BRIC諸国における 現地研究開発の保護
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欧米の多国籍企業は、ブラジル、ロシア、インド、中国での研究開発から生じる知的財産の保護に際して特有の課題やリスクに直面している。
企業規模や業種、地域を問わず、多国籍企業にとって海外市場で研究開発を行うことは重要な事業戦略である。ブラジル、ロシア、インド、中国(「BRICs」という総称で知られる)といった巨大な新興市場の持つ経済的、技術的潜在力はしばしば過小評価されている。一般的に考えられていることとは逆に、新興市場に研究開発の拠点を構える主な理由は、コスト削減にあるのではない。それよりも重要な戦略的な目標は、現地の顧客についての理解を深め、現地市場で成功することにある。そのほかの事業会社のメリットとしては、市場アクセスの改善、高技能な労働力の獲得、イノベーションの増加を通じた高成長などがあげられる(H Ernst, ADubiel and M Fischer, “Industrielle Forschungund Entwicklung in Emerging Markets: Motive,Erfolgsfaktoren, Best-Practice”, Wiesbaden:Gabler, 2009)。
研究開発費世界トップ500社による、中国における最近の研究開発状況についてのデータを見てみると、新興市場での研究開発の重要性が浮き彫りになる。開発拠点の配置についての研究(Zinnov,“Crossing the Value Chasm”, 2013) では、2013年に、研究開発費世界トップ500社のうち385社が中国で研究開発活動を行っており(2009年の195社から増加。図1参照)、研究開発費トップ500社の研究開発拠点設立地として中国が一番人気となっている。これに対し、2013年時点でサンフランシスコのベイエリアでは220社の、インドでは228社の拠点が開設されている。総じて、BRICsは欧米の多国籍企業の研究開発活動に最も重要な新興市場となっている。
新興市場でのこうした研究開発活動の急成長にもかかわらず、欧米の多国籍企業にとって知財保護は依然として大きな課題として残っている。特に研究開発の協力や提携において、知識共有と知識のスピルオーバーとのバランスは重要な問題である。本稿はサンガレン大学の技術経営研究所(Institute ofTechnology Management)が実施した研究に基づいて作成されている。
ブラジル
2005年から2014年のブラジル向けグリーンフィールド海外直接投資プロジェクトの総額は3,090億ドルで、ブラジルは対内直接投資で途上国中第3位となっている(UNCTAD,”World Investment Report2015: Reforming International InvestmentGovernance”, Geneva: United NationsPublication, 2015)。ブラジルの研究開発の潜在能力を示す最近の事例としては、フォルクスワーゲンがあげられる。2014年3月に同社は40億ドル以上を投資して、新車や新技術の開発をブラジルで行うことを発表した(H-P Elstrodt et al, “Connecting Brazilto the World: A Path to Inclusive Growth”,2014)。もっとも、高い輸入関税、過剰な官僚主義による輸入手続きの遅延、国内市場保護を目的とした地元企業への補助金、活動の現地化を強制する政策など、自動車業界はブラジルの保護主義政策の代表例ともされる(R Atkinson, “Designing a GlobalTrading System to Maximize Innovation”,Global Policy, 5 (2014))。
ブラジルでは近年、知財保護の面で大きな進化を遂げてきた。1990年代後半には、特許による保護が新たに食品、製薬、バイオテクノロジー、コンピューター・プログラム分野にまで拡張された。しかし、ブラジル政府はこれまでに、複数の製薬特許を却下し、インド製の安価なジェネリック薬の市場流入を許した。保護主義的な制度により、ブラジルの特許権者は特許査定後3年以内に当該製品を製造しなければならない。そうでなければ、国家知的財産局によって、希望する第三者に強制的にライセンス供与されてしまう可能性がある(The Economist IntelligenceUnit, “Country Commerce Brazil”, New York,2013)。


単位:百万米ドル
ロシア
ウクライナ危機の後、やや活動も停滞しているとはいえ、ロシアは近年、海外の多国籍企業からの大型投資を誘致してきた。2005年から2014年のロシア向けグリーンフィールド海外直接投資プロジェクトの総額は2,630億ドル(UNCTAD, 2015)にのぼる。投資誘致促進策として、ロシアには現在28か所の特別経済区が設定されており、うち6か所は工業生産型特区、5か所は研究開発型特区とされている。こうした特別経済区内では、海外の多国籍企業を誘致すべく、税制優遇、最新のインフラ、手続きの簡素化などの恩典が与えられている(Ministry of Economic Development of the Russian Federation,“Special Economic Zones”, 2013)。
ロシアは2012年に世界貿易機関(WTO)に加盟している。これにより、知的財産権保護手段の行使の改善、透明性の高い規則とシステムの実施につながっていくはずである(Ernst & Young, “Ernst &Young’s Attractiveness Survey Russia 2013”,2013)。WTOに加盟する前には、2013年に知財専門裁判所を設立するなど、W T Oの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TR IPS協定)に準拠するため、司法制度に何度も手直しが入った(The Economist Intelligence Unit, “Country Commerce Russia”, New York, 2013)。しかし、依然として汚職の問題は残っている。トランスペアレンシー·インターナショナル(“Cor r uptionPerceptions Index 2013”, 2013) は、ロシアの汚職はブラジル、インド、中国に比べて相当に悪いと格付けしている。こうした腐敗した環境が著作権侵害や偽造を促す以上、汚職は知的財産権の行使にも影響を与えている可能性がある(J Green, “The Russian IPR Problem: How Accession to theWTO Is Not the Magical Solution, Rathera Step in the Right Direction”, IntellectualProperty Brief, 3, 2012)。
インド
2005年から2014年のインド向けグリーンフィールド海外直接投資プロジェクトの総額は4,100億ドルで、インドは途上国中2番目に人気の高い研究開発地域となっている(UNCTAD, 2015)。インド政府は研究開発分野での海外直接投資を誘致・奨励しており、研究開発に対する海外からの直接投資は全額、自動的に認可されることになっている。さらに、インハウスの研究開発活動や、科学研究への支払に関する経費には、大きな税制優遇措置が設けられている(RBasant and S Mani, “Foreign R&D Centres inIndia: An Analysis of Their Size, Structure andImplications”, Ahmedabad, 2012)。現在インドには、202か所の特別経済区がある(Ministry of Commerce and Industry India, “List of State-Wise Exporting SEZs as on 31.3.2015”, 2015)。業種によっては、インドには厳しい国産品優遇の障壁がある。たとえば、国産品優遇制度により、政府および一部の民間主体による電子製品の購入には、現地調達の規制が課されている(S Ezell, “ForcedLocalization Policies Threaten Global Tradein Innovative Industries”, Bridges Vol 38 /Innovation Matters, Washington DC, 2013)。
2 0 0 5年に特許法が施行されて以来、製品に対する特許は、あらゆる技術分野で許諾されている。しかし、特許は査定後3 年以内に使用しなければならず、そうでなければ、食品、製薬製品の場合、または特許濫用である場合には、第三者に強制的にライセンス供与されてしまう可能性がある(The Economist Intelligence Unit, “CountryCommerce India”, 2013)。最近も、海外のイノベーターが、インドで製造する代わりに当該製品を輸入したことで、当該特許の不使用に対して知的財産上訴委員会が強制実施権の判断を支持している。インドでの特許権行使は、主に汚職(Transparency International, 2013)、執行官不足、司法システムの混雑(The Economist Intelligence Unit, 2013)などの問題があり、ぜい弱である。
中国
中国は途上国中、最も高額の対内直接投資を誇っており、2005年から2014年の中国向けグリーンフィールド海外直接投資プロジェクトの総額は9,680億ドルとなっている(UNCTAD, 2015)。中国の海外直接投資規制では、欧米企業にハイテク製品の輸入を奨励しつつ、海外投資家には研究開発活動の現地化を求めている。現在、中国には7か所の経済特区が存在する。自国でのイノベーションを奨励するため、中国は国内企業が海外製の技術を国内市場へ同化させていくことを支援している(Q Cao, “Insight into Weak Enforcement of Intellectual Property Rights in China”, Technology in Society, 38,2014)。中国は欧米の多国籍企業の市場参入に際して制限を課している。たとえば、中央政府の方針により、外資投資について、業種やセクターが「奨励」「制限」「禁止」等に分類されている。38業種では(例:自動車産業)、欧米の多国籍企業は中国現地企業とのジョイントベンチャー設立が義務づけられている(Ministry of Commerce, “Catalogue for the Guidance of Foreign Investment Industries(Amended in 2015)”, 2015)。かかるジョイントベンチャー設立に際しては、欧米の多国籍企業は知財侵害のリスクについて考慮に入れておかなければならない(ECOVIS China, “Doing Business in ChinaGuide”,2014;InterChinaConsulting,“Establishment of a Joint Venture (JV) inChina”, 2011)。
中国政府は知財の法制度に関して、近年大きな改善を果たしてきたものの、中国は依然として国内企業保護の傾向が強く、知財の権利行使の実効性は低い。裁判所と行政当局がともに知財の権利行使を担当していることも、法的枠組みを複雑化させている。準司法当局のように運営されている地方政府が、差し止め命令を下したり、権利行使支援に警察を動員したりすることもある。しかし、不服申し立て手続きや、損害賠償認定を管轄しているのは裁判所である。こうした権限の分掌により、政府機関同士でのコミュニケーションや調整の必要性が高まっている(Cao, 2014;USTR, “2014 Special 301 Report”, 2014; T Ross, “Enforcing Intellectual Property Rights in China”, 2012; The Economist Intelligence Unit, “Country Commerce China”, New York, 2014)。
知識スピルオーバー
外部の知識は、多国籍企業の現地法人におけるイノベーションに大きな影響を与える要因である。一般に、海外現地法人と現地企業とのつながりは、イノベーションにプラスの影響を与えるとされる(P Almeida and A Phene, “Subsidiaries and Knowledge Creation: The Influence of the MNC and Host Country on Innovation”,Strategic Management Journal, 25, 2004)。しかし、研究開発にかかる海外直接投資には、知識が現地企業に流出してしまうリスクもはらむ。先行文献(M Blomstrom and A Kokko, “Multinational Corporations and Spillovers”, Journal of Economic Surveys, 12 (1998); J Spencer, “The Impact of Multinational Enterprise Strategy on Indigenous Enterprises: Horizontal Spillovers and Crowding out in Developing Countries”, Academy of Management Review, 33 (2008); N Park et al, “Reverse Knowledge Diffusion: Competitive Dynamics and the Knowledge Seeking Behavior of Korean High-Tech Firms”, Asia Pacific Journal of Management, 31, 2013)では、知識スピルオーバーには4つの経路があると論じている。
- デモンストレーション効果
- 現地連関効果
- 労働移動効果
- 逆知識普及

デモンストレーション効果
国内企業が海外企業の活動に触れたり、その技術や経営、戦略を観察して学んだりすることで発生する効果である。国内企業はこうした知識を吸収し、技術などを模倣し、自社の事業に取り込んでいくことができる(Blomstrom and Kokko, 1998; Spencer, 2008)。実例としては、中国の経済特区における欧米の多国籍企業の最初の海外投資があげられる。このとき欧米の技術や経営手法が現地企業から中国全土へと、急速に広まっていったのである。このことが中国経済を強化し、ひいては多国籍企業にとって競争激化を招いてしまうこととなった(S Chang and D Xu, “Spillovers and Competition among Foreign and Local Firms in China”, Strategic Management Journal, 29, 2008)。
現地連関効果
これは、海外企業が供給業者や販売業者、そのほかバリューチェーンの一角を占める業者と垂直的なつながりを築いた際に発生する効果である。地元企業との垂直的な提携により、競合先への知識のスピルオーバーをひきおこしてしまうのは、こうした企業は地元の競合先とも取引関係を有しており、知識伝搬の仲介役となってしまうからである(Spencer, 2008)。
労働移動効果
これは、労働力の移動の結果として発生する知識スピルオーバーのことである。技能が高く、訓練を受けたマネージャや労働者が退職する際、知識スピルオーバーが発生し、戦略や事業、技術の詳細が流出する場合がある。この影響は退職率の高い国では顕著である。たとえば中国の2010年の退職率は19%で、うち15%が自己都合退職であった。労働移動性の低い国でも大きな影響が出る場合もある。たとえば、社員が退職し、自国で起業する場合が該当する(X Liu et al, “Returnee Entrepreneurs, Knowledge Spillovers and Innovation in High-Tech Firms in Emerging Economies”, Journal of International Business Studies, 41, 2010; Spencer, 2008; Roland Berger Strategy Consultants, “HR in China”, Hamburg, 2012)。
逆知識普及
知識スピルオーバーはときに、もともとは知識を得るために作った外部との絆が、逆に知識流出の経路となってしまうことでも発生する。こうした外部との絆のプラス面は、知識の再結合に必要な、多様で斬新で価値のあるアイデアをもたらしてくれる可能性があるところにある。そこでは、個人的な絆が必要となってくる。というのも、重要な情報というのはしばしば文書化されておらず、暗黙的であるため、こうした知識
を取り込むためには、人間の直接のやりとりが必要となるからである。しかし、そうした経路が意図せざる知識流出経路になってしまい、知識を得ようとする企業に深刻な悪影響や、経済的な損失を与えてしまうことがある。ここでカギとなる要因として、外部知識は企業内知識のレベルと差がないときに、最も価値があるという事実がある。似たような外部知識を探し求める際に、企業は内部知識を外部の専門家に漏らしてしまい、気づかないうちに逆知識普及と重要情報の漏洩を発生させてしまうのである。したがって逆知識普及は、社外知識を得ようとする際の重い副作用なのである(Park et al, 2013)。
公式の知財保護戦略
企業は、自社のノウハウや知的財産の保護に際して、公式および非公式の保護戦略をとることができる。公式な保護戦略には、特許や著作権、商標といった法的な仕組みを活用することがあげられる。これらは現地の法体系によるものである。新興市場では、独特な法体系のために、こうした保護戦略がひどく妨げられることが多い。たとえば、インドやブラジルでは、特許権者が製品の製造を開始しない場合、競合先に強制的にライセンスが供与されてしまう場合がある。中国の多国籍企業は、特許と商標の権利行使のぜい弱さから生じる問題に直面している。
ぜい弱な知的財産権は大きな課題ではあるが、新興市場で行われる研究開発活動には、現地市場での存在感の保持や現地政府が課す技術移転規制の順守以上の意味がある場合が多い(M Zhao, “Conducting R&D in Countries with Weak Intellectual Property Rights Protection”, Management Science, 52, 2006)。そこで、知的財産権がぜい弱な国で研究開発を行う多国籍企業は、これとは別の仕組み、つまり、非公式の知財保護戦略を開発し、自社の知的財産を保護する方法を開発しなければならない。
非公式の知財保護戦略
多くの国や産業で、非公式の保護戦略は公式のものよりも重要である。非公式の保護戦略は、そもそもの知識スピルオーバーの発生を防いだり、かかるスピルオーバーによる負の影響を軽減するために使われる。
予防的保護戦略 |
救済的保護戦略 |
• 秘密保持 • 複雑な設計 • 社員の忠誠心 • 拠点選定 • 企業統治構造 |
• 政府当局との関係構築 • 離職者に対する戦略 • 元社員に対する行動監視 |
秘密保持
この知識保護の仕組みは、最も単純でありながら、非常に効果的に使うことができる。秘密保持のルールには、特定の事柄について、もしくは特定の相手方に対する通信の制限、企業内所定エリアへの接近制限、特定のグループや人物との交流の制限などが含まれる。「事実上の秘密保持」は特に新興市場に有効である。これは、重要情報を書面として書き残さないという単純な戦略であり、これにより重要なノウハウ情報を保護し、別の暗黙知がないとわからないようにすることができる。さらに、新興市場の現地法人に本国の情報へのフルアクセスを認めないことによって、「事実上の秘密保持」を実現することも可能である(P de Faria and W Sofka, “Knowledge Protection Strategies of Multinational firms - A Cross-Country Comparison”, Research Policy, 39, 2010; M Keupp, A Beckenbauer and O Gassmann, “How Managers Protect Intellectual Property Rights in China Using de Facto Strategies”, R&D Management, 39, 2009)。
複雑な設計
多国籍企業は、複雑な設計や専門性の高い技術を採用することで、競合相手が模造品の製造を行おうとしてもコストや時間がかかりすぎるか、単純にできないようにすることができる。この戦略は、新興市場で技術力の低い現地企業と協働している多国籍企業にとっては特に有効である(Keupp et al, 2009)。
社員の忠誠心
これは特に労働移動効果を軽減するために有効な保護戦略である。今日では多くの企業が、働きやすい環境を作ったり、社員への感謝を伝えるなど(例:研修や評価面接の場で)、信頼を構築し、モチベーションを高めるための様々な施策を活用している。多国籍企業は、現地社員に昇進昇格の機会を提供やスタッフ交換プログラムの実施により、欧米流の企業文化を現地法人に紹介している。中国では、「つながり」や「関係」を意味する「guanxi」が、従業員の忠誠心を培う上で重要な役割を果たす。こうしたことを通じて、社員の有能感と忠誠心を強化し、知的資産を保護するのに役立てることもできる。さらに、社員がノウハウを競合先に漏らした場合には、その社員を個人的な人脈から切り離すことで報復する旨をほのめかすと言うやり方もあり得るが、これには倫理的な問題もある(Keupp et al, 2009)。
拠点選定
距離の近さは他社への知識スピルオーバーに大きく影響する要因であり、したがって現地法人をどこに設立するのかは重要な問題である。企業は総じて、その地域の知的活動、自社能力、他社の活動や動向に基づいて拠点選定を行いがちである。しかし、自社の技術的なポジショニングを勘案すると、違った拠点選定を行うことになる。すなわち、技術的にそれほど先進的でない企業は、企業の研究開発活動が活発な地域に拠点を置くが、先進的な技術を持つ企業は、むしろ競合先がいる場所を避けて、学術研究活動が盛んな場所を選ぶことが多い(J Alcácer and W Chung, “Location Strategies and Knowledge Spillovers”, Management Science, 53, 2007)。
企業統治構造
研究開発のアライアンスにおいては、知識の共有と知識のスピルオーバーとのバランスをとることが欠かせない。このバランスを維持するためには、提携先企業同士の信頼関係と相互作用、個人的な人間関係の確立が重要である。しかし、複数企業間の研究開発提携の場合には、二企業間のそれに比べると、提携相手の振る舞いを直接監視することが難しい(P Kale, H Singh and H Perlmutter, “Learning and Protection of Proprietary Assets in Strategic Alliances: Building Relational Capital”, Strategic Management Journal, 21, 2000; D Li et al, “Governance in Multilateral R&D Alliances”, Organization Science, 23, 2012)。統治構造を通じて相互信頼の醸成をはかると、知識喪失への懸念を低減できるため、結果的に知識共有を促進し、各提携相手の目標達成に資することになる。コストがかさむことが多いとは言え、株式持ち合いによる統治構造は、知識の交換を奨励し、知識スピルオーバーへの懸念を減らすのに役立つ(Li et al,2012)。
政府当局との関係構築
中国においては、政府当局や関連機関との関係を開拓しておき、知財侵害があった場合にはこの「guanxi(関係)」を活用するという手がある。しかし、この戦略はこの国特有のことであり、かつ敵対しているのが国有企業である場合にはほとんど役に立たない(Keupp et al, 2009)。
離職者に対する戦略
企業は、離職する社員が重要な知識を持ち出すリスクについて検討しなければならない。離職者に対する戦略をあらかじめ用意しておくことは、こうした被害を低減することにつながる。企業は社員との間に、知財の権利帰属、秘密保持、行動レビューについての合意をとっておく必要がある。社員が離職した場合、企業はその者がアクセス可能であった知識は何であるのか、その者が担当していた業務は何であったのかを特定し、関係する全ての部門や担当者にその者の退職の一定期間前にその旨を周知し、レビューを行うコストと、知的財産が失われるリスクとのバランスをとらなければならない(A Moore et al, “Justification of a Pattern for Detecting Intellectual Property Theft by Departing Insiders”, 2013)。
離職した社員の活動を監視し、知的財産権侵害の恐れを検知することは、競合企業に対する知識スピルオーバーを減少させるのに有用であるとも言える。アグレッシブに特許権を行使することが、知財侵害に厳しい企業であるとの評判を作り出し、侵害の発生を防止するのに役立つ場合もある。こうした戦略は特に、雇用法がぜい弱な市場において有益である(R Agarwal, M Ganco and R Ziedonis, “Reputations for Toughness in Patent Enforcement: Implications for Knowledge Spillovers via Inventor Mobility”, Strategic Management Journal, 30, 2009)。
行動計画
新興市場で研究開発活動を行う欧米の多国籍企業は、知識創造と知識スピルオーバーのバランスをとる必要がある。
- 高い認識を醸成し、社員を会社に深く関わらせ、献身させるようにする。社員に対しては、雇用中も退職後も、競合先にノウハウ等を漏らすことを許さないことを明示する。
- ノウハウに関する秘密を保持し、知識移転を制限する。現地企業と提携する際や、競合企業の近隣に研究開発拠点を設ける際には、発生しうるマイナス効果について慎重に検討する。現地で最高の供給業者や販売業者をフル活用し、戦略優位を作るため、競業避止契約の締結を求める。
- 複数企業間での研究開発提携の場合、株式ベースの統治構造を検討することで、知識交換を活性化しつつ、知識スピルオーバーの懸念を減ずる。
- 可能な場合には特許や意匠、商標、著作権を登録することで法的手段をとっておく。社員とは知財の権利帰属、秘密保持、行動レビューについて同意をとっておく。
- アグレッシブに特許の権利を行使する企業という評判を作り出す。これは雇用法がぜい弱な市場においては特に有益である。