IoTの知的財産
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モノのインターネット(IoT)によって家庭、職場、自動車の相互間の交流がより活発となる未来の超連携社会では、知的財産が中核的な役割を果たす。本レポートでは、想定されるIoTの主要市場参加者を取り上げる。
モノのインターネット(IoT)の素晴らしさが大きな話題となっている。しかし、大半と言わないまでも大勢の人が、IoTとは実際に何なのか、自分のビジネスにどんな意味を持つのかを分かっていない。IoT市場参加者とその特許を理解することはほとんど不可能なのである。あなたがIoT市場の新規参入者なら、ほぼ間違いなく新たなイノベーションの特許出願を行おうとするだろう。しかし、IoTは既存技術を基礎としているため、独創的な基礎特許をすでに所有している技術系企業が数百社もあることを知っておく必要がある。以下では、まずその技術と市場参加者について触れた後、特許の問題を取り上げる。
IoTとは何か
私たちは、周りのものすべてがアナログの自然界で生きている。そして、まわりで起きていることを知覚、解釈し、必要があれば行動を起こす。今日では、この種の知覚を電子デバイスやシステムにもたらす技術が存在している。それは私たちにとって、今やほぼすべての場所から事実上すべての対象を知覚できることを意味する。半導体プロセスと設計技術の進歩は、低コスト、超低電力およびミックスドシグナルの半導体システムオンチップ(SoC)デバイスの生産を可能にした。3 x 3mmの集積回路(図表1)1つの中に、センサー、アナログ・デジタル・コンバーター(ADC)、プロセッサ、フラッシュメモリ、そして電力消費を最小限にとどめるオンボードのパワーマネジメント機能を組み込むことができる。
図表1.SoCのダイの写真と平面図

過去20年間に起きた3つの出来事がIoTを可能にした。それは、多様な先端的電子機器が日用品化したこと、インターネットが世界に普及したこと、そして技術が日常生活に浸透し、Wi-Fiと価格低下を受けてスマートフォン利用者が今や20億人を超えるに至ったことである。IoTは基本的に、電源スイッチを備えているデバイスはすべてインターネットや他のデバイスに接続する。すべてのものにセンサーを付けてアナリティクスを使用することにより、IoTは、新たなレベルの効率性とビジネスの改善を可能にするのである。
図表2.アップルウォッチ

こうした能力は、スリッパを通じた高齢者の歩行のリズムや心拍数の検知から、高電圧の電力グリッドの遠隔無線制御に至るまで、生活のほとんどすべての部分への応用に拍車をかけてきた。ほぼすべてのものが、超低コストで感知できるようになっている。
IoT市場
これらの応用は、人々の生活や仕事、遊びの様態を変化させるだけでなく、IoT市場を堅調な二桁台の年平均成長率(CAGR)へと導いている。現時点で最大級の市場は医療、フィットネスウェアラブル、工業、自動車、スマートホームなどであり、年間数十億個のシリコンチップとデバイスが出荷されている。
図表3.オムロンの手首式自動血圧計

医療市場は、現在のスマートフォンとタブレットを併せた市場規模にまで成長する潜在力がある。IoTの医療用ウェアラブル製品は、時には使い捨てのパッチを使用して、人々の命に関わるデータを監視する。平均的な家計のタブレットの浸透率は1戸当たり2~3台である。IoTの医療デバイスは長期的に、その2~3倍の浸透率に達する可能性がある。
フィットネスウェアラブル製品は今のところ大幅に伸びているが、アナリストによれば、最初の3~6カ月間に高い放棄率を示している。放棄は、使用者がフィットネスウェアラブルを引出しに放置して、二度と身につけなくなることによって生じる。これを見ると、ナイキのフューエルバンドやFitBitなどのデバイスや他のウェアラブル製品の将来には疑問が残る。果たしてこの市場が軌道に乗って、年間販売台数や売上が数十億ドルのレベルに達することがあるのだろうか。アップルの新製品アップルウォッチは、iPhone 3/3GSのように、世界の消費者の行動に新たな変革の波を引き起こせるのだろうか。それは今後を待つしかない。
工業界は過去10年間、IoTを応用しており、あらゆる分野・種類の製造業でセンサーやロボットの利用拡大が広範にみられる。他の事例としては、公益事業のネットワークの遠隔地におけるセンサーの設置が挙げられる。例えば、採掘施設の遠隔地で、衛星リンクをバックホールとして利用するセルラーハブにセンサーが統合される。この様に多くの都市がスマートシティとなるためにインフラの整備を進めてきた。
情報処理機能を持ち、安全で、接続された自動車が登場している。2015年のコンシューマー・エレクトロニクス・ショーでは、フォルクスワーゲンやメルセデス、トヨタ、フォードなどの大手メーカーが未来の安全なスマートカーを発表した。実際に示されたものの多くはすでに今日の自動車に組み込まれている。そして、前方監視赤外線レーダーや、ジェスチャー認識、完全なボイスコントロール、5G接続、車両内通信など、将来はさらに多くのものが約束されている。IoTデバイスを使用するスマートカー市場は、年率20%近くで成長しており、それが止まる気配はない。
スマートホームは、暖房や、換気・空調設備から、煙・火災・安全装置や、遠隔モニタリング、白物家電、ドアロック、娯楽装置、窓・ブラインド、通信に至るまで、多くのIoTデバイスを使用している。スマートホーム市場には2種類の成長が見られる。中古住宅は一気にIoTに転換するのではなく、時間をかけて進化していく。一方、新築住宅は、新しいIoT技術が入手可能になると即採用する。こうしたことから、成長は緩やかであっても着実な道筋を辿ると見られる。
以上の上位5市場を考慮したとき、短期的およびきわめて近い将来に最も成長の可能性が高い市場は医療用市場とウェアラブル市場である。これらは、医師が処方するデバイスと消費者が購入できるデバイスという主要な2種類に分けられる。第一のカテゴリーには、1つの疾患について1種類のデータを追跡できるシングルポイントソリューションが挙げられる。消費者向けのカテゴリーには、トレーニング時に身につけるためのフィットネスデバイスや、常時身につけるためのスマートウェアラブルが含まれる。これらのデバイスは通常、複数の種類のデータ(睡眠、歩数、心拍数など)を追跡することができる。現在、この市場は約250億ドル規模であり(図表4参照)、2017年までに500億ドル規模に成長するとの見方が一部にある。
図表4.2015年のウェアラブル製品の売上に関する市場データ

出所:Gartner
個々のセグメントにおける主な市場参加者は次の通りである。
• スマートウォッチについては、サムスンとペブル(ただし、アップルウォッチの発売で状況が一変すると見られる)
• スポーツウォッチについては、ガーミンとポラール
• フィットネスリストバンドについては、ジョウボーン、ガーミン、FitBit
• ブルートゥース対応ヘッドフォンについては、プラントロニクス、ジャブラ、ジョウボーン
上記以外のアプリケーションは依然として創生期にあるため、将来予想は困難である。
これらのセグメントはまだ早期利用者(アーリーアダプター)市場に位置する。多くのアプリケーションが開発され、競合企業が現れ、毎年沢山の新製品が発売されているが、どのセグメントが最良の年間総売上や年間台数合計を実現するかは、依然として不透明のままである。このことを明瞭に示すために、このセグメント内の年ごとの特許出願件数と取得件数を調べてみたところ、過去4年間に急増していることが明らかになった。これは新興市場に特徴的な現象である。この現象は、微小電気機械システム(MEMS)センサーの民生用アプリケーションの初期段階に生じた。そうした時期における膨大な数の特許出願と取得の活動が、スマートフォンやゲーム機におけるそれらのデバイスの爆発的な成長につながった。ウェアラブル製品は、その1つか2つのセグメントが年間10億台の水準に達するのにまだ数年を要すると見られる。とはいえ、新製品発表のペースやすべてのモノの接続に対する消費者の関心を踏まえると、この市場がスマートフォン並みのスピードで急成長する可能性もある。
IoT技術
図表5に示されるように、典型的なIoTの「モノ」にはいくつかの主要技術分野がある。個々のセンサーは、各種構造体や素材を使って環境条件を電気信号に変換する。電源、プロセッサ、ワイヤレス技術は半導体デバイスに組み込まれており、ほとんどが既存技術である。IoT分野では、所要電力は極めて低水準に抑えられており、10年間小型電池で維持したり、人体から放射されるエネルギーを動力源としたりすることが可能である。システムは、それ以外の分野向けに設計される。第一に、センサーシステムは、数個の個別センサーをマイクロコントローラーおよびコンバーターと組み合わせて、一定範囲の環境条件を適切にデジタル処理する。第二に、センサーシステム、電源、プロセッサおよび無線通信の組み合わせにより、様々な用途に応用できる特徴を持った各種製品が生み出される。
図表5.IoTのモノに関わる主要技術分野

IoT技術をもっと分かりやすく例証するために、スマートスリッパの例を取り上げてみよう。左右のスリッパには相補型金属酸化膜半導体(CMOS)集積回路(IC)が縫い込まれていて、このICは、3次元座標上の位置やロール、ピッチ、ヨーイングといった動作の変化のほか、体温、圧力、湿度の測定や全地球測位システム(GPS)も利用できる。これらのアナログ信号はすべてプロセッサに送られ、そこで処理されたデータは、超低電力のブルートゥースデバイスを経て、スマートフォンや家庭内のスマートハブなどのローカルゲートウェイに送信される。次に、このデータは家庭のインターネットプロバイダーを通じてクラウドアプリケーションに送られる。家族のひとりがスマートフォンやタブレットにアプリをインストールしていれば、大切な家族の1日の動きを観察し把握することができる。例えば、その家族が起床して移動した時刻や、歩行のリズム、体温のほか、いつ肘掛け椅子に座ってテレビを見ているかさえ分かる。このIoTソリューションでは、1足のスリッパからデータを集め、それをブルートゥースで家庭内のルーターに送り、さらにクラウドベースのサーバーのアプリケーションに送信した後、携帯電話会社を介してスマートフォンやWi-Fiルーターに送り返している。これはすべて、大切な家族が安全に私室でテレビを見ていることを確認するためのものである。
さらにIoTは、アナリティクスを使って多数のスマートスリッパ利用者の傾向を観察することができる。この集計分析により、スマートスリッパ利用者全員の習慣や体調、健康の状況が分かり、それらの利用者が日常的に望むまたは必要とする個人サービスや、継続的な期間にわたってまたは緊急時に有用な地域サービスを設計するのに役立っている。
どのようなIoTデバイスや機器でも、時と場所を選ばずに遠隔データを提供することができる。
IoT技術のセグメント
IoTの世界への参加者は、IoT技術の5つのセグメント(図表6)とその特許状況を大局的に把握すると同時に、モノの特許状況をより深く理解することが重要である。
IoTはモノ、ネットワーキング、コンピューティングとストレージ、サービスおよびアナリティクスという5つの技術セグメントから成る。
モノとはセンサーとアクチュエータ(入力されたエネルギーを取り込み、ある種の運動に変換する機械装置)である。現在、IoTを巡る話題の中心は主にセンサーにある。IoTのセンサーは安価で(現時点で1個5ドル以下、今後数年間に0.50ドルまで低下するとの予想も)、極めて低電力、ワイヤレス、および使い捨てか「インストール後は操作不要(install and forget)」だ。センサーは、集合体データを完全というより十分適切に処理するように作られ、外れ値データは除外される。ほとんどの時間スリープ状態であるが、定期的に作動してデータの小さなバーストを送信する。アクチュエータは自動制御、ロボットまたは手作業を含むことがある。
ネットワーキングにはゲートウェイ、無線インフラ、およびインターネットによるクラウドへのデータ転送が含まれている。ゲートウェイはモノの通信アプリケーションや通信範囲に左右される。無線通信は、新しい遠距離技術になる場合も、ブルートゥース ロー・エナジーやWi-Fi、セルラー方式といった既存技術を利用する場合もある。ゲートウェイには単純ゲートウェイとスマートゲートウェイがあり、家庭のIoTソリューションにはスマートゲートウェイが適している可能性がある。それは、インターネット接続が切断されると自動的に作動するからである。今日では、ネットワークのインフラは極めて十分に確立されている。データパイプは、動画など高帯域のアプリケーションのために、クラウドからゲートウェイに向かう下り方向が太くなっている。2020年までに5億のモノに対応するようになると予想されるデータを送信するために、IoTの上りのパイプももっと太くする必要がある。
残り3つの技術はクラウドに存在している。
センサーの全量データのコンピューティングとストレージはビッグデータシステムによって提供される。ゲートウェイで何らかのデータ圧縮が行われることもある。ビッグデータのコンピューティングとストレージは十分に確立された技術であり、データのセキュリティが非常に重要となるデータセンターで広く導入されている。
サービスには、サービスとしてのインフラストラクチャー(IaaS)、サービスとしてのプラットフォーム(PaaS)、サービスとしてのソフトウェア(SaaS)が含まれ、特定クライアントのためのデータを使用してアプリケーションやサービスを実行する手段を提供している。これらのアプリケーションは収益を生み出すが、ほとんどの場合、消費者向けアプリケーションやエンターテインメントに的を絞っている。IoTの場合、新たなアプリケーションの目的として、医療向けでは高い信頼性、自動運転車向けでは安全性、製造業向けでは効率性、家庭向けではセキュリティも含まれる。
広範囲に及ぶIoTデータのアナリティクスは、指標や機械学習を用いてIoTシステムの改良点を特定するのに役立つ。これは、主にソフトウェアに関連する新技術分野であり、その目的は、意思決定者が個々のローカルなIoTシステムに改良や調整を加えることを可能にする運用上・ビジネス上の指標を見つけ出すことにある。アナリティクスには、機械がインプットとアウトプットデータ間の関係を決定する機械学習も組み込まれている。これにより様々なソリューションへの扉が開かれるが、その一部は、新規かつ恐らくは予想外で、IoTシステムの改善に極めて有用なものである可能性がある。
IoTのイノベーション分野
これら5つの技術分野の特許は内容と成熟度の点で違いがある(図表7)。結論的には、このシステムの出発点の技術であるモノと、最後に位置するアナリティクスが最新と言える。その中間の技術であるネットワーキング、コンピューティング&ストレージおよびサービスは確立されているが、IoTに向けた進化や規模の調整がなされるであろう。IBM、マイクロソフト、サムスンといった成熟企業が最も支配的なのが、これらの中間分野である。新たに買収したアルカテル・ルーセントを含むノキアソリューションズ&ネットワークスなどの企業は、ネットワーキングに関して、そして意外なことにモノのカテゴリーにおいても、特許面で確固たる地位にある。
図表7. IoTに関わる米国の取得特許と出願特許状況の概要

モノは、多様な企業によって創出された新特許を効果的に調べることのできる分野である。また、モノでは、工業、自動車、家庭、健康・ウェルネスに適用される極めて広範な技術が見られる。この分野は非常に多岐にわたるため、本レポートでは分析の対象を、フィットネスとウェルネス市場の企業およびその米国の特許に絞ることにした。特許状況については最後のセクションで検討する。アナリティクスは新しい分野である。この分野では、統計の専門家が、機械学習およびビジネス活動と運用活動の指標に依拠した新たなプロセスを創造する。特許は相当に特殊化することが予想される。
上記以外の技術はより確立されたものとなっている。
ネットワーキングはゲートウェイ、無線インフラ、インターネット転送の組み合わせである。チップワークスは、2014年9月にこの分野の特許状況についてブログを書いている(「インテルがパワーウェーブ社の特許でワイヤレスの知財を構築」)。それらのパワーウェーブの特許はこのネットワーキング分野のものである。この分野の特許はほとんどが規格に整合している傾向があり、一部の製品で実施特許(implementation patent)による差別化が見られる。
コンピューティング&ストレージとサービスはどちらも、概してクラウド市場で適用されている。クラウドと相互作用する一連の運用が見られるため、これら2つの分野の高価値の特許はメソッドを満たしている。クラウドのハードウェアは、アクセスや調査ができない私的なデータセンター内にあるため、権利主張が困難である。
フィットネスウェアラブル市場に着目
ガートナーは、このウェアラブル市場における売上の大部分がサムスン、ナイキ、ガーミン、FitBit、ソニー、グーグルの6社で占められると指摘している。特許分析モデルを構築するために、約100個のキーワードフレーズの集合を特許ポートフォリオに適用することにより、それらの企業の製品の技術を検討し、特徴付け、細かく区別した。
次に、それらの精緻化されたキーワードを米国の特許すべてに適用して、他のどの企業が、同様にそれらの製品やサービスに適用される特許を保有しているかを判定した。300社以上の企業が検討対象とされ、それらの企業の選定結果が示されている。赤字の企業は医療会社である。
この当初調査において興味深いことが観察される。図表8の最上位付近には、ウェアラブル分野に多角化した歴史ある既存企業(マイクロソフト、アップル、クアルコム、フィリップス、IBM、インテル)が数多く見られるが、それらの企業の場合、ウェアラブル技術に適用される特許が自社のポートフォリオに占める比率は高くない。言い換えれば、ターゲット企業を圧倒する他の多くの利用可能な特許イノベーションを保有していることになる。上位6位までのウェアラブル会社は、グーグル、サムスン、ソニーといった総合企業から、総合アパレル会社のナイキ、およびガーミン、特にFitBitといった特化型のウェアラブル会社まで多岐にわたっている。特化型のウェアラブル会社はリストの最下位付近に来る傾向が見られるが、ウェアラブル市場に適用される製品ポートフォリオの比率は比較的高い水準にある。メドトロニックやカーディアック・ペースメーカーズを中心に多数の医療会社が、強力なポートフォリオにより、ウェアラブル分野で商用化された多くのソリューションを実施している。最後に、電源、プロセッサ、無線通信について見いだされた特許は、それらの技術の根本的な構築よりも、その利用や統合に関連している。
図表8.各技術に関わる取得特許と出願特許の概要

この特許調査に見られる出願と特許の時期についてはどうか。
図表9に示した特許の経過年数のヒストグラムは別の観察も裏付けている。最も明瞭なのは、センサーシステムのイノベーションの比率が、出願件数の点でも取得特許件数の点でも伸びていることである。センサーシステムは、環境を感知する巧妙なマイクロメカニカルな構成要素にとどまるものではない。今日のセンサーシステムは、環境の異なる側面を捉える数個のセンサーを組み合わせて、マイクロコントローラーとアナログ・デジタル・コンバーターを通じて有意義なデジタル形式のアウトプットを提供することがますます多くなっている。センサーに次ぐイノベーション分野は、ウェアラブル製品の特徴と個別的なマイクロメカニカルセンサーそれ自体である。
図表9.IoTのウェアラブルの取得特許件数と出願件数(公開年別)

ウェアラブル市場でライセンス供与が始まる時期はいつか。
2015年のウェアラブルセグメントは、スマートウォッチ、フィットネスバンド、スマートグラス、ブルートゥース対応ヘッドフォンが大部分を占めている。2015年の同セグメント全体の市場規模は、250億ドル(および約2億3,000万台)を上回ると推定されている。
通常、企業にとってライセンス活動への投資が経済的に魅力的となるのは、リターンを得るのに十分なほど市場規模が拡大した時点である。特許ライセンス市場の確立に要する期間は、チップワークスが成功裏に生み出したヒット(クレームチャート)の特許経過年数別プロットから推定される。これによれば、特許が主張可能となる標準的な経過年数は12年となる(図表10)。センサーシステムのイノベーションの成長と現在の市場の売上水準からすれば、ウェアラブル市場の最初のライセンスサイクルまで、まだ1、2年を要すると言える。
図表10.ライセンス供与および訴訟で主張された技術特許の経過年数

出所:Chipworks
超低電力の無線通信、センサー、電力供給装置におけるイノベーションなど、IoTのモノに利用可能な半導体の特許には、非常に多くの企業と一般的な技術が絡んでいる。実際、IoTのモノで使用されるデバイスの大半は、回路、機能、データストリームが比較的単純で(例えば、スマートフォンと比べて)、電力消費が限定的で、デジタルブロックのサイズが比較的控えめであることから、ライセンス供与の対象としてとても魅力的と言える。
チップワークスは最近、12種類のウェアラブル製品を分析した。技術の多様性は、149件のソケットのデザインウィンが、テキサス・インスツルメンツ(41件)、STMicro(11件)、クアルコム(7件)をはじめとする41社によって獲得されたことに反映されている。センサーのデザインウィンはSTM、サムスンほか9社の順であった。センサーシステムは、AKM、テキサス・インスツルメンツ(TI)、インベンセンスほか4社の順となった。パワー・マネジメント・デバイスの使用はTI、マキシムほか10社、プロセッサはTI、STMほか13社、無線通信はノルディック、ブロードコム、TIほか6社の順となった。他の機能は16の異なる企業によって提供されている。
IoTのモノにおける技術の多様性、低電力やアナリティクスにおけるイノベーション、およびこの市場向けに転用される既存技術の豊富さを踏まえれば、広範囲にわたる既存企業が強固なライセンス供与の地位に立つとみられる。この市場に参入する企業は、特許出願のペースを速めたり、特許を購入したり、ライセンスを取得したり、一連の市場再編の一部として買収されたりすることにより、ライセンス供与の準備を整える必要に迫られるであろう。
ウェアラブル会社の特許ポートフォリオ
この当初特許調査の対象企業(図表8)は、市場およびライセンス付与における地位の点で数グループに区分される。まず、ポートフォリオの構築を開始したばかりの新企業があり、FitBitやガーミンなど、その一部はウェアラブル市場で成功を収めている。また、ナイキなどの企業は他の市場でも成功しており、多角化のためにウェアラブル市場に進出してきた。医療やゲームなどの市場の既存企業もここのところ、ウェアラブルに似た製品を製造するようになっている(メドトロニックなど)。そして、マイクロソフトなどの成熟した大手技術コングロマリットは、インフラや基幹技術の特許で優位に立っている。
KMXによって強化されたチップワークスの特許分析ソリューションを使えば、どんな特許グループについても特許の多様性を視覚的に表示できる。それらの図上で、個々の点は特許を表す。類似したキーワードを共有する特許グループはこの地形図のピークを形作り、各ピークは、特許クラスターに含まれる上位3位までのキーワードを示している。差異が大きい特許クラスターは相互の距離が遠く、白いスペースで分離されることもある。
チップワークスは、ポートフォリオの基本的な優先順位付けの一部として、クレームの証明に必要な分析の種類に基づいて、特許をプロセス(黄)、パッケージ(緑)、回路(青)、システム(赤)の4分野に分類するモデルを開発した。「プロセス」とは、構造と素材、素材の物理的性質および機械的側面を指す。「パッケージ」には、物理ドメインと電気ドメインをインターフェースで連結する機械的組立品が含まれる。「回路」とは、プリント回路基板、パッケージまたは半導体ダイの電子回路図を指し、トランジスタから、増幅器、位相ロック・ループ、コンバーターおよびデジタル論理などの一般的回路に至るまで多岐にわたっている。「システム」には、いくつかの分離されたブロックの結合により、電気、データまたはソフトウェアのレベルで特徴や機能を提供する製品の作用が含まれる。
追加的分析を用いて、ウェアラブル市場で利用可能な技術のライセンス供与など、一定の目的に有用な特許を特定することもできる。地形図では、ウェアラブル製品に利用可能な特許は黒く塗られており、センサー、センサーシステム、電源、プロセス、無線通信、製品の特徴に関する本レポートのモデルの1つ以上に類似している。
新規ウェアラブル会社のFitBitを見てみる(図表11)。同社は、大半がウェアラブル市場で利用可能な控えめなポートフォリオを有している(図表8のウェアラブル向け特許の検索で、ポートフォリオの約60%がそれに該当することが判明)。同社のポートフォリオは比較的新しく、81件が米国に出願中、69件が最近取得した特許、8件が意匠特許である。ポートフォリオの構造の中心は通知にあるように思われ、4つの支脈がフィットネスと活動のモニタリング、地理的位置情報、心拍数およびバイオメトリクスと関連している。
図表11.FitBitの取得特許と出願特許の地形図

ポートフォリオの約60%が、ウェアラブルの6つのモデルに類似していることが見いだされた。これは高い比率であり、FitBitにとってウェアラブル市場が主要市場であることを示唆している。同社の特許の大半はシステムと関連している。恐らく回路の性質を強固に有しているのはごく少数である。このことは、FitBitが、自社や他社の構成要素を組み合わせて高価値の最終製品を作り上げる統合業務に従事していることを意味している。
最近のセンサーシステムの特許から成るFitBitのポートフォリオは、このウェアラブル製品の急増の中で売り出される最近のイノベーションが持つ高価値の特徴の特許を提供する可能性があるため、同社は、ライセンスの交渉で有利な立場にあると思われる。
メドトロニックについて検討してみよう(図表12)。同社は、何十年にもわたり人体の監視装置を製造し、成功を収めてきた医療会社である。その特許の地形図には3つの主要領域が見られる。地形図の中央から左側にかけて外科と体があり、下部右側には化学があり、右側には電気的/データがある。
図表12.メドトロニック米国の取得特許と出願特許

メドトロニックの特許のうち655件(約4%)は、6つのウェアラブルのモデルの1つ以上に類似している。これらは、地形図の右側の区域によくまとまったクラスターを形成している。これらの特許の公開日(図表13)を見ると、一部は早い時期の特許であるが、その数をはるかに上回る最近のイノベーションもある。このことは、メドトロニックがウェアラブル製品に類似したソリューションを集中的に開発して特許を取得したことを示唆する。特許の数量やメドトロニックの製品の歴史を考慮すると、同社はウェアラブルの売上に関してポートフォリオを活用する態勢が十分に整っていること、そして同社の特許が、現在ウェアラブル市場で製品を販売している企業の特許よりも基礎的である可能性が推察される。
図表13.IoTのウェアラブルに関連するメドトロニックの特許の公開日

大きな成功を収めた総合企業のマイクロソフトを見てみる。同社は、極めて多数の特許ポートフォリオと主張の歴史を持っている。同社の米国のポートフォリオは、8,696件の出願、25,677件の特許、3,692件の意匠特許から成っている。また、その大半はソフトウェアの特許で占められている。約300件の特許は回路に関連しており、キネクトや手に持つ周辺機器など、ゲーム機のXboxと関係している可能性が高いと思われる。これらの周辺機器はIoTのモノと非常に似ている。それらはワイヤレスで作動し、しばしば慣性のセンサーや他のセンサーを備えている。任天堂やソニーなど、ゲーム機用周辺機器を製造している他の企業も、ウェアラブル製品に関する興味深い特許を保有していると思われる。
約962件のマイクロソフトの特許が、当初調査の6つのウェアラブルのモデルに類似している。これらの特許は、図表14の下部左側に示されたポートフォリオ全体の地形図で黒く塗られているが、メドトロニックの特許と違って広い範囲に分布している。これは、それらの特許がウェアラブル製品の広範な技術をカバーしていることを示唆している。
それに加え、ウェアラブル製品に利用可能である可能性が判明したこの962件の特許に限定して作成した地形図が、図表14の右側半分に示されている。この地形図を解釈すれば、概して「動作 センサー バーチャル」のピーク周辺から上方にかけての上部右側の領域は、センサーおよびセンサーシステムならびにモノの製品特徴の多くと関連している。「音声 コンテンツ アプリケーション」のピークを取り巻く左側の領域は、センサーシステムと処理が重なっている。概して「メッセージ 活動 サービス」のピークの周辺から下方にかけての下部の領域は、通信、ワイヤレス、電源の相互作用を示している。
図表14.マイクロソフトの取得特許と出願特許の地形図

マイクロソフトが広範囲に及ぶ他の技術イノベーションの特許も取得していることを考慮すれば、同社は、今回の調査対象企業全社の中でウェアラブル市場を活用する最善の位置にあると思われる。同社はアンドロイドに関する特許の活用を経験し、成功を収めていることから、ウェアラブルについても活用する可能性があり、恐らくその確率が高い企業として位置づけられるであろう。
機械の興隆
「人間から機械への働きかけ」から「機械から機械への働きかけ」に移行するのに伴い、IoTも進化し続ける。その結果、IoTの特許状況も変化する。すでに、医療、フィットネスウェアラブル、工業、自動車、スマートホーム市場向けに、毎年数十億個のシリコンとデバイスが出荷されている。IoTが日常生活のあらゆる側面に浸透するにつれ、他の多くの市場もIoTの流行に飛び乗ろうとしている。売上が伸びるだけでなく(ヘルス&フィットネスウェアラブル市場だけで2015年の売上が250億ドルに達する見込み)、それらの市場では、特許のライセンス供与の実態が、今や爆発的に伸びる寸前の状況にある。
IoT市場へ参入する多くの企業は、主張可能な強力かつ広範なポートフォリオのポジションを有しているかもしれない。たとえそうであっても、IoT市場でハイリターンを実現できる製品・知財戦略を策定するには、市場参加者および類似製品における彼らの経験と特許を理解することが必須となる。
行動計画
相互接続がますます強まるモノのインターネット(IoT)の世界において、知財権者がその機会を最大限活用するために講じ得るいくつかの主な戦略的措置を以下に挙げる。
• IoTにおける自社の位置付けを理解し、競争の観点から重要な特許を特定する。
• 医療、フィットネスとウェアラブル、工業、自動車、スマートフォンなどの主要市場の成長を監視する。短期的には、医療およびウェアラブル市場が最も有望なものの、他の市場も大差はない。
• 競争相手の特許の図表を作成してその状況を理解する。競争相手の特許および特許出願を技術グループ別および年代順に記載した図表を作成し、彼らが技術革新に労力を注いでいる分野を理解する。