発足間近の欧州の新たな単一効特許と統一特許裁判所
This is an Insight article, written by a selected partner as part of IAM's co-published content. Read more on Insight
欧州において、特許による保護を取得し、特許権を行使することは、長い間、複雑で費用がかかるものと思われてきた。約40年前に導入された、中央集権化したEPOによる特許付与手続は、常に、よりよい制度への単なる一つのステップと考えられてきた。多くの日本企業は、特許を取得するためにEPOを使うが、権利を行使するのは、一か国かせいぜい二か国(通常、2経済大国である英国とドイツ)においてであることが多いであろう。欧州の新たな単一効特許及び統一特許裁判所は、この現状を変えるものである。
新制度は3年近く前に発表され、その後やや遅れがあったものの、現在ではおよそ1年後に発足することが現実的な見通しとなった。発足には、英国、フランス、ドイツを含む合計13のEU加盟国が統一特許裁判所(UPC)協定の正式批准によりこの協定を承認する必要がある。現段階では、フランスほか7カ国が批准を終えている。英国は2016年春に批准を完了する予定であり、ドイツは今年秋にこのプロセスを開始する。したがって、今後批准が必要なのは3カ国のみとなっているが、現時点で5カ国が今後数カ月内に批准することが見込まれている(イタリア、オランダという重要な2カ国を含む)。その後は、新たな裁判所の建物や判事を選定するという実務的な作業だけが残る。一方、中央部の重要な(製薬その他の化学関連事案を取り扱う)支部を設置する予定の英国では、政府がすでにロンドンの中心部に新たな建物を見つけ、8月にはリース契約を完了している。英国は責任を果たすだけでなく、新裁判所が2016年下半期に発足するという見通しも示している。
日本企業は新制度からどのような恩恵を享受できるか?
新制度は多くの日本企業にとって費用の節減になる。節減には次の2通りの方法がある。
第1に、過去9年以内に行った既存のEPO出願すべてに基づいて「単一効特許」を取得できる点が挙げられる。今後も現在と全く同じ方法で欧州特許を有効化することができるため、単一効特許の取得は強制的なものではない。しかしながら、多くの日本企業にとって単一効特許は魅力が大きいと思われる。単一効特許は、この制度に参加する欧州のすべての国で通用するが、その数は最低13カ国、数年内に最大25カ国になると見込まれる。13カ国には最大級の経済国が含まれている。それにもかかわらず、更新手数料は現行制度でわずか4カ国の保護を受ける費用と同等な上、有効化の費用は不要で、翻訳費用も低減する。したがって、多くの国で特許を有効化している日本企業は、単一効特許を選択することにより多額の費用を節減できる。ただし、後で特許の存続期間中に一部の国について更新手数料の支払いを止める可能性が失われることは考慮しておく必要がある。
日本企業が費用を節減できる第2の点は、欧州全体における権利行使がより低コストかつ効果的になることである。単一効特許および既存の欧州特許は、UPCへの単一の訴訟で権利行使可能となる。権利行使手続の容易化は、欧州の特許権の価値を高めるという副次的効果も生み出す可能性がある。特許の権利行使がより容易になるため、侵害者(および潜在的ライセンシー)は、欧州の特許権を尊重し、より高額のライセンス料を支払う可能性が高くなる。
日本企業に求められる対応
日本企業は単一効特許とUPCに十分精通していることが極めて重要となる。どんな新制度も必ず不確実な面を伴うものであり、間違いが生じる可能性がある。日本企業が単一効特許に関して知っておくべき要点を以下に挙げる。
•新制度の施行後に欧州特許を取得できるようになった場合、企業は1カ月以内に、単一的保護を求めるかどうかを決める必要がある。
•単一的保護を求める場合は、出願言語以外の1カ国語への翻訳を提出しなければならない。フランス語かドイツ語で出願した場合は英語に翻訳しなければならない。英語で出願した場合はEUのどの言語でもよい。
•参加国を対象とする単一的保護に加え、例えばスペインやスイスなどEPC制度内にとどまる他の国では、有効化が依然として可能である。一方、UPC協定の批准予定で、手続をまだ完了していない国については、当初の何年かはその国の有効化が必要か否かを確認する必要がある。それは、後に批准するとしても、批准前では単一効特許によってカバーされないからである。例えばアイルランドや大半の東欧諸国などがこれに該当する。
•製薬会社は、単一効特許に基づくSPC(補完的保護証明書)の位置付けが未確定であることを知っておく必要がある。将来的に単一的SPCが付与される可能性はあるものの、今のところSPCは各国によってのみ付与される。
裁判制度について、日本企業は以下のことを知っておく必要がある。
•中央部、地域部、地方部から成るかなり複雑な制度だが、すべての部が全参加国に対する管轄権を有する。部の選択にはかなりの柔軟性があり、精通している企業は、特定の事案でどの部が自社に有利かについて賢明な決定を下せるだろう。米国で地方裁判所について行われている「裁判所選び(forum shopping)」とほぼ同様のことが行われるようになると予想される。
•UPCの手続規則は、各国の様々な規則の多くの側面が入り混じっているが、重要な点は、英国の「コモンロー」と欧州大陸の「大陸法」制度が混在しながらも、完全に新しいものだということである。ブリストーズでは、2組の弁護士チームが争う模擬裁判(模擬の専門家、事実証人、判事を含む)を行うという独自の実験を終了したところである。この模擬裁判は2014年4月から2015年7月にかけて新規則に従ってリアルタイムで実施された。その結果、規則を読み、模擬審理を行うだけでは学べない新手続に関する多くの知見が得られた。
•訴訟手続は非常に「前倒し的(front-loaded)」である。すなわち、新裁判所に提訴する当事者は、現行制度の多くの事案よりも大きな労力を手続開始に費やす必要がある。しかし、その結果、被告が手続に応酬する際、相当の困難に直面させることも可能となる。
•欧州の裁判では英語が中心となるであろう。例えば、中央部のパリ支部とミュンヘン支部に係属する事案の約75%は英語が使われると見込まれる。部によっては、例えば英国国内の地方部のみならずスウェーデン/バルト諸国の地域部でも、英語が手続言語となる。そのため、英国以外の部に提訴される事案でも、日本企業にとっては英語を母語とする弁護士を雇うことが望ましい。
•UPCの移行措置は極めて複雑である。最も重要な点は、このことが既存の欧州特許すべてに関係しており、それらの特許に以下で説明する通り、特別な考慮が必要になる。
移行措置
既存の欧州特許は、今後すべてUPCの裁判管轄下に置かれることになる。しかし、これには移行措置が適用される。極めて単純に言えば、移行措置では、特許権者は特許を新制度に委ねるか、各国の現行訴訟手続が引き続き適用されるように適用除外(opt out:オプトアウト)を受けるかを選択することができる。この「オプトアウト」は新制度が発足する前の「サンライズ」段階(早ければ2016年1月に始まる可能性)で行う必要がある。また、進行中の出願をオプトアウトすることも可能である。
多くの企業は、UPCによる中央統合的な取消訴訟を避けるために特許の一部または全部のオプトアウトを検討している。このことは、製薬会社のほか、EPOに異議を申し立てられた特許を保有し、異議申立人もUPCにおける事案の取消を選択する可能性がある企業すべてにとって特に重要である。
ただし、後日、中央統合的な提訴を望んだ場合、それができるようにオプトアウトを撤回することも総じて可能である。しかし、こうした状況はそれほど単純なものではなく、オプトアウトを選択するか否かの決断には、新制度を十分に理解しておく必要がある。
オプトアウトには、特許1件につき80ユーロの手数料を支払う必要がある(すべての有効化を含む)。そのため、特に大規模なポートフォリオを保有する企業は、予算的な問題を考慮することが必要となる。
オプトアウトを検討している日本企業は、特許のすべての有効化における権利保有者全員がオプトアウトのプロセスに参加しなければならないことも認識しておく必要がある。このことは、特許を第三者(例えば、大学)と共同所有する企業だけでなく、異なるグループ企業が別の国で別の有効化を行っている事例にも影響を及ぼす。
ライセンス・インまたはライセンス・アウトされた特許は特別の考慮を要する。特許保有者だけがオプトアウトできるからである。被許諾者は、それが独占的被許諾者であっても、オプトアウトの権利がない。欧州でライセンスに基づいて業務を行っている企業は、この問題について検討し、もし特許の保有者が企業の望まない決定(オプトアウトするか否か)を下そうとする時は、共に協議するべきである。
UPCでもトロール?
一方、日本企業にとってUPCは良い面ばかりではない。特に大きな問題の1つは、権利行使の容易性は特許不実施主体にとって魅力的だということである。これは、欧州で製造・販売する企業すべてにとって問題となる。通信セクターや規格がシステムの重要部分を構成する他のTMT(テクノロジー・メディア・通信)分野では、標準必須特許がUPCに提訴される可能性が十分ある。
UPCの他の影響
最後に、主に合弁事業およびライセンス契約に関して、新制度が上記以外の重要な影響を与える可能性がある。今後、契約の草案を作成する場合はUPCを念頭に置くべきである。特に、契約では単一効特許の選択肢および将来取得する従来型(非単一効)特許に関わるオプトアウトの決定を取り扱うべきである。
また、既存の契約についても、特にオプトアウトの可能性および合意内容の修正に関して見直しを行うべきである。例えば、特に大きな問題の1つは、多くの独占的ライセンス契約で、被許諾者は自身の領域(往々にして欧州の数カ国または1カ国)における訴訟の支配権を認められていることである。この場合、被許諾者が数人いるときは(2人の場合であっても)、被許諾者が引き続き支配権を行使できるようにするには、特許のオプトアウトが不可欠と思われる。そうしないのであれば、ライセンス契約を見直すべきである。
以上の問題はすべて対処するのに時間を要するため、日本企業は相当早めに対応することが重要である。UPCと単一効特許に関するさらに詳しい情報は、ブリストーズのウェブサイト(www.bristowsupc.com)をご覧いただきたい。

エドワード・ノッダー(Edward Nodder)
パートナー
エドワード・ノッダーは、ブリストーズの特許訴訟における共同責任者で、これまで35年以上にわたり知的財産を取り扱ってきました。多くの技術分野に豊富な経験を有していますが、現在は生命科学セクターを主に担当しています。これまで、最大手製薬会社、バイオテクノロジー会社および医療機器会社に係る画期的判決など、100件以上の特許訴訟を担当しました。英国にとどまらず、国境を越えた訴訟や助言の調整も担当しています。最近では、欧州特許弁護士協会(EPLAW)理事会における長期的活動を通じて、特に統一特許と統一特許裁判所(UPC)に注目しています。欧州特許司法制度との協同業務として、UPCの法律と規則を用いて実施された模擬裁判にも参加しています。

ジェームズ・ブーン(James Boon)
パートナー
ジェームズ・ブーンは知財の係争問題が専門です。知財と競争法の相互作用に幅広い経験を有し、欧州、北米およびアジアの国境を越えた訴訟を担当しています。通信、エレクトロニクス、航空学および石油・ガス分野の特許紛争に助言を行っています。光電子工学の博士号と物理学全般の経歴を背景として、高度技術の問題に深い造詣を有しています。第三世代移動体通信や光データ記憶から免疫測定法や医薬品に及ぶ広範な技術的対象の取り扱いに習熟しています。数多くの著名な知財紛争に助言を提供しており、直近では、ビジネス方法とソフトウェア特許の特許性に関する控訴院の判決においてアエロテルの代理人を務めました。