16 Sep
2016

アジアの知財状況の変化

近年、多くのアジア諸国が開発途上国から世界の経済大国の地位についた。このことは、アジアにおける知財の捉え方や活用法に大きな影響を与えている。

20世紀後半、知財権の促進と保護を図るために強固な法規や裁判制度を整備している国はアジアにほとんどなかった。それらの国々は、社会経済インフラの開発や世界的な競争力の強化、国民の福祉の増進を追求しており、その中で知的財産はその貨幣価値も合わせて後回しにされた。

生活水準が向上する一方、様々な政府機関や非政府機関が(例えば、米国通商代表部が知財問題に関する年次スペシャル301条報告書を通じて)経済発展にとっての知的財産の重要性についてそれら諸国の自覚を促すよう努めるのに伴い、現地の企業や起業家は知的財産の価値を重視し始めた。それを受けて、2000年代初頭には、知的財産の経済的重要性に対する認識が高まり、それら諸国の経済にとって国内のイノベーションの重要性が増した。その結果、それらの国々は、知財の創造や保護の点で欧米諸国や日本との競争力が高まった。その後、知財取引数が増大し、知的財産の貨幣価値も上昇した。実際、アジアの知財状況は活発化して いる。

アジアにおける今日の知財状況の概要は表1のヒートマップに示されている。高温(赤)と表示された領域は特定の要因が顕著であることを、低温(青)と表示された領域はまだ進歩の余地があることを表している。第1列には参考のために米国の知財状況を示した。このヒートマップのためにいくつかの代表的な国を選定しており、以下で議論する。その他の国、特に、インドネシア、マレーシア、ベトナムなどは、アジアの知財状況のヒートマップ上で着実に存在感を強めているものの、その温度は選定した国々に比べれば依然低い。

表1.アジアの2016年知財ヒートマップ

本レポートの発表のためにヒートマップを更新した際、一部の領域の温度を上げる必要があることに気付いた。アジアの知財状況は予想を上回るペースで高温化しているのである。しかしながら、これらの変化はすべてのアジア諸国で同じスピードで発生してわけではない。本レポートでは、こうした格差の背後にある理由の説明、および今後数年このヒートマップがどう変化するかの予測を試みる。

各国の知的財産の品質

近年、アジア諸国、特に中国が創出する特許数が急増している。特許出願動向(図1)を詳しく調べると、中国の特許出願が増加しており、アジアの知財成長の大半を占めることが分かる。一方、日本の出願数は過去10年で減少している。韓国、台湾、シンガポールは同じ水準で推移している。インド、ベトナム、マレーシアは伸びているものの、これは主に外国企業の出願の増加によるもので ある。

しかしながら、これらの国々の特許品質には問題があり、アジアで創出された特許が米国と類似した貨幣価値に達するかどうかについては疑念がある。このことは、アジアの特許が果たして米国の資産と類似したロイヤルティ収入を生み出せるか、あるいは訴訟手続きで同等の損害賠償額を達成できるかという疑念を引き 起こす。

中国政府はイノベーションの拡大や特許出願の増大を奨励しており、その結果、同国の出願数は飛躍的に増加した。しかしながら、タイワン・セミコンダクターのシニア・バイス・プレジデントで最高法律顧問だったディック・サーストン氏が指摘するように、中国の知財裁判所が現在よりも高水準の損害賠償額を裁定する意思を示し、最終的に米国やドイツ並みの水準に達するまでは、中国の特許の経済的重要性は依然として相対的に低いままであろう。

しかしながら、中国政府は近年その知財戦略の見直しを進めている。これまでは、特許ポートフォリオの開発に巨額を投じてきたが、経済状態の悪化によりそうした投資を続ける意思または能力をもはや有していない。報道によれば、中国政府機関は企業や学術機関に保有ポートフォリオの収益化を要請している。この戦略シフトを受けて、知的財産の品質や国内特許権者にとっての知財価値が改善する可能性が高い。

中国の裁判所や行政機関は今後もしばらくの間は、異なる法的基準や行政基準に基づいて活動すると見られることから、中国の特許の外国籍所有者は、比較的低い知財評価に引き続き失望すると思われる。こうした活動によって生じる環境は、経済的価値の主張者にとって、欧米の裁判所で得られる評価に比べ厳しい結果をもたらすであろう。同様に、国内企業も自身の侵害行為からほとんど利益を上げられず、裁判所や政府 機関はこのことを積極的に考慮すると見られる。

図1a.アジアの上位3カ国における特許出願の動向

図1b.他のアジア主要国における特許出願の動向

インテレクチュアル・ディスカバリーのエグゼクティブ・ディレクター、ベ・ドンスク氏によれば、韓国では、これまで出願された特許の大半は、サムスン、LGE、ヒュンダイ(現代)、SKハイニックスといった大規模な国際企業によって創出されている。これらの大企業は、売上の相当部分を米国や欧州、中国における販売から稼得しているため、それらの国々で付与される高品質特許を取得して自社のビジネスを保護しなければならない。韓国外(主に米国と欧州)の訴訟に関与する大企業は、それらの地域で出願する高品質特許を開発する必要に迫られている。時には、それらの韓国大企業は、訴訟で反訴するために高品質特許を購入しなければならない。

国内企業間の特許訴訟はほとんど行われないため、韓国で出願する中小企業は、国際企業と同じ高品質特許開発のインセンティブを持たない。しかしながら、国内企業が外国企業の訴訟の標的となることが次第に増えている。特許集積ファンド(インテレクチュアル・ディスカバリーや韓国開発銀行インフラIPキャピタルなど)は、韓国の中小企業を保護するとともに特許収益化市場に参入するために特許を購入している。

一方、政府が出資する韓国R&Dセンターおよび電子技術研究所や韓国科学技術研究所を含む大学は、主に米国、欧州連合および中国で出願し、ポートフォリオの収益化を試みており、今後も引き続きそうする可能性が高い。同様に台湾でも、工業技術研究院が一定期間、保有特許とポートフォリオを売却しており、また米国の侵害疑惑者に対して米国で成功報酬型訴訟を提起 してきた。

日本の大企業は、依然として世界中で活発に特許を出願している。しかしながら、IP Bridgeのエグゼクティブ・バイス・プレジデント兼最高知財責任者の尾形偉幸氏は、出願先の国が徐々に変化していると指摘する。従来、出願活動の多くは日本が中心になっていたが、過去5年から8年の間に日本企業は出願先を別の国に移している。日本企業の知財出願の重点は次第にドイツや中国、発展途上国に置かれるようになっており、米国での出願は同一水準で推移している。それら各国における特許の重要性を考慮するなら、こうした出願姿勢は経済的に理に適っている。その結果、日本企業は相当の特許ストックを蓄積している。日本の発明の品質は高く、かつ着実に向上しているものの、国外における日本の特許の訴訟の質は往々にして高くない。したがって、他のアジア諸国で付与される日本の特許の品質は、日本や米国で付与される特許の品質と同レベルでない 可能性がある。

日本の中小企業、大学および公的なR&D機関は、通常予算上の制約のために、日本では多数の特許を出願しながら、国外ではそうしていない。IP Bridgeは、それらの事業体が保有技術を商業化するのを支援しようと尽力している(図2)。

図2.株式会社IP Bridgeのビジネスモデル

事業体

株式会社IPBridgeおよび合同会社IPBridge1号

事業

イノベーション(新規事業の創出および開発)、ライセンシングおよび防衛

資本金/資金

  • 株式会社IPBridge資本金:1億円(83万3,000ドル)
  • GKの知財ファンドへの資金提供:最大300億円(2億5,000万ドル)

*INCJ:日本政府および日本の民間企業26社が出資

購入・売却に向けた企業の積極性

大半のアジア企業にとって、知財資産の購入より売却を取り巻く状況の方が良好と思われる。しかし、こうした優先性の背景は国によって異なる。

日本企業は、極めて多数の発明を生み出してきたが、最近まで、それらの発明は防衛的な目的ばかりが考慮されてきた。日本の半導体企業はそれらの特許に依拠して外国の国際企業とクロスライセンス交渉を行っている。2000年代半ば、半導体業界が低迷する一方、多くのハイテク産業で他のアジア諸国の競争相手が出現したことから、日本企業は、R&D事業の収益性向上の手段として特許の収益化に目を向けざるを得なくなった。尾形偉幸氏の説明によれば、特許の売却に最も積極的だった日本企業の1つはパナソニックであり、2011年から2015年の間に4,000件以上の特許を様々な買手に売却した。日本企業は過去5年、多数の貴重なポートフォリオを収益化しているが、それにもかかわらず、収益化の機が熟した高価値の資産がまだ数多く残され ている。

多くの日本企業は、自身の資産が他の日本企業やクライアントに対して使用されることを懸念して、外国の特許不実施主体(NPE)との交渉に依然として消極的である。しかしながら、米国の知財ライセンス企業のビジネスモデルがパートナーシップに基づく契約へと進化するのに伴い、知財ライセンス企業と前向きに交渉しようとする日本企業が増加している。2013年7月には、日本初の知財集積ファンド、IP Bridgeが、日本企業に代替的な収益化のチャネルを提供すると同時に、防衛的な能力を他の企業にもたらすことを目的に設立された。

日本企業が特許を売却する主な理由は経済的圧力だったのに対し、韓国の情報通信技術セクターの大企業、特にサムスンやLGEは、世界の移動通信市場におけるシェアが拡大した2000年代初頭以降、ライセンシーとなり、訴訟の標的となってきた。この国際的な経済的成功に伴い、米国や他の市場における自社の防衛的立場を強化するために高品質の特許を開発および取得する緊急の必要性が生じたのである。

ベ氏によれば、韓国の大企業による大量の特許購入の勢いは衰えているものの、依然として相当の知財取引の機会が存在する。政府が出資する多くのR&Dセンターや私立大学は、保有特許の売却および技術移転という考え方を信奉している。知財分野における資金調達の利用可能性も急速に向上しつつある。特許の売買という点で韓国有数の卓越した企業は、2010年9月に設立されたインテレクチュアル・ディスカバリーである。同社は、1,000件以上の米国の特許を購入し、韓国の中小企業やベンチャー企業に投資するために、今後5年にわたり知財分野全体に5億ドルの資金を配分する予定である(図3)。

「韓国の大企業による大量の特許購入の勢いは衰えているものの、依然として相当の知財取引の機会が存在する」

図3.インテレクチュアル・ディスカバリー・グループのビジネスモデル

台湾企業と中国企業はどちらも積極的に特許ポートフォリオを売買している。取締役や経営幹部だけでなく政府高官も、知財投資による収益の拡大を示すようポートフォリオ所管者に対する圧力を強めている。さらに、欧米や日本の競争相手から繰り返し訴訟を提起されて苦しんできた企業は、ポートフォリオの欠落を埋めるのに役立つ可能性のある特許や競争相手からの侵害の脅威に反撃するのに利用できる可能性のある特許に狙いを定めている。最も活発な買手は、米国市場や欧州市場に参入する際の攻撃・防衛上の地位を強化するためにそれらの国・地域の特許を探し求めている企業である。

その後、そうした取引で特許ブローカーや仲介業者の役割が増大している。多くのアジア企業は当初、そうした特許を直接取得しようとしたが、今日では匿名性など様々な理由により、戦略的取得の実行に第三者の支援を求めている。

ライセンシングと訴訟

アジアでは他の地域以上に、ライセンシングや訴訟に国内企業が絡む場合と外国企業が絡む場合を区別することが重要である。この差異の根底にある主な原因は、 文化的習慣や国家保護、政府の強力な役割である。

日本の知財裁判制度は国内企業間の訴訟を取り扱うようにできていない。その結果、特許侵害訴訟は、年間約200件と少数である。日本企業間の知財ライセンス取引は確かに存在するが、その大半は事業保護を目的としたクロスライセンス契約である。

韓国では、中小企業は特許侵害で互いを訴え合うことに前向きなのに対し、国際市場のシェアを有する国内大企業は特許侵害の訴訟合戦を避けている。現在までのところ、浄水製造業界の大手2社が絡む紛争で地方裁判所が約1,000万ドルの裁定を下したのが、国内企業間の訴訟で認められた損害賠償の最高額である。

台湾では、国内企業や外国企業が絡むライセンシングや訴訟の状況が大いに異なっている。過去10年、国内の侵害訴訟は上昇傾向をたどってきた。台湾特別知的財産裁判所は、2008年7月1日に設立されて以降、大量の事案を抱えてきた。知財訴訟の増加は、特許侵害について見られるだけでなく、企業秘密の不正流用案件の方が著しい(かつ重要である)。これは、法律や裁判所の方針が大幅に変わったためである。

中国では現在のところ、外国の原告や被告が絡む訴訟件数は依然として比較的少なく、中国の裁判所によって認められる損害賠償も米国の基準からすれば少額である。当面、中国の知財業界は保護主義の恩恵を享受すると思われる。しかし、国内企業と外国企業の競争が激化するにつれ、国内の知的財産の品質は必然的に向上し、中国企業と外国企業のいずれにとっても公平に訴訟を進めざるを得なくなるだろう。

アジアにおける知財成長および取引形成の促進要因と阻害要因

司法制度

米国の経験、特に、米国発明法による改革の導入から明らかなように、司法制度は知財取引の促進ないし阻害という点で重要な役割を果たす。

アジア諸国は過去10年、司法制度の見直しを進めてきた。上述の台湾特別知的財産裁判所は、特許、商標、著作権、光ディスクおよび企業秘密に関する国内法規に基づく知財の権利や権益の保護に関わる第一審と第二審訴訟を扱うために設立された。同裁判所は設立以後絶えず大量の事案を抱えており、新規訴訟は、第一審では年間平均500件以上、第二審では平均200件に達している。中国では2014年に3つの特別特許裁判所(知識産権法院)が設立された。

尾形氏は、日本の司法制度が米国やドイツに立ち後れており、日本の裁判所が知財取引やライセンシング、訴訟に関して依然として極めて保守的であることを認める。特許侵害について認められた損害賠償額は米国より低い。さらに、特許権者が侵害や損害を証明する証拠を集めることは困難である。

2015年に日本政府は、司法制度を見直すとともに、日本企業、特に中小企業の経営者の認識を深めるために特別委員会を設立した。しかしながら、制度の全面的な見直しには大きな障害が立ちはだかっており、司法制度の変革が実施されるには時間を要すると見られる。特に日本の大企業の多くは、新たな特許重視政策が実施されると、NPEに門戸を開き、日本に地歩を築く可能性があることを懸念して、そうした政策の採用に 消極的である。

政府のインセンティブ

一部のアジア諸国では、国内産業の保護、知財ポートフォリオの構築に対するインセンティブの提供、一部知財企業への出資、または知財ベースの融資制度の確立という形で、政府が重要な役割を果たしている。

例えば、シンガポール政府は、外国企業が同国で知財取引を実行し、R&Dセンターを設立するのを促進するため税制優遇措置を提供している。2014年初め、シンガポールで設立された企業が付与済みの特許を担保として使用することにより融資を利用できるようにする知財ベースの融資制度を発足させた。融資を申請する企業は、保有特許の価値を決定するために知財評価の専門家を任命しなければならない。

日本では政府が、IP Bridgeに資本や資金を提供する他の国内民間企業26社と共に産業革新機構に出資している(図2)。

韓国では、国内企業はインテレクチュアル・ディスカバリーなど、政府が支援する政府系知財ファンドを利用できる(図3)。韓国企業は、各業種の知財プールに関連して比較的低水準のロイヤルティを支払うことによりインテレクチュアル・ディスカバリーからライセンスを購入できる。国際紛争が発生した場合、企業は、妥当な使用料を支払うことにより知財プールから適切な知的財産を賃借できる。

以前、中国政府は、以下のような手段により、国内企業が特許ポートフォリオを拡充することに対する相当のインセンティブを提供していた。

  • イノベーションや発明の費用の負担
  • 国外における特許審査料や出願料の資金補助
  • 国内の弁護士に対して代替的な報酬構造に基づいて事案を引き受けるよう促すことを含め、訴訟費用の一部負担

しかしながら、中国経済の低迷が続く中、こうした状況に変化が生じている。現在、中国政府は知財出願への支援を制限し、代わりに、特許の収益化の支援や防衛的訴訟への資金提供を再び重視するようになっている。

革新的な知財のビジネスモデル

アジアの特許不実施主体(NPE)は米国と異なりごく最近登場し、その皮切りは2010年の韓国のインテレクチュアル・ディスカバリーとIPキューブパートナーだった。2013年には日本のIP Bridgeが、2014年には中国の智谷がこれに続いた。これらの企業は、各国固有の知財環境を反映した異なるビジネスモデルを採用しているものの、いずれも何らかの形の政府支援を受け、知的財産の取得や収益化のために政府の資金提供と大企業からの投資を併せて利用している。その主な使命は、外国企業から防衛することよって国内企業を支援すると同時に、保有知的財産の商業化を援助することである。

日本 - 株式会社IP Bridge(図2)

2013年7月に設立された同社には、パナソニックや三井グループなどの企業投資家および日本政府と大手企業26社が連携して設立した産業革新機構が出資している。リターンは、以下の3つの源泉から創出されるIP Bridgeの収益の分配によって提供される。

  • 企業に対するコンサルティング・サービスから得られるサービス料
  • 知的財産に基づく共同事業開発から得られるキャピタルゲイン
  • ライセンシングから得られるライセンス料および訴訟から得られる損害賠償金

IP Bridgeはその出資金を用いて、日本の国内外の企業が所有する休眠状態および未活用の高品質の知的財産を購入した後、特許権者や投資家に十分なリターンをもたらすようにそれを世界中の開発者に実施許諾する。この直接的なライセンシング・ビジネスに加え、防衛ビジネスも手掛ける。すなわち、事業会社に悪影響を及ぼす知的財産を発見した場合、それらの企業とシンジケートを組織して問題の知的財産を購入する。次に、合理的なロイヤルティ料率でそれをシンジケート参加企業だけでなくそれ以外の企業にも実施許諾し、事業会社に有用な防衛手段を提供する。このライセンシングの措置の後、IP Bridgeは流通市場でその知的財産を再売却する。

IP Bridgeはメンバーシップ料を徴収せず、その防衛ビジネスはRPX(メンバーシップ料を徴収し、購入した知的財産を再売却しない)やAST(同様にメンバーシップ料を徴収するが、購入した知的財産に対して積極的な実施許諾をしない)などのパテント・アグリゲーター(特許集積業者)とは非常に異なるものとなっている。

韓国 - インテレクチュアル・ディスカバリー・グループ(図3)
2010年9月に設立された同社は次の2つの子会社で構成されている。

  • アイデア・ブリッジ - 韓国初の知財資産管理会社
  • IDベンチャーズ - 最初の知財ベースのベンチャー・キャピタル

インテレクチュアル・ディスカバリーは通常グローバル市場で特許を売買するのに対し、この金融子会社2社は韓国の中小企業やベンチャー企業に資金を投資する。独自の金融商品の1つはセール・アンド・ライセンスバック・モデルに基づいて機能する。すなわち、知財ファンドは中小企業から特許を購入し、一定期間(通常、3~5年)にわたりランニング・ロイヤルティ契約により当該企業にそれを実施許諾する。その後、企業は一定のプレミアムを支払ってその特許を買い戻す選択権を有する。

台湾と中国 - MiiCsアンド・パートナーズ

MiiCsアンド・パートナーズは当初、広範な知財管理・収益化サービスを提供する知財コンサルティング会社として2013年春に設立され、元々の任務は鴻海精密工業(通称、フォックスコン)の特許を収益化すると同時に台湾と中国の他企業を支援することだった。 MiiCsは、世界経済の中で事業展開しようとするアジア企業は、知財の分野にも参加する必要がありながら、必要な経験やスキル、資源を欠いていると認識していた。

多くのアジア企業は特許出願プログラムを有し、第三者からの散発的なライセンスの要求を処理しているが、自国の状況に焦点を合わせる傾向がある。予算や人員、知識は自国中心になりがちで、外国特許出願は場当たり的に行われ、優先権出願明細書に依拠している。しかし、これは適切な外国の承認を得るにはしばしば不十分である。そのため、企業は往々にして自身の強みと弱みを評価する方法を知らない。その結果、特許を購入または売却する必要があるか、必要がある場合、どの特許をどれだけの価格で誰を相手に売買すべきかを判断できない。その上、多くの企業はそれらの活動のために第三者と契約すべきか、そして誰と契約すべきかが分からず、多くの知財コンサルティング会社が提供するサービスもしばしば範囲が狭すぎ(例えば、サービス内容が特許の収益化に集中)、企業の知財の健全性やニーズ全体を評価し、それに対応するスキルやツールが欠けている、という事実がある。

こうしたジレンマの認識に基づき、MiiCsは、知財のバリューチェーンの機能すべてを評価・実行するために設立された。特許やポートフォリオを仲介する企業は数多くあり、中には、特許を臨時の特許プールに集積する企業さえあるものの(それらすべての企業が価値、専門的技術および専門知識をクライアントに提供している)、MiiCsはその範囲を拡大し、企業がそうした活動を自力で確立して実行する方法を教授するワンストップ・サービスを提供する。MiiCsは、事業戦略の支援、知財開発・取得のための資金調達、収益化および訴訟の支援を総合的に提供する究極的な知財コンサルタントとみなすことができる。

知財投資ファンドの利用

アジアは、知財市場における活動の主要地域のひとつとして、すなわち、知財投資ファンドの設立に対する政府支援において世界の最前線に立っている。インテレクチュアル・ディスカバリー(韓国)、IP Bridge(日本)、智谷の睿創(Ruichuan)知財権ファンド(中国)などが、政府支援による投資ファンドの顕著な例である。他の重要なイニシアティブとしては、シンガポール政府が過去数年間、同国を重要な知財ハブに変えるために行ってきた取り組みがある。同様に、知財活動の振興に向けた中国の中央政府、地方政府、地方自治体の取り組みも、世界の他地域で見られる取り組みを大きく凌駕している。アジア以外では、フランスのみがフランス・ブルベを通じて、上述のようなアジアの政府支援知財ファンドの例と同様の直接的な働きかけを行っている。

韓国政府は知財エコシステムの形成にコミットしており、多くの金融機関が積極的に知財投資に乗り出す後押しをしている。2013年には、同国の金融サービス委員会が特許の取得と収益化を目的とする知財投資ファンドの設立を発表した。知財投資モデルには、インテレクチュアル・ディスカバリーが採用したセール・アンド・リースバック・モデルが含まれている(図3)。韓国開発銀行も明確に中小企業向けの知財投資ファンドを設立した。一方、韓国中小企業銀行は、広範囲の知的財産に投資する知財投資ファンドを設立する計画のほか、世界の投資銀行と提携する比較的実験的な計画を公表した。公的な知財ファンドに加え、ベンチャー・キャピタルやプライベート・エクイティ企業など多くの民間部門の投資家も知財投資ファンド市場に参入している。

シスキン・キャピタルのパートナー、ザリフ・イマム氏は、これらの取り組みは大きな前進と言えるものの、直接的な介入や政府支援のないアジアのその他諸国では、知財投資の分野は依然としてごく初期の段階にあると説明している。米国や欧州では、個人投資家や機関投資家が進んで知財ファイナンスに投資する。さらに、訴訟ファイナンスはもちろん、懲罰的判決を理解し執行する用意のある世慣れた裁判官を通じた特許保護のエコシステムが存在している。これに比べ、アジアの政府機関以外の投資家は依然として非常に限定されている。中国の投資界では知的財産への資金投入を考えることが困難である。特に、前例のない経済成長の期間であった過去20年は、機関投資家や個人投資家にとって株式市場と不動産が常に投資の選択肢の最上位にあった。ごく最近まで、中堅企業でさえ、特許取得をすぐには金銭的利益を生み出さない費用とみなして考慮の対象としないことが多かった。

しかしながらイマム氏が指摘するように、上記の知財ファンドへの支援やその設立は進化している。中国政府は知財政策を大転換した。従来は、助成金により特許出願を積極的に奨励し、その結果、低品質の特許が多数出願された。現在では、知財を出願する企業に対する金銭的支援を制限する一方、市場地位を防御し、侵害者に対して特許権を主張しようとする企業の訴訟計画に積極的に資金提供している。

中国企業は今や、そうした特許権主張の訴訟が必要となった場合、資金申請のプロセスに従うと思われる。その結果、中国のNPEの数、および中国における中国企業と侵害者間の訴訟が増加する公算が大きいであろう。中国企業間の特許権行使が増加し、外国企業の市場シェアが拡大し始めるにつれ、特許権行使が参入障壁とみなされるようになる可能性がある。したがって、企業は保有する知的財産の品質を高める必要があり、民間企業に支援される知財ファイナンスの状況が活発化する可能性が高いと思われる。

将来展望

10年前、アジアの知財ヒートマップは、日本の特許出願とシンガポール政府の知財インセンティブという2つのホットスポット、および中国と韓国の特許創出が中温化する兆しを除けば、ほぼ青一色だったであろう。現在、知財状況が急速に高温化していることを踏まえると、今後3~5年内にアジア諸国による先進的知財市場への進出がさらに進むと予想される。

政府支援の軸足が、知財品質の改善と国内・国際市場における国内企業の競争力の強化へと移行し始めていることから、一部の国では特許出願のペースが減速すると予想される。日本では、特許出願の減速がすでに生じているが、その品質や商業的価値は上昇する公算が大きい。多くの障害にもかかわらず、イノベーションの促進には良好な法体制が必要であることは日本で広く認識されている。日本の法体制が急激に変化することは考えにくいものの、より開放的な特許重視の制度に向かって徐々に進化していくと見られる。

予想された中国の経済成長の鈍化および国内消費者向け商品の生産の再重視に伴い、国内企業はイノベーションを強化せざるを得ないだろう。中国企業は現在、差別化された高品質の商品を国内消費者に販売する外国企業との競争に直面している。その結果、外国企業が絡むライセンシングや訴訟の事案が増加し、認められる損害賠償額が上昇する可能性が高い。政府の取り組みは、特許創出のインセンティブの提供から防衛的訴訟の資金提供へとすでに移行しており、この傾向は今後も続くと予想される。それに伴い、中国で創出される特許件数は減少するであろうが、その品質や商業的価値は向上する公算が大きい。

韓国では数年前から制度戦略や政府のイニシアティブ、資金援助の導入を通じて、知財創出および保護のインフラが形成され始めた。しかしながら、知財活用市場の成長は、特にライセンシングや訴訟が絡む分野で比較的遅れていた。この状況はすでに変化し始めており、その顕著な例が、国内最大手の浄水製造業者間やソーシャル・メディア企業間で最近発生した知財紛争である。もともと知財取引や知財集積を通じて国内中小企業に投資するために設立された韓国の知財ファンドは、いずれ近いうちに知財のライセンシングや権利行使への投資を拡大すると予想される。

アジアでは、中小企業、大学および研究機関が知財創出への主な貢献者と認識され、知財創造、保護および収益化を目的とする政府支援を受けている。これらの事業体は今後、高価値の知的財産の源泉となり、知財の収益化で一層重要な役割を果たす公算が大きい。

今日では、国内企業が利用できる知財の資金調達の大部分は政府に支援され、外国の権利主張から国内企業を防衛することを目的としている。それらの資金を管理する国内特許集積企業はすでに活発に活動している。民間および政府機関の知財ファンドはいずれ利用度が高まり、新種のアジア知財ライセンス企業が登場すると見られる。それらの国内NPEは、国内金融市場で資本調達する態勢が十分整っており、ほとんどが国内企業に提供される政府のインセンティブの恩恵を受けるであろう。

アジア諸国における知財資産の品質向上に加え、法体制の見直しや資本調達の改善を受けて、世界の知財市場におけるアジアの知財の貨幣価値が上昇するであろう。これらの変化は各国で独自のペースに従って生じ、文化的・政治的・経済的条件から大きな影響を受けると思われる。アジア諸国は、米国や欧州の知財状況の展開を注視しており、その良好な事例を採用し、他国でなされた過ちから学習できるであろう。

 
 

行動計画

アジア諸国の知財状況の変化には次のようないくつかの共通テーマが見られる。

  • 一部の国における特許出願ペースの減速と全体的な特許品質の向上
  • 政府の役割が、国内企業の保護から知財の世界的な競争力の強化へとシフト
  • 特許裁判所における保護主義の低下

しかしながら、アジアで知財ビジネスを展開する予定の企業は、個々の国における知財状況の変化のペースに影響する特定の文化的・経済的・政治的条件を認識しておくべきである。アジアの知財市場は依然として多様であり、外国企業は特定の国の知財環境に適合するように戦略を調整することを要求される。現地企業との効果的な関係を構築することが引き続き極めて重要であり、また、知財状況に関してその温度を綿密に確認するために現地における足がかりも必要となる。

アジアでビジネスを営む国際的な事業会社は、外国企業が絡む訴訟が増加し続けていることから、国内企業や外国企業との競争激化を想定しておくべきである。事業会社は、それらの国々で保有する知財資産が品質や対象製品の範囲に関して十分保護されているようにするべきである。

国際的な知財ライセンス企業は、現地における資本調達(当初の政府助成中心から次第に個人・機関投資家の資金が増加)の点で優位に立つアジアの同業者との競争に直面するであろう。現在、知財の資本調達は限定的であり、国内企業に制限されている。しかし、政府以外の知財の資金の利用可能性が向上し、現地の金融機関と海外金融機関の提携が構築されるのに伴い、そうした状況が変化する可能性がある。

国内および外国の知財ライセンス・収益化企業は、新たな革新的なビジネスモデルを採用しなければならない。現在、国内パテント・アグリゲーターは国内企業のための知財防衛網の構築に重点を置いている。今後は、収益化や特許主張を重視する姿勢を強めることが必要になると思われる。

筆者紹介 マレック・R・ワーニックはオタワ事務所を拠点としたテックパッツの社長。

ベ・ドンスクは韓国のインテレクチュアル・ディスカバリーのエグゼクティブ・ディレクター。

ザリフ・イマムは英国のシスキン・キャピタルのパートナー。

尾形偉幸は日本の株式会社IP Bridgeのエグゼクティブ・バイス・プレジデント兼CIPO

ディック・サーストンはニューヨークのドゥエーン・モリスLLPの法律顧問、以前は台湾のTSMCのバイス・プレジデント兼最高法律顧問

ドナルド・M・ボールズはMiiCsアンド・パートナーズ・アメリカ・インクのエグゼクティブ・バイス・プレジデント

ここに示された見解は寄稿者自身のものであり、必ずしも所属組織の見解を反映したものではない。

本レポートは、2015年12月にニューヨークで開催されたIP Dealmakers Forumにおいてマレック・ワーニックがまとめ、司会を務めたパネル・ディスカッションの結果として作成されたものである。

ヒートマップ(表1)は当初ディック・サーストンによって提唱された。