は実績上位事務所の情勢を変えるかもしれない。

EPO異議申立における「ダミー」ならびに将来的なUPCの影響
将来的には、匿名で無効訴訟を行えることもEPO異議申立とUPCルートの選択に影響するかもしれない。現在、EPO異議申立においては、拡大審判部が「ダミー」慣行(ある者が別の者に代わって異議申立を行うこと)を認めているが、こうした慣行がUPCにおいて適切となる可能性は低い。このことはどう影響するだろうか?
数の面においては、影響は軽微となるであろう。2013年から2015年の間にダミーを使ったEPO異議申立申請者は2 %に過ぎない。このうち75%は代理人が自身の名義で申請している。残る25%は、EPOにおけるダミーの推進を中核ビジネス とする専門会社で、英国のストローマン・リミテッド社が圧倒的に多い。
ビジネスの観点からは、ダミー推進会社のみならず、自らの身元を秘密にしておきたいと考える異議申立人にとって、UPCでダミーが排除される可能性から受ける影響は明らかにより大きいものとなる。我々は、ダミーを使った異議申立申請が最も多く行われた(つまり匿名事例全体の5%以上を占める)IPCサブクラスを調べてみた。主要なダミーは全て医療、製薬およびバイオテクノロジーに関連する技術分野で生じており、クラスA61K(医薬用、歯科用または化粧用製剤)が17.3%、クラスA61P(化合物または医薬製剤の治療活性)が9.2%、クラスC12N(微生物、酵素または細胞)が6.9%、クラスC07K(ペプチド)が5.8%、クラスG01N(一般的分析方法)が5.3%、クラスC12Q(微生物または酵素が関わる具体的分析方法)が5.1%となっている。したがって、こうした技術分野の特許権者の競合会社は、匿名が可能であることから今後もUPCよりEPOを好む可能性がある。これらのIPCクラスはEPO異議申立の最も多い分野でもあることから、UPCの時代になっても、EPO異議申立は今後も大きな役割を果たし続ける可能性が高い。
結論
現在、非欧州企業は異議申立人としては控えめである。また概してドイツや英国の代理人を雇うことを好む。EPO異議申立の3分の1以上、特に日本の異議申立の場合は約半分が審理されているハーグにはこれらと匹敵する異議申立の経験があるにも関わらず、である。特許弁理士事務所、特にIAMのランクに含まれている事務所は、知財法律事務所をしのいでいるが、UPCはこうした情勢を変えるかもしれない。成功のチャンスを最大化することを望む特許権者および潜在的な異議申立人は、これらの評価指標に留意し、異議申立チームを賢く選ぶべきである。