欧州特許庁におけるソフトウェア特許の取得

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2014年6月、米国最高裁判所はアリス・コーポレーション対CLSバンク事件の判決を下した。近年、米国には特許性の有無を分ける境界線に関して著しい不確実性のあることが上級裁判所の多くの判決で示されてきたが、これはその最新のものである。最高裁の判決は、注目を集めた連邦巡回控訴裁判所の大法廷判決を支持しており、大法廷では、何をもって特許性があるとすべきか、および米国の制定法の下で特許性をどのように評価すべきかに関して判断が分かれ、判事の1人の言葉を借りれば、「裁判上のデッドロック」に達した。

米国の最近の一連の判決は、コンピュータで実施するビジネス方法の分野において特許性の範囲を制限しようとする傾向を示している。コンピュータで実施する抽象的なビジネス方法をクレームする特許の場合、単なるコンピュータの介在は発明を抽象世界から切り離すのに不十分であり、したがって特許性がないということが今や確定されたように思われる。抽象的なアイデアを特許性があるものに変換するには、発明概念が必要とされるのである。最高裁は、自身の過去の判決理由を引用しながら、「実際の特許が、不適格な概念基づいた特許を著しく超えるものであることを確実にするのに十分な要素または要素の組み合わせ」の必要性を示した。言い換えれば、最高裁は、発明は抽象的方法の領域の外部にあるべきであり、コンピュータ実施そのものに存在しているべきであることを明確にしたと思われる。

欧州の専門家の中に、この最高裁の判決理由を読んで既視感を感じる向きがあったとしても不思議ではない。欧州特許庁(EPO)は、1990年代末から21世紀初頭にかけて試練の数年を経験した後、現在では、特許性の評価にあたりクレームの技術的特徴のみに焦点を合わせることを意図したアプローチを採用している。すなわち、コンピュータや一般的なコンピュータ実施の存在それ自体だけでは、発明対象物が特許性除外を免れるようにするには不十分である。発明が特許性を持つには、最も近い先行技術を参照して定義された技術的問題に対する技術的解決をもたらさなければならず、また特許性から除外された特徴は、その発明が提供する技術的解決に資することができない。実際のところ、これは、米国最高裁が最新の判決で支持した立場への若干異なる論理によるアプローチであろう。つまり、米国では発明それ自体が抽象性の外部になければならないとされるのに対し、欧州では明確に除外された対象物の外部になければならないとされるのである。

欧州と米国の違い

欧州特許条約が1973年に作成され、1977年に発効して以来、欧州法は、特許法の解釈上、特定の対象が発明に該当しないことを明らかにしてきた。その中にはコンピュータ・プログラムやビジネス方法、数学的方法などが含まれている。しかしながら、除外対象は列挙された「もの」自体に限られていた。当然ながら、特許性の有無に関するこの不明確な言明は、欧州における特許性のある対象の範囲に関して著しい不確実性と論争を引き起こした。この不確実性が、長年にわたり欧州の特許制度の利用者にとって大きな困難の原因となってきたことは疑いの余地がない。

欧州の不確実性は、多くの欧州企業、特に中小企業が誤った見解を持つ状況を作り出してきた。それらの企業は、例えば、自社の開発物が、特許性除外対象のリストに含まれるコンピュータ・プログラムによって実施されるという理由で、特許を取得できないと考えたのである。

これとは対照的に、米国では従来、より寛大なアプローチがとられてきた。ごく最近になって、米国の裁判所は、「人間が作ったこの世に存在するすべての」ものを特許対象とすべきであるとする見解をとった。この結果、完全に抽象的なビジネス実行方法(例えば、年金制度の運営方法や株式のトレーディング方法が日常的に特許権保護の恰好の対象となった)に向けられた何千もの特許や、欧州では多くの人が(しばしば誤って)特許性がないと考えるコンピュータで実現される方法を対象とするさらに何千もの特許が生まれた。そのため、現在コンピュータ・ソフトウェアが広範に使用される多くの分野で、米国拠点企業が自社開発物の特許権保護を求めたこと、また現在もその傾向が強く、したがって特許取得の可能性も高いことは意外ではない。この問題は、コンピュータがますます多くの日常生活分野に応用されるにつれ、さらに重大となった。

安定的な欧州のアプローチ

欧州の法律の起草では著しい不確実性が生じたものの、近年は、特許対象物や特許性の評価方法に関する一貫性や確実性が向上している。EPOは現在2段階のアプローチを採用している。

第1段階として、クレーム発明が何らかの技術的特徴を含むかを検討する。コンピュータ、コンピュータ・ネットワークまたは明確な技術的要素を含むいかなるクレームもこのテストを充足する。

しかしながら、進歩性の評価と併せて適用される第2段階がこのアプローチの本質と考えられる。欧州の実務では、進歩性は、最も近い先行技術(通常は、その発明と類似しているが異なる点を記述した文書)との関連でクレーム発明によって解決できると主張される問題を定義することによって検討される。その際、当該発明の解決法が当業者(発明が属する技術分野の通常の知識を有する架空の人物)にとって自明か否かの検討がなされる。特許性除外に対するこのアプローチは、分析のために定義される問題が技術的問題でなければならず、同様に解決も技術的解決でなければならないことを明確にしている。そのため、例えばビジネスや管理体制に向けられた非技術的な特徴は、進歩性の評価対象から効果的に除外されてきた。

何が「技術的事項」に該当するかに関する定義は存在せず、今後も存在しないであろうが、判例法によれば、ある対象が技術的か否かを決定する有用な方法の1つは、その実施が技術的熟練者(例えば、コンピュータ科学者)とビジネスパーソン(例えば、会計士)のどちらの領分に入るかを問うことである。そうした技術的熟練者の領分に入る特徴は、進歩性の評価で使用できる。恐らくより重要なことは、現在その分野で常時クライアントに助言している者は、EPOや各国の裁判所が技術的とみなす可能性が高いものに対する優れた直感を有しており、それにより、専門家は特許性の有無や特定の発明に関する特許性について信頼できる助言をクライアントに提供できるようになっている。

また、EPOは、アプローチの第2段階の技術的特徴を重視しており、除外対象という表現からの脱却も認められる。除外対象が非網羅的なリストであることからすれば、これは適切と言える。指定された除外対象が単なる列挙によって除外されていることを踏まえれば、発明が、除外された対象物を超えて何をもたらすかを検討することが重要である。

以下2例はEPOのアプローチを理解するうえで助けとなるかもしれない。

最初に、年金制度運営のコンピュータによる実施方法に向けた発明を検討する。このクレームは、年金制度運営方法の観点から定義されているが、その方法が適切にプログラミングされたコンピュータによって実行される場合に限定されている。このクレームでは、その方法の手順を実行するようにコンピュータがプログラミングされる必要性以外に、コンピュータによる実施の詳細は提供されていない。

この発明は明らかにEPOのアプローチの第1段階を充足している。コンピュータによる実施に関連する限定性はこのクレームの技術的特徴をなすものであり、そのため、このクレームは除外される対象物それ自体とは関連していない。

しかしながら、第2段階では、発明がどんな技術的問題に対する技術的解決をもたらすかの特定が必要となる。この例のような場合、問題の定義の中に非技術的特徴(すなわち、年金制度の財務運営または管理運営に関連する特徴)が含まれており、技術的問題は、「クレームされた特徴を含む年金制度の運営方法を実施する方法」として定義される可能性が高い。したがって、この問題の解決法はコンピュータでその運営方法を実施することになる。この実施それ自体にはいかなる創意性も見られないため、この解決は自明とみなされる可能性が高く(すなわち、コンピュータを利用して年金運営方法を実施することは自明である)、したがって、この理由により当該発明は特許性がないとされるであろう。

次の例として、コンピュータ・ネットワークにおける取引者間の株式取引に関わるコンピュータ実施方法を検討する。この方法には、取引者間の通信の符号化に使用する暗号化プロトコルに関連する特徴が含まれ、その通信には株式売買取引が含まれている。この方法は、効果的な株式取引のために取引者間の安全な通信を提供することを目的としている。

上記の2段階のアプローチを適用すれば、この発明は明らかにコンピュータ実施に起因する技術的特徴を含んでいる。しかしながら、技術的特徴はそれだけにとどまらない。取引者間の通信の符号化に使用する暗号化プロトコルに関連する特徴も含んでいる。この通信は株式売買取引(すなわち、ビジネスの性質を持つデータ)を含んでいるものの、暗号化の概念は技術的概念であり、したがって(コンピュータ実施の一般的な仕様に加え)暗号化の詳細があることで、この方法は除外を免れる。

第2段階では、先の例と同様、発明が技術的解決をもたらしてくれる技術的問題の特定が必要となる。そしてこの場合も、問題の定義の中に非技術的特徴を含めることが妥当である。したがって、問題の適切な定義は、取引者間の株式売買取引の安全な通信をどのようにして提供するかということになる。この場合、その解決法は、クレームにおいて特定された暗号化プロトコルを使用したコンピュータ実施の通信を提供することである。データの暗号化がビジネス上の事項ではなく技術的事項であることを踏まえれば、暗号化の詳細は当然、この方法の進歩性に寄与する可能性がある。したがって、この解決が進歩性を伴うか、それとも自明であるかを問うことが必要になる。これは、他の既知の暗号化プロトコルとの比較により、特定されたプロトコルの仕様の性質に基づいて決まるものである。しかし、使用される暗号化が自明でなければ、原則としてこの例の発明は特許性がある。

EPOのアプローチの確実性

今やEPOはおよそ10年にわたり同様のアプローチを適用しており、その間に批判がないわけではない。例えば、英国の裁判所は、欧州のアプローチに従うことを繰り返し拒否してきた(もっとも、その判決はほとんどの場合同一の結果となる)。周知のように、このアプローチを欧州指令として成文化しようとする試みは失敗した。しかし、この法律が不明確であるという根拠に基づいて、EPOの拡大審判部(EPOの最高裁判機関)に対してこの問題の検討を求める要求は、拡大審判部による解決が必要と思われる判例の相違は存在しないという理由で拒否された。

したがって、あらゆる兆候から見て、EPOの立場が変わる可能性は低い。これは、欧州の特許制度の利用者にとって間違いなく歓迎すべきことである。このアプローチは予測可能なため、出願人は、自分の出願がEPOでどう扱われる可能性が高いかに関して早い段階で信頼できる助言を入手できる。

欧州と米国の統一?

欧州の専門家は、米国最高裁の最新の判決の根底にある論理を非常になじみ深く感じるだろう。基本的に最高裁は、発明それ自体が単なる抽象を超えたものでなければならないと判示した。これは、発明が技術的問題に対する技術的解決をもたらすことを要求するEPOのアプローチに極めて類似している。それは特に、多くの実際例で、欧州の実務における「非技術性」は米国の実務における「抽象性」に類似しているからである。かつて寛大だった米国のアプローチには著しい制約があり、そのことが、実務上そのアプローチを、EPOが苦労して達成したアプローチの確実性に接近させたものと思われる。

さらに、米国最高裁の指針は、特許性の問題で重要なのは形式ではなく内容であることを明確にしており、それにより、同等の方法クレームおよび装置クレームが同一の扱いを受けることを確証している。このことも欧州のアプローチと一致する。欧州のアプローチではコンピュータ・プログラムやデータ媒体に向けられたクレームが禁止されるという広範な誤解がある。これは間違いである。根底にある方法が特許性を備えていれば、EPOは、コンピュータ・プログラム、当該プログラムを保持したデータ媒体またはその方法を実行するようプログラムされたコンピュータを含め、いかなる形態であれ(妥当な形態であれば)、その方法のクレームを認める。

言うまでもなく、EPOのアプローチは確定しているのに対し、米国特許庁や下級裁判所が最高裁の最新の指針に基づいて自身のアプローチを確立するにはどうしても時間がかかる。そのため、そのアプローチがどう進展するかを見守る必要がある。しかしながら、強く望まれてきた欧州と米国の一貫性の実現が間近に迫っていると楽観的に考えられる理由が今や存在する。

戦略上の考慮事項

すべての組織は知財戦略を備えているべきである。このことは特に、特許性のある材料を生み出す可能性のある作業に従事する組織に当てはまる。組織によっては、特許権保護を求めないことを意識的に決定するかもしれない。これは、特定の状況では十分に妥当であるといえる。しかしながら、重要なのは、特にこの難しい分野でなお続く混乱がある中で、その決定が適切な情報に基づく見地から下されていることである。

組織が欧州での保護取得に関心を持っている場合、早い段階でそのことを念頭に置くことが重要である。出願書類の草案を作成する段階なら、EPOにおける特許取得の可能性を著しく高める比較的容易な措置を講じることが可能である。したがって、欧州外に拠点があり、欧州以外の弁護士から助言を受けている組織は、できる限り早い段階で、特許性除外に具体的な経験を有する欧州の特許弁護士から情報を求めることが通常賢明である。このことは、特許国際条約(PCT)による国際出願を提出する場合に特に重要となる。それは、PCT出願では最高の形で発明を提示できるよう確保することが有益だからである。しかしながら、欧州で特許権を裏付けるために要求される可能性の高い全情報が最先出願に含まれるようにするために、最先出願時に欧州から助言を受けることも有用である。これにより、欧州での出願が、最先出願の優先日による恩恵を全面的に享受できる機会が最も多くなる。

最後に、発明によっては欧州で特許性がないことを認識することが重要である。EPOのアプローチが一貫しているため、現在ではそうした発明を早い段階で特定できる。そして、早い段階で特許性に関する助言を受けることにより、組織は、欧州で有効な登録特許となる可能性が最も高い案件に特許予算を投入することが可能となる。

ソフトウェアは間違いなくEPOで特許取得が可能である。これに反するうわさは打ち消す必要がある。しかしながら、ソフトウェアに基づく発明の保護を追求する場合は、特許性の見込みがあるものは何か、およびEPOに特許性を証明するために必要となる可能性が高いものは何かを認識しておくべきである。

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マーク・ケンリックはコンピュータ科学の経歴を持ち、発明対象の除外に対する欧州特許庁(EPO)のアプローチに深い経験を有しています。ソフトウェアの特許性の問題に関して、頻繁に英国知的財産庁やEPOに赴き、知的財産庁から高等裁判所への上訴を取り扱ってきました。

マンチェスター大学でコンピュータ科学の最優等学位学士号、知財訴訟で優等学位法学修士号、および知財法と知財訴訟で準修士号を取得。英国コンピュータ学会専門会員、IT・法学会会員。

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デビッド・ロビンソンは、マンチェスター大学からコンピュータ科学・数学で学士号、さらに数理論理学・計算理論で修士号、自動推論で博士号を取得した後、特許弁護士となりました。現在は、コンピュータ・ソフトウェア、コンピュータ・ハードウェアおよびビジネス方法に関連する特許事項を専門としています。同博士は、データ・ストレージ・システム、コンピュータ実施による数学的方法、回路基板の解析法を含む画像解析および医用画像処理、データ分析、通信プロトコル、コンピュータ・グラフィックスならびにコンピュータ実施ビジネス方法の分野で特に秀でた経験を有しています。大規模な多国籍IT企業から大学や中小企業に至るまで広範なクライアントの業務に従事しています。

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