質の高い特許を求め始めた中国
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過去数年の間に急増した中国の特許出願と付与であったが、その後中国政府や企業は、知財の戦略的価値の向上に目を向けるようになった。 知財業界の専門家たちがこの変化に伴う問題を討議する。
2010年、中国政府は「全国専利事業発展戦略(2011—2020年)」を公布した。その中で、とりわけ中国の知財システムに関する野心的な目標が多く設定された。その内容とは、2015年までに年間最低200万件の特許出願を受理すること、国内出願人の特許出願数で世界のトップ2になること、平均的な審査処理期間を22ヶ月に短縮すること、1,000億人民元(158億米ドル)の知財取引額を取り扱うことであった。
その後の5年間で、少なくとも最初の2項目は目標を達成するだけでなく、それを超える結果を出した。第3項目に関して中国国家知識産権局(SIPO)による公表はないらしい。第4項目達成の可能性は低い模様だが、中国政府が何を「取引」とみなすかの基準がわからないことには判断はほぼ不可能である。
「全国専利事業発展戦略」で定められた第1〜3項目および中国共産党による多数の特許問題に関するその他の布告は、特許取得を第一達成目標に据えた過去数年の中国政府の政策が概ね成功していることを示す。これは中国の特許資産数が諸外国を凌いで第一位になったことを意味し、SIPOを特許出願処理および特許の付与件数において世界一の審査機関としてその地位を不動のものとしたが、一方で商業価値のほとんど無い特許の急増にもつながった。数十億ドルの知財取引を取り扱うという第4項目の目的の達成は、特許の購入やライセンス料を支払う買い手にとって、該当する特許が十分に魅力的であるかどうかにかかっている。それは取引対象特許の件数とは無縁の話で、資産の質がはるかに重要となってくる。
中国の特許の質は複数の理由で通常疑問視される。第一に、おそらくこれが最も明白な理由と思われるが、中国の司法、行政制度は依然として、日米または一部のEU諸国などの主要な特許国家ほど整備されていないとみなされている。さらに、世界の模倣品の大部分が中国産という評判が、知財権に対する基本的な理解と敬意に欠けている国、というマイナスイメージを払拭できずにいる。
出願件数の数合わせ
中国政府による特許出願件数の後押し効果は誰の目にも明白である。近年の中国の知財の伸びは一言で言うと膨大だ。SIPOによると、昨年の特許出願件数は過去最高の 236万1,000件となり、他国の特許審査機関を大幅に上回った。
もちろん、特許とイノベーションは同一でなく、多数の特許出願が行われても、イノベーションが同様に増加したことを示唆しているわけではまったくない。とはいうものの、出願増加を狙った政府主導型アクションが間違っているというわけではない。結局のところ、企業は特許権があって初めて、潜在する数々の戦略的、経済的恩恵を受けることができるからである。
図1. 中国の特許出願の伸びと他国比較 2007年〜2013年

注: 中国は特許件数のみであり、実用新案や意匠出願は含まれない。
出典:中国のイノベーション・クオーティエント(China’s Innovation Quotient):特許のトレンドと中国のイノベーションのグローバリゼーション(Trends In Patenting And The Globalizaion Of Chinese Innovation)トムソンロイター
実用性の原則
しかし、少し深く掘り下げてみると、一見、見事だった統計も、実情は違うことが明らかになってくる。中国の特許保護は3種類に分けられる。発明特許、実用新案、意匠である。実用新案、意匠には実体審査がないとは言え、政府が公表する特許件数の大見出しにはその数が含まれる。
実用新案は、出願が比較的安価で、出願から設定登録までの期間が短く、おそらく実体審査もないため、特に中国の特許の質を引き下げている主要因と目される。大部分の実用新案は国内の中国人が出願し、付与される。
それゆえ、2014年の236万1,000件の特許件数をさらに分析する必要がある。この数字は発明特許、約92万8,000件を含み(これによりSIPOは4年連続世界でトップクラスの特許審査機関となる)、昨年SIPOは、約86万8,000件の実用新案と56万5,000件の意匠出願も取り扱った。SIPOによると、発明特許出願が出願全体の39.3%を占めたのは、「中国のイノベーションが向上し、中国の発展における発明の重要性がますます高まった」ことを示す。しかし、発明特許出願件数は最多かもしれないが、実用新案もこれに引けを取らないくらい多い。実用新案権のある他国と比較した場合、中国の知財権出願は実用新案に大きく依存していることが明らかになった(図2を参照)。中国では実用新案と意匠が特許として分類されているため、中国当局は各年の知財資産の出願、付与件数に関しかなり誇大発表をしており、中国知財ウォッチャーも判断がしにくい状態である。
有利なインセンティブ
「安価で出願が容易」な種類の特許だけが中国の知財権ブームに貢献したわけではない。即時の金銭的利益以外にはほとんどビジネスとして理にかなわない場合でさえ、様々なインセンティブが国内企業の特許出願を後押しした。
2008年、中国政府は経済的に重要なテクノロジーを開発していると証明できる中国企業に対し、税控除を提供すると発表した。これらの企業では、法人税の税率が15%に引き下げられ、付加価値税減税も申請できる。その上、地方および省の関係当局は、特許出願数を伸ばし、中央政府により課せられたノルマを達成するために、特許申請志願者に対してキャシュベースのインセンティブを提供してきた。
しかし、特許出願の不自然な急増は、補助金や税制優遇策だけではおそらく説明できないだろう。一部の中国の大学では、教授の特許出願数を大学での終身地位保証の重要な審査基準として評価しているとの報道もある。同様に、中国では国内移住が細かく制限されているため、希望する都市に移住したいと思っているハイテク産業の労働者やリサーチャーは、特許出願すれば、居住許可を得る可能性が高まるとの示唆もある。
特許の出願は、文字通り「出獄のフリーカード」として使用されているとの中国筋の報道さえある。一部の省では、受刑者が特許出願すれば懲役期間が減刑されるという仕組みを、地元の知財当局と拘置所が協力して作り出している。これらの措置が乱用されていると思われるケースも報道されている。皮肉なことに詐欺や汚職などで禁固刑を受けたホワイトカラーの裕福な被告人はこのスキームの恩恵を受けるため、しばしば懲役前に、既存の特許出願書に名前を追加してもらうよう弁護士に代価を支払っているとの報道もある。
専門家に聞く
統計内容、インセンティブ、政策、様々な種類の特許保護には多くの複雑な要素が絡んでいるため、中国の特許戦略に関する専門家の識見は非常に価値がある。
我々は中国企業、外資系企業の多数のシニア・エグゼクティブ、中国の特許出願の立案、申請を行う弁護士にインタビューし、特許の質の定義、政府の役割、実用新案の賛否両論、出願のインセンティブなどに関する見解を聞いた。
円卓討論の参加者は以下のとおりである。
• 深圳を拠点とする医療機器会社、ミンドレイ(迈瑞)のグループ IP ディレクター、杜建光氏
• 北京の永新知的財産の特許弁理士 兼 シニア・パートナー 、林暁紅氏
• カリフォルニア州、マイクロソフト社のチーフ・パテントカウンセル 兼 アソシエイトゼネラルカウンセル・パテントストラテジー、ミッキー・ミンハス氏
• 上海を拠点とするフィリップス中国のIP &スタンダーズ部門のヘッド、ロアー・ヴァン・ウドハウスデン氏
• カリフォルニア州、ファーウェイのIPストラテジー・ディレクター、張濤氏
• 北京の中科専利商標代理有限責任公司、電気電子部部長兼特許弁理士、趙偉氏
• 深圳の自動車メーカー、BYDのIPマネジャー、ケリー・ジュアン氏
これらのトピックに関し各参加者が交わした意見や討論での発言は、あくまでも個人的な見解であり、必ずしも会社または事務所を代表するものではない。
図2. 日中の特許種類比較 1985年 〜 2012年

特許、実用新案、意匠保護を提供する二国間比較
出典:中国の特許急増と質の解釈( China’s Patent Explosion and Its Quality Implications) シェリル・ロング、 王俊、厦門大学(2014)
特許の質に関する概念はやや主観的であり、的確には把握しにくい。「質の高い」特許をどの様に定義するか?
ケリー・ジュアン(KZ):ご質問で示唆されたように、質の高い特許を正確に定義するのは簡単ではありません。しかし、企業側から見て、質が高いと考えられるある種の特徴があると思います。質の高い特許は、特許請求の範囲が常に安定していなければなりません。つまり、異議申立てが行われた場合(訴訟や無効審判)でも請求の効力が引き続き有効であるものです。特許の出願書面は適切に作成され、請求の範囲が的確でなければなりません。最後に、質の高い特許は企業にとって価値があります。例えば、 訴訟中やライセンスにおいても、権利をうまく行使する能力を持っているからです。
趙偉(WZ):特許の存続期間が長いことを考慮すると、私としては、特許の質の定義は二つの局面に分けて考えられると思う。第一段階が出願手続で、第二段階が訴訟です。まず出願手続の場合は、特許の保護範囲の正確性、広範囲に渡っているか、安定しているかどうかに注目した質になります。訴訟の場合は、有効性が主な問題となります。特許にいくら欠陥があっても、係争の場合、有効であれば質の高い特許と考えられるわけです。当然、法的な有効性以外にも、製品の対象範囲における特許の有効性、技術基準なども特許権者には重要でしょう。
ロアー・ヴァン・ウドハウスデン(LvO):ケリーと偉が指摘したように、特許の二つの重要な点は有効性とビジネス・バリューです。質の高い特許は発明の幅と範囲を明確に定義し、有効性を確実なものにすべきです。質の高い特許には、発明に関する詳細な、明確かつ直接的な仕様書が含まれている。そうすることで、一般的なスキルの持ち主が必要以上の実験をせずとも発明を利用できるようになる。そのような特許はしばしば更なる研究開発への投資や発明の商業化を促します。第二の重要な要素は、特許あるいはその特許が属する知財ポートフォリオが創出するビジネス・バリューです。ビジネス・バリューは例えば発明性のレベル、関連製品や市場に関する発明の範囲で定められます。
張濤(TZ):ロアーが先ほど述べた点に続いて、質の高い特許は、第一に、マッピング、検索の容易さ、先行技術、出願経過などを通して質の高い証拠が挙げられます。第二に、特許権侵害回避のコストが高いことです。特許が他者の製品に繋がらない場合、出願起案の質がいかに高くても、その有益性は高くなく、それゆえ 本質的価値は低い。
林暁紅(HL):一言で言えば、質の高い特許には法的強制力があるべきです。質の高い特許は異議申し立てや周辺特許の中で生き残れる十分な保護範囲を確保することが必要です。すべての法的国家で、質の高い特許には共通した特徴があります。それは法的強制力をもっていることです。
ミッキー・ミンハス(MM):「質の高い」特許についての私の定義は、皆さんにも納得してもらえる考え方だと思いますが、発明が活用化され、アイディアが検索可能であること、そして出願文書が長期的な価値を考慮して作成されていることです。
表1. 中国の特許と実用新案の主な相違点
|
特許 |
実用新案 |
主題 |
装置、手法、製造過程、成分 |
装置、形状、構造のみ |
審査システム |
方式審査と実体審査 |
方式審査と新規性審査を含む初歩審査 |
先行技術に関する参考分野 |
技術解決に関する情報を提供する近接、関連、あるいは他のテクニカル分野 |
出願対象のテクニカル分野のみを審査官は通常重点的に審査する。 |
必要な先行技術の例証 |
1、2あるいはそれ以上 |
状況により1、2 |
過去の公表文献の請求の可能性はあるか? |
ある。 |
ない。 |
新規性 |
絶対的新規性の原理 |
絶対的新規性の原理 |
独自性基準 |
比較的高い – 「優れた実質的な特徴」を有し、「注目に値する進歩」を示す。 |
比較的低い – 「実質的な特徴」を有し、「進歩」を示す。 |
審査に要する期間 |
通常3~5年 |
通常3~10ヶ月 |
保護期間 |
出願から20年 |
出願から10年 |
訴訟中の有効性の仮定 |
SIPOの特許再審査部が無効としない限り、有効を想定。特許再審査部に有効性の異議申し立てがあった場合、法廷は法的手続きの停止請求を拒否する場合がある。 |
特許再審査部に有効性の異議申し立てがあった場合、 特許再審査部が有効性に関する判断を発表するまで、法廷は法的手続きを停止する。 |
出典:イノビア( Inovia); 中国国家知識産権局(SIPO)
皆さんが定義するところの「質の高い特許」は、国の司法権によって変わるか?中国での質の高い特許は米国の質の高い特許と根本的に異なるか?
MM:私は国によって異なるとは思いません。但し特許出願の環境やインセンティブは国ごとに異なるかもしれません。例えば、中国での特許出願の原動力は少し異なります。中国の国内企業や発明者が出願する度に、中国政府は助成金を提供しています。助成金は出願関連費用をカバーしてなお余りあるものです。そのため出願すべきか否かを判断する費用対効果分析は異なってきます。投資利回りの査定は、対象イノベーションに対して、まず特許保護を出願する価値があるかどうかで判断するのではなく、出願の金銭的なインセンティブに大きく影響を受けます。 付与された特許の質全体に影響を与えるとは限りませんが、当然、これが出願に影響します。
杜建光(JD):私は質の定義は国により異なると思います。例えば、ある特許は米国でライセンス化することができるが、中国ではできない場合がある。また、逆のパターンもある。さらに、特許侵害を示すのが困難な特許もあり、中国の法廷で勝訴する可能性が低い。しかし、米国では広範囲の開示手続きが取られるため、対応特許が勝訴する可能性は高いでしょう。
TZ:先行技術、禁反言などの取り扱いは各国異なっているため、特許の質は国ごとに幾分相違があるかもしれません。各国の特許審査機関は独自の審査手続があるため、請求の範囲が最終的に異なったり、同様の仕様でも請求の構築に相違があったりするかもしれません。それゆえ、質の高い米国の特許資産は中国では質が低くなるかもしれないし、その反対もあります。
LvO:各国の特許法の違いにより、質の高い特許を構成する要素に相違が生まれました。 特許可能な対象が何であるか、発明の有益性、斬新性、非自明性、言い換えれば、進歩性の基準は国により異なります。これらの相違を最小限にし、最終的にはグローバル基準で特許法の足並みを揃える努力が現在進行中です。全世界で共通する質の高い特許の定義が設定されることに期待します。
図3. 中国の特許、実用新案、意匠の出願と審査手続き

出所:ドラッグ・パテンツ・インターナショナル(Drug Patents International (http://drugpatentsint.blogspot.hk))
中国で出願されたものが質の高い特許となるためには、実際何を行うべきか?
TZ:判例を追いかけ、審査機関からの中間指導に従い、それに対応する内部手続を確立することを勧めます。発明者と出願書類の起案者が目的を正確に把握できるように、基準の要点を明確に示すのも良いことです。まず、対象となるテクノロジーが今後20年以内に誰かに使われる可能性が高い場合にのみ出願すること。次に、すべての事実に基づき、求めている請求範囲において、審査機関が特許権を付与する可能性が高いかどうか正当に見極めること。非常に限られた範囲の特許を取得し、製品化する可能性が低いのであれば、初めから出願しない方がいい。質の悪い特許はお金の無駄であり、貴重なリソースの流用となるばかりでなく、いかにも安全であるかのように見せかけます。結果として、真のチャンスを見逃すことになりかねないでしょう。
HL:我々の弁理士が中国の特許出願を起案する時、下記の点を念頭に置いています。
• 明細書が十分に開示されている。
• 特許請求の範囲は、特許保護が包括的なものから狭義的なものまで幅広く網羅し、技術的な特徴は一般的で明瞭な言語で定義されている。
• 記述で特許請求が裏付けられている。
幅広い特許の保護を希望する場合は、複数の実施様態 あるいは例を含むべきです。
WZ:特許出願の起案では、焦点は保護の範囲です。我々のオフィスでは、下記の質問を常に考慮しています。
• 特許請求のすべての期間は明細書で十分に説明しているか?
• 特許請求のすべての特徴は必須であるか?
• 特許請求の技術的な解決法と明細書を担当者及び他の弁理士は理解できるか?
• 考えられるすべての選択肢が考慮され、請求されているか?
これらの要件を考慮する際、我々は起案案件一件ごとに二人の弁理士を任命します。担当弁理士は発明者と十分な話し合いのもと、これらの要件を満たします。シニア弁理士は起案された特許請求と明細書をレビューし、彼ら自身が出願書類の言語を理解できるかどうか、先ほど述べた4つの考慮点が網羅されているかどうかを検討します。
LvO:我々はグローバル特許出願策を用い、可能な限り国際的な出願ルートを取ります。すべての出願前に厳密な選定手続を取ります。弊社の知財カウンセルは質の低い特許を回避するために弊社の品質基準を満たさない発明は拒絶します。いかなる国でも特許出願前に、特許に関する文献やその他の先行技術の出所など、世界中の先行技術を系統的に検索します。先行技術に対して、保護範囲が極度に限定的になった場合など、特許の価値が正当化できなくなった時、我々は出願手続の途中でも出願を放棄します。特許協力条約(PCT)を通して出願するため、どの国で出願するかを選択する前に、初期段階のサーチレポートや予備調査を取得します。
購入に値する質の高い中国の特許をどうやって見つけるか?内部で創出される特許の取得と比較し、その特徴に相違があるか?
KZ:常に重要なのは、購入を希望する特許の目的を詳細に調査することだと思います。弊社は必要な時にしか特許を購入しません。私は、社内で生み出される特許と比べて、この点に関して明白な特徴の相違があるとは思いません。
LvO:購入対象の知的資産は有効性とビジネス・バリューにおいて内部創出知的資産と同様の品質基準に合格する必要があります。購入対象の特許の質は、各国で大幅に異なる。我々は、積極的な知財の発掘、知財環境の再考察、特許所有者への接触を通して、また、探している知的財産の種類を第三者に説明することにより、購入に値する知的財産を特定します。
TZ:業界のコネクションを利用して特許を購入するのが最良の方法でしょう。なぜなら、欲しい高品質の特許は市場に売りにだされていないからです。それゆえ、双方にメリットのある長期的な関係を築く必要があると思います。購入の場合は、(内部創出の特許取得と比べて)異なった特徴があると思います。どのような特許を購入しようとしているのかをより深く把握するために、売り手の知財カルチャーを理解すべきでしょう。
図4. 1998年〜2008年のSIPOで審査された発明特許出願の特許付与率

出典:専利統計:中国のイノベーションは良い指標か?専利補助金による専利の質への影響(Patent statistics: A good indicator for innovation in China? Patent subsidy program impacts on patent quality)、党建偉、元橋一之, 東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学 (2013)
中国の特許の質に大きな問題があると思うか?
TZ:大部分の中国企業は特許出願の件数よりも特許の質に目を向ける必要があると思います。数字を競うのはもはや過去のテーマであり、今では通用しないのです。
KZ:過去数年の中国の特許出願件数が大幅に増加し、審査の面で大きな課題となっています。それゆえ、高品質の特許が明らかに存在することを考えれば、ある一定数の低品質の特許が存在するのも驚くことではないでしょう。
MM:特許制度がある国ならどこでも、その国の制度下で付与された特許は質が低いと叩かれるのは免れないことでしょう。この点において、中国は他の諸国と全く変わらないと言えます。米国でも同じです。特許審判部(Patent Trial and Appeal Board)における付与後のレビューの異議申し立てに示されるように、特許の質に関する懸念は、最近の特許改革法案の背景にある理由の1つです。EU、日本、韓国、インドなどでも同様な状況が起こっています。批判が存在するからとって、問題が存在しているという証にはなりません。
LvO:中国の特許の質は過去数年にわたり改善されています。特に発明の質についてです。こうした改善の背景には複数の要因があります。これには、中国の特許法改正、審査組織の拡大、現在実施されている他の知財産権の主要部署との連携などを含みます。しかし、実用新案の出願が最近急増しています。審査をせずに付与された実用新案の有効性には不透明感が生じます。その上、実用新案の審査基準は自明性に基づいており、非有効性を確立する先行技術書類を二つ以上複合せずにすむため、実用新案の品質を悪化させる理由になっているかもしれません。
WZ:中国の特許の質に関する最大の問題は、出願手続審査と訴訟の矛盾に起因するものと思います。特に、SIPOの特許再審査部(PRB)と、法廷の判断の不一致です。同じ立法条項でも解釈や説明が異なる場合もあります。多くの特許が、PRBと法廷の異なった無効判断に直面することになるでしょう。このことは法廷で判決が出るまで、特許の質が高いかどうかについては誰も判断できない、ということを意味します。
重大な問題がある場合、それをどの様に解決し、中国の特許資産の品質を改善できるか?
WZ:いわゆるこうした「問題」は解決可能でしょうか?たとえ特許出願の起案時に法廷が設定した最新の基準に従ったとしても、その出願はSIPOで認可され、さらにPRBおよび法廷でも有効と判断されるでしょうか。最近のアリス対CLSバンク事件の米国連邦最高裁判所の判決に見られるように、同様の無効判断は他の諸国でも存在します。中国で行われていることは、おそらく米国や他の諸国のそれと大した相違はないと思います。われわれはPRBと法廷の両者の変化を追い、判決を観察しています。
JD:特許出願の政府の資金提供と補助金を削減すること、資金提供は付与された発明特許に制限することを明記することで、問題は解決できるでしょう。一方、特許権侵害の損害賠償や回収可能な訴訟費用は増やす必要があります。これらの対策は企業が出願件数ではなく質に重点的に取り組むことに貢献するでしょう。
KZ:特許の質の向上には、3つの利害関係者が一役買っている。第一に、中国政府は数量の多さではなく、質の高い特許がどのようにイノベーションを奨励するかを示す努力をすべきである。第二に、知財所有企業は質の高い特許を創造することができるように独自の内部策を実施すべきである。第三に、特許弁理士はスキルとサービス・レベルを向上させるべきである。
MM:米国の手続きと同様、質の高い特許が設定登録されるように、中国の特許出願の審査はますます厳しくなっており、特許権の適格基準のガイドラインも明白になってきています。中国の特許システムは成熟化しており、SIPOが、特許の質向上に向けて更なる修正および改正を加えた、十分に機能する特許システムの整備に最大限の努力を払っていることは明白です。こうした取り組みは、米国特許商標局(USPTO)や他の諸国で進行中の新規特許イニシアチブと相違はありません。
中国政府の特許の質向上に向けた努力に関してどう思うか?中国政府が積極的な役割を果たすべきか、あるいは企業に任せるべきだと思うか?
HL:中国政府は確実に積極的な役割を果たせるが、この問題の解決は企業と特許弁理士のアドバイスとアクションに負うところが大きいと思います。
WZ:全般的に、中国政府は権利と義務を同一視していると思います。特許権者は特許権を有すると同時に、特許を確実に良質なものにする義務があります。しかし、中国政府は、政府が関与しなければ、中国の出願人が「育つ」のには時間がかかると思っています。それゆえ、中国政府はガイダンスやトレーニングを出願人に提供しているのだと思います。
TZ:中国政府は特許の質向上に向けた最強の実行部隊になりえるでしょう。企業に任せておけば、成果が現れるまでに何年もかかるでしょうが、政府はそれを文字通り一夜で実行できる。よって私は、特許の質を向上させるための政府の努力を強く支持します。
LvO:私は最近数々の会議やセミナーに出席し、中央と地方政府が特許の質に重点を置いていることにとても感心しています。中国の特許の質向上は、中国のイノベーションと成長の主要戦略の一部です。政府は特許の質向上に主要な役割を果たしており、企業と協力して今後も努力を続けるべきです。 特許審査機関同士の世界的規模の協力は特許の質を向上させるだけでなく、効率を促進し、利用者のコストを削減します。
中国の実用新案の出願人と取得者の大部分が国内の出願人であるのはなぜだと思うか?
JD:中国に参入する国際企業はしばしば発明の特許のみを出願し、中国の実用新案のシステムを十分理解していないようです。その一方で、中国企業の研究開発は依然としてやや遅れをとっており、概して製品やサービス開発時に小規模な構造上の改善を図ろうとします。それゆえ、実用新案は多くの中国企業にうまく合致した制度であると言えます。その上、実用新案には実体審査がないため、取得が容易です。今後、中国企業の研究開発が高度になり、政府補助金が削減されれば、実用新案の出願の伸びは抑えられ、あるいは出願件数が減少するかもしれない。しかし、実用新案の審理期間が1年未満と短いことには変わりないため、定期的に更新される消費財に関しては引き続き価値があるでしょう。中国の法施行環境が引き続き成熟していくことから、将来、実用新案の価値はよりよく反映されるでしょう。
KZ:実用新案には利点があり、弊社の知財、ビジネス戦略は需要に応じてこれらの利点を利用しています。例えば、実用新案の審査期間は短く、審査費用も安く、特許より取得しやすい。これらの特徴から、実用新案出願人の大多数が中国企業であることは驚くに足りません。
HL:実用新案権の保護対象は独創性の低い発明であり、大部分の中国企業の現在の研究開発レベルに合っていると言えます。しかし、中国企業による革新的なテクノロジー開発が増加し、特許の出願が今後ますます増えると思います。実際、2014年には特許出願件数が実用新案出願を上回りました。
TZ:実用新案の審査期間は短く、出願および維持費用も安い。10年という期間も変化の速いテクノロジーに適しています。その上、訴訟手続きは特許と似通っており、潜在的な訴訟の結果は予想ができ、実用新案保有者にある一定の確実性を提供します。寿命の短いテクノロジーに関しては、多国籍企業および中国企業ともに実用新案を戦略の一部として考慮すべきです。
MM:実用新案は他の諸国でも使用されています。例えば、ドイツにも存在します。出願費用が抑えられ、期限が短いため、ある一定のビジネス・モデルには有用かもしれません。しかし、実用新案にはいくつかの重大な欠点があり、それが効力を制限しています。実体審査が行われないため有効性には問題が残り、権利行使は比較的難しい。特許は排他権であるため、もし法的にその権利を行使できなければ、有用性は限られます。
これまでに討議したように、実用新案の質が中国の特許の質の全体的な問題の主要因のひとつであるとするなら、どうしたらよいか? 実用新案は全て廃止されるべきなのか?あるいはより実体的な審査プロセスが導入されるべきなのか?
HL:同様の問題は発明特許にも存在することから、実用新案が特許全体の質を低下させている根本的な問題ではないと思います。これまで述べたように、特許が強力なツールであると業界が認識した時、状況は変化するでしょう。当然、実用新案の審査を厳しくすることは特許の質向上につながり、SIPOはこの点で業務の見直しを行っています。
JD:そのとおりです。 SIPOは過去2年、実用新案の質の審査を拡大している。革新性や独自性に関して綿密な調査を始めたので、最近の実用新案の質は徐々に向上しているとの感がある。短期的には実用新案が廃止されるとは考えられない。むしろ、審査手続きがより厳格化するでしょう。
TZ:中国の実用新案に基づく主張や訴訟は多く見当たりません。企業は、特許権料を支払っていても、質の低い特許は有効に活用できないことをよく理解すれば、実用新案、発明特許にかかわらず、 質の高い特許を出願しようと努力するでしょう。
作業進行中
円卓討論の参加者が述べた意見によると、中国の特許の質に関する問題は、皆が考えるよりはるかに複雑ではあるが、決してネガティブなものではない。一つ言えることは、特許出願の急増、絶えず変化する司法環境の動き、法律改正、さまざまな経済事象の中で、いかに高品質な特許資産を認可していくか苦労しているのは中国だけではない。
中国での特許出願を検討するにあたり、将来の特許保有者が大きな課題に直面しないとは言えないだろう。しかしながら、実のところ中国の知財収益活動協調体制はまだ発展途上である。中国の初の近代特許法はわずか30年前に制定されたばかりであることを思い出していただきたい。それゆえに外国人、中国人の両方の目から見ても、中国の知財システムのインフラが様々な局面で依然不透明であり、理解し難く、魅力的でないと思われてもさほど驚くべきことではない。注意深く考慮された政府介入、知財実務者の専門知識と経験の拡大、中国の知財資産の価値創造の潜在性に関するシニア・エグゼクティブ間の理解の広まりにより、今後特許の質が向上するのは必至である。
行動計画
中国の知財システムはしばしば他の主要諸国とは比較にならないほど、低品質の特許資産で溢れていると特徴づけられる。しかし、中国の特許の質の問題は多くの専門家が一見想定しているより複雑であり、大幅な改善を示す前向きな兆候が複数ある。
• 単に規模の大きなポートフォリオより質の高い特許ポートフォリオが価値創造の鍵であるとの認識を中国企業は高めている。
• 海外市場への事業拡大により中国企業は海外で特許出願を行う必要がある。その結果、多くの企業は特許慣習を見直し、中国国内で厳格な内部品質管理プロセスを実施している。
• SIPOは中国の特許システムの質の低さの主因とみなされている実用新案の限定的な審査への監視を強化している。
• SIPOが受け付けた2014年の特許出願件数は約92万8,000件となり、実用新案の86万8,000件を上回った。
• 中国にある外資系法律事務所の業務と、中国の法律事務所の海外事業に関する規制の一部が緩和され、弁理士業界の専門知識の拡大につながる可能性がある。