28 Jun
2016

比類なき潜在力

日本企業は知財価値創造分野のリーダーにふさわしい全ての要素を兼ね備えているように見えるが、多くの企業はそうした潜在力を発揮できていない。

ここで表明された参加者の知見は、個人の見解であり、必ずしも所属する団体・企業の意見を代表するものではない。最近、世界のさまざまな管轄国のうち、特許価値創造で次の巨大市場になる潜在力があるのはどこか、という憶測が飛び交っている。こうした議論でほとんど常に名前があがるのは中国であり、インドも多くの人が認めるところなのだが、日本はたいてい忘れられた存在である。

日本企業は世界でも有数の、大規模かつ質の高い特許ポートフォリオを有しており、知財への深い専門性も、長年の特許の伝統もあるというのに、である。言い換えれば、日本は中国やインドが持っていないものを、たくさん持っている。それでも日本は外国企業にとって、いまだに進出が難しい市場である。とくにコラボレーションの提携先を探したり、知財のライセンス料を得たりするのは難しい。海外の見方は大抵、日本は自己流に凝り固まっていて、大きな変化に対応できないというものである。同時に、日本の大企業は海外企業との競争にさらされ、コスト面ではかつて経験したことのないほどの重圧をかけられている。確かに日本は保守的な国ではあるが、商業分野での業績は突出している。日本の知財責任者は、知財のマネジメントや戦略についてこのままにしてはおけないことを十分承知している。

さらに最近になって、少なくとも一部の役員レベルでは、知財のマネジメントや所有権に対する伝統的なスタンスに変化の兆候が見られるようになってきた。たとえば、ルネサス・エレクトロニクスは、米国の特許不実施主体(NPE)、アカシア・リサーチと長期ライセンシング契約を締結してる。さらに最近では、パナソニック、ローム、船井がウィーランとの提携を試行している。日本政府も知財の戦略的有効活用の促進に乗り出しており、日本初の政府系知財ファンドの運営主体であるIPBridgeに一部出資を行っている。その一方で、日本企業はますます、NPE訴訟に対する防衛活動でリーダー的役割を果たすようになってきている。顕著な事例として、キヤノンがグーグル、ドロップボックス、SAPと組んで設立したLicense On Transfer Network(LOTネットワーク)がある。第三者に譲渡された会員企業の特許について、他の会員企業にもライセンスを供与するというものである。

知財ベースのコラボレーションやオープン・イノベーションを組み込んだ、新しいビジネスモデルも目に見えて増加している。パナソニックとトヨタはともに、特定技術分野での特許ポートフォリオの一部を、ライセンス料無料で提供することで「公開」している。またNTTドコモは、オープン・イノベーションを積極活用し、世界中にコラボレーションセンターを設立している日本企業の一つである。

もう1つの時代の変化の表れは、特許庁に日本企業が出願する特許数が、これまでと比べて大幅に減少しているという事実である。同時に、世界全体の特許所有権に占める日本企業のシェアも減少している(図1~5)。企業の知財部門が、量から質へと戦略を転換したことの表れであると指摘する向きが多いが、このトレンドには警鐘を鳴らす論者もいる。昨年の日本の特許法改正では、従業員の職務発明について、雇用主に特許の強い帰属権を与えたが、これには賛否の声がある。2014年のアップルとサムスンの標準必須許をめぐる争いに対する知的財産高等裁判所での注目の判決でも、同様の反応が見られた。とはいえ、こうした出来事は全て、少なくとも、日本の知財エコシステムの進化の表れであろうという見方に異議を差し挟む者はいないだろう。

こうした事象についてさらに深く議論すべく、IAMでは日本のハイテク業界のキープレイヤーにお集まりいただき、国内知財市場の現状について議論していただいた。参加者には、日本を代表する企業の役員、最も有望なスタートアップ企業の知財マネジメントと知財戦略の責任者、日本で特許ライセンス供与を推進している外国法人の代表、市場仲介者、投資関係者などが含まれている。参加者は次の通りである(敬称略)

  • キヤノン株式会社、常務執行役員知的財産法務本部長、長澤健一
  • パナソニック株式会社、知的財産センター所長兼パナソニックIPマネジメント株式会社、代表取締役社長、豊田秀夫
  • ソニー株式会社、執行役員コーポレートエグゼクティブ、御供俊元
  • 株式会社IP Bridge、取締役副社長兼チーフIPオフィサー、尾形偉幸
  • ミドクラジャパン株式会社、プレジデント兼最高執行責任者(COO)、楢崎浩一
  • 三井物産株式会社、次長、早川典重
  • 花王株式会社、研究開発部門知的財産センター長、加藤実
  • 株式会社NTTドコモ、知的財産部長、小師隆
  • ナノキャリア株式会社、代表取締役社長兼最高経営責任者、中冨一郎
  • ノキアテクノロジーズ、アジア太平洋地域パテントライセンス責任者、ヤリ・ワーリオ
  • 日本アイ・ビー・エム株式会社、アジア太平洋地域知財ライセンシング担当ディレクター、スティーブ・ジョロフ

ここで表明された参加者の知見は、個人の見解であり、必ずしも所属する団体・企業の意見を代表するものではない。

参加者略歴

IAMアジア太平洋地域エディター、ジャック・エリスによる本ラウンドテーブル・ディスカッションに参加した参加パネリストは次の通り(敬称略)。

早川典重
三井物産株式会社、次長。知財の商業化についてのアドバイス、知財評価や知財交換プラットフォーム分野での三井物産の投資を統括。

スティーブ・ジョロフ
アルカテル・ルーセント、テレコーディア・テクノロジーズでの知財業務を経て、現在、日本アイ・ビー・エム株式会社 アジア太平洋地域知財ライセンシング担当ディレクター。アジア太平洋地域におけるIBMの知財ポートフォリオの管理と収益化を通じた、IBMの企業価値の保護および強化を担当。

加藤実
花王株式会社、研究開発部門知的財産センター長。花王はグローバルに事業展開を行っている消費財および工業用化学品会社。

小師隆
株式会社NTTドコモ 知的財産部長。全社知的財産権戦略の策定と実施、知財関連で研究開発部門・事業部門への支援を担当。

御供俊元
ソニー株式会社 業務執行役員シニアバイスプレシデント、知的財産担当。ソニーコーポレーションオブアメリカ上級副社長としても知財、アントレプレナーシップ、イノベーションを担当。

長澤健一
キヤノン株式会社、常務執行役員 知的財産法務本部長。1981年、キヤノン株式会社入社以来、知的財産業務に従事し、2010年4月から現職。

中冨一郎
久光製薬株式会社、米セラテックで研究開発、事業開発業務を経て、2000年にバイオテクノロジー・スタートアップ企業、ナノキャリア株式会社を設立、代表取締役社長兼最高経営責任者に就任。同社は2008年に東京証券取引所に上場を果たしている。

楢崎浩一  ソフトウェアベンダーである株式会社ACCESSのCOOとして、パームコンピューティングから取得した特許を含む同社特許の収益化を担当、特許売上1億5,000万ドルを達成。現在ネットワーク仮想化技術のスタートアップ企業、ミドクラジャパン株式会社のプレジデント兼最高執行責任者(COO)。

尾形偉幸
日本電気株式会社、アークレイ株式会社、シズベルジャパン株式会社を経て、現在株式会社IP Bridgeの取締役副社長兼チーフIPオフィサーとして特許の調達とライセンス供与を担当。

豊田秀夫
パナソニック株式会社、知的財産センター所長。パナソニック・グループの知財関連活動全てを統合し専門的な業務サービスを提供する新会社として2014年に設立されたパナソニックIPマネジメント株式会社の代表取締役社長を兼務。

ヤリ・ワーリオ
ノキアテクノロジーズ、アジア太平洋地域パテントライセンス責任者。ノキアの知財担当ディレクターとして、世界の標準化団体の活動を担当。2014年9月から現職。
図1.上位100出願者のパテントファミリーの分布(出願者国籍別)
出典:世界知的所有権機関

Q:日本企業の主要な課題の1つに、新しい技術や製品を開発し、新製品・新サービス市場での競争力を高めていかねばならない、ということがあります。知財の観点からは、どんな課題やチャンスがあるとお考えですか。 

長澤健一 キヤノン株式会社 常務執行役員 知的財産法務本部長

「これからは、さまざまな競合先に対して持続的に競争優位なポジショニングで事業を行うことができるような知財戦略を採用していかなければならない」

長澤:技術の洗練が進む中、新製品・新サービスの市場で戦っていくためには、消費者との取引(B2C)志向から企業間取引(B2B)志向に舵を切る必要があると思っている。しかし、B2B事業の構造は複雑化する一方で、1社だけの技術やノウハウで1つの事業全体をまかなうことは難しい。モノのインターネットの環境では、既存の競合先だけでなく、他業種企業との知財の重複が起き得ることを踏まえれば、これからは、さまざまな競合先に対して持続的に競争優位なポジショニングから事業を行うことができるようなものでなければならない。

豊田:既存事業については、市場シェアや特許の強さはある程度固定化していて、特許リスクを予期して対応することも可能である。しかし、新技術や新製品を扱う新事業については、チャンスと同様にリスクも多いと考えている。特許も場合によっては重要な成功要因となり得る。従って、これからの知財部門の役割はさらに大きくなっていくだろう。知財部門がこのような機会を活かすには、もっと創造的な知財戦略を策定するとともに高い専門性を発揮して、新しい事業環境にも迅速に対応していくことが重要である。

御供:知財の観点から新技術のトレンドを認識し、自社に利害のある分野で知財を所有している企業を特定する必要がある。新製品・新サービス市場で戦っていくためには、できるだけ迅速に特許を申請し、当該新製品・新サービスを保護しなければならない。他社がすでに特許取得済みである場合には、デザイン・アラウンド(回避設計)の必要があるかもしれない。さらに、当社のこれまでの特許出願について、新事業を効果的に保護できるよう、クレームの範囲を拡大することもできるだろう。ときには知財の買収や他社とのコラボレーションを試みることもできる。当社の知財部門では、経営陣や研究開発部門、その他関連事業部門にこうした情報を提供することで協働している。

豊田秀夫 パナソニック株式会社 知的財産センター所長

「企業が単独で1つの事 業や技術を開発すること には限界がある。これから はオープン・イノベーショ ンの活用が一般化 していく

 

尾形:日本企業は有力技術を持つM&A買収先の選定に苦闘している。スタートアップや中小企業が誕生し、ベンチャーキャピタルが積極的に投資を行うといった環境も存在していない。
そうなると、日本企業は新技術を自社で作り出すか、世界中を探し回るしかない。
 

御供俊元 ソニー株式会社 執行役員コーポレート エグゼクティブ

「日本企業の中国での 特許出願はさらに増加 しているが、こうした特許 を効果的に活用すること は依然として多くの場合 難しい」

楢崎:大手のハードウェアやソフトウェアベンダーの立場は分からないが、私はすでにゲームは変わったと考えている。もはや自社製品を独自開発するという時代ではなく、
オープン・イノベーション、オープンソース・ソフトウェア、サプライチェーン・マネジメントの時代になっている。こうした協調的かつ「協争的」な環境下では、知財を作り出すことが
難しくなってくるのは自然なことだと見ている。

中冨:東芝やシャープといった企業の場合、市場トレンドを読み誤り、長期の製品戦略が欠如していた。同じ業界でもそれ以外の分野では、比較的問題はないと見ている。

尾形偉幸 株式会社IP Bridge 取締役副社長兼 チーフIPオフィサー

「特許の価値が減少する ことは、日本のイノベーションに大きな影響を与える」
 

早川:80年代中盤以降米国企業がやってきたように、日本企業も収益源を、単純な製品販売から知財活用へとシフトしていくべきだと考えている。80年代初頭、米国政府は、国内製造業が日本企業に乗っ取られてしまうことを危惧し、プロパテントな事業環境の構築を戦略目標に据えた。日本企業はその後も製品を作り続けているが、バリューチェーンで最も利益の厚い技術ライセンシングフィーは米国企業に流れている。21世紀の低需要・高供給の環境下で、しかもインターネットがサプライヤーとエンドユーザーを直接つなぐようになり、常に製品には価格下方圧力がかかり、単純な製品の売り上げから利益を得ることはますます困難になっている。知財活用を重視した事業戦略を採り始めている日本企業もあるが、まだまだ少ない。知財は、企業における見えないものの最大の資産であり、経営者向けの知財戦略の啓蒙が事態打開のカギではないかと見ている。
 

楢崎浩一 ミドクラジャパン株式会社 プレジデント兼 最高執行責任者(COO)

「発明のための発明には意味がない。発明は、素晴らしい新製品やサービスを開発するために行われるべきである」

Q:先頃、職務発明の対価に関する法改正が行われましたが、これは日本の産業にとってプラスになるでしょうか、それとも、発明者のインセンティブを阻害することで、イノベーションや研究開発、特許出願が低迷することになるのでしょうか。

加藤:新法により日本の企業側にとっては、発明者に対する報奨方法に柔軟性が広がることとなった。このことがイノベーションを促進するのか、阻害するのかについては、各社が新法をいかに導入・実施するのかにかかってくることになるだろう。

豊田:職務発明の対価に関する改正法は経済界で大きな注目を浴びている。私は、この件はある程度、日本の産業界にとってプラス効果が期待できるものと考えている。もっともパナソニックではすでに、職務発明には十分な対価を支払ってきたので、当社の報奨制度に関して言えば、新法の影響はないはずである。また私は、発明者のモチベーションは、発明対価の額だけではな自身の研究開発プロジェクトの重要性や、給与水準など処遇全般によって決まると考えている。
 

長澤:当社では新法が発明者のインセンティブを阻害し、イノベーションや研究開発、特許出願が低迷することになるとは考えていない。というのは、企業と発明者との間の発明インセンティブについて定めた(特許庁の)手続きガイドラインに従って、企業は相当の報酬(発明者に支払われる総額は変わらない)を支払うことになるからである。新法は、あらゆる特許は企業に帰属すると定めており、これにより企業の特許の取得が円滑かつ安定的になり、迅速な知財戦略を策定できるようになる。

尾形:事態は特段変わらないと見る。新法は従業員が行った発明の所有者を変更したが、企業実務にはほとんど影響しないだろうし、イノベーションを阻害することもないだろう。我々は、今回の変更が企業や発明家の行動を変容させるとは考えていない。かつて、一部の非日系企業が、職務発明の対価に関する法律を理由に、日本に研究開発センターを設立することを避けていたものだが、そうした態度も今回の法改正で変わることはないだろう。

加藤実 花王株式会社 研究開発部門 知的財産センター長

「多くの日本企業のリストラが進むにつれて、知的財産の価値評価の重要性は増していく」

小師:今回の法改正について当社では、職務発明の帰属に関する訴訟リスクを抑制するという点で企業にとってプラスになり、ひいては日本の産業界全体にとってメリットがあると考えている。それだけでなく、新法施行後も、発明者に対する報奨が劇的に変わるわけではないが、発明者が不利益を被らないように相当の利益を保証することが引き続き求められる。

楢崎:より根本的な問題は、技術者の能力や成果についての客観的な評価システムが存在しないことだと思っている。そのような仕組みがあれば技術者は、昇進やよりよい仕事で報われると 考えて、多額の報奨がなくても、発明に打ち込むと思われる。発明のための発明には意味がない。発明は素晴らしい新製品やサービスを開発するために行われるべきである。事業の成功 こそが、発明家を称賛し、報いる最善の方法なのだ。

中冨一郎 ナノキャリア株式会社 代表取締役社長兼 最高経営責任者

「M&A等を通じてイグジットするベンチャー企業はとても少ない」


Q:新しい技術や製品を獲得する方法の1つにM&Aがあります。しかし、日本企業はM&Aや技術移転、ベンチャーファンディングといった活動に十分に取り組んでいないと指摘する向きもあります。日本企業は有望なスタートアップ企業への投資や買収をもっと行うべきでしょうか。

スティーブ・ジョロフ 日本アイ・ビー・エム株式会社 アジア太平洋地域知財 ライセンシング 担当ディレクター

「日本企業をコラボレーションから遠ざけているものがあるとすれば、それはリスクを軽減したいからなのだろう」

中冨:私はそう思う。M&A等を通じて、大企業に買収されてイグジットするベンチャー企業はとても少ない。

楢崎:M&Aの成功が比較的少ないのは、合併後の統合プロセスが非常に難しいことが多いからで、日本企業は総じてこれをうまく成し遂げるだけの経営資源を有していない。

小師隆 株式会社NTTドコモ 知的財産部長

「一般に、日本企業はライセンス供与を、収入源というよりは、ビジネス上の有用な道具と見なしている」

 

ワーリオ:M&Aは最も迅速に新技術を獲得する方法であり、今日の技術市場ではスピードこそが全てではあるが、しかしM&Aは非常に破壊的な活動でもある。M&Aを頻繁に行っている企業は、常に流動的な状態にある。社員もマネージャーも、不確実さに慣れ親しまなければならない。はっきりした報告系統やマネジメント構造、合意された手続きやプロセスがなくても業務を進められなければならない。伝統的な企業風土や硬直的な組織構造を持つ企業にとって、M&Aの後遺症は取り組みにくい仕事になるかもしれない。だからこそ、日本企業はM&Aがもたらす変化やチャンスを受け入れることに気が進まないのかもしれない。

ジョロフ:IBMは長年にわたって、オープンな組織として自社でイノベーションに取り組む分野や専門とする分野への参画と連携を主導している。ここ数年で、日本のテクノロジー企業がこうしたコンソーシアムに参加するのを目にすることが増えてきている。彼らを踏み留まらせるものがあるとすれば、それは今ワーリオ氏が語ったこととも関係するが、リスクを軽減したいということなのだろう。オープン・イノベーションのプログラムに参加するということは定義上、発明やノウハウを他のメンバーと共有することが求められることになる。リスクに対するリワードが計量しがたいからこそ、企業によってはこうしたリスクを受け入れがたいということもあるのだろう。


Q:特許のライセンス供与については、日本でどんなチャンスがありますか。ライセンス供与は日本企業にとって、大きな収入源になり得るでしょうか。

長澤:事業環境も戦略も各社各様であり、日本企業全般がどうかといったことについては答える立場にないが、キヤノンでは、特許は自社事業や製品を守ることを主たる目的に使っており、ライセンスが大きな収入源になるとは考えていない。

小師:一般に、日本企業はライセンス供与を、収入源というよりは、ビジネス上の有用な道具と見なしている。ライセンス供与活動をアウトソースすることに関しては、多くの日本企業は巨額のロイヤリティを狙おうとする仲介業者の利用には拒否反応があるようだ。もっとも、今は仲介業者の種類も増え、公的資金が投入されている業者もあるから、一概に否定することもできない。

加藤:特許のライセンシング自体は日本ではビッグビジネスにはならないかもしれない。しかし、多くの日本企業のリストラが進むにつれて、リストラの価値を測定する際の知的財産の価値
評価の重要性は増していくと思われる。

尾形:私の見たところでは、チャンスは多くない。日本の特許は、差し止め請求による救済を使えるという点では効果がある。競合相手が日本で大きな市場シェアを持っている場合、特許権者は日本での特許を盾に、競合相手の事業にストップをかけることができる。しかしだからといって、このことが大きな収入源になるわけではない。損害賠償額は極めて低い。特許権者が勝訴したとしても、巨額の賠償金を得ることはできない。こうした環境では、特許権者が友好的な交渉だけでロイヤリティを確保することがいかに難しいか、お分かりいただけると思う。もちろん、グローバルでのライセンス契約を締結した場合には、日本での特許が無視されることはない。ただ、これは概して、海外でも日本国内と同等の特許を得ている場合に限られるようだ。

楢崎:可能性はあるのかもしれないが、日本企業の保守性や、目前の状況に注視しがちなメンタリティもあって、ビジネスとして受け入れられるまでには時間がかかるだろう。

ジョロフ:巨大な特許ポートフォリオを持っている多くの日本の大企業にはチャンスがあると思う。受け身のライセンス供与から、攻めのアプローチに転じれば、ある程度ライセンス収入を増加させる方法を見つけることはできると思う。

豊田:日本企業は世界トップクラスの技術と、巨大な特許ポートフォリオを持っている。これまでは、自社技術を守るために知財を活用するというのが通常の慣行だった。知財を収益化することは、企業間の紛争が増加する懸念から一般的ではなかった。しかし、パナソニックでは特許の収益化は、開発投資回収の手段の一つと考えている。ライセンス供与を収入源と捉えるのか、事業価値創造の手段と捉えるのかは、事業環境によって違ってくるだろう。しかしいずれにせよ、特許をさまざまに活用していくことを検討すべきだと思う。

ワーリオ:日本での特許ライセンス供与には課題が伴う。まず、特許権者である企業の内部に必要なコンピテンシーを作り出すことが難しいし、さらに特許権行使に限界があることもあって、侵害企業に特許ライセンス供与を受け入れさせることも難しい。ライセンス供与専業の企業が増えているということ自体が、特許権者である企業内部で特許ライセンス供与部門を設置して、
収益につなげていくことが難しいことを物語っている。

図2.日本特許庁への特許出願数 2004-2013年
出典:特許庁

Q:日本企業が特許庁に出願する特許数がここ数年、減少しています。このことは日本や産業界にとって懸念すべきトレンドだと思いますか。

早川典重 三井物産株式会社 次長

「日本企業は製品を作り続けているが、バリューチェーンで最も利益の厚い技術ライセンシングフィーは、米国企業に流れている」ヤリ

尾形:私はこのトレンドについて懸念している。根本に、日本の特許の経済的価値が低いということがあるからだ。これは結局、知的財産高等裁判所を含む日本の裁判所が極めて低額な損害賠償しか認めていないことの帰結である。「サムスン対アップル」の訴訟はまさにその代表例と言える。知的財産高等裁判所はサムスンの標準必須特許と、アップルのiPhone4の特許侵害を認めた。iPhoneの売り上げは少なく見積もっても数十億ドルはあったはずだが、サムスンが勝ち取った損害賠償はわずか995万円(約8万3000ドル)であった。サムスンは、数百万ドルにのぼったであろう弁護士費用すら回収できなかったのではないか。さらなる課題には、特許権者の勝率が30%未満と低いこと、特許権者が請求する損害賠償額に基づいて決められる訴訟費用が、米国と比べても高額になり得るということがある。こうして特許の価値が減少することは、日本のイノベーションに大きな影響がある。新技術の開発やイノベーションに対する人々のやる気を削ぐことになるからだ。たとえ新しい技術などを開発しても、特許を出願するのではなく、企業秘密として隠すことが好まれるようになる。優れた技術や製品を備えたスタートアップ企業に対しても、特許で保護されていない場合、また保護されていても侵害の場合の賠償が不十分であるとなれば、投資家が投資を渋るようになる。我々はこうした負のサイクルを大変心配している。

長澤:キヤノンに関して言えば、このことは問題ではない。特許出願数はここ数年、徐々に減少しているが、審査請求件数と国際出願件数は変わっていない。従って、日本や産業界が懸念するようなトレンドはないと考える。

ヤリ・ワーリオ ノキアテクノロジーズ アジア太平洋地域 パテントライセンス 責任者

「新しいビジネスモデル を保守的な組織に組み 込むことは難しい」

御供:我々も、国内企業からの特許出願数は減少しているものの、外国企業からの日本特許庁への特許出願件数は変わっていないと理解している。国内企業が特許出願を量から質に転換していて、このトレンドは当面続くと見ており、憂慮すべきことではない。

小師:実際、質の高い発明に集中し、国内出願を厳選しつつ、確保したリソースにより国際出願を増加させる策を打つということは、知財戦略として適切である。よって、このトレンドをネガティブに捉えるのは必ずしも適切ではない。

ワーリオ:私は、各社とも特許出願には注意深くなっており、価値を創造する方法が見いだせていない状況で、出願が減っているのだと考えている。海外企業も、今後の成長と製造拠点の増加が見込まれる中国・インドなどの新興市場での出願を優先している可
能性もある。こうしたことも、日本のような成熟経済での出願が減っている理由の一部ではないか。


Q:日本の特許制度が、これからどのように変わっていくとよいと思われますか。

小師:先ほどの尾形氏の発言に続くが、「サムスン対アップル」訴訟での知的財産高等裁判所の判決により、標準必須特許の侵害による差し止め請求についてはある程度の解決をみた。この問題は業界にとって長年の懸案であったため、これは画期的な判決であった。しかし、FRAND(Fair & Reasonable& Non-Discriminatory)宣言のない標準必須特許が侵害されたことを理由とする差し止め請求については、判断が留保されたままである。これについては判例もないのだが、我々としては、適切な条件でライセンスを受ける意思のある者に対する差し止めは与えられるべきではないと考えている。日本では、PAE(Patent Assertion Entities)が事業会社に対して、差し止め請求による脅しをかける場合があり、これに対する対策には多額のコストがかかる場合がある。国内の法体系を考慮する必要はあるが、差し止め請求の制限(米国のeBay判例の結論のようなもの)と、事業会社が弁護士費用を請求できる仕組み(米国のOctane Fitness判例の結論のようなもの)が必要である。他方で、最近政府の有識者委員会で行われている、特許権者がさらに高額の損害賠償を請求しやすくする論点については、慎重に議論すべきである。そのようなシステムが、グローバル競争にさらされている日本企業にメリットをもたらすかどうかは疑わしいからである。
長澤:我々は、日本の特許制度が、研究開発に投資をし、イノベーションを実現する企業に対し、侵害の際に特許権を行使する強い権利を与え、他方で、一定の新規性や非自明性に達していない特許の特許権の濫用を抑制するようになってほしいと考えている。
尾形:司法制度を変えて、損害賠償を増やすべきかもしれない。侵害訴訟での証拠収集プロセスは、特許権者にとって有利なものになっていくのではないか。日本政府も特別委員会を設立して、司法制度改革を検討している。この委員会が、特許権者にとって扱いやすく、日本のイノベーションを加速させるような新制度を作ってくれることを期待している。
ワーリオ:日本の特許制度は大変良くできており、多くの点で世界をリードしている。従って、制度自体を変更するというより、私としては特許のライセンス供与全般、とくに標準必須特許に関する議論と理解がもっと広がっていってほしいと考えている。このことについてもっと議論を進めておかないと、日本で標準必須特許のライセンス供与がさらに複雑になってしまい、結果的にイノベーションや、業界標準技術開発への貢献に負のインパクトが生じてしまう。多くの日本企業がこれまで、積極的に世界の技術標準の創造に関わってきた。そのことは日本の産業だけでなく、日本の消費者にもメリットをもたらしている。ただし今は、世界の他の主要国と同様、日本がこのイノベーションを抑圧してしまい、日本の産業や消費者にデメリットをもたらすリスクがある。

早川:特許出願の動機が、防衛的な目的だけでなく、さまざまな形での活用を念頭に置いた特許取得に変わっていくべきである。大切なのは経営トップの姿勢で、特許の活用について、経営者を啓発すべきである。活用戦略が収益につながることが分かれば、企業はこれからも熱心に特許出願を行い、研究開発投資を続けるであろう。


Q:特許の質を高めていくことが、日本のみならず、世界的に大きな課題となっています。皆さんの所属先企業では、事業に価値をもたらすような質の高い特許の創造や取得を確保するために、どのような打ち手を講じていますか。

加藤:単純な答えは存在しない。特許所有者は、事業環境などさまざまな要因を勘案しなければならない。

御供:質の高い特許を創造するため、当社では特許取得プロセスの複数の段階で、さまざまな方策を打っている。特許出願の段階では、明細書にできるだけ多様な実施形態を掲載するようにして、将来のクレーム範囲の変更に備えようとしている。また、外国特許出願に際しては、各国の特許出願手続実務に即した明細書を作成している。審査段階においては、出願した特許を評価し、重要度の高いものにリソース集中させる。重要度の高い特許出願に査定通知が届くと、今度は査定が降りたクレームを検証し、分割特許出願などのさらなる措置を執るかどうかを検討する。さらに、ときには出願に際し特許弁理士と特許弁護士に関与させ、特許訴訟や特許ライセンス交渉にも耐えられる、強くて質のよい特許を取得するようにしている。

豊田:日本企業の知財部門はこれまで、いかにして発明を特許化するか、特許査定を受けるために特許庁にいかに対応するかということに重点を置いていた。今は、特許をいかに最善の方法で活用するかという戦略ビジョンの策定に重点がシフトしており、特許出願はこの戦略に基づいて行われている。しかし、最も重要なことは、知財戦略と全社的な事業戦略との一致が図られることである。私は、知財部門が種々の事業上の意志決定に初期段階から関与し、事業そのものにもっと関与していければと思う。

図3.日本企業による海外特許機関への特許出願件数2009-2013年
出典:特許庁

Q:知財所有者にとって重要性が増している管轄国に中国があります。日本企業にとって、特許面を含め、中国にはどのようなチャンスがあるでしょうか。また、日本企業は知的財産を活用して、強力な中国の競合企業の挑戦にどう対応していくことができるでしょうか

長澤:中国は世界で2番目の規模を誇る市場であり、特許面でも製造業者にとって重要な市場である。我々は、中国で経験を積み、判例に係る知識を蓄積していくことが重要だと考える。

御供:中国は重要な市場であるだけでなく、近年の中国企業は研究開発の能力も伸ばしてきている。日本企業の中国での特許出願はさらに増加しているが、こうした特許を効果的に活用することは依然として多くの場合難しい。中国の裁判所では公平な判決が増えてはいるものの、外国企業にとって訴訟はまだ不確実である。中国の知財関連法が成熟するまでには暫く時間がかかると思われる。そうはいいつつも、我々は特許を戦略的に活用すべきである。たとえば、外国企業にとって難しいとされる中国市場への参入に際して、日本の先進技術に裏打ちされた強力な特許を活用して、中国企業とコラボレーションをすることはできる。

豊田:中国は知財に関して非常に重要な国で、その重要性は今後も増していくばかりだと思う。しかし中国には政治面やビジネス面にさまざまなルールや規制があって、海外企業の事業拡大を制限している。私は、中国の現地企業と協力することが重要だと考えている。その際、技術と特許の強さ、戦略の強さが、中国でうまく事業を拡大する際の重要な要因となるだろう。

尾形:日本の大企業はすでに多くの特許を中国で取得しており、その意味では、いい位置に身を置いている。特許侵害や模造品に対しても、すでに中国の裁判所で一定の成果をあげている。近年中国に3箇所の知財裁判所が設立されたのは興味深い動向だ。日本企業はこれらの裁判所を利用して、非中国企業と争うとよいだろう。ただしこれらの裁判所で中国企業と争うのは当面は賢明ではないかもしれない。

早川:日本企業の研究開発費が減っている中で、中国は日本企業にとって脅威である。米国企業が1990年代、2000年代に行ったように、日本企業にとって、今こそノウハウを含む知的財産をライセンス供与する最後のチャンスである。そのためには、単に特許だけをライセンスするのではなく、トレードマーク、デザイン、部品等を組合せ、収益もライセンス料だけでなくエクイティで中長期に獲得する複合的な知財ビジネス戦略が不可欠となる。

図4.世界上位10特許機関の出願数2014年
注:一般に、欧州特許庁加盟国の特許当局への出願は少なくなっている。欧州特許庁経由で出願
すれば、加盟国各国で保護されるからである。

出典:世界知的所有権機関
図5.世世界上位10特許機関での居住者・非居住者の出願数増加率2013-2014年

注:図5は、出願数の増減を、居住者・非居住者別に表示したものである。「世界合計増加率」とは、上位20特許機関が取り扱った出願を示している。

出典:世界知的所有権機関

 

行動計画

このラウンドテーブルの参加者が明らかにした日本の知財エコシステムの主要なテーマは以下の通りである。

  • 日本のハイテク産業は、製造寄り・B2C寄りから、B2B事業・サービスの提供・未来の最先端技術に主軸を徐々にシフトさせている。
  • このような進化により、新しい技術や製品を迅速に開発する必要が生じている。こうした課題は、おそらくM&Aやベンチャーキャピタル、インキュベーション・プロジェクト、オープン・イノベーション、業種横断コラボレーションを通じて達成するのが効率的である。しかし、「自前主義」(自社発明したがること。揶揄してNIH症候群とも呼ばれる)という昔ながらの姿勢と、「ものづくり」(卓越した職人技への敬意)へのこだわりが、こうした戦略やビジネスモデルの採用の障壁となっている。
  • 新しい技術や製品への動向の裏側には、終わりつつあるかつてのコア事業に関連する大量の特許が存在している。この巨大な特許ポートフォリオには、収益化の大きなチャンスがある。ただし、時間が経つにつれて、日本企業がこうした特許をライセンス供与したり、販売したりする機会はなくなっていく。
  • 中国で巨大な特許ポートフォリオを所有している日本の大企業にとって、中国には多くのチャンスとリスクが混在している。中国の裁判所で勝訴を重ねているものの、日本の特許所有者はこの管轄国での権利行使には慎重なままである。​
ジャック・エリスはニュージランド・ハミルトンを拠点としたIAM寄稿エディター