究極の嵐を機に欧州がリーダーとなる機会到来

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米国では、議会と裁判所が共謀して特許権者の立場を一段と厳しいものにしているのに対し、大西洋を超えた対岸では、その逆方向に向かう変革が差し迫っている。こうしたことはすべて、欧州が特許で世界のリーダーとなる歴史的機会が到来していることを意味する。

IAMが6月14日~16日にサンフランシスコのパレスホテルで主催した今年のIPBCグローバルのイベントでは、米国市場が深刻な不安定状態にあることが主要テーマの1つとなった。振り子が特許権者の利益に反するところまで振れすぎているかどうかに関しては意見の一致を見なかった(これに関する見解は通常、知財収益活動協調体制のどこにいるかで変わる)。しかし、現在何もかもが不確実なため大きな問題が生じている点については、誰もが認めるところであった。

米国では今もなお、自国の特許制度が世界の羨望の的だと言う人が多い。しかし、かつてはそれが真実だったとしても、現在それを論証することは非常に難しい。特許品質が、まだ解決されていない大きな問題であり、米国特許商標庁の特許審判部の新たな当事者系レビューおよびビジネス方法特許の手続きを通じた特許や特許クレームの拒絶率の高さからすれば、当初の手続処理で適用される基準に疑問が投げかけられる。

この間、米国最高裁判所は、適格性や自明性のような基本的問題についても大きな混乱を引き起こしてきた。一方、米国議会は果てしない改革のループに入っているように思われる。米国司法省と連邦取引委員会は特許の収益化のビジネスモデルに対して見るからに懐疑的な関心を強めており、目の前にあるすべてのことにそれが織り込まれている。

今日の米国の特許制度では、最大の財力を持つ者だけが成功を期待でき、不品行が積極的に奨励されているように思われる。そこに存在するのは、動くものすべての特許を取得することだけを戦略とする企業や、家族経営の零細企業から大手技術系企業に至るすべてを苦しめるトロールや、途方もない評価に基づいて、同意が得られないことが分かりきっている要求を突き付けるライセンサーや、話し合いに応じず、非侵害の宣言的判決を求めたり、どんな働きかけにも「訴えてみろ」と答えたりする侵害者らしい人物である。率直に言えば、混乱そのものである。

変革が必要

米国が世界の羨望の的になるために間違いなく必要とされるのは、特許品質を着実に向上させること、特許性が明瞭であること、所有関係の透明性を最優先させること、訴訟費用を引き下げること、係争の両当事者が対立ではなく交渉を最も効果的な解決策と捉えること、そしてビジネスモデルを重要視しないことである。

IPBCグローバルでは、大きく異なる見解を持つ人々の間で十分な情報に基づく洗練された議論が行われ、制度改善の意思があれば、その達成方法を見いだせることが示された。第一線では、利害を異にする全員が問題点とその解決方法を知っている。公言はしないが、非公式には直ちにそれを認める。

大きな問題は、ほとんどの意思決定が第一線で行われず、企業の指揮系統の上層部やロビー組織の内部、疑わしいデータによる極めて不十分なメディア報道に影響される判事、物事を正すよりも政治的妥協や寄付に関心がある政治家によって行われることである。

残念ながら、以上すべてのことから言えるのは、イノベーション法に関する下院の投票が9月か10月まで延期される見込みという最近のニュースがあるが、近いうちに大幅な変化が起きることは望めないということである。米国がこうした危機的状態に至ったことは悲しむべき状況である。これは、米国自身だけなく他国にとっても極めて悪い知らせと言える。というのも、他の国々は、過去70年にわたり米国が提供した、生活向上や人命に役立つ無数のイノベーションから大きな恩恵を受けてきたからである。

欧州では異なる事態が展開

米国が混迷した状況にある中で、大西洋を越えた対岸の展開を見ると、欧州が近々、世界の特許市場の中心となる可能性がある。

すべての特許権者が知っておくべきことだが、EU加盟国は現在、統一特許およびその訴訟を提起する統一特許裁判所(UPC)制度の創設の最終段階にある。創設されると、併せて人口6億人を超える25カ国以上で通用する単一の権利が利用可能になる。6月末には、2つの動きによって、その両方が実現する日が大方の予想よりも早まる可能性が出てきたことが示された。

第一に、英国政府が、2016年春までにUPC協定を受諾する準備を整えようとしていることを強く示唆したことである。UPCが発足するには、フランス、ドイツ他10カ国のEU加盟国と共に英国の批准が必要となる。これまで、2017年末までは英国政府が欧州連合への残留に関する国民投票に注力するため、UPC加盟の実現計画は棚上げされるとの思惑があった。棚上げが回避された場合、フランスなど7カ国が既に批准済みであることから、ドイツほか4カ国のみの批准によりUPCが準備完了となる。

第二の展開は、欧州特許庁(EPO)管理理事会の統一特許制度に関する特別委員会において、新規特許の更新手数料パッケージは、「有効化の件数が最も多い4カ国(ドイツ、フランス、英国、オランダ)で現在支払われている更新手数料の合計額に相当する」ことが合意された、という発表である。言い換えれば、現在は欧州連合全体をカバーするために3万ユーロを支払うのに対し、統一特許権者が10年間の更新手数料として支払う金額は5,000ユーロ以下となる。

大幅な変革、大きな機会

これらの重要な展開による実際の影響は、欧州全域の特許制度が改革される日が近づくということである。訴訟費用が比較的安く、差止命令が広く利用でき、総じて特許品質の高いワンストップの法域が、数億の人口を有する先進経済地域にいずれ設立されることは、極めて重要な意味を持つ。その上、現在米国では当地での権利行使の魅力を低下させる出来事が生じているため、UPC制度の誕生は一層重要な意味を帯びる。

新制度が発足すると、その制度は訴訟をはるかに超える意味を持つことになる。第一に、EPOが発行する特許の価値がほぼ確実に上昇する。何と言っても、世界有数の豊かな先進国で構成される地域で、1つの権利に基づいて差止命令を取得できることは魅力的である。特許の潜在的主張者は、可能な最善の資産を所有するようにしたいと考える一方、そうした主張に巻き込まれる恐れのある者は、巻き込まれないことを望むであろう。

EPOが付与した特許の所有者は、恐らくはその一部を売却したり、内部的に収益化の計画を策定したり、またはその計画を第三者に外部委託したりするために、自身の強みと権利行使可能性を評価する必要がある。あるいは、防御が依然として最優先事項となるかもしれない。企業のポートフォリオのある分野に不足があると判明した場合は、例えば2016年6月には価格が上昇している可能性が高いため、まだ低価格の現時点で取得しておくのが正しい選択肢と思われる。しかし、どんな手法を目指しているかにかかわらず、この新制度に影響される可能性の高い者すべてに必要なことは、今からその計画に着手することである。

仲介業者、アグリゲーター、法律事務所やその他の支援サービス提供業者にとっても、熟慮すべき戦略的問題が数多くある。例えば、特許弁護士は欧州域外の出願者のために、以前最初に他地域で提出された特許出願を単に修正するのではなく、これまで以上の作業をゼロから行い、それに応じて料金請求できるようになることが望ましい。また、欧州のトップ特許訴訟人は恐らく、従来を大幅に上回る初回依頼の高額の国際業務を行うことを求められるであろう。この統一制度は、仲介業者や他のサービス提供業者にも一層大きな機会をもたらすとみられ、特許市場における欧州の重要性の増大を反映した、欧州向けに特化した商品の開発が求められることになると思われる。

特許市場の先を見据えて

しかし、変化はさらに広範囲に及ぶ可能性がある。特許権者や訴訟当事者にとって欧州の優先性がはるかに高くなった場合、欧州にとって、特許市場それ自体を超える極めて重要な多くの分野で主導権を握り、国際基準を設定する機会も生じる。

直ちに思い浮かぶ分野の1つは評価である。欧州の権利に対する国際市場の関心が高まる中で、特許を所有する欧州の事業体は、自身の資産の価値および価値を正確に表わす有意義な数値を得る方法について、一段と注意深く考えなければならない。それに伴い他の問題が現れる。例えば、特許権担保融資を提供する持続可能かつ透明性の高い方法の開発や、特許(および他の種類の知的財産)を会社のバランスシートに計上するという長年の難題などである。結局のところ、欧州の特許の価値が上昇すれば、投資家にはそのことが即座に明瞭になるのではなかろうか。

また、所有権や取引の透明性ということになると、欧州にはその基準を設定するチャンスがある。欧州は、特許権者が好むと好まざるとにかかわらず従うべきルールを設定することが可能である。欧州が、ペーパーカンパニーの特許所有を認めないと言えば、それがあるべき形となる。また、譲渡はすべてEPOに登録しなければならないと決定すれば、必ずそうなる。さらに、支払われた価格のリスト記載さえ要求できる。人々はそれが気に入らないかもしれないが、世界で最も重要な特許市場で活動したければ、他にどんな選択肢があろうか。

そして、この透明性に伴い、さらに多くのデータが入手可能となり、評価やファイナンス、投資家向け情報の提供が一層容易になるため、欧州が確立するリーダーシップが強化される。

決して目を離さず、真の問題を意識する

これまで、特許市場やそこから生じるすべてに関して、欧州は後進地域の感があった。先導するのは米国であり、近年ではアジアの役割も大きくなっている。しかしながら今や、こうしたすべてが変わる可能性がある。

とはいえ、それが実際に起きるためには、欧州の意思決定者や企業は米国の経験から正しい教訓を学ばなければならない。最も重要な教訓は、トロールを巡る論争で身動きがとれなくなるのを回避することである。欧州で訴訟費用が一段と低下し、EPOが発行する特許の品質が一段と向上すれば、トロールは決して大した存在ではなくなる。これと違うことを主張する者は総じて、自分の利己的な理由でそうするのである。

トロールは重大な問題ではないため、差止命令についてもあまり懸念すべきではない。原告が勝訴するのは、良好な資産を保有し、それが侵害された場合に限られる。言うまでもなく、このことは高品質の資産を主張する特許不実施主体に適合する。しかし、はるかに重要なことは、それが、特許を侵害する巨大企業から身を守ろうとする中小企業にとっても大いに有用であることである。ただし、それが機能するのは、欧州が、特許取得や権利行使のコストを相対的に低く保つ一方、EPOが発行する特許の品質を危うくするようなことを一切行わない場合に限られる。

欧州のほとんどの人々は、統一特許制度がもたらし得るすべてについて熟考することさえまだ始めていない。一部の人々は直ちに利益が得られるであろう。しかし、欧州にとっては、R&Dや発明、イノベーションによって支えられるグローバルな知識経済において重要性の高い問題を探求した後に基準を設定するという点で、世界をリードする機会が中長期的に生じる。適切な期間内に適切な意思決定が下されるなら、欧州は、全員が従わざるをえない事実上のルールを設定できるであろう。

特許への疑念や怠慢と政治家や企業の理解不足が相まって、他地域が世界の特許の計画表を策定しているときに、欧州はあまりに長い間、傍観者の立場に立ち続けてきた。米国が、(少なくとも最近の出来事がもたらした損害を自覚するまでは)、リーダーシップへの関心を失ったように思われることから、将来は欧州の手中にある。

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